魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
「外部に────」
ディティック・ベルが、言いつつ、カルコロと繰々姫の方を振り返った。
「外部に、連絡は取れないんですか!?」
「そ、それが、先程から、圏外になってしまっていて……」
カルコロが自身のマジカルフォンを操作している。ラ・ピュセルが持っているものと色違い、比較的近年のモデルのマスター用端末だ。
「こっちもダメです」
繰々姫が言った。繰々姫の持っているマジカルフォンは標準型だ。カルコロのものでダメならそもそも期待薄ではあった。
「他には!?」
ベルが問い質す。
「…………職員室の電話」
繰々姫が呟くように言い、
「あっ、それです、それです!」
と、カルコロが声を上げた。
「え、でも……」
OR・治コが声を出し、木ノ実とともに悲観的な表情でダミー扉を振り返る。この先にあるはずの渡り廊下はすでにない。
渡り廊下が落ちてしまったためか、ダミー扉の転移門も作動しなくなってしまったようだ。
治コは、渡り廊下に電話などのケーブル類も通っていたのではないか、と考えたのだが……────
「い、いえ、通信ケーブルの
カルコロが言った。
「え、でもLANは通ってますよね?」
繰々姫が問い返す。新校舎側のNASには旧校舎側のパソコンからもアクセスできたはずだ。Webの閲覧もできた。
「無線中継なんですよ!」
カルコロが、希望が見えたという表情でそう言った。
旧校舎の新校舎に面した壁に、無線LANブリッジが設置してあって、新校舎の一番旧校舎寄りの
わずかに明るくなったカルコロの表情に対して、しかし、繰々姫の表情は浮かないままだ。だが、
「とりあえず、ここに居ても追い詰められます。籠城するにしてもなんにしても、2階に上がった方がいいでしょう」
と、言った。
「先頭、行ク」
アーマー・アーリィがそう言った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
木ノ実がアーリィの背後から問いかけると、アーリィは、木ノ実に背中を向けたまま、そう答えた。
アーマー・アーリィの魔法は“攻撃を受ければ受けるほど強くなるよ”。攻撃を受けると、着ている鎧が強化される。
だが、魔法で強化された銃火器に有効なのか。1発目で通されてしまうことはないのか。ライフル弾や拳銃弾だけとは限らない。強化された対戦車グレネードでも出てきやしないか。
接近戦で直接襲いかかってくる相手なら繰々姫のリボンで防ぎながら進める。だが、銃火器相手、しかもラジコンカー程度の大きさの機械が積んでいるとなったら、それを事前に察知するのは難しい。
幸いと言うか ──── ほとんど怪我の功名だが、後先考えずにノワール・ミーとブラン・キーがプシュケ・プレインスやランユウィたちのいるところまで駆けていったため、階段の踊り場まではある程度は安全と見てもいいだろう。
── AI兵器って、自分で目標を見分けられるようにもなるって言われてたわね。
繰々姫はミリタリーに詳しいわけではないが、教師としてニュースには目を通すようにしている。ウクライナ-ロシア戦争の関連情報として嫌でも入ってくる。
ましてシャドウゲールが魔法で改造したというなら、ノワール・ミーたちに反応しなかったから
だが、先程繰々姫自身が言ったとおり、ここに居ても追い込まれるだけだ。
チラリ、と、倒れているプリンセス・ライトニングを見る。
もう変身も解けてしまっている。出血量からいって、まだ生きているとは思えない。
ここに残していくのは忍びないが、生存者を優先するべきだ。
ゴクリ、と、繰々姫は喉を鳴らす。
「旧職員室までは私が先に行きます」
繰々姫は、そう言って、ランユウィが繋いだままの職員会議室の扉から、旧職員室上手側の扉へと、先行していった。
扉をくぐったところで、周囲をキョロキョロと見回す。
「センセー! 大丈夫ですか?」
ブラン・キーの声が聞こえてきた。
それを確認した繰々姫は、ブラン・キーに視線を返してから、振り返って、
「ここまでは、どうやら大丈夫のようです」
と、手を振って、職員会議室の前にいる生徒やカルコロ、木ノ実に伝えた。
会議室の前では、
「では、皆さん行ってください」
と、カルコロがやはり、緊張しきった様子で言う。
