魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4―   作:神谷萌

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第03部 Battle at Magical Girl Raising School.
第01話


 魔法少女学級が再開となったのは、シャドウゲールの襲撃から4日後のことだった。

 時期が時期だけに、そのままゴールデンウィークに突入してその明けからキリよく、という大方の想像は裏切られた。

 前々日に、マジカルフォンを通じてそのことが告げられた時、ブラン・キー、白銀(しろがね)結鍵(ゆかぎ)などは、

「こんな中途半端なところで再開しなくてもいいのに」

 と、あからさまに不貞腐れたりなどもしたが。

 一方で、それで救われた気分になっている者もいた。

 

 プシュケ・プレインス、水田稚奈のアパート。

 派閥内で潜入工作も請け負ってきた立場として、格好を確かめるためには姿見のひとつも用意しておかないわけにはいかない。……とはいっても、Amaz◯nで¥3,380で買った代物だが。

 そのスタンド型の姿見の前で、制服姿の稚奈は自身の身だしなみを確認していた。気分は楽しく、鼻歌が出る。

 以前はこんな気持ちにはならなかった。必要だから鏡を覗くが、外出前の高揚感とは無縁だった。それでもプシュケ・プレインスの姿のときはまだいい。水田稚奈の姿のときは、天然パーマと言うほどでもないが、張りのあるストレートとも言い切れない、だらしない髪質の髪を肩口まで伸ばし、陰険そうな顔つきの自分が映る。それだけで気分がげんなりした。

 髪をバッサリ落としたときはやりすぎかと思ったが、印象がそれだけでぜんぜん違った。常にぱっちりとしない目やひん曲がった口という部分品は変わらないのに、見た目だけでも軽やかになった。

「…………」

 ──── 魔法少女学級で人死にが出た。それも3人。それでこんなに浮かれていていいのか。とは思う。いや、もともとプシュケは戦場の経験がある魔法少女だから、自分は耐性がある。だとしても、周りに対して不謹慎ではないのか。

 それでもその気分を抑えられない理由ははっきりしている。

 ── また、今日からランユウィと一緒に過ごせる。

 3日間の間、ランユウィ、鈴井沙穂と会わなかっただけで、自分の気持ちが少し餓えていることは、隠しようがなかった。

 この間、突然の学級閉鎖だったのだから、沙穂も特に所要があったとは限らないし、外で会おうと思えば会えないわけでもなかったはずなのだが────

「?」

 そこで稚奈は、思わず小首を傾げた。そうしなかったのはなにが理由だろうか? 確かに自分は極端に内向的な性格で、だからそれを決断できなかった、と考えても不自然ではない。そのはずなのだが、なんとなくそうではない気がしてならない。

「…………後で考えよう」

 この種の不思議を軽視してはいけない界隈に身を置いていることは、稚奈は重々承知していたが、今はランユウィと会うことが頭の中で最優先になっていた。

 それに、1人で考えるより、思考の壁にぶつかった時に質問を投げかけられる相手がいた方がいい、とも思う。自身の行動の正当化だとは思うが、間違ってはいないはずだ。学校に着けば年の功の、ディティック・ベル、氷岡忍もいる。

 沙穂は教室に一番乗りするため、最寄り駅7時5分発の下り電車に乗りたがる。ゆっくりしていると置いていかれる。

 稚奈は、僅かに急いで、カバンを持って玄関に向かう。

「行ってきます」

 誰が残っているわけでもないのに、自然にそんな声が出た。

 ドアを閉めて、シリンダー錠に鍵をかけて、出発する。

 新旧の建物が入り交じる、住宅街の街路を歩いて8分。駅に着く。

 稚奈は、以前のように、ホームへの階段に繋がる通路の、簡易改札機の前で待つ。特に緊張しているつもりはなかったが、沙穂を探してゆっくりとだが周囲を見回してしまっていると、

「稚奈ー!」

 と、稚奈が視線を外していた方、自分の身体が向いている正面から、沙穂の声が響いてきた。

 ── えっ?

 沙穂の姿を見た時、稚奈の意識が、明らかにこれまでより強く────極端に強く、胸が熱くなった。胸だけで済まなかった。スカートの中でも疼く場所があった。

 顔が火照ったようになる。かなりの熱っぽさを感じるが、浮かされたように心地よい。

「おはよっす」

 もう、延べなら何日も訊いているはずの、沙穂のいつもの口調の変哲もない挨拶が、それを聞くだけで妙に気持ちよくなってきてしまう。

「? どうしたっすか?」

 あまりの感覚に、稚奈が僅かに行動を停止してしまっていると、沙穂が小首をかしげながら、稚奈に問いかけてくる。

「あ、ああ」

 稚奈は、そこではっと我に返った。

 ── 大丈夫だ、思考はちゃんとできてる。

 熱に浮かされたような感覚があるのに、理論的な思考までそれに奪われていなかった。

「あ、ごめん。ちょっとぼっとしちゃった」

 稚奈は、取り繕うように苦笑してそう言ってから、

「おはよう」

 と、笑顔で挨拶を返した。笑顔は自然に出た。

 改札機にPASMO定期券を通した後、ホームへの通路を歩く。

 いつものように、自然に手が繋がる ────

 ── ?

