魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
キーンコーンカーンコーン……
旧校舎現職員室。
「ったく……」
時限終わりの5分ほど、教室に戻ってノワール・ミーを
変身は解かないまま、腕組をして、再度鼻から小さくため息を吐いてから、
「あ、カルコロ先生」
と、思い出したように、事務椅子ごと身体を回して、机を挟んで向かいのカルコロに視線を向ける。
「どうでした? 彼女」
「それが、おかしいんですよ」
カルコロは難しい顔をして、マジカルタブレットとノートパソコンを交互に操作しながら、言う。
マジカルタブレットとノートパソコンは、Windows機 or Macと魔法の国のOS端末とをつなぐ変換ボックスを介して、それぞれUSBと魔法の国側のインターフェイスとで繋がっている。変換ボックスは既製品と言うより、秋葉原あたりで調達してきたパーツで組まれた感が満載だった。
「おかしい?」
繰々姫も、少し怪訝そうな表情になって、そう訊き返す。
「判定にかけてみたんですけど、彼女、確実に高校3年生までは進級してるんですよ」
カルコロは、両手でタブレットを掴みつつ、呟くように言う。
「えぇ?」
聞いた繰々姫は、更に表情を歪める。
「あの基礎ワーク集なら、つばめさんやラズリーヌでも解ける程度のはずなんだけど……」
「え?」
つい口走ってしまった繰々姫の言葉に、カルコロが短く訊き返す。
繰々姫は、慌てて愛想笑いを取り繕い、
「あ、え、あ、なんでもないです」
と、誤魔化した。
室田つばめの母校で、現在米田瑠璃がやり直しの高校生をしている県立
ツグツィーヌは確かに謎めいている。この前、繰々姫が失敬した魔法少女学級の詳細な生徒一覧でも、結局どうも研究部、つまりオールド・ブルーが送り込んだということぐらいしかはっきりしていない。
この一覧からは、今までノーマークだったOR・治コが、旧オスク派の有力者に推薦されたということまで判明した。ただし潜入要員ではなく、純粋に新人としてだ。
その一覧にすらツグツィーヌ、鳩田守颯の詳細情報は書き込まれていない。つまり、カルコロや、下手したらハルナも彼女の正体を知らないということだ。
「でも確かにおかしいんですよ、彼女、口頭だと普通に、日本の高校の問題解けるんです」
カルコロは、首を何度も傾げながら言う。
「? どういうことなんでしょう?」
繰々姫と、カルコロの視線が合う。
── 問題集だとダメで、口頭なら答えられる……
そんな魔法の持ち主に、繰々姫は心当たりが1人、思い浮かんだ。
カルコロもそうだったらしい。繰々姫ほどその魔法少女と直接親しいわけではないが、本人というよりは周りの連中の所業が派手なせいで(ただし、本人がやらかしていないとは言わない)目立つ。
2人は指を向けあって、目と口を大きく開いた。
キーンコーンカーンコーン……
─☆──☆──☆──☆─
前年、12月上旬。
私立
「お前さんが放送大、ねぇ」
魔法少女袋井
放送大学は通信制らしく、入学申込自体はWebサイトからできる。だが、入学資格証明書、すなわち、高等学校卒業証明書、現役の高校3年生が発行を受けられる卒業見込証明書、また高等学校卒業程度認定試験合格証明書といったものは、郵便書留で原本を提出しなければならない。
真理子に言われて、小雪は一旦、顔を上げて真理子を見つつ、決まり悪そうに苦笑しながら、
「魔法少女活動しながら学士取れるって言ったら……通信制が一番かなって」
と、言った。
「お前さんらしいのか、らしくないのか」
小さく息を
封筒の宛名に、『………出願登録係』、とまでボールペンが進んで、
「えっと……」
と、小雪が持っていたボールペンのペン先が一度離れ、小雪の視線が上に向きつつ、ペン先は宙を切る。
それを見て、真理子はポケットから自身のスマートフォンを取り出し、適当なアプリを開いて、文字入力欄に『御中』と打ち込み、
「ほら、これだ」
と、小雪に見せる。
「あ、ありがとうございます」
小雪は素直に礼を言った。
