魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
新校舎、中庭。
自身が魔法少女シュガーベリーだと解っても、佐藤
中庭の植栽の手入れをしている。
レンガで円形に仕切られた植栽の中央にある桜の
その枝ぶり、花の着きぶり、葉との彩りぶりに、木ノ実は思わず感嘆してしまった。
職務中に私的なことだと思ってしまいながらも、木ノ実は、ポケットからスマートフォンを取り出して、ロックを外してカメラを起動し、松月の枝がすべて画像の枠内に入るようにして、撮影した。
「ん…………」
人の気配に木ノ実が気が付き、振り返ると、そこにいつものように、山口亜鈴ことアーマー・アーリィが立っていた。
「これはこれは。見られてしまいましたか」
「?」
木ノ実が、気まずさを苦笑で誤魔化しながら言うが、アーリィは、なぜ木ノ実がそのようにしているか、理解していない様子だった。
「サトー ドウカシタ?」
「あ、いいえ、何でもありません」
アーリィが訊ね返してくると、木ノ実は誤魔化す苦笑のままそう返した。
「サトー コレ」
そう言って、これまたいつものように、アーリィが左手の拳を突き出すようにし、その拳をくるっと手のひらが上を向くようにしてから、その手を開いた。
「おやっ?」
木ノ実がそれを見ると、手のひらにはトッ◯゚バ◯ュの鉄分入りチーズ、4P入りのそれがひとつ載っていた。それを見て、木ノ実は声を出した。
木ノ実が覚えている限りは、だいたいフルーツ系かチョコレート系のミニ菓子のローテーションだったので、それから外れたものが出てきて、軽く驚いたのだ。
「今日は、これを私に?」
木ノ実が訊ねると、アーリィは、コクン、と頷いた。
「ありがとうございます。いただきます」
そう言って、木ノ実はアルミ包装のチーズをつまみ上げた。
チーズはアーリィの体温がうつって生温くなっていたが、このあとすぐ食べてしまえば大丈夫そうだ。
「サトー モウ大丈夫カ?」
アーリィが、そう聞いてくる。
「大丈夫とは……?」
木ノ実は、一瞬、アーリィの問いかけの意味がわからず、思わず訊き返してしまっていた。
「前ニ ココニ来タ時 サトー オカシカッタ」
── この前、はて?
アーリィに言われてなお、木ノ実はすぐに理解ができなかった。
木ノ実の職務はあの惨劇の日の後も変わらない。翌日こそハルナに一度様子を見ろと言われて、居室でのんびり音楽など聴いて過ごしたが、その翌日には職務についていた。変わったことと言えば、その間は魔法少女学級関係の作業がなかったことぐらいだ────
── あ。
そこまで考えたところで、木ノ実はようやく気がついた。
木ノ実は1日休んだだけで職務に復帰していたが、アーリィ達があの日の後に登校してくるのは、今日が最初ということになる。
つまり、アーリィが木ノ実について気にしているのは、────
「あ、すみません。はい、もう大丈夫ですよ」
先程よりさらに誤魔化すような苦笑になって、木ノ実は、アーリィに謝りつつ、そう答えた。
アーリィが前回ここに来たときは、あの惨劇の日の朝 ──── あの時、木ノ実は原因不明の体調不良を起こしていた。今も原因ははっきりこれとは言えていない。魔法少女だけに、シャドウゲールの襲撃に対する予感とか予知のようなものがあったのかとも思うが、非理論的だ。
ただ、アーリィへの答えは別にウソではない。今日は往年の中◯清選手のように「絶好調ぅおォォォ!!」と吠える程というわけではないが、特に体調には問題ない。
いや、
「それより────」
それまで愛想よくしていた木ノ実の表情が、一気に引き締まる。
「アーリィさんこそ、大丈夫なんですか?」
「ナニガ?」
今度はアーリィの方がわからないのか、キョトン、とした様子で訊き返す。
「その、肩のことです」
木ノ実はそう言った。アーリィはあの日、セントリーガンで右肩を撃ち抜かれた。致命傷ではなかったが、かなり目立つ出血があった。
しかし、アーリィは、
「ン 大丈夫」
と、言って、負傷した右肩を見せつけるように、ぐるんぐるんと右腕を回してみせた。
「それならいいんですが……あ! む、無理はなさらないように」
木ノ実は、少し引っかかりを覚えつつも安心したように言い、その直後、驚いたように声を上げた。
