魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
─☆──☆──☆──☆─
「…………え!?」
この数日通り、折りたたみ椅子に腰掛けて、梅見崎中学校旧校舎の “心の声” を聞いていたスノーホワイトが、驚いたように立ち上がる。
「どうしました!?」
ギョッとした様子で、燈がスノーホワイトの方を向き、問いかける。
「今 ──── うそ、え? うそ ────」
燈の声には反応していないかのように、スノーホワイトは、梅見崎中学校の方に顔を向けたまま、口を半開きにして愕然とし、立ち尽くしていた。
「どうしたんですか!? 何があったんですか!?」
明らかにただ事ではないと、燈がさらに駆け寄って問い質す。
「! どうしたの?」
ガソリン携行缶を抱えて戻ってきたジャックが、跳躍からの着地の直後に、そのただならぬ状況に気がついて、声をかける。
水用ポリタンクと灯油用ポリタンクを担いでいた『♦A』『♦Q』『♦
それをちらっと横目で見た燈が、はっと気付いて行動に移る。
「そんな……そんなこと……あるはずが……」
スノーホワイトはまだ、目を病的に見開き、両手で頭を抱えるようにしながら、ガクガクと震えている。
そこへ、
「水、水飲んでください」
と、燈が、水を
スノーホワイトはそれを受け取り、顔を上げると、口付けたコップを一気に呷って、その水を飲み干した。
「なにがあったんですか?」
スノーホワイトがコップをおろして息を
「
「え?」
スノーホワイトの答えに、燈は、ジャックとともに軽く驚きつつ怪訝そうに眉間に皺を寄せて、短く訊き返すような声を出す。
愕然とした様子のスノーホワイトがすぐに言葉を継げないでいると、
「今まで、そういうことはなかったんですか?」
と、燈が問いかける。
「うん、私自身の “声” は聞こえないんだ」
「それが、聞こえた……」
ジャックが、顎を支えるように、自分の左手で肘を支えた右手を口元にあてながら、考え込むようにしていった。
「そもそも、それがどうして自分の “声” だって解ったんです?」
燈は、不思議そうに訊ねる。
自分の声は、意外と聞き慣れていない。
それというのも、自身の発声は、頭蓋骨から骨伝導の要領で自身の内耳に伝わる。しかし骨伝導と、空気を通して鼓膜から伝わる声とは、音波伝達の周波数特性が異なる。このため、録音した自分の声を聞くと、
「これ、私の声!?」
と、こうなってしまう人が結構多い。
そして燈はこれをよく知っていた。燈は、身体の第二次性徴が始まった頃から、女声アルト程度の高声を保つために発声訓練をしていた。その際、新品時からスピードコントロール付の旧いソニー製ラジカセを使っていた。デジタル音源と異なり、アナログ音源は再生速度で高低が変わるからだ。 ──── 話を戻すと、そのために燈は自身の発声時とカセットテープの録音とで “自分の声” のイメージがガラリと変わることを知っていた。
だからそれが疑問になった。
スノーホワイトの魔法は、もちろん空気中を伝播する音波として聞いているわけではない。だが、この “声” の主が誰か区別できるのは、基本的にその人の実際の発声と同じ声質で聞こえるからだ。
それでも ────、スノーホワイトは首を横に振った。
「ううん、あれは私の “声” だった。間違いなく」
「なんで、解るんです?」
怪訝そうな表情をより深めて、燈が重ねて訊き返す。
「ラ・ピュセルのことを────」
まず、颯太の両親は除外だ。知ってはいるが、昔はともかく、今はめったに使わない。反射的にも出てこないはずだ。
華乃も消える。華乃は颯太がそれを、特に華乃に使われることを本心では嫌がっていることを知っている。ついでに華乃の母親と継父はそもそも颯太の顔すら知らないはずだ。
