魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
「──── じゃあ、ここについて……」
カルコロが、そう言って教室内を見渡し、
「え、と、じゃあ、プリンセス・ライトニングさん、お願いします」
と、ライトニングを指名した。
「はい」
ライトニングは、返事をして立ち上がると、はっきりとしながらも穏やかな口調で、設問についての答えを述べる。
「ここは ──── ですので、 ──── だと思います」
「はい、ありがとうございます」
ライトニングの答えを聞いて、カルコロは、笑顔をぎこちないものにしないように努力しながら、言う。
「今のライトニングさんの回答は理想的ではありますが、必ずしもそれだけが正解ではなく────」
言葉で講義を続けながら、カルコロは心の中で思う。
── 別人じゃないのか?
以前のライトニングは、ディティック・ベルを弄ったり、ツグツィーヌ・パイトに積極的に絡んでいったりと、中高生の好奇心旺盛さにエキセントリックさを加えたような言動をする人物だった。
今のライトニングは、決して自己主張がないわけではないが、口調は穏やかで丁寧、まるで絵に描いたような模範生のような性格をしている。
カルコロが慣れてきたから、と言うべきか、それともあからさますぎてか、今日ここまでの時間だけでも、外見以外はどうにも同一人物のように感じられない。
そう思いつつも、カルコロは一通り説明を終えたところで、時計 ──── 教室の壁掛時計の方ではなく、左手首の腕時計の方を見た。イギリスはPaul SmithのChurch Street miniのシルバーメタルベルトモデルだ。
価格は安物とは決して言えないが、さりとて高級時計という程の価格帯でもない。
「魔法使いたるものが、英国製とは言え電気仕掛けの時計に甘んじるとはな」
ハルナがそう言って鼻で笑ってきたときには、カルコロにしては珍しくムッとした。気に入って着けている時計を貶されれば頭にもくる。
どうもハルナには、クォーツ時計という時点で見下し対象になっているらしい。
そしてハルナのこうした態度にはたいてい繰々姫が、というか、
「玩具みたいな時計だな。一介の魔法少女にはそれが相応か」
「はぁ……」
そんな、ハルナと繰々姫のやり取りを見ていて、こっちはカルコロの方が気付いて、またハルナが見ていないところで大爆笑した。
確かに値段は高くない。高くはないが、CASIOのG-SHOCKを玩具扱いは価値観おかしいにも程がある。厳密には女性向けモデルのBaby-Gだが。それもBluetoothリンクモデルだった。アナログクォーツムーヴメントとBluetoothリンク回路とを同じケースにブチ込んでしまう日本がおかしいと言ったら身も蓋もなくなる。
それに、姫野希の中学校教師免許は体育でこそないが、魔法少女学級に限らず、どこへ行こうと大なり小なりアクのある中学生に揉まれる職業柄、選んだ結果と見ることもできる。 ──────── 閑話休題。
Church Street miniは授業終了10分前を指していた。時間的にも頃合いか、と、
「それでは、今の質問について、皆さんなりの答えを、配ってある用紙に書いてみてください」
カルコロは、努めて笑顔でそう言った。
──── 先程から、カルコロは平穏を取り繕わなければならないほどには懸念を抱いて緊張していた。
カルコロにとって、先のシャドウゲールの襲撃は4時限目の授業中に起きた。とにかく今日また同じことが起きないかと、どうしても緊張というか、強い緊迫感を覚えてしまう。
これでよくライトニングを気にしている余裕があったと思われるかも知れないが、なにが起こるかわからないからこそだ。ライトニングの存在は、この教室の中で一番の不安材料だからだ。
何度も時計を見てしまう。今は魔法少女に変身していないのに、スモールセコンドの秒針の進みがやたら遅く感じる。
息が詰まりそうに感じた。生徒達は平気なのだろうか? 情報局員の精神負担軽減の処置が効いているのだろうか。自分も施してもらえるものならもらいたかった。
口でゼェゼェと息をするわけにもいかない。それでも鼻からの息が少し粗いような気がする。潜入者、特にほぼプロと言っていいプシュケ・プレインスや、ラズリーヌ一門のランユウィには見破られているんじゃないのかと、カルコロは思ってしまう。
カルコロが途方もなく長く感じる8分間が過ぎた。何度目か、いや十何回目かに時計を見た。授業終了まであと2分。
── もういい、もういいでしょう。
「みっ、────」
声が裏返りかけた。
「皆さん、書けた方から、前に提出してください」
カルコロがそう言うと、まずツグツィーヌが立ち上がって用紙を教卓の上に置いた。それに続いて、他の生徒も次々提出に来る。
── 早く……早く……!
