魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4―   作:神谷萌

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第16話

 ─☆──☆──☆──☆─

 

 名深市。

 ヴォン……

 2輪では『4気筒のホンダ』と言われ、マルチ(多気筒)が売りだとされるが、そのホンダの中にあって単気筒のエンジン音を奏でながら、名深駅前近くを走る。

 北渚、ミクセリクサーのアパート。

 ミクセリクサーの部屋の前、通行を害さない場所に、そのホンダ Rebel250 E-Clutchが乗り付けた。

 スタンドを立てて、Rebel250から降り立ったライダーは、肩口からの僅かを残して右腕がない。

 その隻腕の左手だけで、室田つばめは、フルフェイスヘルメット、Arai XDを器用に脱いだ。

「やっぱりバイク(単車)はいいな」

 このRebel250 E-Clutchを購入してから、何度目かのその言葉をまた出した。

 魔法少女トップスピードとして、ラピッドスワローで大空を駆けるのも爽快感は最高だが、演出ではないエンジン音、タイヤの拾うロードノイズ、手足を介して制御する感覚……──── ボディという装甲を纏う4輪車とも異なる、この感覚はオートバイでしか味わえない。

 Rebel250 E-Clutchの購入と運転補助仕様化(右手スイッチの左側移設、マニュアルクラッチモードの封印など)は、娘の朝希が幼稚園に通うようになってしばらくしてから、出◯館の配達員をやって稼いだうちの一部を貯金しておいた中からその費用を出した。 ──── “知り合い”以上にはよく知ったやつが隣接エリアで登録していて、

「経路記録がたまに飛び飛びになるやつがいるんだよなぁ。早く届けてくれて喜ばれるし、数もこなしてるし、端川駅エリアの配達員不足してるからお目溢(こぼ)ししてるみたいだが」

「な、なんのことっすか?」

 とか言っていたら、

「北宿・中宿エリアで経路記録がたまに道路に関係なく直線距離描いてるやつがいるんっすけど、これどういうことっすかねぇ?」

「ぐ……」

 ってなこともあったが。

 購入にあたっては夫の昇一は最初いい顔をしなかったが、その昇一も学生時代から自転車の方のロードバイク趣味があり、そのスポーツ自転車の公道走行への風あたりが年々強まる中で、エ(・)ン(・)ジ(・)ン(・)が(・)付(・)い(・)て(・)い(・)る(・)か(・)ら(・)という理由では止めきれなくなった。……なったが、その後で、

「これを使え」

 と、Arai XDを購入したのは昇一の方である。

 他にも、隻腕になった後の免許条件では最初、2輪は改造種車にビッグスクーターを想定してAT車限定がついていたが、ホンダE-Clutchシステム車は、オートクラッチだが形式登録上MT車扱いになっているため、免許条件も書き換えている。 ──── 完成後の実車もって免許センターへ書き換えのための運動能力確認を受けに行ったら、

「げっ」

「なんだ。どっかで聞いた名前だと思ったら、“エンプレス”の速度女王(トップスピード)じゃないか」

 と、昔お(・)世(・)話(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)警察官が試験官だったりもして、

「変速の時にちょっと引っかかる感じもあるが……まぁお前ならなんとかするだろ。合格」

「いいんすかそれで……」

「うるせー! 俺達が免取にできなかったやつが腕1本失(な)くしたぐらいで乗れなくなってたまるか!!」

 ってなこともあったりしたが。 ──── 閑話休題。

 

 一方のミクセリクサーは────

「ジャック、元気でやっているでしょうか……」

 最近はあまり見せないメランコリックな表情でそう呟いていたところへ

 ピンポーン

 と、ドアチャイムが鳴らされた。

「はーい、ただいまー!」

 ミクセリクサーは、そう声を上げて玄関に向かう。

 上がり框(かまち)を下りて、鍵を外す。

 先程つばめから来ると連絡があったため、そうだと思いこんで安直に扉を開けている。もっとも、一般社会の犯罪者など銃を持っているぐらいではミクセリクサーにとってトランプ兵を呼び出すまでもなく制圧できる相手だし、詐欺についてもこれが意外なことにと言うか、師匠(オタク)を見ていた結果と言うか、

