魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
「あの」
繰々姫とディティック・ベルたちの背後から、OR・治コの声がかけられた。
2人とカルコロが振り返る。
「デリュージさんの怪我の手当をしたいんですが……」
少しおずおずとした様子で、治コはそう言った。
デリュージがセントリーガンに撃たれて掠められた傷が存外深く、出血がまだ完全には止まらないようだった。
「ですが、この状況で安全な場所は……」
カルコロが言い、繰々姫と揃って難しい顔をして、唸る。
「仕方ない」
ベルは、そう言って職員室の壁に近づく。どこか羞恥を感じているような表情で、頬を染めている。
実際、成人魔法少女のベルとしては、自分の魔法は発動条件が発動条件なので、あまり人目につくところではやりたくなかったのだが……────
チュッ
顔を真っ赤にしたベルが壁にキスをすると、
「やぁ、なにか用かい? …………えーと、お嬢さん」
と、壁に現れたクレイアニメのような顔が、ベルに訊ねてきた。
「なんか今、一瞬、間があったのはなんでしょうね?」
「い、今はそういうこと言わなくていいっす」
プシュケ・プレインスが半開きの眼をした皮肉げな表情で言うと、ランユウィも、この場の空気に不似合いな、眉を吊り上げつつも苦笑気味の表情でそう言った。
ヤブ睨みの眼でちらっと声の方を見た後、ベルは、
「この建物に、普段はない異物が入り込んでいるのは解る?」
と、壁の顔に訊ねた。
「ああ、黒い衣装の魔法少女のお嬢ちゃんだな」
顔、旧校舎はそう答える。
「黒い衣装……確かにシャドウゲールの衣装……」
カルコロが呟いた。
ベルは更に続ける。
「変な小さいものを建物の中に放したり、取り付けたりしなかった?」
旧校舎は答える。
「それは気づいているよ。ただ、走り回っている方はどこにいるか教えても意味がないんじゃないか?」
「…………」
ベルは少し考えてから、
「隣の、私達の教室はどう?」
「今のところはいないな」
と、問いかけ、旧校舎はそう答えた。
「設置型の方は?」
「それもない」
ベルは考える。直前まで生徒がいたからだろうか。だが、この旧校舎現職員室には、騒ぎの寸前まで繰々姫がいて、退出して、ここまで戻ってくるまでの1時間もない間に設置型を取り付けられた。実際ほど慎重に振る舞わず最短で戻ってくることを考えたら、確保できる作業時間はもっと短いはずだ。
ベル以外も考えていた。
「罠かも」
プシュケが、険しい表情で言う。
「私達をそこに追い込もうってとこっすか?」
ランユウィがプシュケを振り返って訊き返すと、プシュケは頷いた。
「でも、今はそれどころじゃないです!」
治コはそう声を上げた。
「少なくとも今はいないんだろ? じゃー、私達が出入り口を見張ってりゃ大丈夫だろ」
ノワール・ミーが得意そうにそう言った。
「…………今は、仕方ないか」
プシュケは、完全に納得した様子ではなかったが、渋々と認める形になった。
それを聞いた治コは、
「デリュージさん! 行きましょう!」
治コは、そう言って、デリュージの、肩を負傷していない方の腕を引いて、1年F組の教室へ向かった。ノワール・ミーがそれを追い、ブラン・キー、ランユウィとプシュケもそれを追っていった。
「みんなも一旦、教室に移動しよう」
ツグツィーヌが、ABCD組を含めた新人組と、木ノ実にそう言った。
「そ、そうしてください」
カルコロもそれに同意する。
ベルが、旧校舎の
「…………その、黒い魔法少女の居場所は解る?」
と、訊ねる。
「ああ、…………いや、待てよ?」
旧校舎は、最初、任せておけと言わんばかりの反応を返したが、すぐにその表情の雲行きが怪しくなった。
「見つからない……いや、出ていった形跡はないから、確かに中にいるはずなんだが……」
「な、どういうことですか、それは……」
カルコロの方が、驚いてやや大きな声を出してしまった。
「視覚的に見えないと、あなたにも見つけ
繰々姫が、旧校舎の顔の方を見てそう問いかける。
「それは……」
「答えて」
