魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
その部屋に最初に招かれた者は、走ることが自身のアイデンティティになっている少女だった。
「なんだよ、そっちのあたし」
強烈に不愉快そうに、怒気を孕んだ声でいう。
「騙されて、調子に乗って、イキがって、最後にお前に泣き言吐いて終わりかよ。情けねぇにも程がある」
── そんな、いくらなんでもその言い方は酷い! 朱里ちゃんだって……────
それを聞いて、朱里の表情は一気に怒りに染まった。
「
激情の限りに怒声を張り上げる。
「何度でも言ってやる! そいつは緋山朱里のツラ汚しだ! ついでに“
── …………
「それで、肝心のお前のザマはなによ」
── ザマ、って……
一度言葉を失った相手に、朱里が問いかけると、相手は困惑したように声をだす。
朱里はさらに問い詰める。
「あたしの、その言葉を受けた結果がそれかって聞いてんの」
── そうだよ、朱里ちゃんが言い遺したとおり、私は犯罪魔法少女を……────
「そうか、そうか、そっちのあたしはお前に『悪い魔法少女狩りまくって
朱里は、一度落ち着いたような表情を再度、嫌悪感と怒りに染める。
「やっぱサイテーだな、そっちのあたし。そいつが“緋山朱里”を名乗ってたのかと思うと、虫酸が走る」
── …………
朱里は、もうなにも言うことはないのか、と呆れた。この場所にいることに、この相手と会話していることに何の意味があるのだろうか、と。
陸上選手としての未来こそ絶たれたが、まだ朱里にはいくらでも人生に描く、いや、描かなければならない将来がいくらでもある。
そして、その中には、魔法少女プリズムスプリントとしての根も確かに存在した。
── ……ってない。
このくだらない時間はいつ終わるのだろうか、と、朱里が焦れ始めた時、ようやく相手は返してきた。
「あん?」
── 言ってない! 朱里ちゃんは『早く死ね』なんて言ってない!!
その相手の必死の言葉に、しかし、朱里は、それまでに感じたことのないほどの強い憤りを覚えた。人生で初めてのものだ。
「じゃあなによお前のその姿は!!」
込み上げてきた憤怒を、そのまま声に出して相手にぶつける。
「死人は反論しないと思って勝手にお前が暴走する燃料にしやがって!! ふざけんな、ふざけんなよ!!!!」
チリーン……
次に招かれたのは、ヒーローに憧れつつ、どこまでも自由に生きたい少女だった。
「ま、しょーがないっすね」
米田瑠璃はそれを聞いても、怒りも、泣きも、嘆きもしなかった。いつものように、飄々とした笑顔で言うだけだ。
「運が悪かったんすよ。じゃなきゃ、ちょっと弱すぎたんっす。多分、そっちの私も、そう思って笑って死んだと思うっすよ」
嫌味や皮肉の意図ではない、ただ彼女らしく、思うままを正直に言った。
「私は、どんな死に方しても、誰も呪ったり祟ったりしたくないっす。そっちの私もそうだと思うし、そうじゃなかったら、それは私じゃない他の誰かっす」
── でも、あなたは、私がもっと早く行動していれば……
相手のその声を聞くと、瑠璃は笑顔のまま、その眉毛だけをハの字に下げた。
「私ね、
── …………でも。
「私に対する懺悔なら、そんなの必要ないっす」
瑠璃はそこまで言い、いつものただひたすら明るい満面の笑顔から、相手を安心させるような穏やかな笑みに変える。
「自罰の道具にしたいんなら、私ほど向かない人間いないっす」
── …………
「ま、私は型破りの自覚はあるっすけどね、アナタはどうなんっす?」
── え?
穏やかな笑みのままの瑠璃の問いかけに、相手は戸惑った声を出した。
「もう少し力抜いて、自由に生きてもいいんじゃないっすかねぇ」
── ううん、私は、自分の夢を見続けてる……────
その言葉に、しかし瑠璃は返す。
「夢を糧にして生きることと、
── え?
