魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
名深市中宿、華乃邸。
かつてリップルこと
最初はアパートを探して不動産屋に行き、そこでこの物件の情報を目にして、人嫌いと言うか、人に好意を向けること自体が不全になっていた華乃が、集合住宅のしがらみがなくていいと選んだものだった。
だが、それが今や華乃の姓は
その前の道路に、ボンネットに初心者マークを着けた、紅いCM11V型 3代目 スズキ アルトが停車した。 ──── エンジン焼付で不動になった5ドアPe 4WDに、運転席ドア脱落で価値がつかなくなったワークスS/Rを
「あれ」
そのCP22S型 スズキ セルボ・モード(セルボとして4代目) ──── ではない。それは名義を変え、今は普段、
「…………、いいや、帰ってくるまで
小雪はそう言って、一度駐車スペースの前を行き過ぎつつ車体を傾けて、そこからバックで、母屋軒先ギリギリの華乃邸の駐車スペースに入れていく。
アルトから降り、玄関先に回る。一応、チャイムを鳴らす。もっとも、最初から中に人の気配はない。
逆に誰か中に居るようならスマホか何かで連絡するが、無人なら却って問題ない、と、回収しない華乃が甘いのか、自ら返却しようとしない小雪が図太いのか、とにかく持っている合鍵で鍵を開けて、上がり込む。
「どこ行ってるんだろ」
小雪は自分以外無人の家内で呟く。
華乃の勤めている工場は、本社のメインシステムを整備した後に止める、とかで、非フルタイム職員は正社員に先駆けてすでに年末年始休暇、だと言っていたはずだ。
通路を兼ねている台所に立つ。
建物全体は昭和の情景、しかしハーマン製両面焼グリルのガステーブルとシャープ製冷蔵庫は平成が中盤から後半に入った頃、パナソニック製自動食洗機は令和スタイルと言っても問題ない平成末期、いっちょ前についているリンナイ製外部給湯付FF式風呂釜の台所リモコンは姫河家の給湯器と大差ないように見える。一方で、先日、ミクセリクサーと燈が借りに来た、熱量・周波数変更歴のある『OSAKA GAS』バッジのコンベクションオーブンは思い切り昭和50年頃と、旧い建物が刻んできた歴史の縮小図のようだ。
それを改めて一瞥した後、小雪は知って勝ったる他人の家とばかりに、290lと元々はひとり暮らしの頃からあるにしては大きめの2ドア冷蔵庫 ── その理由の一端は小雪にもあったりするが ── の冷蔵室を開けて、中からマックスコーヒーの500mlペットボトルを取り出す。
それから、その冷蔵庫が片側を塞いでいる引違い戸を開けて、居間として使っている7畳半の和室に入る。蛍光灯全廃が決定されるまで昭和からずーっと変わらなかったスタイルの和風リングライトを
次いで、
バチン、バチン、……バチン
「あれ」
バチン、と、4度、器具栓ツマミを回しても火が点かない。おかしいな、と思ったところで、7畳半の半畳分が板床になっている部分に視線を向ける。レバー式コックの埋込式ガスコンセントがある。ガスコンセントは挿さっているが……と、四つん這いで寄ると、
「あ、これは点くわけないじゃん」
と、誰も見ていない中で気まずさを感じて、声に出して言ってから。コックレバーを “止” から “開” に倒す。
改めてガスストーブを点ける。ついでに105cm径円形こたつも点けて足をこたつ布団の中に挿し込む。
こたつの天板の上に置いてあったリモコンで22インチの液晶テレビを点ける。昔のワイドショーとニュースが一体になった情報バラエティ番組が映る。内容にはさして興味がなかったが、賑やかしに点けたままにしておく。
こたつで脚を暖め、背中にガスストーブの熱を感じながら、冷たいマックスコーヒーのボトルを
「あれ、スノスノのアルトが駐まってるっすよ?」
外からそんな聞き覚えのある声が聞こえてきた後、
ピンポーン
と、ドアチャイムが鳴らされた。
「はーい」
