魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
「今日も1日、頑張っていきまっすか!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あの2人、ずいぶん早いのね……」
沙穂と稚奈が連れ立って歩いている、その後姿を見た希が呟いた。
まだ7時半にもなっていない。教職員も、住み込みの木ノ実と校舎の解錠番の十数名以外は、この後の時間に出勤してくる者が過半のはずだ。
そして、────
「!」
希も、周囲とは境界線ができるような雰囲気を纏っている守颯の姿を見つけた。
── この時間、この方向ってことは、私と同じ電車に乗っていたのね。
希も、市有地キャンプの位置から同じ私鉄線で通勤していた。
駅が川の対岸側にあるため、橋を通ると微妙に遠回りになるのが面倒くさくて、何度か繰々姫になって川だけ飛び越えたことがあった。流石にそれはどうなのかと、燈か千子 ── 運転の時はジャックから変身を解除している ── が、希の4Cylinderジムニーで送り迎えするようになった。
一度、
「私が使っている原付バイク、貸しましょうか……」
と、燈が提案したこともあった。
「原付でここまで乗ってきてもらうの、大変じゃない?」
小雪がそう言うと、
「いえ、小さいバイクなので、乗用車でもセダンでなければなんとか乗るやつでして」
と、燈が説明した。燈の父親が若い時に買った小型レジャーバイクだという。
「ただ、ミッション車なんですけど」
「あ、そうなんだ、うーん……」
燈がそう言うと、それを聞かされた希は、腕を組んで首を傾げながら唸ってしまった。ミッション車、つまり
実は原付一種(原動機が内燃機関である場合に排気量50cc以下、または排気量50cc超125cc以下で出力4.0kW以下。原動機が電動機である場合に出力0.60kW以下)の免許にはMT・ATの区分がない(A.D.2026年執筆当時)。なので普通自動車免許がAT限定の希でも法律上は運転して構わないことになる。 ──── なるのだが、
「……自信ないわね…………」
と、希が苦笑して言い、先の週末では結局持っては来なかった。
──── 閑話休題、薀蓄失礼。
希は、守颯を注視したまま、数歩、歩いたが、
「先生、おはようございます!」
「あ、おはようございます」
と、自転車通学の一般学級の男子生徒に挨拶されて、それに返すことで、守颯への視線は外れた。意識が守颯だけではなく、周囲の生徒一般に向かうようになる。
校門を通り、新校舎の教職員玄関に向かう。
靴を履き替える。校舎ではサンダル履きの教師も多い中、希は梅見崎
「おはようございます」
「おはようございます」
同じように出勤してきた、一般の教師と挨拶を交わす。
「おはようございます!」
希は、少し気合を入れて挨拶しながら、職員室に入った。
上手側の出入口横側にあるIC式タイムレコーダーに向かい、タッチパネルの『出勤』を押して、ショルダーバッグから取り出しておいた、ネックストラップホルダーに入ったIC付教職員証をかざす。
ピッ
読み取り音がして、正常読み取り・打刻完了の表示が出る。そのまま、教職員証は首から下げた。
新校舎職員室の希の事務机まで行くと、
「おはよう姫野ちゃん。いいねぇ、若い子は元気で」
と、向かいに座っている30過ぎの男性教師がそう言った。
「おはようございます。まぁ、若いのは確かですが」
希はそう挨拶を返して苦笑した。男性教師の方が年上なのは確実なのだが、「若い子」と表現されるほど離れているとも、希には思えなかった。 ──── もっとも、希が実年齢より年少に見られている可能性も大いにあったが。
ノートパソコンを開き、起動スイッチを押した。
「…………」
木ノ実は、その日も新校舎中庭の植栽の手入れの準備をして、いたのだが……
「くっ、はぁ……」
苦しげに息を吐いた。早朝に飛び起きる羽目になってからの違和感が、ここに立つと胸が締め付けられるほどに強くなった。
作業になりそうにない。剪定など、