「行くぞ」
まずドリル・ドリィが言った。彼女が、アーマー・アーリィ、ブレイド・ブレンダとキャノン・キャサリンを引き連れる
「で、では、みなさん、行きましょう」
と、そう言った木ノ実が、先導するかたちで、新人組が扉をくぐっていく。
その間、繰々姫は、階段の踊り場までと、職員会議室までの間の廊下の壁に幾条ものリボンを這わせ、扉や窓を塞いだ。気休め程度にしかならないかも知れないが。
そして、
「先に行ってください」
「あ……でも私は」
4人残ったうち、ベルが2人にそう言って促すが、促された一方のツグツィーヌ・パイトは、戸惑った顔をして短く返しかける。
「デリュージさんの怪我も気になります! 先に行きましょう!」
治コがそう言って、促すようにツグツィーヌの腕を引いた。
そうしてようやく、ツグツィーヌは、治コとともに扉をくぐった。
最後に、ベルとカルコロが、お互いの顔を見て頷きあい、ベル、カルコロ、の順に扉をくぐっていった。
「……そうしたら…………」
旧職員室前に集合したところで、繰々姫と何人かが、階段の踊り場の方を見た。
「…………ッ」
胃液が上がってきそうなほどに胸が灼けるような思いをしつつ、繰々姫は、
「アーリィさん、お願いします」
と、言った。
「ウン」
アーリィは、そう言って、踊り場の方に向かって歩きはじめる。
繰々姫は、他の生徒や、カルコロ、木ノ実の方を振り返って、
「みんな、ゆっくりとついていくわよ」
と、言い、1.5mほど
ドリィ、ブレンダとキャサリン、それに新人組、治コとツグツィーヌ、という順で、最後尾をベルとカルコロが歩くかたちで、進んでいく。
一般教室3区画分、およそ27m。アーリィの歩みは遅いとは言えなかったが、繰々姫には喉がカラカラになるほど憔悴して、その時間が無限にも思えるほど長く感じた。
アーリィが、ようやくブラン・キーが立っているところまで辿り着いた時に、繰々姫は自身も小走りになってそこまで来てしまい、そこで深く息を
繰々姫は慌てて振り返る。
繰々姫のリボンを破って出てくる存在は、今のところない。せめて新人組と木ノ実がたどり着くまで、そんなものが出てこないことを祈る。
果たして、新人たちは追いついてきて────
「いけない!」
ツグツィーヌが叫ぶ。
「前に跳んで!」
「え!? はっ!?」
カルコロの判断が遅れた一瞬、ベルがその背中を抱えて、繰々姫達の方にほぼ水平に跳躍する。
その半瞬後、すでに扉が吹き飛んでいた旧職員室の下手側の出入り口から、繰々姫のリボンを破って何かが飛び出してきた。それはそのまま、廊下の反対側の壁に当たる。
コンクリートが弾けた。クレーターのような穴が開いた。貫通されたその穴の上の窓から見える外では、樹木が燃えている。
「
プシュケが呟いた。
「え?」
ランユウィが訊き返す。
「ガチの対戦車兵器が出てきましたね……」
プシュケが汗を拭うような仕種をしながら言う。
「あんなの、リボンで防ぎようが……」
繰々姫が、半ば唖然としながら、壁の穴を見ながらつぶやくように言うと、
「いえ、今のはリボンで信管が作動しなくてよかったです」
と、プシュケが言う。
「強化されていたらの話ですけど……リボンのところで炸裂していたらベルさんとカルコロ先生はただじゃ済みません。私達も大怪我を負っていました」
「ひえぇ……」
プシュケの言葉に、ノワール・ミーが、やはり唖然としたような表情で声を漏らした。
「階段を
繰々姫とカルコロ、それにベルが、2階へと続く階段を見上げる。
「いい手を考えました」
プシュケが言う。
「── もっとも、さっきみたいなのが出てきたら、その……繰々姫先生のリボンよりはマシ、程度かもしれませんが」
「そ、それで行きましょう! それで!」
カルコロがまるでプシュケに縋るかのように言い、繰々姫も頷いた。
プシューッ……
プシュケが、粘着剤を壁に吹き付ける。
これで壁や天井を固めながら進めば、どこからともなく自動兵器が出てくることは防げる、という考えだ。
アーリィを先頭に、その直後をプシュケと繰々姫が並んで続き、次にランユウィ、アーリィ以外のBCD、木ノ実と新人組、新人組の最後にノワール・ミーとブラン・キーがついて、ツグツィーヌと治コがデリュージの左右に付き添い、最後尾がベルとカルコロ。
階段を1段1段慎重に
「!」
ブチューッ!!
