魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4―   作:神谷萌

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第05話

 懐中時計、シチズン REGUNO KL7-914-11 が、小さめの手の中で秒針を刻んでいき、やがて12時丁度を表示する。

 その文字盤を見ていた視線を、顔ごと上げて、

「あけましておめでとうございます!」

 と、ミクセリクサーは声を上げた。

「あけましておめでとうございます。姉さん」

 プリンセス・ジャックがそう返す。

 住民票も移し、すっかり2人暮らしの世帯になったアパートの居室。

 DKとの出入り口越しに赤外線と温風を送りこんできているガスファンヒーターはまたしてもDK側のガスコンセントボックスに繋がり、こたつの上では円型(まるがた)コンロに浅型鍋で鍋焼きうどんをやっていた形跡が残っている。

「はい、ジャック」

 ミクセリクサーはそう言って、取り出したポチ袋をジャックに差し出す。

「えっと……」

 ジャックは一瞬、困惑したように、まずポチ袋を見てから、その視線をミクセリクサーの顔に移す。

「お姉さんからお年玉です!」

 ミクセリクサーは、満面でニコニコと笑いながら、少しだけ得意そうに言った。

「あ、じゃあ、いただきます。ありがとうございます」

 ジャックは、丁寧に両手でそれを受け取った。そして、

「では、これは私から」

 と、ジャックは別のポチ袋を取り出し、ミクセリクサーに差し出した。

「えっ……? 姉が妹からお年玉をもらうものじゃないかと……」

 唖然とした表情で口元だけ苦笑してしまいつつ、ミクセリクサーはそう言う。

 すると、

「あ、そうか。忘れてました」

 と、言って、ジャックは変身を解除した。

「これは、茶藤千子からのお年玉です」

 それを聞いて、ミクセリクサーは、まずポカーンと口を開けてしまってから、

「そ、そういうことですか! で、でしたら、そ、その、大切にします!」

 と、言って、妙な興奮で震えつつ、千子からそのポチ袋を受け取った。

「プリンセスモード・オン」

 ミクセリクサーがポチ袋を受け取った後、千子はプリンセス・ジャックに再変身する。

「それでは、お餅でも入れて続きといきましょう」

「はい!」

 ミクセリクサーが鍋焼きうどんの浅型鍋を持ち上げる。ジャックが注入式チャッカマンで円型コンロに点火する。

「ではーっ、いっきまーす!」

 鍋を戻したところで、鍋焼きうどんの残り汁に、ミクセリクサーが切り餅を投下した。

 こたつの傍らには、それぞれのタッパーに入った追加のうどん玉と肉が、百均ボトルに入った継ぎ足し用のミクセリクサー自家製めんつゆ(室田つばめ監修)とともにおいてあった。

 

 

 その後 ────

 

「ジャックから500円貰っちゃいました! 大切にしなきゃですー!」

 

「え!? 100U(United)S(States)ドル札!? 日本円で……ええっ!? こんなに!? 姉さん!?」

 

 

 ─☆──☆──☆──☆─

 

 時期ははや1月下旬。

 名深市中宿、華乃邸。

「このランユウィってのも、多分師匠が送り込んだ人間っすね」

 外交部が入手した新たな名簿を、ラピス・ラズリーヌII(2)nd()が首実検していた。

「オールド・ブルーの弟子?」

「そっす。()同門っす」

 訊き返してくる華乃に、ラズリーヌIIは、口調自体はあっけらかんとした様子で答えた。

 逆にそこから、ラズリーヌIIは、眉間に皺を寄せて考え込むような困惑したような、しかし緊張感には乏しい表情になって、

「あとはこのプシュケ・プレインスっての、どーこかで見た覚えがあるっすねぇ……」

 と、言った。

 ──── そんな事を話している横で、

「もうすぐさ、バレンタインじゃん」

 と、鳴がそんな話題を切り出していた。

「そうだな」

 聞き手になっているのは、意外と言うか、ある意味納得と言うか、つばめだった。

「今年はどうしようかなって」

「そうt……ラ・ピュセルには?」

 困ったように言う鳴に、つばめが聞き返す。

「贈っても義理チョコかな。ちゃんと、ケジメはしっかりしないとだし」

 鳴が、視線を伏せがちにしつつ言うと、

「鳴ちゃんはオトナだな」

 と、つばめは、苦笑しながらそう返した。

「そうかな……?」

「ああ、ケジメつけたつもりで4年拗らせ続けたやつ知ってるからな」

 聞き返す鳴に、つばめが苦笑しながらそう答えると、

 ゴンッ!