旧校舎が躊躇したような声を出すと、ベルが促す。
「確かに姿が見えない相手は見つけづらいな。それでも歩きまわってくれればなんとか見つからないこともないが、一ヶ所にじっとされていたらなお難しい」
「で、ですが、シャドウゲールの魔法は姿を消せるようなものではありませんよ!?」
旧校舎の答えに、カルコロが素っ頓狂な声を出す。
「透明外套」
繰々姫が言った。
「え!?」
カルコロが短く声を出し、表情の緊張を強めたベルとともに、繰々姫に視線を向ける。
繰々姫は思い出す。彼女とファニートリックのためにラ・ピュセルとリップルが遠征鍛錬をしていた、その割と初期の頃の話だ。
『姿が見えない相手なんて、どう対処すればいいんですかー!』
『あ、ごめん。今のはファニートリックにはちょっと意地悪だった』
ラ・ピュセルは、透明外套を脱いで姿を現しつつ、苦笑してそう言った。
『今のは繰々姫に対処してほしかったんだよね』
『私ですか?』
『相手が一定の範囲内にいるってわかってるんなら、そのリボンで周囲ひと回りさせれば見つかるでしょう?』
「──── “クラムベリー最後の魔法少女選抜試験”でクラムベリーが頒布したもので、今はラ・ピュセルが普段持ち歩いています。……あれ、一品物じゃないですよね?」
繰々姫は説明し、そしてカルコロに訊き返した。
「ええ、まぁ……かなり値は張りますが、
そのカルコロの答えを聞いて、今度はベルが、
「それ、どういうものですか?」
と、2人に向かって訊ねる。
「着用者の姿が消える。もっとも、音は遮れないんだけど」
繰々姫が答えると、ベルは旧校舎の顔に向き直した。
「それが本当だとすると、ちょっと見つけられないかも知れないな」
旧校舎は、ベルに言葉で促される前にそう答えた。
ベルは、口元に手を当てて、少し考え込んだ後、
「お2人は、まだなにか聞きたいことありますか?」
と、繰々姫とカルコロに視線を向けて、問いかけた。
「今のところは、思いつかないかな……」
「……私も、です」
2人の答えを聞いてから、ベルは、
「ありがと。また後で何かあったら聞かせて」
と、そう言って、壁の顔にキスをした。壁は元通りの平面に戻った。
「うーん、教室までは全員辿り着きましたか」
シャドウゲールは呟く。
「流石に
『カール・グスタフM4』はスウェーデンの
それに、光学センサーで一定時間、廊下側からの光が途切れた時に作動する簡易な自動射撃装置を取り付けて、旧職員室の隣の旧校長室の扉に向けて仕掛けておいた。
だが、『カール・グスタフ』シリーズ用551型HEAT弾を改造する時に、魔法少女に直撃することを前提に着発信管を調整してしまったため、繰々姫のリボンで光が遮られているうちに発射装置が作動してしまい、リボンを突き破って、廊下を突っ切り、壁に命中してしまった。HEATは、
ターゲット・リストを脳内で思い出す。
第1優先目標は、カルコロ、ランユウィ、プリンセス・デリュージ、アーマー・アーリィ、ブレイド・ブレンダ、キャノン・キャサリン、ドリル・ドリィ、OR・治コ。第2優先目標は、プシュケ・プレインス、ABCD組と治コ以外の新人の全員。
プリンセス・ライトニングも第1優先目標だった。また、本来なら校長のハルナ・ミディ・メレンもその範疇だったが、新校舎側にいたままで狙えなかった。 ── まぁ、ハルナは魔法使いといっても普段は普通の人間なので、取り巻きから剥がしてしまえばどうにでもなる。
優先順はそれぞれの背後にある。プフレを直接殺害したオールド・ブルーの研究部の影響下にある者と、魔法少女を消耗品か実験対象と見ている旧オスク派に関わっている者だ。
新人は、無垢な魔法少女として旧オスク派の思想に汚染され始めている。だから
カスパ派の影響下にある2人、明らかに外交部に近い繰々姫と、本人は魔法の国の政体には
ただし、カスパ派でもプク派残党系のプシュケは駄目だ。
…………繰々姫とベルが対象外なのにはもうひとつ理由がある。ベルは、本人は記憶を消されていて知らないが、クラムベリーの