廊下に自走セントリーガンが1台、踊り場の方を向いていたのを、プシュケが水鉄砲から粘着剤を浴びせて身動きできなくした。
ガシャンッ!!
「!?」
踊り場正面の教室の天窓が弾けた。銃弾が階段の上下を分ける仕切りにめり込んでいた。めり込んでいてくれて助かった。跳弾になっていたら誰かが傷ついていたかも知れない。
バキャァッ!
繰々姫のリボンが、そのガラスの割れた天窓に突き刺さるように侵入し、中で
そのまま、リボンでその残骸を手繰り寄せる。
弾丸の発射機構は自走式と同じ、だが、車台を持たないタイプだ。ネジ穴のある台座が着いている。イメージセンサー部は繰々姫のリボンで破壊され、それで作動しなくなったようだ。
「設置タイプも有るのか……」
プシュケが、息を呑むような声でそう言った。
「でも、ここまで来たら、後は……」
カルコロが言い、繰々姫、ベルの3人が揃って、そちらを見る。
旧校舎現職員室の出入り口は、もう目の前だ。
念のため、そこまでの廊下の壁も、プシュケが粘着剤を吹き付けて固める。
繰々姫がリボンを伸ばし、現職員室の下手側の扉を開けた。なにかが起きる様子はない。
リボンを職員室内にも進入させ、ひらひらと振ってみせた。もっとも、これがどこまで意味があることやら。
繰々姫が、覚悟を決めて職員室の戸口に立つと────
「!?」
目の前に自走式セントリーガンが、それも、2台も。
「ひゃ……」
ヒュッ、ヒュッ……
繰々姫が声を上げかけた瞬間、扉の隙間を縫って、ノワール・ミーの投擲ナイフが迸り、自走セントリーガンの機構を貫いた。
そのまま、繰々姫がリボンで2台の自走セントリーガンを締め上げ、破壊する。
「ふぅ……」
繰々姫は、思わず胸をなでおろしながら息を
「危なかったな、先生」
背後からノワール・ミーの声が聞こえてきた。
「え、ええ、ありがとう、助かったわ」
繰々姫は、ノワール・ミーを振り返って、気まずそうにしながらそう言った。
ノワール・ミーの魔法は“百発百中の投げナイフを出せるよ”。彼女がつくり出した投げナイフは投擲すれば百発百中だ。ただし、ノワール・ミーが必中にできるのはそれだけだ。
……と、ここまでだけ書くと、某現身殺しの
『まぁ、あなたはターゲットじゃありませんからね』
「!?」
カルコロが出入り口に駆け寄ってきて、
「早速連絡を────」
と、室内に入りかけたときだ。
「だめ! 入らないで!!」
「え?」
ツグツィーヌが叫び、カルコロがそれを聞いて、仰け反るように振り返ったときだ。
パン!
