魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4―   作:神谷萌

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第07話

「じゃ、アタシらこっちだから、先に」

「うん」

 梅見崎中学校・梅見崎高等学校の最寄り駅。

 下り電車の接近がしらせられている。前述もしたが交換設備のない単線の1面ホームなので、上り電車も下り電車も同じホームに入ってくる。

 その時点で、巳咲が沙穂と稚奈に告げ、稚奈がそれに返した。

 梅見崎学園の下校時間帯、ということで、2連接2本連結の4車体で入ってくる。

 巳咲や稚奈らの前に電車の2車体目が止まる。そのドアが開く。

「じゃ、また明日」

「うぃっす」

 乗り込み際に結鍵が振り返って言い、沙穂がそれに返した。

 ──── 連接車の先頭部分には貫通路・貫通幌は装備されていない。したがって、2本連結の場合でも、前後の2車体ずつは連接している同士は通り抜けられるが、そのお互いの間は通り抜けたり客室内を伺ったりすることはできない。

 なので、もうひとりの同級生…………………………………………とにかく形式上は同級生、が4車体目の前側のドアから乗り込んだことには、巳咲も結鍵も、稚奈も沙穂も気づかなかった。

 忍は電車に乗り込む。実際は干(・)支(・)ひ(・)と(・)回(・)り(・)と(・)数(・)年(・)以(・)上(・)は(・)離(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)同(・)級(・)生(・)達(・)とガールズ……?トークをしながら帰るのも心地よいが、今日の忍は少し険しい表情をして、乗り込んだ扉口から正面の、反対側のドアの近くに立ち、握り棒を握りながらドアに向かって俯きがちの姿勢になった。

 ドアが閉まる。電車が発車する。

 

 電車は途中、本業はロックバンドリーダーの某超々大物ミュージシャンが、映画監督をしたときのそのタイトルになった地区を通過する。

 ちょうどその地名を冠した駅に停車したところで、結鍵が下車した。車内に残る巳咲へと、電車に向かって手を振っていたが、そちらに背中を向けていた忍は当然、気が付かない。

 巳咲は、さらにそのひとつ先の駅で下車した。

 雑木林が軌道敷地をかすめる丘陵地帯を抜けて、電車は密度の高い住宅街に進んでいく。

 巳咲が下車した駅から2駅先、下り方(がた)のJR接続駅のふたつ手前で、忍は下車した。この駅も駅名に冠された地名が、先の某超々有名ロックバンドの楽曲の歌詞に度々出てくる。その一方で、この駅も交換設備はない。

 忍は、PASMO定期券を簡易改札機に当てて駅を出、左に回る。商店街と言うほど大層ではないが、複数のジャンルの料理店が並んでいる区画を進み、今度は右に曲がって住宅街へ入る。

 そこから、実測の徒歩で18分ほど。探偵の忍には苦にもならない距離に、クライアントが用意したアパートがあった。

 背負っていたナップサックの肩紐から肩を抜いて前に持ち、サイドポケットから鍵を取り出す。それだけがやたら真新しいシリンダー錠を開ける。

 間取りは1LDKというか ──── どこぞのヒーロー志向の思考がおもしれー女のアパートと似た、7.5畳相当のワンルームに5畳半の和室がくっついた構造だ。

 ただし、リフォームは最低限しか行われていない。

 特に浴室の落差が酷い。あちらは注文流れのニッチ機種を押し込まれたLPG・石油小売がアパートのオーナーに「本体と灯油タンクはタダ当然で、工賃だけでつけるから」と泣きついた結果、リフォーム後は賃貸なのにFF(強制外部給排気)式の灯油給湯というトンチキ物件をトンチキ物件足らしめている最大の要素ながら、その結果、家庭用石油給湯器としては最大級の4万キロ機、ふろオート、無線LAN対応リモコンまで装備し、浴室自体もタカラスタンダードの一般住宅用ユニットバス『エメロード』が採用された、家賃レンジにしてはやたら上質な浴室になっている。

 それに対してこの忍の仮住まいは、旧いサンウェーブ(現・LIXIL)のステンレス浴槽を使ったユニットバス風(・)仕上げで、オマケにCF(自然排気)式、傘型の逆風止めが懐かしい浴室内設置型ガス風呂釜がでーんと鎮座している。床も壁も、タイルが経年してどこか乾いたと言うか、すり減ったような、掠れたような感じがある。

