魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
キーンコーンカーンコーン……
1年F組の教室では、カルコロが授業を行っていた。
「── つまり、この時は最初から2人ひと組をつくらせて競わせたのです。最初のうち、それは競技のようなもので、魔法少女候補生ペチカの料理が振る舞われ、和気藹々とした空気が流れました。それが絶頂、…………えぇ、つまり一番盛り上がって、候補生が楽しく過ごしている時に、突然、ファヴを通じて殺し合いのゲームであることを告げたのです────」
指導書を読みながら机の間の通路を歩いていたカルコロが、教壇に戻ると、黒板のチョークに手を伸ばそうとして、ふと、一度生徒の方を振り返った。
ドリル・ドリィが飽きて手いたずらをしているのはいつものことだ。
── 席替えを考えた方がいいのでしょうか……
カルコロはそう考えた。
現状、ドリィの前の席に座っていて、模範になると思っていたデリュージは、そう言う意味ではあまり役に立たないことが解ってきた。
繰々姫に言わせると、デリュージは、本来は目立つことを嫌う性格なのではないかという。目立つことで逆に孤立することを恐れていると。
スノーホワイトが “盗聴” していることを把握しきっていないカルコロには、「さすが本職、生徒一人ひとりの所作をそこまで読むのか」と考えてしまった。
言われてみれば確かに、デリュージの行動は颯爽として無欠に見える。 “自分が行動すべきと明確なとき” には率先して動く。ところが “誰かを行動させなければならないとき” にはほとんど動かない。
そういうときに動くのは、だいたいベルか治コだ。
ベルはまぁ、実際にはこの中で最年長だからわかる。
意外だったのは治コの方だ。初日からしばらくの間は、引っ込み思案な性格のように見えていた。しかし徐々に自己主張が強くなってきている。
──── 話をカルコロの現在の意識に戻す。
ドリィを授業に集中させたい、というなら、治コの前にでも座らせれば、浮ついているところを注意してくれるだろう。 ──── だろうが、だんだんそれが際限なくなっていって、逆に授業が度々中断されることになりそうだ。
ベルの場合、そこは角が立たないようさり気なくやってくれるだろうが、逆にさりげなさすぎてドリィに効かなそうだった。
──
カルコロはそう考えた。カルコロも旧オスク派に属してはいるが、帰属意識は薄い。
──── ここで今一度、現状の魔法少女界隈の事情を確認しておこう。
“魔法の国” の中で魔法少女を管轄するのが魔法少女部門で、その下に人事部、管理部、監査部、そして魔法少女絡みの技術研究を行う研究部、魔法少女が大きく外部に関わる際の交渉や後処理をする外交部、などがある。
そして、その上に魔法使いたちが形成する指導層がある。
その指導層は、以前は、魔法の国建国につながった “最初の魔法使い” の直弟子3人をそれぞれの頂点として、派閥を構成していた。そしてそれは、魔法少女部門の内部にも影響を及ぼしていた。
それが、今から1年半ほど前に、そのうちの2つ、プク派とオスク派が事実上瓦解した。原因は簡潔かつ端的に言うと、ラ・ピュセル-ミクセリクサー師弟にちょっかいをかけて怒りを買った結果だ。
残りの一派、カスパ派も含めて、それまで絶対的だった指導層が不安定化した結果、本来下層側のはずの、魔法少女部門側の2派閥対立が上流にまで影響を及ぼすようになった。
それが “ラピス・ラズリーヌ一門騒動” だ。
現在はオールド・ブルーと名乗っている初代ラピス・ラズリーヌが、人造魔法少女ミクセリクサーの強制覚醒の為に魔法少女選抜試験を利用した。そしてそれは、魔法少女はおろか一般人までも巻き込んで命の犠牲を伴うものだった。これが “ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験” 事件だ。
これは現在、当時のオスク派が干渉した結果だという結論が大勢を占めている。
だが実際には、(初代)ミクセリクサー計画は、
ミクセリクサー計画の背後にオールド・ブルーがいると確信した、ラピス・ラズリーヌ
オールド・ブルーは、別の弟子であるブルーベル・キャンディにラピス・ラズリーヌ
これは当初、ラズリーヌIIの
ところが持ち前の無鉄砲さでラズリーヌIIが “名深の4人組” に合流したことで、それは急速に “個人の反抗” ではなくなっていった。
“名深の4人組”、あるいは “