もう誰が来たのか解っているが、小雪は返事の声を出しつつ、こたつから出て玄関に向かった。
つっかけを履いて扉を開けると、
「あ、やっぱり小雪ちゃんか」
と、とんがり帽子に黒いワンピース、日本でもハロウィンの頃にはよく見る、魔法少女と言うよりは古典的な魔女の姿、しかし右腕のない隻腕の ── 魔法少女トップスピードが立っていた。軽そうな笑顔でそう言った。左手には空飛ぶ箒『ラピッドスワロー』が握られている。
その背後に、先程の声の主、ラピス・ラズリーヌ
「あ、2人ともクルマじゃないんだ」
ラズリーヌIIとトップスピードはそれぞれ、SJ30V型とJC74W型ノマドのジムニーコンビでもあるが、
「みんながみんな、それぞれのクルマで来たら駐める場所がねぇだろ」
と、トップスピードが苦笑しながらそう言った。
「ラズリーヌ1人だったら、オレがラピッドスワローで拾ってくりゃあっという間だろ?」
「方向的には、私がスノスノをピックした方が順序的にいいんっすけどね。いまスノスノ、免許とって、初のオーナードライバーで、運転が楽しくてしょうがない頃っしょうし」
トップスピードの説明に続いてラズリーヌIIがそう言うと、
「まぁ……」
と、小雪は苦笑しながら後頭部を掻く仕種をする。
「お金は今、アルバイトでお父さんに返してる最中だけど……」
それをよそに、トップスピードが周囲を見回す仕種をする。
「華乃がクルマごといないけど、どこに行ってんだ?」
「さぁ……私が来たときにはもういませんでしたから」
小雪が答える。
「あ、そりゃ小雪ちゃんのクルマが駐まってるってことはそういうことだわな」
そう言いながら、トップスピードと、それに続いてラズリーヌIIが玄関をくぐり、上がる。
「ここに集まるって言ったの忘れて、ほっつき歩いてるってわけじゃないとは思うっすけど」
「まぁ、たぶんそれはない」
ラズリーヌIIの言葉にそう言いながら、トップスピードは変身を解いて室田つばめに戻りつつ、和室に入る。ラズリーヌIIはそのままだ。
ちょうど小雪が最後に鴨居をくぐろうとしたとき、
ぴろりん♪
と、その小雪のスマートフォンがメッセージ着信の音を出した。
ロックを外して中を見ると……
送信者:華乃
クルマどかせ(怒)
いつもの場所に駐めていい
FA8型 2代目 スバル ドミンゴ。
ドミンゴと言えば、スバルが他社に張り合ってフルラインアップを維持していた第一次黄金期の1車種だが、その栄光は主に初代KJ型のものだ。2代目FA型の時期は、既に2BOXコンパクトのジャスティの販売が終了した後、インプレッサWRXに端を発する第二次黄金期以前の、その第一次黄金期が失われていく時期のクルマだった。
デザインとしても、KJ型がベースのKR型サンバーよりかなりマッシヴな見た目になっていたのに対して、FA型は少しフレームを延長してKV型サンバーの車体をそのまま載っけている感があった。
ただ栄光の一方で、日本車が日進月歩に進化していた1983年の設計を1990年代まで続けて、老醜を晒した感もあるKJ型に対し、FA型はECVTが追加され4WDシステムも刷新され、遥かに「現代のクルマ」になっていた。まぁ目の前にあるのは5速MT車だが。
颯太が免許をとった後、華乃が免許取得以来乗っていたCP22S型セルボを颯太に譲り、
「普段乗せなきゃならない人数が増えた」
と、新たに調達したクルマだった。
スーパーチャージャーが後付され運転席にはφ52のタコメーターとφ45のブースト計が追加されていて ──── 閑話休題。
その7人乗りと見るにはかなり小さい車体から、後部スライドドアが開いて、車内、まずセカンドシートから朱里と燈、続いてサードシートから、ミクセリクサー、プリンセス・ジャック、鳴が降りてくる。
その一方で、家の玄関から小雪が慌てるように出てきて、小走りで自分のアルトに向かっていく。それを左のカリフォルニアミラー(SUVに見られる上下アームの大型ドアミラー)越しに見て、華乃はやれやれと言ったように呆れた表情でため息を吐く。