 台所も古ぼけたものだ。というか、在りし日のサンウェーブのロゴが流し台の片隅に取り付けられていた。ツーハンドル混合水栓も、そのハンドルのプラスチックが古ぼけて光沢を失っている。

 ガステーブルは、どこから調達してきたのか、リンナイが以前製造していた、回転式器具栓ツマミなのに標準バーナーが多機能型という代物が置いてあった。ガス栓とガステーブルを繋ぐホースの色はLPG用のオレンジ。Web検索ではこのあたりは都市ガスエリアのはずなのだが、建物の面する住宅内の街路に都市ガス管が伸びてきていないらしい。

 三菱電機の耐熱トップテーブル型2ドア冷蔵庫、その上にシャープの大型ダイヤル式の単機能電子レンジ。いずれも中古品だ。

 居室に入る。やはりあまり物はないが、ローベッドの他にローデスクがあって、その上にノートパソコンとスマートフォンが置かれている。忍は割と几帳面な性格をしているのか、机の上の資料や本の類は雑多に散らばった様子がなく、整然と整理されている。

 他にVE魔法瓶がLDK内の収納ケースに置かれている。

 そのローデスクのそばまで行って、そこでナップサックを降ろし、ローデスクの隣に置く。その口を開けて、中からAuto110を取り出す。

「…………」

 フィルムを外へ出そうとして、一旦止めた。まだ外は明るかったからだ。

「ふう……」

 そこでようやく、緊張を緩める。

 Auto110をその脇に置いて、ノートパソコンの起動を開始させる。ジャックが使っていたものと同じFRONTIERブランドのものだ。奇しくもというか、必然に近いと言うか、AIバブルで最新規格のDDR5メモリの高騰が続いていたため、ひとつ前の世代のDDR4規格を採用している機種、かつ膨大なデータ ── イラストレーター志願のジャックは高解像度の静止画、忍は文字(テキスト)ベースだが膨大な調査報告とやはり大量の静止画 ── を保存するためのHDDが内蔵できる機種ということで被った。

 起動中に、ナップサックからA5ノートを取り出した。

 SSDからの起動で、数分かからずWindows11のログイン画面が表示された。パスワードを打ち込んで、デスクトップを表示させる。

 A5ノートを開く。魔法少女学級での“気付き”が記されたメモが、明らかに丁寧ではない走り書きの文字で書き込まれている。

 魔法少女学級には、生徒は魔法の国製以外の情報端末を持ち込めない。

 いや、そもそも実際、探偵の調査メモは悠長にフリック入力している余裕がない。声を潜めていなければならないこともあるから音声入力もNGだ。

 何より、咄嗟に“気付き”を書き込むのには、手書きでざっと書いた方が、雑多な情報がフィルタリングされて後々必要な情報を記せる。簡単な図をさっと描いて文字を添えることも可能だ。

 もちろん、今でも、どこの私立探偵、興信所でもそうしているかどうかは忍にはわからない。ただ、自分はあの、厳しそうに見えて飄々としている所長にそう教えられた。

 手書きのメリットにはもうひとつある。自身の頭でもその時の印象などを記憶していることが少なくないことだ。だから、その記憶が曖昧にならないうちに、次はパソコンで、清書、とまでは言わないものの、整理して纏めておく。

 タッチパッドはあるがマウスも接続されている。そのマウスを操作して、書き込むフィールドを指定して、キーボードで文字を打ち込み始めた。

 

 

 ─☆──☆──☆──☆─

 

 名深市中宿、元 “華乃邸”。

 すでに陽は沈み、薄暮の時間も過ぎた。

 駐車スペースには、すでに華乃のドミンゴが駐(と)まっている。

「ふはぁ……」

 その声の主を知っている者なら、一瞬面食らってしまいそうな、気の抜けた声が聞こえてくる。

 浴室。

 華乃邸もまた、浴室内設置型風呂釜 ──── と言っても、FF式のリンナイRF-1662FFS-SAとなると、性格的には“浴室内設置型風呂釜型(・)追焚付給湯器”と呼ぶべき代物だが、とにかくそれを使っている関係で、浴室はクリナップ製ステンレス浴槽を使ったユニットバス風(・)仕上げだ。

「…………はぁ……」

 再度声混じりの吐息が出る。労働の後の入浴ほど心地よく力が抜けるものはそうそうない。

 