残りの時間の間にも、カルコロは3度は時計を見た。
時計は授業終了の時刻を指した。だが、まだチャイムは鳴らない。チャイムの時計が遅れているのか、カルコロの腕時計が進んでいるのか、それともその両方か────
キーンコーンカーンコーン……
「はぁっ……」
チャイムの音に、カルコロは、ついに思わず、大きく息を
まだ放課までは
ガラララ…………
教室上手側の出入り口の扉が開き、変身を解いている姿の繰々姫が入ってくる。
「カルコロ先生、これ」
「あ、はい。ありがとうございます」
繰々姫はカルコロに一葉の書類を手渡す。生徒への申し送りの内容だ。
繰々姫はそのままカルコロと黒板の間を歩いていって、教師事務卓の事務椅子に腰掛けた。
その間にも、
「えーそれではですね……」
授業終了の号令もなく、カルコロはそのままSHRに突入する。
SHRは朝と放課前とにある。学期が始まって最初の2日ほどはどちらも繰々姫1人で担当していたが、そのあと辺りからは、放課前のSHRは、魔法少女鍛錬の片付け等がある場合以外、カルコロを主体として2人でやることにした。
ちなみに、朝については、
「あの子達、まず朝は一度〆ないと駄目っぽいので、私がやります」
「〆るって……あの、全員が全員、本物の中学生ってわけじゃ……」
「
と、繰々姫にすげぇいい顔で言われ、それに従うことにした。自分では生徒に舐められるということなのだろうが、本職からそう言われればぐうの音も出ない。
「──── 以上ですが、皆さんの方からなにか質問はありますでしょうか?」
申し送りと軽い訓示を伝えてから、カルコロは教壇から教室を見渡し、そう訊ねる。
特に手を上げたり、声を上げたりする生徒はいなかった。
「特にないようですね。それでは、これで終わります。日直さん」
「きりーつ!」
日直の号令で、13人の生徒が立ち上がる。繰々姫も立ち上がった。
「礼!」
生徒も教師もお互いに礼をし合い、
「はい、お疲れさまでした」
という、繰々姫の言葉とともに、教室は解散になる。
「プシュケー」
ランユウィが、弾んだ声をかけながらプシュケの机のところまで駆け寄ってくる。
「えっ?」
その声を聞いた途端、プシュケはまた、自分の胸がドキッと弾み、身体が熱っぽくなってくるのを感じた。
「? どうしたっすか?」
プシュケの様子を見て、ランユウィは不思議そうな顔でプシュケに訊ねる。
「あ、いや、別になんでもない……」
プシュケはそうやって誤魔化そうとするも、ランユウィはそれを見て、
「んー……? なんかプシュケ、今日は朝から変じゃないっすか?」
と、心配そうな表情で問いかけてくる。
「そ、そんなことはない……う、うん、大丈夫だから!」
プシュケは、今日の自分が、ランユウィが視界に入ったり声が聞こえてきたりした時の反応がどういうものなのか、理解していた。理解していたが、まさかランユウィに────
「今の私は、あなたに
とは、流石に言えるわけがなかった。
女性圧倒多数の魔法少女界隈で生活しているから、自分もバイセクシャル気味なんじゃないかとはもともと思っていた。思っていたが、4日前までは
「それならいいっすけど、ホントに無理はしないでほしいっす」
「大丈夫……はは……」
念を押してくるランユウィに、プシュケは誤魔化すようにそう言った。 ──── が、
「ライトニング!」
と、そのプリンセス・デリュージの声が聞こえてきたところで、プシュケは、はっと我に返り、目元を少し
「! どしたっすか?」
ランユウィが、今度は潜めた声で聞いてくる。
「…………ランユウィ、どう思う?」
「なにがっすか?」
プシュケの言葉に、ランユウィは、最初は、どういうことか? といった様子で訊き返した。