「夢に縛られるって、多分、これ以上ないほど辛い生き方っすよ」
チリーン……
次に招かれたのは、荒れ果てた少年期の末にささやかな幸福を手に入れた元不良少女だった。
「……オレの死はオレの死だ。誰にも背負って欲しくなんかねぇよ」
室田つばめは、醒めた目で、ぶっきらぼうにそう言った。
「たとえ昇一だとしても、いや、昇一だからこそ、ずっと胸に抱えて病まれるぐらいなら、いっそ忘れてくれていい」
── …………あなたは、もっと生きたいと思うと思ってた。
「もう生きたくない、と思うようならまず病院行け。普通そうじゃないか?」
── …………
「それに、あの時と常日頃を一緒にされてもな」
つばめはため息を吐き、そう言う。
「オレ1人の命だったら死んだってなんだって全部テメェのせいで終わる。オレはもともとそう言う生き方をしてた。だけどあン時はまだ自身じゃどうしようもねぇ命抱えてた。それもその半分は、昇一から預かったモンだ」
── そう、なんだ。
「それに、オレはお前さんが思ってるほどキレイな人間じゃねぇ」
つばめは更に表情を険しくして、言う。
「テメェが生きれば誰かが死ぬ。そう言う構造だったろ」
── それは、でも、理由が……
「構造をつくったのはたしかにファヴとクラムベリーだろうよ。でもそれを承知でオレは、テメェの都合で生きると決めたんだ。
最初の頃とは一転、つばめは、淡々とした表情と口調で言う。
「被害者だかわいそうだ言ってくれるのはいい。けど、オレは実際には加害者でもあった。それを無視して話すんな」
── そう……
「最後に2人で殺し合わなきゃならねぇんなら、オレはオレを生かしてたね」
つばめはそう言って、ふっ、と鼻から息を抜き、口元で薄く苦笑した。
── …………
「まぁ、…………そうだな、オレからもお前に言いたいことがある」
── なに?
相手が訊き返してきたところで、つばめは、ここまでで一番、真剣な表情になって言う。
「オレ自身が言えた義理じゃねぇが敢えて言わせてもらう。親のスネかじってるうちは御大層なこと考えんな。イキったって、どれほど大人が愚かしく見えたって、そこから卒業しねぇうちは、大人の誰かの手のひらの上で踊ってるだけだ」
── …………
「帰れる家があるならまず帰れ。学校行け。言いたいのはそれだけだ」
チリーン……
次に招かれたのは、白く小さな魔法少女だった。
「わたしはなにも言えることがありません」
ミクセリクサーは、いつもとは打って変わって、穏やかな口調で言う。
「そちらにもわたしはどこかにいたのかも知れませんが、わたしではない何かになったはずです。それはとても悔しいことですが、それはあなたのせいではありません」
── …………
「わたしは、またかわいそうな人造魔法少女がつくられるのなら、それを防ぐために戦います。でも、あなたに同じように戦えとは言いません」
そこまで言って、ミクセリクサーは、ふっと口元で笑う。
「わたしのいない世界がこうあれ、とは、わたしに言う権利はありません。そうですよね?」
チリーン……
次に招かれたのは、荒んだ日々の中でも一本芯の通った心を持つ少女だった。
「私から特に言うことはなにもない」
── でも、リップル……
「お前にとって残酷なことを言わせたいのか?」
── えっ……
「今、心の底から安堵している本心を言ってもいいのか?」
── …………
「私は自分の命を安売りするつもりはない」
── …………
「ラ・ピュセルのために戦えても、ラ・ピュセルのために死にたいとは思わない」
── リップルは、でも……────
「私は私」
まだなにか言おうとする相手の言葉を遮るように、華乃は短く、はっきりと言った。
「お前の知っている誰かじゃない。それだけ」
チリーン……
次に招かれたのは、ただひたすら純粋に、魔法少女が好きなだけの少年だった。
「ボクは他のみんなみたいに、しょうがないって言いきれないな。多分、あそこで死んでたら、すごく未練も後悔も残してたはず」
岸辺颯太は、悲しそうな表情で俯きがちにしつつ、そう言った。
── そうちゃんは、そうなるよね……
「でも、それをここでグダグダキミに言いたくもない。そうしていたら、ボクがキミに言いたくないこと、言ってはいけないことを言ってしまいそうだから」
── 言ってもいいよ? 私に聞かせてほしい。
相手は、颯太に優しく、甘えるかのように促すが、
「これを言う権利があるのは、死んだそっちのボクだろ。だから言わない」
と、颯太は、穏やかな口調ながら、断固として固辞した。
── そっか。……うん、そうだね。
「……うん、でも、代わりに、訊いておかなきゃならないことはあるな」
── 聞きたいこと……? いいよ、何でも聞いて。
「じゃあ、訊くけど……」
颯太は、穏やかな表情で問いかける。
「それって結局、キミが望んだ姿なの?」
── まだ違うかな。私は、私の理想の魔法少女を目指してるんだ。そうちゃんもよく知ってるでしょ?