袋井真理子が学校法人坂東学院の高等学校に赴任したのは、これよりさらに2年前の、晩秋の頃だ。
理由はここに魔法少女スノーホワイトがいるから……ではない。
当時のスノーホワイトは非戦闘型の自身の特性に甘んじていた。だから、戦闘狂過ぎて魔王塾を放校処分にされた袋井魔梨華の食指が動く存在ではなかった。
袋井魔梨華は魔法少女フリーランスとして活動する時の相棒に、魔法少女スタイラー美々がいた。
そのスタイラー美々が魔梨華にとある魔法少女を紹介した。
「
必要な詳細説明を取っ払った、スタイラー美々のこの趣旨の言葉に、魔梨華は戦闘狂の食指をいたく刺激された。特にクラムベリー相手に優勢で引き分けた、という点だ。以前、魔梨華は魔王塾主催のバトルロイヤルイベントで ── 魔梨華の主観として、クラムベリーと引き分けたことがある。
ちなみにこのイベントには、まだラピス・ラズリーヌ襲名前の魔法少女ブルーコメットも参加している。
話を戻す。最初、日帰りでやって来たときは、
「受験勉強中なんです。勘弁してください」
と、ラ・ピュセル本人はこう言って固辞するわ、リップルが横槍を入れてくるわ、魔梨華の望む勝負にはならなかった。
ある時、
「『シニアキュート・ユメノチカラ』のDVD届いてるはず~♪」
とか言いながらルンルン気分で華乃邸にやってきた颯太が、いきなり横っ面を
夏用タイヤで履いているデザインドスチールホイールではない、“ザ・鉄チン”という感じのホイールに組まれたタイヤやらその他の自動車用品やら、つばめの“就職祝い”で必要なくなった2槽式洗濯機やらが、崩れて積み上がった山の中から光条が放たれたかと思うと、
「そーですか、そうですか。そこまでやりたいですか。やらないとわからないですか。いいんですよ。ボクが嫌いなのは殺し合いであって戦いじゃないですから」
と、衣装と尻尾が出現して剣を肩に担いだラ・ピュセルが、
その闘いは、ある意味じゃなくても酷いものだった。ラ・ピュセルは、除草剤嫌いの魔梨華にネ◯ソギV6 4lパックを投げつけて、それを伸ばした剣で斬って液剤を魔梨華に浴びせようとするわ、時刻を見計らって北宿の私鉄駅近くに誘導して、発車する気動車のディーゼルエンジンの排気を魔梨華に浴びせようとするわ……────
結局その日は、陽が沈んだところで2人ともにリップルからコンクリートブロックをぶつけられてノーゲームになったが、それがきっかけで、
「こいつは面白い!」
と、魔梨華がこうなって、坂東学院の高校の非常勤講師として半定住しに来たわけである。
ラ・ピュセル以外にも当時から近所に強者がいる。リップルがそうだし、他にも、
「いつあいつに絡まれるかと思うと生きた心地がしないっす……」
と、普段はそう言っておきながら、いざ闘いとなると、
「ここであったが百年目! 青い煌めき、ラピス・ラズリーヌ! 今日こそ怪人ラフレシアヘッドに引導を渡すっす!」
「誰が怪人ラフレシアヘッドだ!!!?」
そんな感じになるやつもいる。
ただ、そんな状況を楽しんでいたら、学校の方から、翌年からフルタイムになって欲しいと言われて、赴任するのに親のコネを使ったこともあり断るに断れなくなり、今に至る。
「お前、魔法少女がずっと夢だ、って言ってたよな?」
真理子が小雪に訊ねた。
「『夢だった』、ですね」
「うん?」
小雪がニュアンスを訂正すると、真理子は視線を小雪から上にずらして短く唸った。
その視線を戻すと、
「……で、放送大ででも学士取りたい、って言うのは、なにか別に夢とか希望ができたのか?」
と、真理子がさらに訊き、それに小雪があっけらかんと答える。
「夢がないから、ですよ」
「どういう意味だ?」
真理子は、僅かに目元を
「日本の就職戦線って、結局、学歴が高いほど間口が広いじゃないですか」
「ああ、そうか、そういうことか」
小雪の答えに、真理子は、合点がいって声に出した。
日本の就職市場は学歴主義から専門志向へ ──── そんなことは1990年代後半には言われだしている。だが、実際に学歴によって就職の可能性が高まるという構造が劇的に変わったことは、数十年経って一度もない。
