魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
デリュージファンの方、すまねぇ
「じゃあ、私達、こっちだから」
グッズショップで小1時間経った後、あたりを散策しながら、駅前に辿り着いたときだ。
プリンセス・ライトニング、田中
「あれ、2人は電車じゃないんか」
ノワール・ミー、黒果巳咲が、ブラン・キー、白銀結鍵と隣り合って歩きながら、訊き返すように言う。
「うん、歩いてすぐのところだから。ちょうど……駅の真ん中あたりかな」
「ああ……」
ライトニングの言葉に、巳咲はさもありなんと言った感じの苦笑を浮かべる。
この私鉄線の駅間は短い。駅間によっては1kmないところもある。その隣駅との間あたりなら、徒歩でも充分だし、使っても自転車で充分だ。
「それじゃ」
「ああ」
「また明日」
駅の入口を過ぎたところで、愛染と奈美がもう一度振り返り、愛染が手を振った。それに結鍵が手を振り返し、プシュケ・プレインス、水田稚奈も手を上げて返す。
駅に入る4人を見送った後、愛染と奈美は歩き始めて、2・3歩進んだところで、
「ライトニング」
「うん?」
と、愛染の背後をついていくような形になっていた奈美が名前を呼び掛けて、愛染が特に思う様子もなく振り返った。
「手、繋いでもらっていい?」
「あ、オーケー」
奈美の、おずおずとした様子の声に、愛染は、軽い口調で答えて、歩みの速度を一時的に落とし、奈美の右隣に並んだ。そして、2人は手を繋ぐ。
人と人が手を繋ぐ、という行為には単純な、形式上、視覚上だけの親愛表現以上の意味がある。
他人との手の接触は、交感神経の作用を緩めて副交感神経の作用を促し、緊張を
逆にだからこそ、“手を繋ぐ”という行為には、この作用の存在が確認される前から、根付く文化によって差異こそあれど、基本的に親愛・信頼を示すものと意味がつけられていることが多いのだ。
社会的に孤立していて他者を手で触れるという行為が極端に少ない人間は、無意識の代償行為として、自分の両手同士を重ねたり、頻繁に自身の性器に触れたりする。
──── 今、奈美は、プリンセス・デリュージは、その行為を必要としていた。
しばらく歩いて、立ち止まる。
駅に隣接する共同墓地と線路との間の人道をしばらく歩く。やがて人道は線路から離れて曲がる。人道の階段を上がる。距離は長くないが、かなり急な斜面の階段だ。
その間、すれ違ってくる人もおらず、奈美は愛染に肩を寄せるようにしながら、手を繋いだまま、並んで歩いていった。
─☆──☆──☆──☆─
かつてピュア・エレメンツが4人揃っていた頃、他のメンバーからは、奈美、プリンセス・デリュージは、聡明で利発で、無欠のようで、常に颯爽としていた。他のメンバーからは、そう見えていた。特にプリンセス・クェイク、当時の茶藤千子と、プリンセス・インフェルノ、赤星燈は、2人とも自身の生来の容姿・身体に深いコンプレックスや問題を抱えていて、どちらが年上なのかわからないこともよくあった。
だが、プリンセス・テンペスト、東恩納鳴も含めて、彼女たちは奈美のその表層しか見ていなかった。いや、別にそれは怠慢ではない。見ることができなかった。そうならないように奈美が常に意識していたからだ。
小学校の頃、クラスでいじめがあった。暴力を伴うものではなかったが、とにかく仲間はずれにする、無視する、近寄れば「不潔」「臭い」などと言って逃げる、そしてその様子を本人のいないところで嘲笑うという、よくあるもので、そしてそれ故に陰湿かつ教師陣にも矯正が難しく、被害者に救いのないものだった。 ──── 奈美にはそう見えていた。
被害者の子は、奈美の幼馴染だった。家も近い。幼稚園も一緒だった。家の近さで言えば、岸辺颯太、姫河小雪、緋山朱里の3人よりも
その子が、悲しそうに、辛そうにしているのを見たくなかった。
助けようと思った。何度も
いじめを
そしていつしか、奈美自身もいじめの加害者側にまわっていた。行動としてはあくまで消極的ではあった。だが加害者側に同調し行為に加わったことは紛れもない事実だった。
朝、その子の家の前を通りかかるとき、彼女の母親に「いってらっしゃい」と声をかけられ、奈美は「いってきます」と笑顔で返す、それだけで罪悪感に