「プリンセスモード・オン」
「あ」
わざわざここで鳴がプリンセス・テンペストに変身したのを見て、朱里が呆れた声を出す。
「なんでここでわざわざ変身してるかな……」
「だって、みんなオトナなんだもん」
テンペストは、そう言い返して頬を膨らませる。
「わたしはオトナでしょうか……?」
ミクセリクサーが苦笑する。 …………が、生身の姿の鳴は、この後、年度が変わって小学3年生、身長の伸びは少し遅めで122cmを少し越えたばかり。対するミクセリクサーは低いと言っても身長147cm。しかも65のDと女性らしい起伏には恵まれていたりする。
だからそのミクセリクサーに言われて、テンペストは、声には出さないものの、顔は更にむくれる。
「クルマ動くよ。離れてっていうか、家に入っちゃって」
開けた助手席の窓から、魔法少女ラ・ピュセルの姿のまま、衣装と尻尾が消えた、 “本来、変身を解除しているときの姿” で、岸辺
「ほれほれ、行くぞ」
と、朱里の声で降車組が玄関の方に向かったのを確認してから、ギアをバックに入れた後、華乃はシートベルトを外した状態でぐいっと身を捩り、センターコンソール側から後ろを向いて、ドミンゴを駐車スペースに入れていく。
隻眼になって、生身の姿の時は距離感を失いがちな華乃のために、H100系 トヨタ ハイエースの廃車発生品を流用して取り付けたロングアームのリアアンダーミラーを頼って、ドミンゴとセルボ、2台分の夏用タイヤが積まれているギリギリまで後ろに寄せ、駐めた。
「こっちのストーブ点けていいー?」
「いい」
4畳半の洋間の方から聞こえてくる声に、台所にいた華乃が答える。
和室のそれに比べて小さいが、一応は21世紀に入ってから製造されたマトモな中古整備品のリンナイ製ガスストーブを、テンペストが点けようとしたところへ、
「あ、危ないですよ」
と、燈が慌てて手を伸ばしながら屈みかける。
「大丈夫だよ、これぐらい」
テンペストはそう言って、そのまま器具栓ツマミを押し回す。バチン、と音がして、セラミックバーナーの奥に青い炎が見えた。
燈はほっと息を
「って、ストーブ点けるのはいいが、お前さん方、和室にいないと意味ないだろ」
洋間の戸口に立って、つばめがそう言った。
「あ……それもそうですね」
燈が決まり悪そうに苦笑した。
2人が和室へ移動すると ────
円形こたつの天板の上に載せられた、ラ・ピュセルのマスター仕様マジカルフォンから、その上でふよふよと浮くように、電脳妖精ネクが姿を現していた。
饅頭に出目金の尻尾がついたような姿。形状だけだとかつてクラムベリーと組んでデスゲームを繰り返していたファヴに似ているが、左右で白黒に塗り分けられていたファヴと異なり、上が黒、下が白に、その境界線に紅い帯が入る、どこぞの空港連絡特急を思わせるカラーリングになっている。
「それじゃ、ラ・ピュセル、お願いするぽん」
ネクがそう言うと、
「はいはい」
と、どこか疲れたような言い種で、ラ・ピュセルが、地上アナログ放送末期のモデルのテレビを、アナログ2chに合わせる。
「じゃ、ほいぽん」
ネクがそう言ってホップすると、砂嵐状態だったテレビが、マスター仕様マジカルフォンのセカンドモニターになる。
「で、この前ピュア・エレメンツやミクセリクサーとやりあったっていうのはこいつかぽん?」
ネクの言葉とともに、選抜試験用アプリに使われていたものと同じフォーマットで、魔法少女のプロフィール画面が表示される。
「ああ、こいつだ。間違いない」
全員座ると狭苦しいので、窓際で立っていた朱里が、険しい目つきでそう言った。
「『プリンセス・ライトニング』……でも情報、よく手に入ったね?」
颯太が、その名前を声に出しつつ、ネクに訊ねる。
「外交部に問い合わせたら1発だったぽん。むしろなんで知ってんだって驚かれたぽん」
「どういうこと?」
颯太が、重ねて問い返す。