その圧迫感を感じる方を見た。
音が、木ノ実が音として捉えるなにかが発されている、新校舎の窓のない壁を見る。
「…………っ!?」
以前にも書いたとおり、壁から聞こえる何かは、あくまで木ノ実が音として感じるだけであって、実際の音波ではない。
今までの“音”は、秋の虫の音色とか、古典的なオルゴールの音とか、単調ながらもどこか優雅なものを感じるものだったが、今日聞こえてきたそれは、別のなにかの力がぶつかって乱れた、聞くに堪えない不協和音を奏でていた。
── なにかが始まろうとしている。
起きたときからのその感覚が、一層強くなってきた。
あまりのプレッシャーに、右手で左腕を掴みながら、軽く俯いて立ち尽くしてしまっていると、
「サトー?」
と、すっかり馴染んだ声が聞こえてきた。
「…………アーリィ、さん……」
木ノ実は、なんとか態度と表情を取り繕って、アーマー・アーリィに対応しようとしたが、声がくぐもってしまうのは抑えきれなかった。
「ナニカ ヘン?」
アーリィが訊ねる。
「いや、なにもおかしくありませんよ」
笑顔をつくりつつも、額に汗が滲む。
「コレ」
これも恒例になった、アーリィが左手に握っていたそれを、手のひら側を上に向けて開くようにして、木ノ実に差し出した。
何度目かになる、ミニゼリーだった。
「私に、ですね?」
木ノ実は、視線をゼリーに向けてからそれをアーリィの顔に移し、形式的に訊ねた。
コクン、とアーリィが頷く。
「あ、りがとうございます」
木ノ実はそう言って、ミニゼリーを受け取ろうとするが、つまみ上げようとした手の震えが、アーリィに対して隠しきれなかった。
「サトー ヤッパリ ヘン」
アーリィは、
「え、ええ、そうですね……これは、よくないです……」
木ノ実は、苦笑しながらそう言ってから、
「あ、私はちゃんと自分で対処しますから、あなたは、クラスにいかないとダメですよ」
と、含んで聞かせるようにそう言った。
アーリィは、コクン、とうなずいて、新校舎への出入口の方へ向かっていく。扉に入る前に、一度木ノ実のことを振り返ってから、校舎に入っていった。
「しかし……これはいけませんね……」
アーリィが校舎の中に入るのを待ってから、木ノ実は、声に出して呟いた。
── これは……仕事になりません……
木ノ実は、ひとまず今の状態で職務を続行することを断念することにした。しかし、回復の為にどうするべきかが悩ましかった。
── 医者にかかるにしても、普通の内科ですむもののように思えませんが……
だとすれば精神科か。それはそれで大仰な気もする。だが、治療が必要ならためらってもいられないだろう。
そう考えながら、その場に持ってきていた植栽の手入れ用の道具をなんとか校舎の方に運び、自身も校舎の中に入っていった。
もう日課になってきたように、申し送りの書類をクリアファイルに入れ、さらに、ノートパソコンから抜き取ったSDカードもそこに入れる。ノートパソコンを休止状態にする。
希は、椅子から立ち上がりながら、向かいの男性教師に向かって、
「では私、あちらに行きますのd ────」
「あ、ああ、姫野先生」
と、笑顔で言いかけたところで、呼び止められた。教頭だった。
「はい? どうかしましたか?」
希は、キョトン、としながら、教頭に視線を向けてそう言った。
「校長先生がお呼びです」
言われた希は、一度、「なんだろね」と、禁煙パイプを咥えた向かいの男性教師と顔を見合わせた。
──── 校長室。
希がここでハルナと向かい合うのは、赴任してきた初日以来だ。それ以降は、話の内容もあって、普段は旧校舎で話すのが常だった。
「姫野希……来ました、けど……」
目の前にハルナがいる。
中世欧風ファンタジーのエルフのようなイメージがあるが、1980年代頃の典型的なイメージであるディード◯ットと言うよりは、1995年頃以降の、『へっ◯゚こーず』のマ◯ナ・ガ◯゙ュマとか、『GA◯E』のテュ◯・◯ュナ・マ◯ソーのような線の太さがある。