「すごいですが、どういう原理なのか説明してもらえますか?」

「興味深いので、より詳しくしくみを教えてもらえますか?」

「それはどこへ行けば取引できるのですか?」

「消火器なら比較用に購入したのが5本あります」

 と、悪意ほ(・)ぼ(・)ゼロでツッコミまくるため、たいてい途中で「だめだこりゃ」になる。

 あるいはまだまだ定番のオレオレ詐欺も、

『あ、俺俺、俺だけど』

「トップスピード様は女性です」

『は? それだr────』

 で終わったりする。

 安っぽくもないが決して厚くもない玄関扉が開き、

「よっ」

 と、つばめが顔を見せる。

「お待ちしておりました!」

 ニコニコと嬉しそうにミクセリクサーが出迎える。

「おっ、この匂いはカレーか?」

「はい!」

 室内に漂う香りに、つばめが言い、ミクセリクサーが肯定する。

 ミクセリクサーと言えば、祝事があると何故かギョーザをつくって振る舞いたがるとか、朝から麻婆豆腐とか、TPOを外しまくった献立サイクルが相変わらずだが、昼にカレーならまだ許容範囲だろう。

「トップスピード様も食べますか?」

「ああ、急に腹減ってき────」

 ミクセリクサーの問いかけに、つばめはそう答えかけて、それを見つけてしまった。

「!?」

 東芝製の昭和レトロな両面焼グリル付ガステーブルの標準バーナーで、北陸アルミニウムのリブロン圧力鍋が火にかけられていた。

 香辛料の匂いはそこから漂っている。

 つばめは切迫した表情になり、怒鳴る。

「おい! バカ! すぐ火を止めろ!!」

「へ?」

 ミクセリクサーは呆気にとられた表情をする。

「カレーを圧力鍋で加熱すんな! 爆発するぞ!!」

「カレールーは入れてないから大丈夫です!」

「え?」

 ミクセリクサーの即答に、今度はつばめが、緊張が突然失われた表情になる。

 ちょうどそのタイミングで、

 ジリリリリ……

 と、ゼンマイ式のアナログキッチンタイマーが鳴り響いた。

 

 鍋類を置いておく戸棚に、ミクセリクサー姉妹圧力鍋戦争の妹側の主戦力、アサヒ軽金属工業 ゼロ活力なべ パスカル が置いてある。

 圧力鍋でカレーを加熱してはいけない、というのは、日本で一般的な市販カレールーを使ったカレーの場合、とろみをつける油脂と小麦粉成分が入っているが、これによって内容物の粘性が高くなると、沸騰時に噴き上がった内容物が圧力鍋の制御弁に詰まり、異常な圧力上昇を招くおそれがある、というものだ。

 なのだが────

「圧力鍋で火を通す段階で、カレーの味を染み込ませるために、一部を粉末のカレー粉に置き換えて、先に入れるのです!」

 出来上がり、ご飯とともに皿によそわれたカレーを前に、ミクセリクサーが妙に得意そうに説明する。

「その分カレールーは標準使用量の3/4にします!」

「なるほどなー」

 家庭料理なら大先輩のはずのつばめが、感心した声を出す。

 が、その直後に、

「先生に教わりました!」

 と、ミクセリクサーが言うと、つばめの表情は皮肉めいた苦笑になる。

「ったく……」

 なお、粉末タイプといっても、現在はとろみ成分を含む“パウダールー”(メーカーによっては“カレーフレーク”とも)も存在するが、こちらは固形ルー同様、圧力鍋厳禁なので注意されたい。

 使用残りのS&Bゴールデンカレー中辛1ブロックは、箱ごとチャック付きビニール袋に入れて、使用途中のハウスGABANカレーパウダー缶と一緒に冷凍庫で保存されていた。

 そして、つばめはミクセリクサーとともに、スプーンを手にする。

「いただきます」

 ビーフカレーと言うか、“具に牛肉を使ったカレー”が、つばめの口に運ばれていく。その牛肉や、ゴロっと大きめに切ってまだ煮崩れていないジャガイモに、カレースパイスの芳醇な味が充分に染み込んでいる。

「お、悪くないなこれ」

「美味しいですか!?」

 つばめの感想に、ミクセリクサーが問いかける。

「ああ、こりゃいい。出どこが気になるが、オレも今度やってみよ」

 そう言いつつ、2人が食を進めていた、その中ほどの頃のことだ。

 ピリリリリリ……

 ミクセリクサーのスマートフォンが着信を告げる。

「あ、ジャックからです!」

 ミクセリクサーは、表示された発信元情報を見て妙に嬉しそうに言いつつ、“通話”をタップする。

「もしもし、ジャック、そちらは元気ですかー?」

 

【挿絵表示】

 