Webでの言説で、『Fラン大なんか行かないほうがマシ』、なんてものがある。だがそれは実際には幻想だ。採用条件に大卒、とついたら、Fランクだろうが出ていれば少なくとも応募することはできる。だが、学士がなければエントリーシートを送ることさえできないのである。
もちろん、だから何がなんでも大学だ、と、小雪はそこまでは考えていない。華乃にしろ、つばめにしろ、自身がどう生きるか、現実と向き合った結果の高卒だ。
ただ、小雪自身には今、魔法少女以外の、キャリアプラン、ライフプランがない。ないからこそ、土壇場に追い込まれたとき、学士号があるのとないのとでは大違いということになり得る。
まぁ、実際のところ、まだしばらく高校生の颯太を除く同年、ミキ、朱里、燈あたりに探りを入れたとき、燈が、
「私は身体と心の問題がありますし、常に不特定多数の人間関係を築く必要がないのと、場合によっては長期で病院にお世話になるかもしれませんから、放送大に申し込むつもりです」
と、答えたのを聞いて、
「それだ!!」
に、なったという経過もあったりするが。
実のところ、県下の中学生の7割が県立高に進学する名深市にあって、小雪が私立高に通っているのも、坂東学院高校の所在地が、姫河家から自転車でも
中学3年生の前半頃までの志望校だった、県立名深第二高等学校は、実測距離こそ2:1程度だが、実質的には朝の通勤通学時間帯には自転車だと40分近くかかる。
要するに通学時間を削りたくて、一番近い私立高を本命にしたわけである。
「けど、魔法少女活動をやめるつもりもないんだろう?」
「やめませんよ」
真理子の問いに、小雪は、どこか楽しそうにしつつ、証明書を入れた封筒の封をしながら、答える。
「私、子供の頃から、魔法少女にずっと憧れてきて……やっと、その夢が叶ったんです。だから……────」
「だから?」
真理子が相槌を打つように先を促すと、小雪は悪戯っぽく笑って、言う。
「── 夢は叶ったら、そこから先は現実なんですよ」
キーンコーンカーンコーン……
─☆──☆──☆──☆─
11:27(JST)
新校舎、配膳室。
「では、失礼します!」
「ご苦労さまです」
運転手が、帽子を一度脱ぎながら一礼をし、トラックの
トラックのエンジンが始動する。XZU722型 トヨタ ダイナだったが、響いてきたのは本来のN04C型ではなく3ZR-FAE型ガソリンエンジンの音だった。この県下は全域がディーゼル車PM規制条例の対象だった。運送事業者がDPF再生やAdBlueに振り回されるのが嫌で、新車のダイナを何台か纏めて購入して、そのままチューニングカーショップに頼んで、ディーゼルエンジンをターボ後付の3ZR-FAE型に換装してしまったのである。
トラックが荷役台から離れていく。
「さて、お仕事、お仕事」
初老、というにはやや高齢な事務員主任がそう言うと、給食配膳当番の事務員達が服の上から割烹着と三角頭巾を身に着けた姿で、給食センターから届いたおかず類と汁物の容器を、すでに、別便で届いた主食コンテナと牛乳カゴが載っている配膳台車に載せていく。その中に、木ノ実の姿もあった。
1年F組、魔法少女学級の分が用意されると、
「私、先に行ってもよろしいでしょうか」
と、他の配膳台を手伝っていた木ノ実が、主任にそう問いかけた。
「はい、はい、大丈夫ですよ」
主任がそう言うのを聞いてから、木ノ実は1年F組の配膳台車に移り、それを押して、新校舎のダムウェーター(荷物専用小型エレベーター)に乗せた。
木ノ実は、ダムウェーターが2階に向かうように設定してから、一度新校舎1階の配膳室を出て、階段で2階に向かった。
12:40(JST)
4時限目終了5分前。
「はい、ここまでにします」
教卓に手をついた姿勢で、カルコロが言う。
「少し早いですが、給食の準備を始めてくださって結構です」
別の曜日の4時限目に、繰々姫が3~5分の余裕をもって給食の準備に入らせるクセというか習慣があったものだから、カルコロにも伝染してしまっていた。