つばめは使うことがあるが、意図して颯太をからかうときに使う。咄嗟の “困っている心の声” で出てくるとは考えにくい。
瑠璃も似たようなものだ。そして、つばめ、瑠璃が考えにくいとなると、他の周辺の魔法少女やその関係者はほぼ消えたも同然だ。特にミクセリクサーは端から論外に等しい。
残るは2人だ。1人は朱里。だが、朱里の声と普段の口調はすぐに区別できる。
そうなると、最後に残る該当者は────
「──────── 『そうちゃん』、って……」
姫河小雪、ただ1人だ。
─☆──☆──☆──☆─
キーンコーンカーンコーン……
「…………」
「……あれ?」
一般教養の授業時間。
実際の教育課程達成レベルごとにグループをつくり、机を突き合わせあって自習に励んでいる、のだが……────
中学後半~高校レベルのグループですら、今更なんでこんな……と問題集に向かいつつも右手でシャープペンシルを回していたディティック・ベルが、それに気がつく。
ベルの隣に座っているツグツィーヌ・パイトが、自分とは逆に、姿勢正しくシャーペンを持ち、問題集に向かい合った状態 ──── で、固まっている。こころなしか顔色も悪い。
ツグツィーヌはベルと異なり、造形だけなら中学生どころか小学生でも押し通そうと思えば押し通せそうな容姿をしている。ただ、まとう雰囲気はその年齢のものではない。ないのだが、ベルのような成人女性の
確実に言えるのは、確かに小中学生ほど幼くは見えない、ということなのだが……
「ツグツィーヌさん、どうかした?」
ベルが訊ねる。そうしたことで、一緒のグループに集められて、ベルとツグツィーヌとは突き合わせた机を挟んで座っていた、プリンセス・デリュージとプリンセス・ライトニング、OR・治コも気が付き、視線を上げて、ツグツィーヌに向ける。
「えっと……その……」
「具合が悪い?」
額やうなじに脂汗をかいているようにも見えるツグツィーヌに、ライトニングが眉を怪訝に
デリュージも心配そうな不安そうな表情をしている。
「先生!」
OR・治コが、挙手しつつ、教壇の方を見る。
その時、繰々姫は、小学3年~5年生レベルのグループに直接教鞭をとっていた。しかし、治コが声を上げると、そちらに顔と視線を向ける。
繰々姫が声に出して聞く前に、
「ツグツィーヌさん、なんだか気分が悪いみたいです!」
と、治コが通る声で言った。
「え、大丈夫?」
自身も心配げな表情になって、繰々姫は、机の間を歩いて、教室の後ろの方で組んでいたツグツィーヌや治コ達のグループのところまで歩いてくる。
教室の前の方では、
「ツグツィ 大丈夫か?」
と、繰々姫が直接教えていたグループにいたドリル・ドリィが言う。そのひとつ上のグループで、隣り合っていたことからドリィと向かい合わせに身を乗り出すことになったプシュケ・プレインスも、
「魔法少女の状態で体調不良?」
と、怪訝そうでもありつつ心配したような表情を向ける。
一応再確認しておくと、だいたい完全に魔法少女姿で一般社会での生活をしているどこぞの師弟のせいで、
一般教養は魔法少女に変身して行う。
魔法少女座学は変身を解除して行う。
──── と、いう事になっている。
「辛いの? 吐き気とかあったりする?」
繰々姫は、ライトニングとデリュージの間に立ち、机越しに、心配そうにしつつ柔らかい口調で言う。
「いえ、その、体調が悪いわけじゃないんですが……」
赤い魔法少女衣装のツグツィーヌは、繰々姫に問われて、額の脂汗の量を増やしながら、言う。
「じゃあ、どうしたの? なにか、不安なことでもあるの?」
繰々姫が重ねて問いかけると、ツグツィーヌは、今度は顔を紅くした。
「熱ありますか!?」
治コが聞くが、ツグツィーヌはそれには首を左右に振る。
「その、わからないんです」
「え?」