カルコロの言によれば、本来は魔法使いらしいローブを着た姿がいつもだったらしいが、希が知っているハルナは、常に男物と見紛うようなパンツスタイルの高級ビジネススーツを着ている。
長い髪を下ろしているが、その毛の半分から毛先にかけてウェーブがかかっている。これは、以前髪を結っていたからだ。
目も実はオッドアイだ。それに、本来メガネをかけている。メガネについてもカルコロから聞いただけで、希は知らなかったが、オッドアイは知っていた。目が疲れたのか、旧校舎の職員室でくつろぎながら、カラーコンタクトを外しているのを見たことがあった。メガネが視力矯正のためのものなら、度入りカラコンなのかもしれない。
校長室にはハルナの私物の調度品が持ち込まれていて、絨毯はたとえ上履きであっても踏むのを少し躊躇しそうな、毛足の長い高級絨毯が敷かれている。執務机も、キャビネットも、上質な木製でツヤ出しの光沢が輝いている。
ハルナは、執務机の椅子に腰掛けたまま、希に向かって言う。
「ああ、別に些事だ。緊張することはない。他の教師づてにするのは憚られただけだ」
──── ミクセリクサーに、
「旧オスク派」
と言った瞬間に、いつものニコニコ笑顔が一気に目が笑わなくなるのを知っている希が、少し表情を引き攣らせているのを、ハルナは緊張していると取ったようだ。
「木ノ実が体調不良を訴えて、居室で休んでいる」
「あら」
ハルナの言葉に、希は軽く驚いた声を出した。
「大丈夫なんですか?」
希が心配そうな声を出す。
「今のところ、目眩がして職務には就けないということだ」
ハルナは、いつものように面白くもなさそうな態度と口調で言う。
「給食の配膳の時間までに復帰できるか怪しいから、4時間目の最中に、給食の台車が来ていなかったら、見に来てくれとのことだ。
「はい……わかり、ました」
説明を聞き終えた希は、心配そうな表情をしながら、校長室を職員室に繋がっている側の扉から出ていった。
「フン、仕方ない。カルコロが
忌々しそうに、ハルナは吐き捨てるように言った。
──── 旧校舎、1年F組。
「転校生さぁ……」
プリンセス・ライトニングが、自分の席に座っていたツグツィーヌ・パイトに声をかけた。
すでにここは魔法少女学級。2人も、その他のクラスメイトも、まだ変身はしていないが、魔法少女として名乗ることが求められている。
席に着きつつも、どこか気のない様子、どこを見ているのかもわからない様子でただ座っていたツグツィーヌに、ライトニングが話しかけた形だった。
「転校生じゃない」
ツグツィーヌは、ライトニングの方を見ることもなく、ただそう答えた。
「じゃあ、編入生?」
「編入生でもない」
ライトニングが再度訊ね、ツグツィーヌはやはり淡々と答える。
その隣でOR・治コが、妙な苦笑で立っている。
さらにその2人の後ろでは、プリンセス・デリュージが、ハラハラとした様子でライトニングとツグツィーヌの顔を交互に見ていた。ライトニングの制服の裾を掴んでしまいそうだった。
「どこから来たのよ」
「…………名深市」
ライトニングに訊かれ、ツグツィーヌはそう答えた。
「名深市」
そこまでオロオロとしていたデリュージの表情が、俄に険しくなる。
「名深市だって!?」
聞きつけたノワール・ミーが、席を蹴って立ち上がり、その傍らに来ていたブラン・キーとともに、駆けてくる。
そうすると、今度は今のノワール・ミーの言葉を聞きつけて、
「名深市っすか!?」
と、ランユウィが興奮した様子で席から立ち上がる。やはり
「名深市ってアレだろ、魔法少女がやたらめったら集まってるところだろ?」
ノワール・ミーが好奇心旺盛そうに訊ねると、
「今のここほどじゃない」
と、ツグツィーヌはやはり、顔をまっすぐ前に向けたまま、そう答えた。
「まぁ、そりゃそうよね。ここには15人もいる」
「もうすぐ、もう1人来るんですしねぇ」
ライトニングが半ば呆れたように言い、治コが苦笑したまま続いた。
「名深にも、16人居たことがあるの」
ツグツィーヌは、ぼそぼそとだが、自発的に付け加えた。
「へぇ」
ブラン・キーが、感心したように言った。彼女とノワール・ミーは、選抜試験型の制度を知らない。