──────── 奈美は、いや大勢の女子が知らなかった。
二次性徴の始まりが女子に比べて遅いために、一般に小学生男子は考え方が単純で、言い方を選ばなければアホだと思われがちだ。だが、観察眼もない集団だと思ったら大間違いだ。小学5年生にもなれば、他者、他集団の価値観を疑ってみることもしだす。
その被害者の子は、小学校のいじめから逃れるために中学受験を考え、小学4年生の後半から学習塾に通い始めた。そして年度が変わった頃だ。
学習塾の中で、その子が、同じ学校で1学年上のとある男子と会話するきっかけがあった。それは些細なものだった。別に2人だけの空間というわけでもなかった。
その男子は勉強の成績は、
そこから、奈美やその子と同学年の男子に話が広まった。
いじめか。それって人種差別とどう違うんだ。
一旦
「遊ぶなら外で待ち合わせろ、どうせ女子が寄り付かないところ行くだろ。学校では暴力が出ない限りスッとぼけてろ」
例の1学年上の男子がそう言い含んだ。だから、奈美を含む女子とは、学校以外の生活動線がほとんど絡まないところで、その子は彼女なりの小学生時代を過ごした。
その精神安定を以て、彼女は両成績を保った。女子は「ガリ勉」「点取り虫」といった褒められない語彙とその用法を身につけて濫用していたが、男子が「また100点かよ、スゲー」と言っていることには、
「男子は何も考えてないから」
と、それ以上気にしなかった。
そして、その子は選抜型の私立中学校に進学していった。一方、奈美達、公立地域学校組は、小学6年生の末期頃に、彼女がどうも男子と一緒に歩いていることが多いらしい、と気付いたが、中学校に上がると、他校からの大量の生徒の合流もあって、その場にいない本人の話題は希釈され、やがて消えていった。
奈美が知っているのは、その子が私立中学に入ってから、生き生きと、朗らかに生きていることだった。奈美にとっては、彼女が私立中に入ったことで変わったんだ、という理解だった。人がそんなに突然変われるわけでもないことを、当時 ──── いや、今でもあまり理解できていなかった。
中学に上がった奈美は、あくまで彼女の中ではずっと“守られることのなかった被害者”だったその子のことを教訓に、自分が嫌われないように努めた。
いつも身だしなみを整え、いつも爽やかで明るい好人物であることを徹底した。
出る杭は打たれる。“自分が行動すべきと明確なとき”には率先して動き、“誰かを行動させなければならないとき”には誰かが動き出すのを待つようになった。
左海市の研究所で魔法少女プリンセス・デリュージになったのは、それからさほど時は経っていない頃だ。
最初は、これ、何の集団だ、と思っていた。ガタイばかりよくて無愛想で爽やかさもない女子大生、言動ばかりやたらマセている小学1年生、極めつけにMtFという ── 奈美の認識としては ── 男子高校生。これでうまくいくのか、と。
結論から ──── 奈美の精神的な結論から言ってしまえば、それは杞憂に終わった。それどころか、得難い居場所になった。ディスラプター討伐という共通の目標を与えられて、一緒に訓練に励んで、だけれどもそれだけでもなくて。
テンペストが恋にぼやき、クェイクがフォローをし、インフェルノがさらに世話を焼く。そして、その中に自分が居るのが自然で ──── とにかく自然だった。いつの間にか、それぞれ一般社会での日常まで、研究所に持ち込むようになっていた。
誰も拒まれない、瑕疵のない生活の空間だった。
──────── そのはずだった。
奈美は、形式的にいじめに加担してしまっていたことを、悔い、苦しんできた。その
だが、小学校後半のおよそ3年間、“被害者の子”をスケープゴートにし続けることで、自身がいじめを逃れていたことは、
だから、ピュア・エレメンツの間で仲が円滑に動かなくなった時に、その矛先を向ける先を無意識に決めていた。そして、グリムハート、シャッフリンの襲撃があるころまでには、それは嫌だと思いつつも自覚のあるものになっていた。