給食当番は2班目に入っている。ノワール・ミー、本名
一方で、ドリィと同じことになる、と考えた繰々姫が、ちょうどランユウィまでの4人で切って、5人目としてはアーマー・アーリィが入れてあった。
教室上手側の扉の前まで、配膳台車が来ている。
「今日は……パンでもご飯でもないっすねぇ……」
ランユウィが呟いた。隣にアーリィが立っている。
ランユウィがラピス・ラズリーヌ
「あ、この子、他人の面倒見させても大丈夫ね」
と判断してしまい、アーリィのサポート役をお願いしてしまったのである。
月曜日こそ、
「私、アシストしようか?」
と、苦笑するベルに言われて、思わずそれに縋りかけたが、
── 2代目なら、厄介だからって誰かに押し付けることはしないはず。
そう、ランユウィは考えた。
「や、大丈夫っす」
そう言いつつも、結局ランユウィが採ったのも分配に目分量の必要のない、主食か牛乳をアーリィに配らせることだった。
おかずのアルミバットよりも大きな青い樹脂製の保温コンテナが、ご飯ならスチロールボックス、パンならアルマイトコンテナの位置に乗っている。
ランユウィが、保温コンテナの中身をわずかに開けてちらっと覗く。
「ああ、やっぱり麺っすね」
「麺? ウドン? ソバ?」
傍らのアーリィが訊ねてくる。
「あー……どっちともちょっと違うんっすけど、うどんが近いっすかねぇ」
ランユウィは、苦笑しながらそう答えた。
「とりあえず、中に運ぶっす」
「ワカッタ」
ランユウィとアーリィがそう言葉を交わし、2人で保温コンテナを持ち上げて教室内に入り、配膳台に載せる。改めてフタを開ける。
「うわなっつ、ソフト麺じゃない」
多少アーリィのことを気遣いつつも、どちらかと言うと賑やかしに来ていたベルが、保温コンテナの中を見て、思わずそう言っていた。
「なっつ、って……」
汁物容器を持ってきたブラン・キーが、それを配膳台に乗せつつ、ベルを見て言う。
「出るところは今でも出ますよ」
「えっ!?」
「アラサーが溢れ出ちゃいましたねぇ」
ブラン・キーの言葉に驚くベルに対し、ベルの背後にいたプシュケが苦笑しながら言う。ランユウィとブラン・キーも、生温かい目の笑みでベルを見た。
「やめて! そんな目で見ないで!!」
ベルは手で顔を覆って身悶える。
アラサートラップでも繰々姫は引っかからないだけに、なおさらベルへのダメージが酷い。
その繰々姫は、下手側の出入口から入ってきていて、教師事務机の椅子に座っている。そして、そこから、「やれやれ」と言った感じの苦笑をベルの背後に向けていた。
「汁はカレーか。給食中まで変身して食べるんじゃなくてよかった」
ブラン・キーはそう言った。ブラン・キーの魔法少女衣装は白基調だ。麺用の粘度の低いカレー汁がハネてかかると目立つことこの上ない。
「今日 コレ 配レバイイ?」
アーリィが、ランユウィに訊ねてくる。
「はい、そうしてっす」
ランユウィはそう答えた。
その背後で、ノワール・ミー達がおかずのバットや食器のカゴを配膳台に乗せて、配膳が始まる。
「はーい、センセー達お待たせーっす」
ノワール・ミーが、事務机と、まだ参加してきていない羅都媛カナの机とを突き合わせている、繰々姫とカルコロのところまで2組、運んでくる。
配膳が終わり────
「そ、それじゃっ」
日直のプシュケが、少し興奮した様子で、ドキドキとしたようにしながら号令をかける。
「いただきます!」
ブラン・キー イメージ画
【挿絵表示】
同じく“Black & White”のリップル / スノーホワイトとは対象的なデザインなんじゃねーかと思い、つくってみました。
具体的な感想をいただけると、続きを書くことが捗ります。
Twitter https://twitter.com/kaonohito2
Discord https://discord.gg/WN23qmRnkQ
Discordは「一時メンバー」となりますので、私のオフライン時に来られた方は、「エントランス」及び「一時メンバーの連絡用チャンネル」のアナウンスに従って必要事項を書き残してください