 沙穂が、少しだけ怪訝そうにして、稚奈の顔を覗き込むようにした。

 稚奈の手が震えていることに気がついた。今までよりも、縋るように強く沙穂の手を握ってくる。

 ── ええと、こういう時、2代目なら……

 沙穂の思考に、それが挟まってから、

「稚奈、ひょっとして怖いっすか?」

 と、稚奈に向かって訊ねる。

「え? あ、えっと……」

 稚奈は、問いかけられてドキッとしてしまい、一瞬慌てたような声を出してしまってから、

「そ、そう言うわけじゃないんだけど……」

 と、まずは誤魔化すような表情と口調で言う。

 だが、すぐに稚奈は、はっと表情を真摯なものに変えて、逆に視線を沙穂の顔に向ける。

「沙穂は大丈夫?」

「え?」

 今度は稚奈が心配げな表情で沙穂に問いかけると、今度は沙穂の方が一瞬、間の抜けた表情になる。

「大丈夫って、なにがっすか?」

 沙穂は稚奈に問い返す。

「いや、ほら、あんな事があったじゃない」

 稚奈は重ねて問うようにする。

「私はある程度慣れてるけど」

「あ、ああ……そ、そりゃあ大丈夫っす!」

 沙穂は、誤魔化すように笑って、言う。

「それならいいけど……」

「あっ、その言い方はいまいち信用してないっすね!?」

 語尾が濁った稚奈の言葉に、沙穂は敏感に反応した。心外だというような表情を稚奈に向ける。

「これでも、ラピス・ラズリーヌ一門で、4代目候補なんっすよ」

 妙に胸を張るようにして、沙穂は得意そうを装って言う。

「へ、へぇ」

 稚奈は、それを今の話題のどの裏付けにしたらいいのかわからないが、とにかくすごい自信だ、とは感じた。

 実際、今のランユウィは、候補であるか否かであればその範疇にはなるのだろうが、一番遠い場所にいるのが実際だろう、と、沙穂も自覚はしている。ただし、それを指名するのがオールド・ブルー……初代だったら、という前提だったが。

 実は2代目の方にも、一門をつくってガチガチに固めているわけではなくて、他の近しい魔法少女と共同ではあるが、事実上の弟子と呼べる、群青の衣装と青い宝石がトレードマークの後輩魔法少女がいることは、沙穂はまだ知らなかった。

 ホームに上がる。さほど待たずに電車は入ってきた。

 扉が開く。まだ梅見崎中学校、梅見崎高校の制服の姿はあまり多くはなかった、が、

「あら、あなた達」

 と、乗り込んだその正面に、もう数日ぐらいでは忘れない顔があって、声をかけてきた。

「ありゃ、先生」

「え?」

 沙穂が言い、稚奈も沙穂の身体の脇からその前を覗き込んだ。

 担任教師の繰々姫こと姫野希が電車に乗っていた。

「先生もこの電車、乗ってたんすね」

 沙穂が、希に問いかけるように言った。

「あら、今まで気づいてなかったの?」

 希の方が、かえって驚いたように言う。

「え、先生の方は気付いてたんですか?」

 稚奈が問い返した。

 すると、希は少し苦笑する。

「あなた達やたら早く登校してたでしょ、だから目立ってたのよ」

「あー……」

 稚奈はそれを理解して苦笑するが、沙穂はいまいち理解していないようだった。

「でも、今まででも電車の中で鉢合わせてて良さそうなものだと思うんですが」

 稚奈がその疑問を口にすると、

「あなた達、いつもこっち側、後ろ側2両に乗ってるんじゃない?」

 と、希が問い返す。

「そうっすね、駅の階段が、後ろ側にあるもんっすから」

 沙穂が答える。

「私が乗り降りしてる駅は、駅の出入口が前側なのよ」

「ああ、そう言うことですか」

 希が言うと、稚奈が納得した声を出した。

 以前にも説明したかも知れないが、この私鉄の電車の運転台前面には貫通路がない。そのため、朝ラッシュ時に2連接2本4車体で運転している場合、編成のちょうど中間、2連接同士の前後の連結面は通り抜けられない。