ターゲットなんて単純だった。インフェルノ、燈だ。仲間で唯一の男性で、トランスジェンダーで、そのクセに好意を示すのも女性だと、クェイクに対する態度を観察していれば解った。社会一般的に照らしてもマイノリティとして、レッテルを貼って異分子にする要素を満載していた。
それは事実であり、だからこそ奈美は燈という人物を読み違えた。
燈の行動所作自体は奈美に近いところがある。周囲に悪印象を持たせないというものだ。だが、その出発点が異なる。
奈美は自身が攻撃されることを避けるためだった。
だが、そもそも燈は、自身でも集団から排除される要素を抱えていることを認識している。だからそれには慣れていた。燈のそれは周囲が気分を害さないようにするという気遣いだった。
奈美自身は知る機会がなかったが、燈が、ピュア・エレメンツが自分の居場所ではなくなることを恐れていたのは、より単純に、千子、クェイクと同じ空間にいることができなくなるということが最も重い要素だった。
奈美 ──── デリュージは、ピュア・エレメンツが二手に別れて活動せざるを得ない時、クェイクがリーダーとして、行動をともにする側にデリュージを選びがちであることには気付いていた。
ずっと、それはクェイクが、自分と同じように本心ではインフェルノをどことなく異分子と思っているか、あるいは自身の方をより信頼してくれているかだと、デリュージは考えていた。
だが、────
『クェイクとテンペストのことを言っているのなら、私を責めてください。こちらの
『ここは私達で支えるしかありません……デリュージ!』
──── あの頼もしい
インフェルノ、燈は、排除に耐え続けてきた。迫害されてなお、自分の存在が周囲に不快感を与えないように、それを自分の矜持として戦ってきた人間だ。自分が排除されることは受け入れても、他者へのいじめには憤慨できる人物だ。日常が社会一般の人間の非日常になる人間だった。土壇場の芯の強さは、ピュア・エレメンツの中で誰より
それに対して
── 自分の評価と違った。
クェイクのそれが、意識してのものだったのか、無意識のものだったのか、あるいは年齢順に順当にそうしていたのかは、もう ── デリュージにとっては ── 知る由のないことだ。
だけどあの鋭い
── こんなはずじゃないのに。
──
──────── これはもう、デリュージを前にしてはその本人も伝えるはずのないことだったが、デリュージの行動と内心の揺れに差があることを見抜いていた者がいた。
『たぶん、デリュージ様以外はウソをつくような方ではないかと!』
『解るんですか?』
『はい! こう見えてもひとを見る目はあるほうですので!』
知る由もない、知る由もないが ────────
── クェイクはテンペストを守るために残った、テンペスト自身も泣くのを堪えて戦った、インフェルノは奮い立ちつつ、決して取り乱さなかった。
あの場にいた皆がそうだった。プリズムスプリントも、ファニートリックも、2度目の管制室突入の時は、カフリアさえも自身の力量のうちで戦った。
ピュア・エレメンツに、インフェルノは必要だった。必要なかったのは────
人造魔法少女で、最もピュア・エレメンツに必要だったのは────
田中先生 ──── オールド・ブルーことラピス・ラズリーヌ
それでも、土下座までして頼んで、ようやく、見学を許された。
──── なにも、残っていなかった。
すべてが燃やされ、溶かされ、灰燼に帰していた。構造物まで原型を留めず変形しきり、ピュア・エレメンツがここにいた、確かに存在していたという痕跡は、もうここにはなにもなかった。
ラ・ピュセルという魔法少女が、グリムハートを殺すために、非常発電機の燃料室を破壊し、大量のLPGで吹き飛ばしたのだと言う。
ラ・ピュセル────
そこから、また
ピュア・エレメンツは全滅した。
誰も弱くなかった。
だから全滅した。
人造魔法少女戦隊、ピュア・エレメンツに必要だったのは────
『わたしは戦いました! あの研究所で、“最初の魔法使い”の遺跡で。どの人造魔法少女よりもわたしが強いと証明しました!』
『人格を切り分けて、あるいは何も知らない女の人達を騙して! そこまでしても、わたしの方が優秀だと証明しました!!』
原初にして最強の完全人造魔法少女、ミクセリクサーだった。
── 認められない!