木ノ実の制止を聞いて、アーリィは腕を下ろすと、また木ノ実をじっと見上げる。
「大丈夫なら、それでいいんですが」
木ノ実はふぅ、と息を
「ここに長くいてはまずいでしょう」
と、あの日までと同じように、木ノ実はアーリィに促した。
「ウン ワカッタ」
アーリィはそう言うと、新校舎の中庭への出入り口へ向かって駆けていく。
木ノ実はそれを見送る。そして、視界に入った、あの窓のない壁に視線を向ける。
「…………やはり、聞こえる」
壁からの音はまだ聞こえてくる。先日の襲撃事件とは別に、まだなにか……この壁には、なにかあるというのだろうか。
なにがあっても、自分が魔法少女でも、木ノ実の職務は変わらない────
── いえ。
その考えを、木ノ実は正すことにした。
今までは、自分はしがない用務員だと思っていた。力がなく、何が起こってもどうしようもないと。
だが、これからは違う。シャドウゲール相手では役不足気味だったあの力がある。力がある者には、緊急を要する事態には、なさなければならないことがあるはずだ。何があったのか知らされてもいない新校舎の生徒達に対しても。
拳をぐっ、と握って、そう思いを噛み締めてから、木ノ実は作業に取り掛かることにする。
今日は、以前から決めていたように、植栽の切り欠きに
選んだ品種は『リング・オブ・ファイア』。内周が赤焦げ茶で、外周に向かって黄色へのグラデーションを描く
木ノ実には向日葵と
「……まぁ、いいでしょう」
木ノ実は、緊張を緩めながらそう言って、まずは向日葵のための地に施す肥料の一式に目を向けた。
旧校舎、
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
カルコロが下手側の出入り口から入ると、すでに自身の事務机の椅子に腰掛けていた希 ──── 繰々姫が挨拶をし、カルコロがそれに応じる。
カルコロも自分の席に着き、自分のノートパソコンのディスプレィを開いて、起動スイッチを押した。
事件の後、旧校舎内のセントリーガンや爆発物、しかけ罠の捜索がなされ、その過程で2階の、新校舎側に一番近い教室に電波妨害装置が設置されていたのも発見された。炭素14を使った原子力電池が組み込まれていて、25年以上動作するようにできていた。シャドウゲールが持っていたタブレット端末からしか操作を受け付けないようになっていた。そのため作動を切ることができず、情報局の人間が電池を切り離したが、今度は一度回路のどこかが切断されると二度と動作しないようになっていて、機構の解析はできなかった。『実験場』の技術者が悔しがったとかなんとか。
ともあれ、原因が撤去されたことで、新校舎と旧校舎のLANは再び接続されるようになった。
「あの」
カルコロがWindows11にログインしたところで、向かい側の繰々姫が声をかけてきた。
「いいんですか?」
「え?」
「その……」
繰々姫が気まずそうに問いかけたところで、隣の教室から、
「えぇぇっ!? ライトニングさん!? どうしたんですか!? なんでいるんですか!?」
という、素っ頓狂な声が、隣の教室から聞こえてきた。今回は
「これです」
繰々姫が苦い顔でそう言った。
「その」
カルコロは、繰々姫にどう説明したものかと、言葉を選ぶ。
「保護者側が死んでいないと主張する以上は、どうしようもないわけでして……」
──── 2人とも、見た。職員会議室の前で、ライトニングが背中から撃たれ、崩れ落ちるところを確かに見た。どう見ても生きているように見えなかった。後ろ髪引かれながら、生存者を生かすためにその場を離れた。
ライトニングの遺体は回収された。遺体安置室に仕立てられた空き教室に、射殺された他の2人の生徒と、シャドウゲール本人のそれと、4人の遺体のうちの1人として並べられたところを、カルコロも繰々姫も覚えている。
「…………何が起きていて────」
カルコロが、顔を引き締め直し、険しい表情になって、言う。
「── どういう理屈でそうなっているのかは、私にも解りません」
それはカルコロも正直なところだった。カルコロが知っているのは、あくまで研究部が押し込んできた、という事実だけだ。何がどうして死んだはずのライトニングが現れたのか、その理屈までは知らない。