 と、つばめと鳴が腰を下ろしている位置から、ガスストーブを挟んで壁の、その反対側から何かを打ち付ける音がした。

「!?」

 つばめが慌てて立ち上がり、和室から一気に洋間の方へ移動する。

「おい、何があった!?」

 洋間の扉を開けたところで、つばめが問い返す。(あと)から、鳴と、華乃が追ってきた。

 洋間では、つばめの娘・(あさ)()と、燈と小雪が遊んでいたはずだったが────

「朝希!?」

 と、緊張しきったつばめの視界の中では、燈と朝希がファミリー向けカードゲームで遊んでいて ──── 否、本来は3人で遊んでいたのだが、なぜか小雪が、洋間側のガスストーブの脇で、顔面から壁につっこんでいた。

「ったく驚かしやがって……」

 つばめがボヤくように言いつつ、気を取り直して、和室の方に戻ってくる。

「で、何の話だったか?」

「私がバレンタイン、どうしようかなって話」

 鳴が答える。

「んー……────」

 つばめは、鼻を鳴らして考え込むようにしてから、

「そう悩むってことは、誰か本命の相手がいるってことか?」

 と、訊ねた。

「本命……って言っていいのかな……」

「いるのか」

「うん」

 鳴の曖昧な言葉に訊き返してくるつばめに、鳴は頷いた。

「私、プリンセス・テンペストになった理由が、その人のことが好きだったからなんだ」

「まぁわからんでもない」

 つばめは言う。つばめの場合は、トップスピードになってからそれをやりたくなって実現したので、順番が鳴と逆だったが。

「でも、私、一時期ラ・ピュセルのことが本気で好きになってて……」

「ああ……」

 鳴の吐露を聞いて、つばめは無い右手で顔を覆おうとした。

「それで、その線がなくなったからまたそいつに……ってことか」

 つばめの言葉に、鳴は頷いてから、

「その後になってから見たらさ、やっぱり好きじゃん、って」

「だけど、だからって言って元に戻るのは尻軽なんじゃないか、ってことか」

 つばめの言葉に、鳴は、 “尻軽” という単語の意味はよくわからなかったが、言葉のニュアンスは理解して、頷いた。

「うーん……」

 つばめが少し、唸っていると、

「その人は、そもそも鳴に好きになられていることを知っているのか?」

 と、会話に華乃が入ってきた。

「まだ、知らないはず」

 鳴が答える。

「だったら、今の気持ちを優先していいんじゃないかな」

 華乃が言った。

「え?」

「私は小雪から移ろわれた方だった。私はそれを知っていた。それでも私は受け入れた」

「あー…………、そういやぁそうだなぁ」

 華乃の言葉を受けて、つばめが言う。

 鳴が視線を移すと、ラズリーヌII達と会話していた颯太が、こちらを向いて決まり悪そうにしつつ、頬を掻く仕種をしている。

「重要なのは、今からどれだけ本気になれるか、だと思う」

「そりゃそうだ」

 華乃の言葉を、つばめが支持した。

「そうかな……」

 鳴が、しかしまだ覇気がない様子でいう。

「じゃあ、ちょっと聞くが」

 つばめが言う。

「そいつを好きになったキッカケってなんだ?」

「えっと、子ども会で危ないことになった時、助けて貰ったから」

「なるほど。で、そいつってフツーの男か?」

「うん」

 鳴の答えを聞いて、つばめは一瞬、颯太に視線を向けて戻してから、

「実は魔法少女でした、なんてことはないよな?」

 と、続けた。

「それは、ないと思う」

「それってことは、だ。今後はどっちかって言うと、そいつが危ないことになったのを、鳴ちゃんが助けるってことになるが……────」

「助ける! 絶対助ける!」

 つばめの言葉を半ば途中で遮って、鳴は強い言葉と表情で言いきった。

「じゃ、もう決まってるようなもんじゃないか」

「あ、そ、そっか……」

 苦笑するつばめに、鳴は赤面して恥ずかしそうに俯いてしまった。

「ただ、ただね」

 鳴は、少しだけ落ち着いたところで言う。

「その人、私よりずっと歳が上なんだ」

「ずっと上って、どれくらい?」

「中学3年生。来年から高校生だと思う」

 つばめは、問い返しに対する鳴の答えを聞いて、視線を上げつつ指折で何かを数える仕種をした後、

「…………そいつとのつながりって、子ども会って言ってたな?」

 と、鳴に訊ねた。

「うん、そう」

 鳴がそう答えると、つばめは、颯太たちとともに首実検に参加していた朱里に視線を向けて、

