魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
『14番線の電車は、15:03発、「ひかり」717号、岡山行きです。自由席は、1号車から、5号車です。この電車は、途中、品川、新横浜、三島、静岡 ────』
東京駅。
「元気でね」
颯太は、デッキの近くに立ったミキに声をかける。
見送りには、他に、華乃、小雪、魔法少女姿のラズリーヌ
大きめのスポーツバッグを抱えたミキは、颯太の言葉を聞いて、口元で笑みつつ、ありきたり、当り障りのない返事をしようとしたが、その直後に、考え込むように視線を落とし、口元に右手の指を当てた。
「どうかした?」
颯太が、不思議そうに問いかけた。
ミキは、更に僅かに考え込んだ後、顔を上げて、見送りに来ている面々を見る。
「あの、いつでも呼び戻してもらっていいですから!」
「え」
ミキの真剣な眼差しで言う言葉に、颯太が小さく声を出し、見送り側の全員がおやっ、と、軽く驚いた表情になった。
「それって……」
颯太が訊き返しかける。
ミキは自分の胸元に手をやって、
「今度のこと……────」
と、言い始める。
梅見崎中学校の件、別に意図してミキを蚊帳の外に置いておいたつもりはない。そもそも、今の所きっちり役割が決まっているのが希とその支援の何人かだけで、荒事が起こると決めつけて乗り込む準備をしているわけではなかった。だから、他の面々にもミキが名古屋に向かうので話から外していた、という意識はなかったし、ミキもその様に感じていたわけではない。
ただ、ミキが思うのは、
「── たぶん、場合によっては
と、そういうことだった。
「うーん…………」
颯太は、腕組みをして、唸り声を上げながら、視線を斜め上に逸らしてしまう。難しいことを考えている風だが、
それを見抜いたミキは、
「ラ・ピュセルさん?」
と、先程までのヒロイックな表情から一転、ヤブ睨みを颯太に向け、半オクターブ声低い声を出した。
「いや、その ────」
颯太は、気まずそうな笑顔になり、後頭部を掻く仕種をする。
「── ごめん、最初から頭数に数えてた」
苦笑しながらいう颯太の横で、華乃とラズリーヌIIまで腕組みをしてうんうんと頷いている。小雪は脱力したように肩を落として苦笑している。ミクセリクサーはよくわかっていない様子で颯太を見ていて、ジャックはその後ろでやはり苦笑している。
ミキは、まず、妙に疲れた様に、はーっ……、と息を吐き出してから、表情を締め直して、
「そういうことなら、はい。いつでも大丈夫ですから!」
と、口元で笑って言った。
「うん、悪いけど、そのときになったら連絡する。どうしても無理だったら、こっちだけでなんとかするけど」
「いえ! 何があっても行きます!!」
苦笑して言う颯太に、ミキは力強く声を弾ませて返した。
『14番線お乗りのお客様、お近くのドアからお乗りください、お近くのドアからお乗りください。14番線「ひかり」717号岡山行きまもなく発車となります』
「あっと!」
ミキが、慌てた声を出す。
「ごめん、引き止めちゃった!」
「いえ、大丈夫です!」
発車メロディが鳴る中、颯太の言葉に返しつつ、ミキはN700系のデッキの中に入る。
ビィーッ!
ホームゲートブザーが鳴る中、
「リフレッシングブリーズ様! 頑張ってください!!」
と、ミクセリクサーが声を張り上げた後に、ドアが完全にしまった。
ミキは、ドアの窓越しに、ミクセリクサーにサムズアップと笑顔を返した。
N700系は滑るように走り出し、ホームを出ていった────
─☆──☆──☆──☆─
「別に、あの子のところに行ってもいいのですよ」
──── !!