「生徒には無用の刺激にならないといいですが……」
繰々姫が、憂鬱そうな表情になって、ハルナの趣味の装飾が施された上手側の壁越しに、隣の教室に視線を向けた。
「私も、それは気になってはいます」
カルコロもそう言った。
キーンコーンカーンコーン…………
「あっと……予鈴が鳴りましたか」
繰々姫が我に返り、バサバサと机の上をざっと片付け、出席簿を手に立ち上がる。
「じゃあ、行ってきます」
「よろしくおねがいします」
カルコロに見送られて、繰々姫が上手側の出入り口へ向かっていく。
扉と向かい合ったところで、繰々姫は一旦ため息を吐いてから、扉を開けて出ていった。
「…………」
カルコロは、繰々姫の出ていった上手側の出入り口をしばらく見つめていたが、ふと何かを思い出したかのように、パソコンで何かを打ち込み始めた。
キーンコーンカーンコーン…………
「ほらー! 席に着きなさい!!」
教室上手側の出入り口に立った繰々姫が、出席簿をバンバンと叩いて鳴らしながら、そう声を上げる。
案の定と言うか、ライトニングを中心に、いつものにぎやかなメンバーが集って、ライトニングとデリュージに、いろいろ質問を投げかけたり、取り留めもない話をしたりしていたようだったが、繰々姫が声を上げると、ほとんどは蜘蛛の子を散らすように自分の席へと戻っていく。
ただ1人、ライトニングと席が前後で隣接しているブラン・キーが、
「で、じゃああの時のグッズショップのときとか……」
と、ライトニングとの談笑を続けようとしていた。
「あの、ブラン・キーさん」
穏やかそうな表情のライトニングが、僅かに緊張の色を見せて、ブラン・キーに言う。
「え、何?」
身体をよじり、椅子を傾け、ライトニングの机に腕を乗せていたブラン・キーが、何も気付いていない笑顔で、ライトニングに訊き返す。
「後ろ」
ライトニングが言う。
「後ろ…………?」
ディティック・ベルは少し思考を走らせていた。
ライトニングのこともあったが、他にもある。
「わーっ! 先生、勘弁!!」
そんな声が聞こえてきたが、今のベルには思考の些細なノイズにしかならなかった。
── 私は、クラムベリーを知っていた。
シュガーベリーの姿、その能力を見て、その記憶が蘇った。
ディティック・ベルは、“Cranberry children”だった。
教科書にも書かれている、クラムベリーの魔法少女選抜試験のひとつの候補生だった。
ベルは魔法と、推理モノの探偵知識を使って、他の候補生の個人情報を調べ上げた。
ベル自身はそれを活かすことはなかったが、そのリストが漏出した。
結果、ベル以外の魔法少女候補生の間で殺し合いが行われた。
ベルは危険が迫った時、建物の顔を作り、その口の中に隠れ潜んでやり過ごした。それを繰り返して、ベルはあのデスゲームを生き残った。
最後の候補者がクラムベリーによって殺された後、建物の顔の口から出てきたベルに、クラムベリーが紳士的な笑顔で、
「おめでとうございます、あなたが合格者ですよ」
と、言った、その瞬間のことも思い出した。
その後で、記憶を操作してデスゲームのことは封印するのが常だった。だがこれは完全ではない。完全な記憶消去ができるのはラピス・ラズリーヌ
ベルはその“強いリンク”がなかったから、今まで忘れていた。だが、衣装といい能力といいクラムベリーそのままのシュガーベリーを見て、思い出した。
── 彼女自身にさしあたっての問題はない。
ベルは考える。シュガーベリーこと佐藤木ノ実の性格はアレが素のようだ。クラムベリーのような殺戮者の狂気は備わっていない。
── でも、衣装も魔法も同じ魔法少女が2人なんて、あり得ることなの……?
そこに人為的なものが介在しているのではないか、彼女の存在には背後になにかあるのではないか、そしてそんな人物が魔法少女学級の世話役として、ハルナが市営学園理事会に紹介した理由はなんなのか……────
ベルは、一度、ちらりとライトニングに視線を向けた後、しばらく思考を走らせていった。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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