ついでに “名深の4人組” が監理するようになったミクセリクサーを、パムは孫ができたように甘やかしていることも知られるようになった。
そして、部門長のパムは自身の及ぼす政治的影響力を自覚して、基本的に中立を保っているが、外交部全体はカスパ派の影響力が強いところで、かつ、自由放任主義的なカスパ派の中にあって、パムの統制でまとまった行動のとれる組織だった。
このため、 “名深の4人組” に合流したラズリーヌIIは、カスパ派の影響圏で反オールド・ブルーの象徴のような存在になっていった。この中には、生存戦略としてカスパ派に恭順したプク派残党も含まれた。
ラズリーヌIIは政治的には本来ほぼノンポリとされていたが、 “左海市の秘密研究所・人造魔法少女密造事件”を 通じて、
「ミクセっちがシャッフリンを嫌う理由はわかるっす」
「インフリーやめいっちょが今を喜んでいることと、騙されて魔法少女にされたことは別っす」
「で、デリュージはいつ解放されるっすか?」
と、このような発言を繰り返したため、 “ラピス・ラズリーヌ一門騒動” は明確な政争に発展していった。
かつてオールド・ブルーが支配する研究部と、旧オスク派が抱える『実験場』は、特に人造魔法少女研究を巡って、不倶戴天の仇敵のような関係だった。
だが、相対的な力関係で、カスパ派が勢力を増し、ラズリーヌIIが政治的に無視できない存在になった結果、 “敵の敵は味方” と、結びつきを強めていった。
──── 話は現在の教室に戻る。
そんなわけで、カルコロの上司であり、オスクの縁戚ですらあるハルナ・ミディ・メレン校長は、本来見
しかし当のカルコロの方は、もともと派閥帰属意識が薄い上に、犯罪学研究をしている学生の身分からいきなり教師役をやらされる羽目になったことで、強烈なプレッシャーを受けていたところへ、中学校・小学校の教員免許を持つ本職が来てくれたおかげでだいぶ肩の荷が軽くなったことに感謝していた。
特に、コーヒーに関する一件で2人で大爆笑してからは、すっかり同僚の様子になってしまっていた。
だからこういう時は、素直に繰々姫に
「先生?」
その声で、カルコロははっと我に返った。
声を発したのはブラン・キーだ。よくコンビを組んで行動しているノワール・ミーとともに、プシュケ・プレインスやランユウィ、プリンセス・ライトニングやディティック・ベルと異なり、どこかの勢力が送り込んできたわけでもない、更っピンの新人魔法少女候補生だ。
変身していないときは、どこにでもいそうな平凡な少女の姿をしている。ただし性格はそれとは対照的で、
その模範生とは到底言えないブラン・キーが怪訝そうに声を出すほど、カルコロが無声でいた時間は長かったらしい。
カルコロは、
「ああ、すみません」
と、素直に口にした後、ちらりと、本来気にしている対象に視線を向けてから、黒板側に向かってチョークを手に取り、板書をはじめる。
「この構造は、わかりやすく図にすると────」
その、カルコロが気にしていた相手 ──── ツグツィーヌ・パイトは、教科書をパラパラとめくっていた。
── フレイム・フレイミィの事件がどうなったのか、詳しく書かれてないな。
ツグツィーヌはそう考えた。フレイム・フレイミィがクラムベリー模倣犯として、魔法少女選抜試験のマスターになり、殺しを行ったこと自体は書かれている。
だが、ツグツィーヌがすでに自身で調べ上げた、その末路までは書かれていなかった。
─☆──☆──☆──☆─
炎の湖フレイム・フレイミィの事件が明るみになったのは、2年前の冬の話だった。
フレイミィは頼りになるマスコットが一緒にいたわけでもなく、証拠隠滅や次の計画の準備の隠匿などは、クラムベリーと比べても遥かに杜撰だった。だから、次の事件が起きる前に、外交部はそれをキャッチした。
「しかし……ラズリーヌじゃねぇけど、本当に正義の味方のやり方じゃねぇなぁ」
作戦を聞かされたとき、トップスピードは辟易したような苦笑でそう言った。
外交部に打診されたフレイミィの殺戮ゲーム阻止には、珍しく、ラ・ピュセルとトップスピードのコンビで出張ることになった。まだこの頃は、ラズリーヌIIが名深市 ──── との境界線至近の
「そうですかね、頭数と物量で犯人を制するなんて、警察のやることじゃないですか」
「そらまぁ、そうだけどよ」
しれっと言うラ・ピュセルに、警察に対してイキがってた時期があるトップスピードは納得せざるを得なかった。
作戦とそれによる経過は身も蓋もないものだった。
まず、フレイミィのやり口はこうだ。大型木造建造物に、魔法少女候補生を閉じ込めて火を放ち、そこから脱出できたら合格とする。