「朱里! お前の地域の子ども会って、何年になるまでだ!?」

 と、問い質す。

「あーっと……小学生が原則参加、中学生が任意参加です」

 朱里の答えを聞いて、つばめは視線を鳴に戻す。

「子ども会以外に、そいつと他に接点はあるのか?」

「ない……かな」

「じゃあ、タイムリミットは3月までってことだな!?」

「う、うん」

「深く考えるのは後でいい! ツバつけろ! ド派手に本命チョコ贈って意識させとけ!!」

「えっ、えっ!?」

 一気に勢いが強くなったつばめに、鳴はたじろぐ。

「オレと旦那は7つ違いだ! 鳴ちゃんとそいつよりもうひとつ余計に離れてる幼馴染同士だ! それでもオレは昇一を落とした!」

 つばめの鬼気迫るような表情の言葉を聞いて、鳴は目を(まる)く大きく見開いた。

 

 

「何をあんなに熱くなってるんだか」

 颯太がボヤくように呟いた。

 引き続き、颯太は華乃、ラズリーヌII、ネクとともに、名簿の首実検を続けていたが、

「こいつ……ちょっと気にならないっすか?」

 と、1人の名簿のところで、ラズリーヌIIが言った。

「ネク」

「ほいぽん」

 颯太が指示すると、プロフィール画面が、セカンドモニターとなっているテレビに映し出される。

「ディティック・ベル、人間名・氷岡(ひおか)(しのぶ)。社会での立場は……私立探偵?」

「確かに気になるな」

 内容を読み上げた颯太に続いて、朱里がそう言った。

「どこかの組織を後ろ盾にしてるっていう情報はないぽんね~」

「だけど、私立探偵だったら、他から依頼されて……ってこともあったりしない?」

「報酬で動く人間だったら、あり得る話だぽん」

 颯太の発言に対して、ネクは同意の言葉を出した。

「なんっすかねー……なんかこう、妙に気になるんっすよねー……こいつ自身が危険ってこととはまた違うんすけどねー」

 ラズリーヌIIは、顎に手を当てて難しい顔をしながらそう言った。

「一応、希さんにも話しておこうか」

 颯太がそう言った。

「それよりも、あたしはこいつが気になって仕方ないんだが……」

 朱里が、そう言って手を伸ばし、ラ・ピュセルのマスター仕様マジカルフォンの画面に触れて、スクロールさせる。

 ネクがプロフィール画面を出すが、容姿については “No image” と表示されていた。

鳩田(はとだ)守颯(もは)……あれ、魔法少女名がないっすね?」

「たぶん、()()()()魔法少女になるんじゃない?」

 ラズリーヌIIの言葉に、颯太は、まずそう返してから、自分も眉間に皺を寄せるように、

「でも、あれ? 鳩田……って、どっかで聞いた覚えが……」

 と、考え込む。

「ハードゴア・アリスの本名が鳩田亜子(あこ)だぽん」

「ああ、そうか……」

 ネクが答えると、颯太は沈んだ声を出した。華乃も俯きがちになる。

 ハードゴア・アリスは、 “クラムベリー最後の魔法少女選抜試験” の3人目の犠牲者だ。ラ・ピュセルが、クラムベリーとの初戦の後、トラックに撥ねられて入院している最中に、3週目の最下位として脱落した。

 ハードゴア・アリス自身は、デスゲームが始まる直前に、16人目の名深市の魔法少女 ──── 当時はそう認識していなかったが、 “魔法少女候補生” になったため、一時期シスターナナやスノーホワイトの周辺にいたな、以外の印象が薄い。

 そのせいか ──── “名深の4人組” も、亜子の本名が出てきても、ぱっと魔法少女名とつながらないことが儘ある。ただ、魔法少女ハードゴア・アリスがいたことを忘れたことはない。

「…………また、身内かな」

 颯太が呟くように言った。 “ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験” の候補生、マイカホワイトこと三条(さんじょう)夏湖(かこ)は、 “クラムベリー最後の魔法少女選抜試験” の最初の犠牲者、ねむりんこと三条合歓(ねむ)の母親だった。

「だからどう、ってわけでもないはずなんだが……────」

 沈黙になりかけたところを、朱里が破る。

「── こいつにはなんかある気がして仕方ないんだ」

「朱里ちゃん?」

 だいぶ険しい表情をしている朱里に、颯太がそれを意外そうに訊ねる。

「あたしはどうも、本来のプリズムスプリントとしての魔法以外に、ちょっとした()()()みたいなものがあるみたいなんだ……颯太、高1ンときにお前に突然連絡とったことがあったろ?」