── 認められない!!
── 認められない!!!!
あれは、ピュア・エレメンツの亡霊だ。紛い物だ。
クェイクは死んだ。シャッフリンの贄になって死んだはずだ。テンペストとインフェルノだって死んだに違いない。
ピュア・エレメンツはグリムハートとシャッフリンに、暴力で奪われた。
ミクセリクサーがいたから生き残った、なんて認められない!
ミクセリクサーの師がグリムハートもシャッフリンも倒した、なんて認められない!!
私は、 ──────── 仲間はずれになんかされてない。
─☆──☆──☆──☆─
手のひらに心地よさを感じながら、下校路を歩いていくのも、10分もかからない。
「はい、ついたよ、デリュージ」
愛染が、気楽そうな口調で、だけれども決して相手を軽んじているわけではない言葉で、そう伝えた。
「あ、うん」
顔に出さないようには努力しつつも、名残惜しく髪引かれながら、奈美の手から愛染の手が離れる。
「それじゃあ、また後でね」
「うん」
愛染の言葉に、奈美は少しだけホッとしながら、別れる。
別れると言っても、同じアパートの別室だ。
奈美は可能なら同室、と思っていたが、愛染には別に、オールド・ブルーから指示されてやらなければならないことがあるらしい。
ポケットからシンプルなキーホルダーのついた鍵を取り出し、自分の部屋の鍵を開けた。
ペラペラの木製扉を開ける。
間取りは1K、というか、沙穂のアパートと同じで玄関から居室までの間にキッチン設備があるタイプだ。辛うじて独立した浴室とトイレはついているが、それ以外はとにかく古臭い。ロフトがあって、平成に入ってからのスタイルだが、逆に言うと平成の序盤に建てられたきり、外壁塗り直しぐらいしかしていない、内装に限って言えば名深3物件よりくたびれた経年アパートだ。
フローリングだが、除湿シートの上に布団を敷いたそれは、早くも万年床になりかけていた。それ以外は ──── 冷蔵庫はアイリスオーヤマの最小クラスのもので、冷凍庫はない。家電らしい家電は電子レンジぐらいしかない。
キッチンはガステーブルを自分で設置するタイプだが、非ビルトイン形据置ガステーブルの標準サイズ59.5cm幅のものは置けず、狭幅の56cm幅のものしか置けない。一応、最低限と研究部が用意した、パロマPA-28F型ガステーブルが置かれている。かつて華乃が中古で購入し、後に華乃邸から瑠璃宅に島流しならぬ村流しにされたそれの同型である。
それと電気ケトル。これもアイリスオーヤマの新品でも¥3,600以下で買えてしまうやつだ。
後は、一応はAndroidのタブレットコンピューターが、無造作に置かれていた。
他には、漫画だの雑誌だの、特別ななにかの教本だの、そんなものは置かれていない。そもそも、本を置いておく場所すらなかった。音楽再生の機械もなく、テレビもなく、ラジオすらなかった。
生活臭はする。だが、生活しようという気力が感じられない室内だった。
奈美は、脱力したようにカバンをおろすと言うか、落とした。その衝撃で、充電器に繋ぎっぱなしだったタブレットPCの画面が点灯した。
ロック画面の背景に設定されていたのは、ピュア・エレメンツの4人で一度、海へ出かけた時の写真だった。自分達がまだなにも知らないで、自分達が選ばれた魔法少女だと思っていた頃の1ページだった。
具体的な感想をいただけると、続きを書くことが捗ります。
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