「今日に限って、なんでこっち側に乗ってるっすか?」

 沙穂は、不思議そうにして希に問いかける。

「前の方の編成、小さな団体旅行が乗り合わせてるみたいで、ちょっと混んでるのよ」

「平日に贅沢な……」

 希の答えを聞いて、稚奈が妙に疲れたように苦笑した。

「老人団体だったりするんじゃないっすか?」

 沙穂も苦笑しながら言う。

 逆にその2人の反応に僅かに引(・)い(・)た(・)ようにしながら、希は、

「さぁ、そこまで見てなかったわね」

 と、やはり苦笑しながら答えた。

 留置線のある駅で、今日は、鳩田守颯はこの電車には乗ってこなかった。そもそも、教職員の希はともかく、生徒にとってはかなり早い。

 電車は留置線の横を抜けてS字のカーブを通り、商店街の中の併用軌道を走る。

「これ、ようやく慣れてきたわねー」

 並走する軽自動車を窓の外に見ながら、希が苦笑してそう言った。

「先生は、路面電車は初めてっすか?」

 沙穂が訊く。

「普通の路面電車自体は、宇都宮のを見たことあるんだけど」

「あー……確かに、私も都電には乗ったことあるんっすけどねぇ」

 希が答えると、沙穂は、視線を一度希から車窓の外に移し、そう言ってから、

「稚奈は似たようなの見たことあるそうっすよ」

 と、付け加えた。それをわざわざ言われて、希側から見て沙穂の後ろにいた稚奈が、困ったように苦笑する。

「え、ここ以外にこういう所あるの?」

「京都にあります。あっちは車体もJRみたいに大きな車両でしたし、そのまま地下鉄まで入っていきますし」

 希が問い返すと、稚奈がそう答えた。

「へぇ」

 希がそう返す。

 そんな会話をしている間に、電車は橋を渡ったところで専用軌道に戻り、そこで1駅停車してから、梅見崎中学校の最寄り駅へ到着する。

 

「おはようございまーす!」

「先生、おはようございます」

「はい、おはようございます」

 いつものように、駅から少し上り勾配の道路を登る形で学校に向かうと、校門が近づいてきたところで、他の生徒が希に挨拶をしてくる。希がそれに笑顔で返す。

 稚奈と沙穂は、その後ろを、手をつないで並んで歩いていた。

 新校舎前のロータリーまで来たところで、

「じゃあ、先生。また教室で」

 と、教職員玄関に向かおうとする希に、沙穂がそう声をかけた。

 すると、希はハッとしたように振り返る。

「あなた達……」

「え?」

 声をかけられて、沙穂と稚奈が希の方を向き直す。

 すると、希は、真剣な、少し険しい表情をしていた。

「あなた達、大丈夫?」

 希はそう訊ねた。

 

 “盤洞市の暗殺魔法少女事件”の犯人、レイン・ポゥの正体は波山中学校の生徒、三(にのつぎ)香織(かおり)だった。そのマスコットだったトコに魔法少女にされた1人、ポスタリィこと酒己達子の同級生で、親友だった。

 彼女の身の上を考えても、そこに追い詰められることになったバックボーンまで考慮に入れても、レイン・ポゥの所業そのものは許されるものではなかった。

 直接レイン・ポゥの命を奪ったのは魔王パムだ。パムにしても最初から殺害したいわけではなかった。結果としてそうならざるを得なかった。

 どんな理由があるにせよ、レイン・ポゥを見逃すという選択肢はなかった。下克上羽菜の姉分だったマナが殺された。羽菜の嘆きを繰々姫もファニートリックも目にした。そして、トコを裏切るかたちで、繰々姫たちは魔法少女部門の派遣チームに協力することになった。

 希は生徒を護るのは教師の役割だと思っていた。だから、トコが根村佳代たちを魔法少女にしようとした時、最初は反対し、それが止められないとなると、自分も魔法少女繰々姫になった。生徒を護るためだった。

 だが、結果として、最終的に繰々姫は、生徒だった三香織を殺す手助けをしたことになった。

 

「元通りに、なってるね」

 プシュケが言う。

 崩落したはずの渡り廊下も、カール・グスタフで穴を開けられた1階の廊下の壁も、爆破された教室の床も、旧校舎のすべてが最初からそんなことなどなかったかのように、あの日の前の状態に戻っていた。

「まぁ、私はちゃんと使えればいいっすけど……」

 そう言いながら、ランユウィは一旦、自分の席にカバンを下ろす。

「私もかな」

 プシュケは苦笑しつつ、そう言った。

「ん」

 教室の外から、声が聞こえてくる。

 だいたい、沙穂を追って入ってくるのは、徒歩通学のOR・治(はる)コとプリンセス・デリュージ、そしてプリンセス・ライトニングだったのだが……────

 プシュケとランユウィが、教室下手側の出入り口を見ていると、

「おはようございます!」

 と、爽やかな笑顔で挨拶しながら、デリュージが入ってきた。

「お、おはよっす」

「おはよう」

 プシュケとランユウィは、挨拶を返しつつ、デリュージのテンションに面食らっていた。ライトニングがああなって、嘆き悲しむというレベルではない程の精神的ダメージの底にいたはずのデリュージが、中3日でここまで回復できるものなのか、と。

 2人がそう考えていると、スキップしかねないほどの軽やかさで教室に入ってくるデリュージに続いて、

「おはようございます」

 と、デリュージにも増して丁寧な口調で挨拶しながら、────

「え、え、えぇえぇぇぇ!?」

「そ、そ、そんなバカな!?」

 プシュケが絶叫を上げ、ランユウィが驚愕と困惑の声を上げる。

 教室に入ってきたのは、もうここまではっきりと相対したところで見間違えることはないはずの姿、田中愛染(あい)、プリンセス・ライトニングだった。

 





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