ベッドの上に上体を起こした体勢で、はぁはぁと荒く息をする。それを整えようとするが、なかなか治まらない。
一度ベッドから抜け出し、部屋を出て、キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開け、ペットボトルのコーラを取り出す。それを、水切りかごにあった大きめのガラスコップに注いで、一気に
コップをシンクの中で水に
「…………」
壁の梁にかかっている制服を見る。梅見崎中学校の制服だ。
数日後から、ここから一時的に住む場所を変えて、そこから通うことになっている。すべての生活環境の準備は整っているらしく、後は着替えだけ持って行けばいいようになっているらしい。
鈴井沙穂にはもうひとつの名前がある。魔法少女ランユウィだ。
初代ラピス・ラズリーヌに見出され、その門下に入った。ベテランとまでは言えなくても、もう、候補生だとか初心者だとか言われる段階ではない。
だから、今回の梅見崎中学校行きは、潜入任務だ。
ただ、ランユウィを梅見崎中学校に潜入させようとしているのは、ラ・ピュセル達の想像に反して、プク派残党だった。接触してきたエージェントは、うるる、という魔法少女だ。
プク派残党は事実上、カスパ派に吸収された。とは言うものの、カスパ派自体が自由放任的なところがあって、元来のカスパ派はなにも号令がかからない平時には行動がバラバラになりがちだった。
なので、プク派残党は独自に、組織防衛に動き始めた。
それは別に、カスパ派を乗っ取ってプク派を再建しよう、というわけではない。現身プク・プックを魔法少女ラ・ピュセルに殺されたプク派残党には、再建するための求心力はない。
昨日の敵は今日の友、というわけでもないが、カスパ派の権威に沿っていた方がいい。
これはランユウィは知らないことだったが、魔法少女学級計画に介入するため、オールド・ブルーは
そのオールド・ブルー、研究部と旧オスク派接近へのさらなるカウンターを入れておくべく、プク派残党が動いた、というわけである。
──── 話をランユウィに戻そう。
沙穂はスマートフォンを取り出し、ロックを外す。 “フォト” を起動して、中の写真を見る。
そこに写っているのは、ラピス・ラズリーヌ ──── ラピス・ラズリーヌ
沙穂、ランユウィは、オールド・ブルーに心酔し、師事していたが、同時にラズリーヌIIに強く憧れていた。ああなりたくて、口調を真似するようになったぐらいだ。
──── “ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験” 事件の後、オールド・ブルーに対してラズリーヌIIが叛旗を翻した。オールド・ブルーはブルーベル・キャンディに3代目を襲名させ、2代目を
ランユウィは、この “ラピス・ラズリーヌ一門騒動” の中で、板挟みになってしまった。
政治的なしがらみと無縁だったはずのラズリーヌIIがどうしてそんなことをしたのか、ランユウィ達ラピス・ラズリーヌ一門の門下生に詳しく知らされてはいない。例外はラピス・ラズリーヌ
本来、魔法少女は一般社会の映像装置には、本人が写りたいと意識しないかぎりぼんやりとしか映らない。しかし、沙穂のスマホの中のラズリーヌIIは、カメラを意識している様子は微塵も判じられない。
マジカルフォンで撮影したものだ。ランユウィのマジカルフォンにはラズリーヌIIを撮影した写真がたくさん入っていた。ところがある日突然、その写真が消失してしまった。原因はわからない。とにかく、今、沙穂が見ることができるのは、スマートフォンにコピーしておいた数枚だけだ。
ほっとため息をつく。スマホの画面を消す。窓から外を見る。澄んだ星空だった。
沙穂は、魔法少女ランユウィはラピス・ラズリーヌになりたかった。いや、今もなりたい。背後関係を詳しく知らない沙穂は、この
けれど、しばらく経って、今。
── いずれラピス・ラズリーヌ
─☆──☆──☆──☆─