「ッ……!」
カルコロが入りかけた扉のスレスレを弾丸が横に掠め、柱に着弾した。
「な…………」
カルコロが戦慄の表情になり、繰々姫も驚愕に目を
だが、すぐに、
「っ!」
繰々姫は、現職員室の廊下側の壁際、その天井に取り付けられていた設置型セントリーガンを見つけて、リボンでそれを破壊する。
「ど、どういうことですか、今のは!?」
カルコロが、誰にというわけではないが、糾弾するかのように声を上げた。
「もともと、繰々姫先生に対しては反応しないんです」
ツグツィーヌが言った。
「え……? それは、どうして?」
繰々姫が、驚いたように訊き返す。
「それは、わかりません……ただ、この中で、繰々姫先生と、ディティック・ベルさんには反応しません。今はそういうように設定されています。もっとも、これからずっとそのままという保証はできませんが」
ツグツィーヌは、どこか淡々と事実を告げるようにそう言った。
「どうしてそんなことがわかるんです!?」
カルコロは思わず問い質すが、
「カルコロ先生! それは後でいいです!」
繰々姫はそう言いながら、事務机が向かい合わせに接している境目に、質素な卓上電話台を置いて載せられた電話機の受話器を上げる。
逓信省制式3号自動式電話機。昭和60年の端末自由化まで、全国のご家庭を席巻してきた“黒電話”、その初代だ。なんでこんなレトロなものが……ハルナの趣味か? と、赴任したときに繰々姫はそう思ったが、今はそんなことに構ってはいられない。
受話器を上げ、耳に当てる。
構内電話の、プーップーップーッ、という、速いペースの発信音が鳴らない。フックを何度か押すが、変わらない。試しに外線発信のゼロを回してみるが、NTT加入電話の、ツー……、という音はしなかった。
「だめ、つながらない!」
「ランプ! VoIPユニットの“STATUS”ランプは!?」
入り口に立っているカルコロが言う。繰々姫は、視線を電話台の下に向けた。電話機に電気を供給し、音声信号、発呼信号を変換するVoIPユニットがある。ネットワークへの接続状態を示す“STATUS”ランプは赤で点滅していた。正常なら、青の連続点灯のはずだ。
「っ……」
繰々姫は、狼狽えて周囲をキョロキョロと見る。
「すみません、失礼します!」
カルコロを押し退けるようにして、ベルが職員室に入ってきた。一度パソコンに向かう。繰々姫が使っているミニタワー機の方だ。
マウスを少し動かすと、画面が復帰して、モニターにWindowsのログイン画面が表示される。
「先生、すみません、パスワードを、それから、ブラウザを立ち上げて……」
そう言って、ベルは画面を直接見ることができない方を向く。
「はいはいッ」
繰々姫が、パソコンのパスワードを打ち込み、デスクトップを表示させる。そして、標準にしてあるWaterfoxブラウザを立ち上げた。
「どうぞ」
繰々姫が言い、ベルがパソコンに向かい直す。
「IPアドレス! 旧校舎側の無線ユニットの設定用IPアドレスを!」
「あ、え、ぁ!」
カルコロが、一瞬戸惑った声を上げてから、
「その、192・168・…………」
カルコロが言うIPアドレスの番号を、ベルがブラウザのURL欄に打ち込んでいき、最後にEnterキーを押す。
すると、今度は無線ブリッジ機のログイン画面が出た。
ベルは、反射的に繰々姫を見る。
「ごめんなさい、私こっちのパスワードは……」
繰々姫が、申し訳無さそうな表情でベルに言う。
「し、仕方ありません」
カルコロが言う。
「今から読み上げます。ローマ字小文字で、h・a・r・u・n・a・b・a・k……」
カルコロの言うとおりに、ベルがパスワードを打ち込んだ。
ステータス画面が表示されるが……
「これ……電波、拾ってないんじゃないかな……」
ベルが、呟くように言った。
「右上の表示ですか!?」
「はい、そうです! グレーになってます!」
カルコロに問いかけられて、ベルが答えた。
繰々姫が、片手で顔を覆った。
「やっぱりこっちも遮断されてたか……」
そう言って、大きくため息を吐いた。
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