 緊張感もなく、いつもの……いつもより上機嫌な様子で応対した。

 つばめも、若干苦笑気味に眉を下げつつも、そこまでは穏やかにそれを見守りつつ、カレーのスプーンを口に運んだ ──── のだが。

「え? ……インフェルノ様が……はっ!?」

 ミクセリクサーの表情が、一気に不穏なものになっていく。

 つばめもそれを見て、眉間に皺を寄せつつ、口の中のカレーを急いで咀嚼し、嚥下する。

「どうした!?」

 つばめが険しい表情で問い質すが、ミクセリクサーはそれに直接答える代わりに、通話の内容を声に出す。

「学校が襲撃された!? 3人死んだですか!?」

 

【挿絵表示】

 

 

 ─☆──☆──☆──☆─

 

 ヴォン……

 13Bエンジンを穏やかに吹かしつつ、ロータリー・ビッグホーンが旧校舎側のグラウンドに入ってきた。

 ドライバーは守颯 ──── ツグツィーヌ・パイトではなく、変身していないラピス・ラズリーヌIII(3)rdだ。

 旧校舎を校内の他の敷地とを隔てているフェンスの、車両の通れるゲートが一時的に解錠されていた。と言っても、おっとり刀で駆けつけてきた、“魔法の国”情報局・保安員が、一般側生徒や教職員が通らないように、ゲート前に立っていたが。

 ビッグホーンは旧校舎玄関に着けた。その前の階段に、変身したままのプリンセス・デリュージが座っていた。付き添っているシュガーベリーが、ペットボトルのミネラルウォーターを持ち、デリュージの補充用の“魔力の薬”を飲ませたところだった。

 午前中のツグツィーヌのように、今度はデリュージが精神的に崩れてしまい、精神構造を維持するために、変身したままでいるしかなくなってしまったのだ。

 ビッグホーンの運転席からラズリーヌIIIが降りて、車体の前側を回って、シュガーベリーの前まで来た。

「お世話になっております。デリュージの身内の者です」

 ラズリーヌIIIがシュガーベリーに挨拶をすると、シュガーベリーは、立ち上がってラズリーヌIIIに向かい合った。

「ご苦労さまです。このような事態になってしまい、申し訳ありません」

 と、痛恨の極みといった申し訳無さそうな表情でそう返した。

 ラズリーヌIIIは、少しかがんで、デリュージに声をかける。

「デリュージちゃん、とりあえず田中先生のところに行こう? クルマ乗れる?」

 デリュージは、まるで自動機械かのように頷き、そして、幽鬼のようにふらりと立ち上がった。

 デリュージがビッグホーンの後部座席に乗り込もうとする。ラズリーヌIIIがドアを開けると、デリュージは僅かにふらつきながら車内に乗り込んだ。

「こちら、デリュージさんの手荷物です」

「ありがとうございます。お手数おかけしました」

 シュガーベリーが差し出したカバンを、ラズリーヌIIIが受け取る。ラズリーヌIIIは、シュガーベリーに礼を言ってから、それを助手席に乗せた。

「それでは、失礼します」

「ご苦労さまです」

 ラズリーヌIIIは、シュガーベリーと挨拶を交わしてから、車体の反対側へ回って運転席に乗り込む。ビッグホーンは静かに発進し、再びゲートの方へ、そして校外へ出ていく。

 ビッグホーンを見送った後、シュガーベリーは一時、その場に立ち尽くし、

「どうしてこんなことに……」

 と、呟いた。

 

 

 空き教室のひとつに、護と愛染(あい)、それに背後から撃たれて斃れた新人2人の、計4人の遺体が安置されていた。

「痛ましいことになった」

 ハルナは、並んだ遺体が頭を向けている側の傍らに立ち、口元に手を当てるようにしながらそう言った。

 その隣に控えるように、カルコロが立っている。

 カルコロは落ち着きを装(・)い(・)つ(・)つ(・)も、死を悼む表情をしている。

 だが、ハルナの方は、険しい表情をしつつも、シャドウゲールはともかくとして、生徒の3人の死を悼んでいるようにはとれない。

 生徒は別の空き教室に集められている。情報局の魔法使いが、彼女達を問診し、精神負荷が強い生徒に対しては、記憶を消さないまでも、それをやわらげる処置を施していた。もちろん、デリュージにも施されはしたが、彼女には効果に限界があった。

 ハルナは、田中愛染 ──── プリンセス・ライトニングの遺体に視線を合わせ、傍らにいるカルコロにも聞こえないほどの小さな声で、呟く。

「まだ時期尚早かと思ったが、処理を開始した方が良さそうだ」

 

 





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