姫野家。今でいうところの4SDKの戸建持ち家であるここは、希の生家でもある。希が生まれる数年前に買った時点で、すでに中古物件だったから、築年は決して新しいとは言えない。言えないが、名深組の賃貸3件よりは新しい。
希は、就職後の一年半ほどはひとり暮らしをしていたが、盤洞市の事件の後に実家に戻った。事件直後は精神的な後遺症があったからだ。さほど長くは続かなかったが、再度ひとり暮らしに戻らずにいた。
わざわざ2台分のガレージが用意されている物件には、ずっと父の軽自動車1台しか停まっていなかった。中古物件とは言え、まだ若かった両親にこの家の購入は負担が大きかったのだろう、義母、つまり希の母方祖母から譲られたというKH3型 3代目 スバル レックスの5ドア Vをずっと乗っていた。
希に弟妹ができるか、希が中高生になるかのタイミングで大きなクルマを買うつもりだったのだろう。だが、その日が来る前に母は病に倒れてしまった。
父は寡黙な人間で、いつも無愛想な表情をしていた。対して母は愛想がよく社交的で、近所付き合いもよく、希ともよく話してくれた。
母が倒れる以前の希は、幼いながらにこの父母が夫婦としてうまくやっていけているのか不安に思ったほどだ。大喧嘩をするわけでもなく、しかし言葉もなくギスギスしているというわけでもなく、かといって熱愛の関係にも見えなかった。
母が病に倒れ、仕事のある身で献身的に介護をし、そしてその甲斐なく虹の彼方に旅立った時、その姿を見て、父は母を愛していた、母もその父と支え合っていたとようやく気づいた。 ──── 気づいたつもりだった。
父は母を
──────── 時を経て、去年、希がジムニーを購入したときだ。ついでにいい加減ヨレヨレのレックスを、斯波自動車整備(資)に整備を依頼した。
「ヨレヨレなんてとんでもない!」
斯波自動車整備の
「圧縮ヌケの気配もないし、コンプレッサーは交換した跡がある。サスもヘタってないし、維持するためにかなり手間と
そう言われて、ようやくこのクルマの意味を知った。母とのつながりの重要な接点だったのだ。買い替える気力がなかったのではない。父にとってこれ以外はどんな高級車も価値がなかったのだ。
思い出してみれば、テーマパークに行ったのも、動物園に行ったのも、スキーに行ったのも、母の生前も没後も、希が成人する前のすべての思い出がこのレックスに詰まっていた。
──── ジムニーが納車された数日後、
「なぁ、やっと2台入ったよ。なぁ……」
と、母の仏前に、シャッターが開け放たれたガレージの中で、レックスとジムニーが並んだところを撮影した写真を置いて、手酌でやりながら語りかけている父の背中を見た。
──── 現在。
「それでは、先生は出発しますね」
まだ静かな早朝の住宅街、幌を張りっぱなしのジムニーがガレージから出され、そのガレージのシャッターを下ろしたところだった。
「はいっ、何かあったら、すぐに私にも連絡してください!」
ガッツを見せるようなポーズで、見送りの佳代が言う。
「まぁ、先生1人だけじゃないですから、よほどのことにはならない ──── と、思いたいですが」
「は、はは……」
困惑の様子を見せる希に、佳代は脱力したように苦笑する。
希が運転席に収まる。シートベルトを締める。佳代が手を振る。希が手を振り返す。ジムニーが走り出し、去っていった。
自宅に一度戻ろうか、と、佳代が歩き出しかけた時、彼女のスマートフォンに着信があった。
発信元を見る。中学時代の同級生の1人だ。魔法少女とか魔法の国とかとはぜんぜん関係がない相手だ。
特に怪訝に思うこともなく、 “通話” をタップする。
「はい、もしもし。はい、そうですが。うん、久しぶり。元気してた?」
他愛ない挨拶をしたつもりだった。だが、その直後、佳代の表情が一気に険しくなる。
──────── 魔法少女とか魔法の国とかとはぜんぜん関係がない相手だ。関係がない、はずだった。
「それ、本当!? いつから!?」
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