【挿絵表示】

 

 ゴゥ…………

 浴室でお湯を出しているわけでも、風呂の追焚でもないのに、バーナー燃焼時の給排気ブロア音が聞こえる。台所で颯太が水仕事というか、おそらくは夕食の準備をしていて、お湯を出しているのだろう。

 台所リモコンも設置されている。どうも大家が賃料同価格帯の集合住宅を見てそれがトレンドだと思い込み、台所リモコン設置可能な機種を選択したのだとか。

 そのおかげで、以前はこんな事があった。いや、今後起こらない保証はないのだが、以前に小雪が泊まりに来た時のことだ。

 

 客人として一番風呂に入っていた小雪が、やはり給排気ブロア音を聞いて、

 ── あ、華乃が台所仕事してるな……

 と、考えたところで、視線が浴室リモコンに向く。

 21世紀以降の、2ヶ所以上のリモコンが設置可能な給湯器は、入浴中に別室のリモコンから設定温度を変えられると事故に繋がりかねないため、浴室リモコン側だけが設定変更可能になる優先ボタンがある。

 ── たまにはこれくらいしてもいいよね?

 小雪は、口では最終的に勝てない憂さ晴らしのつもりで、浴室リモコンの優先ボタンを押し、給湯温度を39℃から、火傷しない程度に熱い温度まで上げた。

 途端にブロア音が止まる。

「はぁ……」

 やってしまってから、その行為が虚しくなってため息を吐いた。

 ── 何やってるんだろう、私……

 小雪は思った。今はスノーホワイトに変身しているわけではないが、色恋沙汰の争いにこんなイタズラを仕掛けるとか、どう考えても“理想の魔法少女”ではない。

 そう考えていたら、

「小雪!」

 と、浴室の扉越しに聞こえてきたのは、颯太の声だった。

「そっちから設定温度弄っただろ! ボクだから良かったようなものの、ちょっとやってることが悪質だぞ!」

 ── しまった……

 小雪は言い訳する言葉も出ず、口がお湯の中に浸かるまで身体を沈めた。

 

 もちろんその時、華乃も颯太と一緒に夕食の支度をしていたから、そんな事があったことも覚えている。本来のターゲットだった自分から見てもしょーもないことを、という感想しかない。

 

 日本でマカロニと言うとストレートパイプ状のやつが大抵は思い浮かぶ。

 が、今強火力バーナー側で一気に茹であげようとしているのは、リボン型マカロニの“ファルファッレ”と、文字通り車輪型マカロニの“ホイール”を混ぜたものだ。

「あがった」

 当然ラ・ピュセルの顔と姿で、ジャージの上下にエプロンを着けて、ガステーブルに向かい合っていた颯太が、マカロニを料理用のザルで鍋から引き上げたところで、浴室・洋室側から華乃が声をかけてきた。

「あ、オーブン予熱始めてくれる?」

「ん」

 颯太が頼むと、ピンクのパジャマ姿の華乃はガスオーブン“コンベック”に向かい、横向きの点火レバーを“止”から“開”の方へ押す。パイロットバーナーのぞき窓から点火を確認する。

「何度?」

「200」

 華乃が訊ね、颯太が答える。

「了解、少し低めにしとくぞ」

「ありがと」

 サーモダイヤルを操作しつつの華乃の言葉に、颯太は応(こた)えて礼の言葉を口にしつつ、湯切りしたマカロニを、一旦、お湯を捨てた鍋の中に湯切りザルごと戻す。

 すでにタイマーで消火済みのグリルの点火ボタンを戻してからグリル皿を引き出し、グリル用蓋付きパンを取り出すと、その中で蒸されたさいの目切りのじゃがいもを、すでに炒めた細切れの鶏肉と玉ねぎをあえたブラウンソースの鍋に追加する。

 じゃがいもがまんべんなくなるように混ぜてから、それを角型の耐熱皿に敷くように流し込む。一旦半分くらいで止めて、そこにマカロニを敷くように落とし、そこにかぶせるように具入りソースを追加する。その上にシュレッディングチーズを載せ、パルメザンの粉チーズも振りかける。

 その間、華乃はスープ用カップに水、乾燥ワカメ、チキンコンソメを入れて、醤油をわずかに落とし、2セット作ったそれにラップをかけて、オーブン台のオーブンの下に置かれたパナソニック製電子レンジに入れて、時間をセットして、加熱を開始する。