プシュケは、名前を口に出さずに、顎でその2人を指した。
「帰ろ?」
「ええ、はい、一緒に帰りましょう」
自分の席に駆け寄ってきたデリュージに、椅子から立ち上がったところだったライトニングは、朗らかにも穏やかな声でそう答えた。
「えーと……」
ランユウィは、言葉こそ言い澱んだが、眉は少し険しくつり上がっている。
そこへ、
「やっぱりあの2人、気になる?」
と、3人目の声がかけられた。
2人が視線を向ける。
「ベルさん……」
プシュケを挟んで反対側に、ベルが立っていた。
「ベルさんも、やっぱりなんか変だと思いますか」
プシュケが訊いた。
「そりゃ……そもそも、私達は実際、ライトニングが ──── ああなった、ところを見てるんだし……────」
今回はシュガーベリー ── 以前の佐藤木ノ実や、今もツグツィーヌ・パイトに感じている、ベルの直感とは違う。本人とデリュージを除くほぼ全員が違和感を感じている。
鼻歌でも歌い出しそうな明るい気分という様子のデリュージが、ライトニングの手を引いて、教室下手側の出入り口から出ていった。
「…………」
ベルは、顎に手を当てて軽く考え込んでから、それを追うかのように教室を出ていく。
「あ、ベルさん────」
プシュケがそう声をかけるが、気付いたときにはベルは出ていった後だった。
プシュケとランユウィは顔を見合わせる。
「ど、どうするっすか?」
ランユウィが少し困惑したような声を出すと、
「…………とりあえず、帰る?」
「……そっすね」
2人はそう言って、とりあえず帰路につくことにした。
連れ立って教室を出る。後ろからブラン・キーとノワール・ミーの声が聞こえてくる。
以前通り作動するようになった、ハメ殺しのダミー扉の転移門を通って、渡り廊下に出る。ここからは、2人は水田稚奈と鈴井沙穂だ。
新校舎の2階に出る。階段に向かうと、その向こうは一般教室になっている。一般生徒と混ざって、階段を降りる。昇降口に出る。2人とも下駄箱の前で上履きを脱いで下駄箱の中にしまい、お互い愛用のシューズを取り出す。
ファスナーを開けて、足を通し、ファスナーを閉め直す。
ガラス扉から外へ出る。校門へつながる新校舎前のロータリーだ。その中心になる植栽を、やはり木ノ実が手を入れていたのだが、
「あんなことがあったばかりですし、今日はまっすぐお帰りなさい」
と、木ノ実を見つけて立ち寄ったアーリィと、木ノ実がやり取りしていた。
それを横目に、稚奈と沙穂は校門へ、学校の敷地外へと歩いていく。
校門を通り過ぎたところで、
「あ」
稚奈が軽く驚いた声を出す。沙穂が自分から手を繋いできた。
「あ……め、迷惑っすか?」
沙穂は驚いて訊くが、
「う、ううん、全然……」
と、稚奈は、ほんのりとだけ顔を赤くしつつ、はにかみながらそう答えた。
── やっぱり震えてる……でも嫌ってわけじゃないみたい。それは安心して良さそう……
稚奈の態度を、沙穂はそう判断しつつ、手をとったまま、駅へと向かう道を行く。
駅に着く。一旦手が離れる。PASMO定期券を簡易改札機に通す。ホームに入る途中に、また手がつながる。
旅情感も感じられる電車が、いつものように2連接2本4車体で入ってくる。
扉が開く。他の梅見崎中学校、梅見崎高校の生徒とともに電車に乗り込む。その梅見崎の生徒でやや混雑している車内で、2人で他愛もない話をして、笑い合う。
まだ1ヶ月足らずだが、もう“いつもの”と呼んで良さそうな、だからこそ3日間ぶりというように感じる下校の光景。
稚奈も、沙穂も、“日常”が、戻ってきた気がした。
──────── 自分達に、そんなものあるはずがなかったのに。
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