連鎖の復讐 ~性犯罪の濡れ衣を着せてきた黒幕が30人って何~   作:冴木甲士

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黒幕って何だっけ

 俺がこの日のことを忘れることは、生涯ない。

「アンタ、私を昨日犯そうとして、よく抜け抜けと登校してきたよね」

 登校して自身のクラスの教室で鞄を机に下ろした直後に、そう言われた日のことを。

 下手人は同じクラスの女子。

 

 最初は、何かの悪い冗談だと思った。

 この女子もとい、菅佳美(かんよしみ)とは接点らしい接点がない。

 犯そうとしたどころかまともに話し掛けたことさえない間柄だ。

 

「えーっと……全く心当たりがないんだが。変な冗談やめてくれないか」

 ひとまずこちらを変な目で見てきた周囲のクラスメイト達の手前、そう返事する。

「は⁉ すっとぼけるつもり⁉ ふざけないでよ⁉ 昨日……」

 真っ向から反撃するような言葉をこちらに叩き付けた菅は、つらつらと自分が被害に遭ったときの詳細とやらを語り出した。

 

 それはもう実に詳細な内容だった。

 俺が犯行を行ったとされる時間、場所、状況、経緯、結果、菅のそのときの心情などがとてもわかりやすく説明された上に妙に現実的なものとなっており、とてもその場のでっち上げとは思えないような出来だった。

 これが噓八百の内容だとその場で気付くのはそんな嘘をほざいた張本人である菅と、嘘を吐かれた俺だけだったろう。

 

 ここで俺もそいつが本気で(おとしい)れる気だと悟ってきた。

「おい、そんな嘘付いて一体何のつもりだ」

「ここまで言われてまだしらばっくれんの? 信じられないんだけど」

 ここで菅が、悲しみに暮れたような表情をした。

 

「ちょっと大丈夫?」

「こっちおいでよ、菅さん」

「コイツ何なの……こわ」

 菅と仲いいのであろう女子達が泣きそうに見える菅を囲み、俺を鋭く睨む。

 

「だから違うって。ソイツは嘘を言ってんだって」

 周りが俺を本格的に犯罪者として扱うような雰囲気を感じ、とてつもない焦燥感と、苛立ちと、吐き気みたいな気分が一遍に押し寄せてきた。

「何が違うの?」

「わざわざ菅さんがそんな嘘つく理由なんてないじゃん」

「頭大丈夫?」

 

 俺の無実の訴えは、もはや皆にまったく聞き入れられなかった。

 菅の話、そして今の泣く演技すべてが異様に巧妙であり、俺をどうしようもない性犯罪者として孤立無援にさせることに成功していた。

 

「ねえ、警察に言った方がいいんじゃないの?」

「そうだよ。立派な犯罪じゃん」

 周りの女子がそう訴える。警察沙汰にしてくれるならむしろこちらとしては上等だった。

 相手も捜査のプロだけに、こんな下らない虚偽告訴を真に受けるほど愚かじゃないだろうから。

「うん、本当はそうしたい。したいけど、別にいい」

 それを菅は拒絶してきた。

「あんまり大事にしたくないから。きっと警察の人にももっと詳しく話さなきゃいけないし、そんなの耐えられそうにないもん」

 お前今事件の内容(真っ赤な嘘)を目の前で堂々と言ってたよな? どの口がほざいてんだ。

 

「だから、警察は勘弁してあげる。でも、皆には伝えとくから」

 

 それが菅の……ゴミカスの最後の口上だった。

 

 

 その日から、俺の学校生活は変わった。

 俺への悪口、器物損壊、その他種々の嫌がらせを受けるようになり、それまでとは遥かに苦痛に満ちたものへと激変した。

 それでも不登校になるのが、この生活以上に腹立たしくなるので何とか今でも登校は続けている。

 

 とはいえ、このままじゃ絶対に済まさない。

 あのゴミカスから掛けられた冤罪を晴らした上で復讐してやる。

 後のことなんか、もうどうでもいい。

 

 下らない濡れ衣を着せられたあの日から今まで、ずっとそう思っている。

 思っては、いる。

 いるんだけど、さあ。

 

 

「……今、何て?」

 俺、小泉峰大(こいずみほうだい)が復讐を誓ってから結構な日数が過ぎた頃。

 父の知人だという探偵こと伊藤泰弘(いとうやすひろ)さんに依頼して例の女子について冤罪を掛けた動機や証拠の調査をお願いしたところ、予想だにしない調査結果を聞いて俺は確認を求めた。

 そうだ、何かの聞き間違いだろ。さっき耳掃除したばっかなのにこんな調子とは掃除の仕方がよくなかったんだろうか。

 そんなことを思って伊藤さんに確認したら

「調査の結果、この事件の黒幕は30人ほどいることがわかりました」

 さっき聞いたのと同じ答えが返ってきた。

「30人?」

「はい」

「3人じゃなくて?」

「30人は確実に、というところです」

 そっかー……そんなにいるのかー……。

 