そして、プフレとシャドウゲールも“Cranberry’s Children”だった。それも、クラムベリーの犯罪の中では最大級とされる、同時に100人の候補生を用意しての殺し合いの生き残りだ。
だから、ベルと繰々姫を否定することはプフレを否定することと同義になってしまう。だから対象からは外している。
もっとも、それは絶対に殺さない、ということを前提にはしていなかったが。
──── 1年F組、教室。
「よい、しょっと」
OR・治コは、ロッカーから小さめのカバンを取り出して、デリュージを座らせている最後尾の席の机まで持ってきた。
「それはなに?」
ブラン・キーが問いかける。
上手側の出入り口にノワール・ミーが、下手側のそこにはプシュケが、それぞれ立っている。
室内では、ランユウィが緊張した面持ちで、室内をぐるぐると見回している。
「これは『四次元ポーチLite』といいまして、3000lまでいろいろな物が入れておけるんです」
治コは、そう説明しつつ、四次元ポーチLiteの口を開けて中を探り始める。
「へー……ドラえ◯んみたい」
ノワール・ミーがそう言った。他の生徒の何人かも、治コの方を注視している。
「よいしょっと」
治コが取り出したのは、大きめの救急箱と、滅菌精製水の500ml入りボトルだった。
「少ししみますが、我慢してください」
治コはそう言い、滅菌精製水のボトルのキャップを開けると、床に滴るのも構わず、惜しげもなく全量をデリュージの肩の傷にふりかけた。
「つ、つつ……」
デリュージが、思わず表情を歪める。
「ごめんなさい、ちょっと我慢してください」
治コは申し訳無さそうに言う。
傷口の洗浄が終わると、治コは救急箱を開けて、マイナーメーカーのハイドロコロイドテープと、個別包装の脱脂綿を取り出し、机に置く。さらに救急箱に備え付けてあった抗菌フッ素コート刃のハサミを手に取り、箱からハイドロコロイドテープを取り出して、短冊型に切っておく。
そこでハサミを銀イオンコーティングのピンセットに持ち替え、脱脂綿の個包装を切って取り出し、デリュージの傷口の周囲を拭き取る。治コが僅かに目を離していた間にも、血が傷口の周囲に滲み出してきている。
「つっ……つつ……」
大きくはないが深い傷口の周囲をわずかにだが圧されて、デリュージはまた、表情を歪めて声を漏らした。
「ごめんなさい! もう少し我慢してください!」
治コは言う。
切っておいたハイドロコロイドテープを、デリュージの傷口を覆いきるように貼り付けた。
それから、治コは救急箱から高通気性包帯を取り出し、封を開けて、デリュージの肩の傷をわずかに圧迫するように巻く。そして、やはり救急箱の中に用意されていた包帯留メ2つでその端を留めた。
ちなみに、筋肉に達するような深い傷口の場合、本来、傷口の洗浄には医療用生理食塩水、ドレッシング材(この場合、傷口に直接当たる被覆材のこと)も医療用ワセリンメッシュなどが適当だ。だが、これらは無保険購入だとあまりに高額すぎて、普段から持ち歩くことができなかった。
生理食塩水には滅菌精製水と大して変わらない販売価格でコンタクトレンズ用が売っているが、これは僅かにだが防腐剤や界面活性剤を含んでいるものもあり、傷口の洗浄に使うと悪化を招く。
「大丈夫?」
治コが、使用済みの消耗品を片付け、救急箱を片付けて仕舞うのを余所に、ブラン・キーがそう訊ねた。
「…………」
デリュージは、すぐにはそれに答えなかった。
そして、
ガタッ
と、デリュージは、椅子を鳴らして突然立ち上がり、教室からとびだそうとする。
「え、デリュージさん? デリュージさん!?」
治コが慌てた声を出すが、止まらない
「わっ!?」
背中を突き飛ばされたプシュケが、驚いた声を出す。
「デリュージさん!?」
旧職員室の下手側の出入り口に立っていたカルコロが声を出すが、それでも止まらない。
咄嗟に繰々姫が飛び出して、デリュージを追った。
「一体、なにを……」
ベルがその傍らに立った時、カルコロが声を漏らした。
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