ようやくボソボソと出した言葉に、繰々姫が小首を傾げるようにしながら反射的に訊き返す。
「問題集、全然わからないんです!」
ようやくにして振り切るように出したツグツィーヌに、一瞬、クラス中が呆気にとられた。
「あ、そ、そうだったの」
フリーズが解けて最初に、繰々姫が、取り繕うように苦笑してしまいながらも、ツグツィーヌを責めないように最大限努力して声を出した。
── 確か、この子は……
繰々姫は思い出す。
── 高校は出た、はずだったけど……
とは言うものの、修了証を確認したわけでもなければ、他の生徒と違って、学力についての軽い問診をやったわけでもない。完全に自己申告制で、それならばまずこの程度か、と、普通科全日制高校2年生程度の基礎ワーク問題集を渡したはずだった。
「まー、このクラス、そもそも年齢と学歴釣り合ってない人間ばかりなんだから、気にしたってしょうがないじゃん」
小学6年~中学2年想定のグループで、ブラン・キーが、悪戯っぽく苦笑しながらも、フォローするようにそう言った。
「そうそうっす」
向かい合わせで座っていたランユウィも、苦笑しながら言う。
しかしそれを聞いて、ツグツィーヌは更に赤面し、俯いてしまう。
繰々姫は、少しだけ考えてから、努めて柔らかい口調で、
「えっと……じゃ、じゃあ、ツグツィーヌさん、ちょっと、ついてきてください」
と、指示した。
「は、はい……」
ツグツィーヌは、赤面したまま立ち上がり、俯きがちのまま、促す繰々姫について歩く。
今の時間、カルコロは手すきのはずだ。隣の職員室にいるはずと考え、学力レベルの問診をしてもらおうと考えた。最初からやっておくべきだったと反省した。
繰々姫は、ツグツィーヌを連れて、教室下手側の扉から出ようとして、教室内を振り返り、
「しばらく自習していてください」
と、言ってから、少しだけ表情と口調を険しくする。
「自由時間じゃありませんからね」
繰々姫に続いて教室を出たツグツィーヌが、外から後ろ手で扉を閉めると、
「やったーい!」
と、ブラン・キーが声を上げた。
その隣のノワール・ミーが、教室の壁にかけられている、明らかに学校教室用というより家庭用のシチズン製時計を見る。
「やった、あと25分もあるじゃん」
ノワール・ミーは、そう言ってから、
「治コ、ゲーム貸してくれよ、ゲーム」
と、ボードゲームを借りることを要求する。
言われた治コの方は、苦笑気味であるものの口元でムッとしたような表情をして、言い返す。
「だから、自由時間じゃないです!」
「硬いこと言わずに、なぁ、なぁ?」
さらに治コに迫る、ノワール・ミーの肩を、
トントン
と、誰かが叩いた。
「なんだよ、今忙しいんだよ」
ノワール・ミーは振り返りもせずそう言った。
それに対して、ブラン・キーが、
「ノワール・ミー……」
と、息を呑んだような声を出した。
「へ?」
ノワール・ミーが目の焦点を変えると、治コとベル、デリュージは生温かい目で苦笑していて、ライトニングは笑い出すのを必死に堪えている。
ノワール・ミーが、ギギギィッ、と、肩を叩いてきた存在の方を見ると、
「あ」
教室の出入口の隙間を通って伸びてきた、繰々姫のリボンの先端がそこにあった。
─☆──☆──☆──☆─
スノーホワイトが緊張感の乏しい渋い顔になっている。
── やっぱり私じゃないかも。
そう思いながら、視線を一旦振ると、燈の姿が見えた。
「燈ちゃん」
「はい、どうしました?」
「えっと、……私達、大学生だよね?」
「ええ、通信制でこういうのは少し居心地悪いところもありますが、属性的には」
燈が苦笑しながらそう答えると、スノーホワイトは、複雑そうな表情で軽くため息を吐いた。
「どうしたんです?」
「いや、なんでも」
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