そこへ、
「“名深の4人組”、っているっすよねぇ!?」
と、ランユウィが割り込んできた。
「“名深の4人組”…………」
「その4人組と一緒に、ラピス・ラズリーヌ……2代目のラピス・ラズリーヌがいるはずなんっすけど!」
オウム返しにしかけたツグツィーヌに、ランユウィが前のめりになって問い質すかのように強めに訊く。
「知らない」
「え?」
ツグツィーヌのそっけない答えに、ランユウィは、ぽかん、とした表情になった。
「知らない。私が知っている名深市には、2代目のラピス・ラズリーヌが来たことない。来れるはずもない」
ツグツィーヌは、急に饒舌になって、悲痛そうな口調で一気にそこまで言った。
「でも……あそこにいて、魔法少女だったら、絶対目立つと思うんっすけど」
ランユウィは困惑した様子で、再度問いかけるように言う。
だが、ツグツィーヌの答えは、
「でも、知らない」
と、質素なものだった。
「あ、そうです」
治コが、思い出したように言う。
「名深市って確か、“現身殺し”がいるところなんですよね」
「“現身殺し”!?」
治コの言葉に、ノワール・ミーが反応する。
「なにそれ、かっこいい二つ名じゃん」
本人は迷惑していると知る由もなく、ノワール・ミーはそう言った。
「“現身殺し”……」
ツグツィーヌが呟くと、その目からはらりと涙が零れ落ちた。
「ラ・ピュセル……」
「え」
そこで、周囲の人間がそれに気づく。
「あわあわあわ、私、なにかまずいことを言ってしまったでしょうか!?」
OR・治コが、慌てたように問いかける。
ツグツィーヌは、首を横に振った。
だが、涙は止まらない。
キーンコーンカーンコーン……
「ほらー、席に着きなさい!」
もはやこれも、いつものように、と言っていいだろう、繰々姫がバンバンと出席簿を叩いて鳴らしながら、そう言いつつ、教室の上手側の出入口から入ってくる。
が、繰々姫もその直後に、教室の雰囲気が不穏なことに気がついた。
「どうしたの?」
ツグツィーヌを複数の生徒に取り囲んでいるところへ、緊張した表情の希が声をかける。
「あ……えっと、どう言えばいいのかな」
ブラン・キーが、言葉に困って言う。
「私が失礼なことを言ってしまったみたいで……突然泣き出してしまったんです」
治コもまた、困惑しきった表情で言う。
「どうしたの? なにがあったの?」
繰々姫が訊ねるが、ツグツィーヌは、首を振り、
「大丈夫です」
と、そう言うばかりだった。
「でも、それじゃ……」
「大丈夫です」
ツグツィーヌは、首を左右に振ってやや強情そうに言う。だが、その涙は止まらない。
「ちょっと待ってて。カルコロ先生と相談してきます」
繰々姫は、そう言って、少し険しい表情で歩き出しかけつつ、
「ベルさん、ちょっと見ててくれる?」
と、すぐ後ろの席に座っていたディティック・ベルにそう言い、答えが返ってくる前にその脇を通り過ぎて、教室下手側の出入口から出ていった。
ベルの方は、それ以前から心配そうに観察してはいたものの、繰々姫に言われて、
「ひぇっ!?」
と、最初は妙な手振りのリアクションをしてしまった。しかし、すぐに立ち上がる。
「……でも、本当に大丈夫?」
治コを前に押し出すようにしてしまいつつ、ベルは、ツグツィーヌの斜め前に回り込んで、ツグツィーヌの顔を覗き込みながら、問いかける。
ツグツィーヌは、それにはこくん、と、頷いた。
繰々姫が後ろ手に扉を閉めた後、治コが、
「あの、私のハンカチでよかったら、使いますか?」
と、そう言って、自分の制服のポケットにあった、ガーゼ地のハンカチを差し出す。
だが、ツグツィーヌはそれにも首を左右に振った。
「全然大丈夫じゃないな……」
ベルは、顎を右手で支えて難しい顔をしつつ、深刻そうに言う。
ツグツィーヌが、小さい声で呟く。
「…………そうちゃん」
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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