 

 伊藤さん曰く、俺に直接冤罪を被せた女は黒幕の1人から(けしか)けられたとのこと。

 しかしその黒幕の1人はさらに別の黒幕からそうするように促され、さらにその別の黒幕はまた違う黒幕に唆され……という具合に関係が連鎖していたのだという。

 そして伊藤さんが根気よく調査をしたところ、30人もの黒幕の存在が発覚した、という話だった。

 通りで調査を依頼してから結果が出るまでやけに長いなと思ったんだよな。

 

 とりあえず、その調査結果を聞いてまずはビックリしたよね。

 そりゃあ当初からあの女1人の犯行とは思わなかったし、誰かと共謀して事を起こしたんじゃないかぐらいの予想はしてたよ。

 それでも大体もう1~2人ぐらいが絡んでる程度かと思ってたんだよ。

 まさかそんな関係者が2桁も行くなんて予想できないじゃん。どんだけ壮大な人間関係なんだよ。

 

 それともう一つ思ったこと。

 こいつら全員アホか。

 

 30人って学校の1クラス分の人数だよ。

 小規模でも会社が1個作れるぐらいの規模だよ。

 その人数でやることが一介の男子生徒を捕まえて性犯罪者の汚名を着せることって、お前ら正気か?

 そんなことやるぐらいならもっといいことに労力を費やせばいいのに。暇人? それともバカ? いや両方か。

 

 

 一連の説明を聞いて、怒り以上に呆れる思いが自分の頭に溜まっていくのを感じた。

「それで、この後はどうしますか?」

「そうですね……」

 目の前で資料を広げて説明してくれた伊藤さんに今後の方針を聞かれ、少し悩む。

 

 繰り返しになるが、今でも復讐したいと思う気持ちが消えたわけじゃない。

 しかし、詳細を知るにつけ黒幕達に関わるのがバカバカしいという、昨日までならおよそ考えもしなかった感情が芽生えたのも事実だ。

 そんな両方の気分がうまいこと混ざらずにどうすべきか決めあぐねる。

 

「私は、復讐するというのは正直勧められません」

 俺が思索につき黙っているのをどう捉えたのか、伊藤さんが口を開いた。

「いや、そのことなんですが」

「復讐というのは何も生まない。復讐者というのは皆それがわかって、それでも恨みを晴らすためにやるものだというのは重々承知しております」

 俺の返事も構わず、伊藤さんがどこか得意げに語り出した。

「しかし、それは結局全く関係ない他人も巻き込んでしまうことに他ならないのです」

 あ、いや、今その辺りのことは考慮してなかったわ。

「今回わかってるだけで黒幕は30人。彼ら全員に復讐しようとすれば必ず彼らの関係者も巻き込まれることになるでしょう」

 むしろ復讐とか全員分やるのは厳しいなー、とか思ってたわ。

 

「あの、その30人全員を黒幕って呼ぶのちょっとややこしいな、と思ってまして」

 とりあえず話題を変えようと、心の中で少し思ってたことを言ってみた。

「そうですね……なら呼び方を分けますか」

「賛成です。伊藤さん、何かいい案あります?」

「すぐには出ないですね」

「俺も同じく。ならAIに聞きますか」

 俺はスマホを取り出し

「私はまだ馴染みがありませんが、AIはそういうことも対応してるのですか」

「ええ、まあ」

 俺に性犯罪者の汚名を着せてきた黒幕が30人いるからこいつらの最適な区分け方を教えて、なんて質問するの世の中で俺一人だけだと思うけどね。

 

 

 さしあたって俺に直接冤罪を掛けた女子と近い順に白幕・水色幕・黄幕・橙幕(だいだいまく)・緑幕・紫幕・茶幕・黒幕・紅白幕・赤幕の10種類を設定して、それぞれ3人ずつ振り分けることにした。要は赤幕が真の元凶レベル。ゲームで言えばラスボス。

 AI曰く柔道の帯の色でも参考にすれば、とのことだったのでこんな区分になったよ!

 本来の言葉である黒幕が上から3番目のレベルになっちゃったよ!