「高1……」

 朱里に問いかけるように言われ、視線を上にあげて思い出そうと考え込む。

「ああすまん、お前はあの時まだ高校生じゃなかったか」

「ああ、うん、そうだけど……なんかあったっけ?」

 朱里の謝罪しつつの言葉に、颯太は小首を傾げるようにして聞き返す。

「あたしがお前の葬式の夢を見たって話」

「ああ……あの縁起でもない話」

 颯太は苦笑するが、朱里の表情は緩まない。

「あたしがプリズムスプリントになったのは、最初にあの夢を見た2日後だった」

「え…………」

 声を出した颯太以外に、他の2人、それにネクも朱里に視線を向けた。

「そして、あたしはまったく同じ夢をもう一度見た。その後、目を覚ましたその日にミクセリクサーとファニートリックに出会った」

「…………」

「胡蝶の夢、とはちょっと違うんだが、確証めいたものを持っててな。仮にあの夢が現実だったら、あたしは()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ()()()()、ってな……」

 わずかに沈黙があった後、

「あのさぁ……」

 と、颯太が眉で不快そうにしつつ苦笑しながら声を出す。

(わり)ぃ。あたし自身もそんなことありえないってハッキリ認識はしてるんだ。だけど、その考えもずっと振り払えないでいるんだよ」

「だから、胡蝶の夢()()()()

 華乃が言った。

「そういうこと。あっちが夢でこっちが現実だってハッキリ自覚できてるからな」

 朱里はそう言いつつ、目元の険しさを増す。

「でも、何かのキッカケの前に起きたのは事実なんだ。そして、そのあたしの勘に触るんだ。こいつ(鳩田守颯)にはなんかある、ってな」

 

 

 ─☆──☆──☆──☆─

 

 東京都足立区。

 勤め先から始発で地下鉄丸ノ内線、銀座で乗り継いで日比谷線、そのまま乗り入れで東武伊勢崎線。

 最速ルートではないし、距離的にも最短ルートではない。ただ、乗り換えが1度で、楽で、運賃も最安だ。

 電車を西新井駅で降り、歩いて8分。築古だが、1DKにバス・トイレ別で賃料6万円という破格の物件、そこに氷岡忍は帰り着く。

「はぁ…………」

 疲れて椅子にもたれかかるようにしながら、自宅のPCを休止状態から復帰させ始める。

 憧れてなった職業とは言え、彼女をそれに導いた、推理物の創作物とはだいぶイメージが違う。事件現場に居合わせてそれを謎解くといった様子は虚構に過ぎない。

 だいいち、それだと報酬がない。よく考えたら、そういうシチュエーションが欲しかったら、それでサラリー貰う警察官になって刑事になればよかったとはたまに思う。自分にとっては旧作だが十津川警部は三橋達也しか考えられない。

 とは言え、実地で調査を行う、現実の探偵業もそれはそれで自分の(しょう)に合っていると感じていた。相手の素性を紐解いていくことには楽しさを感じる。

 ──── とは言え、仕事が楽しいからと言って疲れないわけではない。足を使って歩きまわっていれば、当然疲労も溜まる。

 気を取り直して、パソコンに向かった。

 年が明けた頃、忍が所属する探偵事務所にその依頼が持ち込まれた。

「お前さんを指名だ。長期の仕事になる」

 初老からすでに明らかに老人に足をつっこんだ所長に、そう言われて、依頼書類とデータの入ったSDカードを渡された。依頼人に面会する前に見るように言われたSDカードの中身を見ると、 “魔法の国” の案件だった。潜入調査だ。これは面白いと思った。殺人事件に出くわすのとは違うが、探偵モノの創作にありそうだと思った。

 所長はこれが魔法の国案件だと知っているのか、知らないのか。それを訊ねても詮無いことだと思った。ただ言えるのは、この依頼が魔法少女ディティック・ベルを名指しで依頼されたことなのは間違いない。

 ただ、 ──── 潜入先と潜入方法に些かの、ごく個人的感情による、あるいは世間一般様的な、問題があった。

 ため息を吐いて、忍は室内を振り返る。

 ずっと魔法少女の姿で過ごせればいいが、そういうわけには行かないらしい。

 忍は年齢的にはアラサーだ。童顔で若々しいとはよく言われるし、自分でもそう認識している。けれど、これは一種の羞恥プレイなんじゃないのか?

 鴨居からハンガーで吊るされた、潜入先の中学校の女子制服を見て、忍は顔を苦くするばかりだった。

 





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