それだけだとクラムベリーほど酷くはないのでは、と思うかもしれないが、フレイミィは建物に放たれた炎と同化し、的確な脱出路を求める候補生の前に回り込んで焼き殺した。結局、クラムベリー同様に生き残るのは1人か2人だ。
フレイミィからどうやって候補生を守るか、フレイミィをどうやって無力化するか、ラ・ピュセルは考え、情報を収集した。フレイミィの弱点はすぐに特定できた。この頃のラ・ピュセルの
火を消してしまえばいい。
だからやることは単純だった。コンビがトップスピードだったのもそれが理由だ。
フレイミィは、第1の事件同様、木造の廃校舎に候補生を集めた。最後の16人目が入ったところで、黒板に「そこから脱出してみろ」と文字を出現させ、廃校舎を一気に炎に包んだ。
──── ところで、廃校舎に向かってトップスピードが、自衛隊の山林火災対応などで使う航空機投射の消火液を、上空から校舎に向かってぶちまけた。
火はたちまち小さくなった。ラ・ピュセルが校舎内に突入して候補生たちを保護した。
出火直後に、真っ先に窓から脱出しようとしたことで、逆にフレイミィの炎に巻かれた3人ほどが、痕の残る程度の火傷を負った。だが、命を落とした候補生はいなかった。
死んだ候補生はいなかったはずなのに、候補生は15人しかいなかった。クラムベリーのときと同じだ。フレイミィは自身を候補生に紛れ込ませていたのだ。
「肝心のフレイミィを捕まえられなかったな」
トップスピードは忌々しそうにそう言ったが、ラ・ピュセルは、何の感慨もなかったかのように縁石に座ったまま、
「またこれをやられる、って考えたら、そうそう次をやろうなんて考えないでしょ」
と、言った。
候補生は別の、素性が信用できるマスターの元で、ありきたりな選抜試験を受けた。合格したウィンドミラ・セブンと、ラ・ピュセル、トップスピードとは、いつでも連絡できる程度の関係だ。
とにかく死者は出なかった。火傷が残った候補生には申し訳ないが、ラ・ピュセルは多少スッキリした気分で帰還した。
──────── 死者は出ていた。管理部と人事部がフレイミィを捜索した。結果、近くの山林の中から、
クラムベリーから続く失態を隠したい人事部は、フレイミィの死亡時期とその死因を隠蔽した。
─☆──☆──☆──☆─
「──── その行動は英雄的なものでした」
カルコロの声が、意識の中に戻ってくる。
「殺されかけている友人のために、魔法少女ペチカは勇気を振り絞ったのです。しかし、その結果は悲劇でした。クラムベリーは友人を庇って立ったペチカを、その倒れて動けない友人の前で、ただの一撃であっさりと殺したのです。その友人の努力も自己犠牲も消し飛ばしたのです。そして、死体になった友人ペチカを前にして、満身創痍でただすすり泣くことしかできない魔法少女カプ・チーノに、クラムベリーは彼女が合格者だと告げたのです────」
「…………」
事件の経緯を語り終えたカルコロに、ツグツィーヌはじっと視線を向けた。睨むわけでも、微笑むわけでもない。ただ乾いた視線を向けていた。
「今回の内容は以上です。今から残りの時間を使って、手元の用紙にあなたなりの見解、意見や、考えたことがあったら、書いて提出してください。わからないことがあったら、質問してくださいね」
カルコロがそう言うと、
「はい、よろしいでしょうか?」
と、ツグツィーヌが挙手をした。
「はい、ツグツィーヌ・パイトさん、どうぞ」
カルコロが発言を促す。
「この授業では、犯罪魔法少女の歴史を教えているようですが、良い魔法少女についての授業はしないのですか?」
「はっ、ええ、ええとそれは……」
ツグツィーヌの質問に、カルコロはドキリとして、手を振りながら狼狽えてしまう。
「例えば、 ──── ラ・ピュセル、とか」
「っ ────」
その名前を出されて、カルコロは更に目を
「あ、いえ、つまり……ですね」
カルコロは、誤魔化すように
「ええ、理想の魔法少女とはどういうものか、具体例は別の授業でします……そうですね、ラ・ピュセル達4人組についても、
と、ジトりと汗をかくような感触を覚えつつ、表情を取り繕ってそう言った。
ツグツィーヌは、納得したのかしていないのかわからない様子で、カルコロに視線を向け続けている。
「ええと……」
カルコロがなにか言いかけたところで、その時間は遮られる。
キーンコーンカーンコーン……
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