 ちょうど入れ替わるように、華乃が引いたところへ入れ替わりに颯太が来て、オーブンの扉を開け、2つの耐熱皿、後は焼くだけとなったグラタンの乗ったオーブン皿を挿し込み、扉を閉じる。サーモダイヤルを200℃丁度に合わせ、タイマーを設定する。

「ふぅ」

 そこまでこなしたところで、颯太が一息吐(つ)いた。

 一度、先に和室に入って、折りたたみ脚の卓袱台を食卓として準備していた華乃が、

「小雪からメッセージが来てる」

 と、手に持っていた颯太のスマホを颯太に差し出す。

 颯太はそれを振り返りながら受け取る。その時まで、「なんだろ?」みたいな顔をしていた颯太だったが、ロックを外して、メッセージ本文を読むと、

「? ?? なんだこりゃ? どういう意味だ?」

 と、呆れたような怪訝そうな表情になってそう言った。

「どうした?」

 華乃が訊き返す。

「これ」

 颯太は、華乃にその文面を見せる。華乃が画面を覗き込んだ。

 

『鳩田守颯さんの魔法少女名はツグツィーヌ・パイト』

 

 それは解る。問題はこの続きだった。

 

『心の声で、そうちゃんのことをそうちゃんって呼んでた』

 

「これは……」

「よくわかんないだろ?」

 颯太はなおも気の抜けたような表情と口調で言うが、華乃の方は、一気に表情を険しくして、眉間に皺を寄せる。

「いや……颯太のことを“そうちゃん”って呼んでたっていうことだろ。心の声で」

「え?」

「自然に颯太のことを“そうちゃん”って呼ぶ人間は限られてるぞ」

「え? あ!」

 華乃に言われて、ようやく颯太はその文面の意味を理解した。

 ピーッピーッピーッピーッ……

 電子レンジの調理完了音が挟まった。

「つばめさんやラズリーヌがたまにそう言ってからかってくるけど……」

 まだ華乃ほど緊張した様子のない颯太が言うが、華乃はすぐに、

「あの2人はわざとじゃないと言わないだろ」

 と、反論した。

「自然と出てくる相手は? 小雪以外に」

「あるとすれば……朱里ちゃん、ぐらいしか思い浮かばないな……」

 華乃の問いに答えてから、上を向いていた視線を自分のスマートフォンに戻す。

「でも、別に“そうちゃん”って、ボクだけが呼ばれるわけじゃないだろ。名前で『そうた』とか『そうか』とか、ありふれた名前だと思うし。名字の方かもしれない」

「だとしても、小雪には……スノーホワイトには文脈で区別がつくだろ」

 颯太の言葉に、華乃はすぐにそう言い返す。

「ちょ、ちょっと待って」

 颯太はそう言い、両手でスマートフォンを持ち直すと、小雪への返信を打ち込みはじめる。

 ジィイィィィーッ…………

 オーブンのタイマーのお知らせ音が鳴り、カチャ……ン、と、1980年以前の機械のどこかのんびりした音を立てて、メインバーナーレバーが“止”に戻る。華乃がオーブン皿ハンドルを手に取り、オーブンの扉を開けた。

『それって、ラ・ピュセルのことを「そうちゃん」って呼んでるってこと? 他の、名前に「そう」がつく人のことじゃなくて?』

 颯太がそう送信すると、ほとんど間髪入れずに小雪からの返信があった。

『だから、そうだよ! 魔法少女ラ・ピュセルをそう呼んでるの!』

「…………」

 颯太はそれを見て、流石に怪訝そうに眉を顰(ひそ)めた。

「華乃、これ……」

 颯太がそう言って、華乃の方に視線を向ける。

 すると、華乃は、すでにオーブンのパイロットバーナーも消して、グラタンもスープも和室の卓袱台の上に移し、2人分の食卓が整っていた。

「すぐにどうこうもできないだろ、考えるのは食べてからでいい」

「あ、う、うん……」

 今度は逆に、華乃に気を抜かれたようになりつつ、颯太は食卓についた。

 溶けたチーズの上で粉チーズに沿って程よく焦げ目のついたグラタンから、ブラウンソースの芳醇な匂いが漂い、洋風わかめスープが添えられている。

 2人はフォークを手にとった。

「いただきます」

 

 

 ─☆──☆──☆──☆─

 





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