「実は、今までの魔法少女選抜試験とは別のやり方で魔法少女を選抜・養成しようって試みが、今度の春から始められることになっているそうなんだぽん」
「今までのやり方と違う、っつーと?」
ネクの説明に、朱里と同様の理由で、台所側に立っていたつばめが問いかける。
「要するに養成学校だぽん」
「つまり、社会で自由に行動させるんじゃなくて、専用の教室を設けようってこと?」
今度はまた、颯太が手振りつきで聞き返した。
「そういうことだぽん」
ネクがそれを肯定すると、颯太は顔を綻ばせた。隣にいる華乃も口元で笑む。
「それ、いいんじゃないかな」
クラムベリーや、
「ところがぎっちょん。外交部はこれに批判的なんだぽん」
「え? なんで?」
ネクの言葉に、颯太は目を開いて訊き返す。
「主催が旧オスク派の人間だからだぽん」
「っ!!」
その場の全員の表情が険しさを増した。
特に、誰より険しい表情をしたのは ────
「シャッフリンをつくったひとたち、ですね?」
普段からは信じられないような、低い怒気のこもった声で、ミクセリクサーがそう言った。
「ま、まぁ、落ち着け」
一瞬前まで自分も険しい表情をしていた朱里が、怪気炎を上げて立ち上がりかけたミクセリクサーを宥める。
「それに、外交部の主張は『必要なのは器ではなく、血の入れ替え』だぽん」
ネクの言葉に、ミクセリクサーに心配そうな視線を向けている颯太に代わり、華乃が、
「それはどういう意味?」
と、問い質した。
「“ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験” では、候補生は4人
「…………それは、でも」
言われて、颯太は、視線をネクに戻しつつ、表情を曇らせる。
「ボクは、1人だって……それに、あのときは一般人にも……」
「でも、その発生は少なくともラ・ピュセルの悪意や致命的瑕疵が原因じゃないぽん。むしろあんなウラがあってよくあれだけの犠牲に抑えたもんだぽん」
ネクは、胸を張るかのように身体を上に傾ける。
「これは慰めなんかじゃないぽん。確かに数字としては大きくはあるけど、はっちゃけた候補生が事故ることは珍しいことじゃないぽん。たぶんパムでもゼロにしろって言われたら無理ぽん」
「それこそ、
ネクの言葉を受けて、つばめがニヤニヤ笑いながら言った。
すると、颯太の曇っていた顔が、今度は嫌な思い出を誤魔化すような苦い表情になった。むしろクラムベリーとの2戦の前こそ調子に乗っていた覚えは腐るほどある。そして魔法少女として一番付き合いの長いトップスピードは当然それを知っている。
「まぁ、なんとなく解る気がするわ」
「朱里ちゃんまで言わなくても……」
つばめとは反対方向からも言われて、流石に颯太はボヤく言葉を出した。
「で、そういうことだから、まず携わる人間の意識を
ネクはそう言った。
「それは……道理が通りますが……」
眉のあたりに険を作ってそう言ったのは燈だった。隣に座っているジャックも険しい表情をしている。
「その話から、このライトニングの情報が出てくるってことは……」
「ご推察のとおりだぽん」
燈の言葉に、ネクは頷くように身体を下に傾け、戻した。
「養成学校の生徒として、研究部……オールド・ブルーが送り込もうとしているんだぽん」
「つまり……」
ジャックが問いかけるようにいう。
「
「そういうことだぽん」
ネクは、そう答えてから、テレビに映るプロフィール画面を一旦リストに戻すと、
「それに、オールド・ブルーが送り込もうとしている候補生はそれだけじゃないぽん。他にも何人かいるみたいだケド、1人確実なのが居るぽん」
「え?」
颯太が短く聞き返したその間に、ネクはそのプロフィール画面を表示させた。
「な!?」
「えっ!?」
ジャック、燈、テンペストが同時に声を出した。そして、険しくなりきった表情を凍りつかせた。
ようやく、燈が漏らすように声に出す。
「デリュージ…………!!」
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