「わからない」
── え? わからない、って……
「ボクが知ってるのは、ボクたちが小さい頃に、キミが描いたあの絵の中の白い魔法少女だよ」
── …………
「まぁ、いいか」
相手を困らせてもしょうがない、と、颯太はそう言った。
「人の考え方は変わるし、それを言ったらボクだって人のこと言えないしね」
口元で苦笑する。
だが、颯太はそれをすぐに締めた表情に変えた。
「でも」
── でも?
「ボクはもうあの白いきれいな夢を見ていない。きれいじゃなくても、隣においておきたい大切な夢を見つけてしまったから」
── …………
「だから、本当はボクが言うべきじゃないんだと思う。でも、これはボクとして、岸辺颯太として、魔法少女ラ・ピュセルとして、言わなきゃならないとも思う」
── なに?
「キミがそこまで自分を犠牲にして、自分を削って……キミがそんな形で生きているなんて、そっちのボクだって望んでなかったと思うよ」
チリーン……
最後に招かれたのは、最初の白い魔法少女だった。
「私はもう、魔法少女を夢見てない」
── どうして?
姫河小雪の最初の言葉に、相手は若干ムキになったように訊き返してくる。
── あんなに……
子供の頃からずっと、憧れてたのに。
魔法少女になりたいと、本気で思ってたのに。
ずっとずっと夢で、それを叶えたいと、願っていたのに。
── 大切な夢、だったのに。
「だって、“夢”は叶ったじゃない」
小雪は、薄く、しかし嫌味を感じさせずに穏やかに笑んで、言う。
「魔法少女スノーホワイトは、私だよ。他ならない姫河小雪だよ。そうでしょ?」
── でも、今は……────
「あのさ、見続けるだけの夢って、理想じゃなくて、夢想っていうの。それが悪いことだとは思わないけど、区別はしないと駄目」
小雪の顔が、苦笑気味になる。
── それって、どういう……?
相手は、不思議そうに訊いてくる。
「私が魔法少女になりたいって言ってた時、他の子だってなりたいものがあったじゃない────」
新幹線の運転士になりたい。
キャビンアテンダントになりたい。
パティシェになりたい。
「── あの子達だって、夢だったじゃない。それが叶ったか、叶わなかったか、わからないけど」
── それは、そうだけど……それが?
「夢が叶ったとするよ? でも、夢が叶ったら、それで終わりじゃないよね。あの子達だった誰かだって、自分の理想をもっているよね」
── もちろん、それはそう。
「でも、理想には限界がある。どこで、どういう形で満足して、社会の中でどう折り合いをつけていくか、っていう話に変わっていくんだよ」
── つまり……?
「つまり、魔法少女も同じってこと」
小雪は、自信に満ち溢れた笑みで言う。
「“夢”は叶ったの。たとえ全部が理想じゃなくても。だから、そこからの“魔法少女”は、
チリーン……
赤い花咲く川辺で鈴が鳴る。
がらんどうの部屋で、魔法の端末を操作する。相手を呼び出す。
「終わったよ。うん」
通話相手に、そう言った。
「うん、手間取らせるけどお願い、
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