 

「それで、君はこの赤幕まで徹底的に復讐し切るつもりですか」

 伊藤さんがさっそく新しい用語を使ってくる。自分らで作っておいて何だけど赤幕って何なんだよ。お祝い事に使いそうな道具に聞こえるわ。

「それなんですけどやっぱ全員復讐するのはちょっと、と思ってるんで黄幕までを目標にしようかなー、と」

 この場でできたばかりの用語が復讐のターゲティングに利用されてる。言われてる本人達もそんな事実を知ったらさぞかし驚くだろうさ。今度こいつらにあったら「出たな黄幕が!」とか唐突に叫んでみようかな。絶対何のこっちゃ、てリアクションされるんだろうな。

「では白・水色・黄色合わせて計9名をとりあえず復讐の対象として絞り込む、と」

「まあそういうことですね」

 ちょっとこの人順応早くない? 俺まだ色と階級の関係をまだ完全に覚えきれてないんだけど。

 

「では、最初に復讐したい相手は誰ですか?」

「……」

 黒幕達のことを整理していた思考が、止まる。

 伊藤さんの質問に対し、思い浮かぶのは唯一人のツラだった。

「菅佳美」

 そいつのツラを思い返すと同時に、あの日の感情が自然と蘇った心持ちがした。

「君に直接関わった、白幕の子ですね」

 そう、俺を直接今の苦境へ陥れた、復讐相手の末端である同じクラスの女子だ。

「はい」

「わかりました。それでは彼女へ具体的どう対処するか決めましょう」

 伊藤さんはそいつを最初に選んだ理由など深くは掘り下げることなく、粛々と話を進める。

 今の俺には、そのことが少しありがたかった。

 

 

 決行当日。

 

 あの日以来なぜか汚物に塗れた下駄箱を使うのを避けて自前の靴袋を使って上履きに履き替え、俺にも聞こえるぐらいの声で「あ、レイプ魔だ」「まだ登校してきてんのアレ」「何で死なないの」とくっちゃべる女子達のいる教室へ入り、花瓶や罵詈雑言、その他お子様に見せるのが完全にNGな絵でふんだんにデコレートされた我が机へ着く。

 最初の内は消していたけど翌日にはまたデコレーションが復活しているので机は放置している。

 

 その日の菅は、落ち着きなくそわそわとしながら俺の様子を気にしていたようだった。

 いつもだったら他の女子に混じって、というかむしろ率先して陰口を叩くわけだがどうも様子が変だった。

 もっとも、その理由を俺や伊藤さんは知っているがな。

 奴の教室での様子を確認した俺はすぐに教室から出ていく。鞄はデコレートされるのを防ぐため、また持っていく。

「あ、ちょっとゴメン、お手洗い行ってくるね」

 そうしてすぐに、そんな菅の声が聞こえてきた。

 

 

 菅も俺もお手洗いに行ったわけではない。

 俺達二人は、校内にて誰も訪れないようぐらい、人気(ひとけ)のない場所で対峙(たいじ)していた。

『話がある。朝、俺が教室から出たらすぐにここへ来い』

 という文をこの場所の写真や他のファイル(・・・・・・)を添付してチャットに送ったところ、面白いほど素直に菅はここへやって来た。

 

「……話って何?」

「心当たりないのか?」

 俺は質問に質問で返した。

 今更許すもクソもないが、目の前のコイツが少しは反省しているか試したかったのだ。

「……別に」

 答えは、ただしらばっくれるだけに終わった。

 それを受けて、俺は次の行動へのためらいがなくなった。

「簡単なことだ。俺から性犯罪の被害に遭ったっていう下らない話が全部嘘だったってことを全校生徒に広めてこい」

 ここで俺はスマホを見せつける。

「さもなければ俺はこれを持って警察に被害届を出す」

 スマホから、とある音声を再生させた。

 

『大丈夫だってー。周りはもうすっかり私のこと信じてるからさー。レイプされかけた話が全部嘘だったなんて誰も思ってないよ』

 

 菅は肩をビクリと震わせた。

 大方、似たような悪いお友達にあの日のことをベラベラと話したのだろう。

 奴にとっては拍子抜けするぐらいうまくいった冤罪のことを、誰かに自慢したかったのだろう。

 その後、向こうのお友達が心配でもして様子を確認した結果、さっき再生したような言葉を吐いたのだろう。

 どうせ誰も耳を傾けちゃいないと、高を(くく)りながら。

 

「……何でそんなのが」

「探偵さんがいい仕事してくれたお陰だな」

 この音声は、伊藤さんが菅を調査していたときに奴が外でスマホを片手に話していたところを調査の一環で録音していた賜物(たまもの)らしい。

 伊藤さんもまさかこんなことを人の耳目もあるなかで堂々と話すとは想像しなかったらしく「例の件も入れ知恵されたから成功しただけで本人は至って頭の残念な子」という見解を発していた。俺も同感だった。

 ちなみに菅が俺へ対してこんなマネをしてきた動機は、菅へ入れ知恵してきた黒幕から成功したら五千円あげると言われたかららしい。五千円ぽっちであんな目に遭わされたのかよ、俺。

 

「探偵? まさか私のことを調べさせてた?」

「ああそうだが」

「え、わざわざそんなことまでしてきたの? キモ!」

 菅が両腕で自分を抱くようなポーズを取り、さらに体を震わせた。

「わざわざ何の接点もなかった俺をレイプ魔にでっち上げたお前ほどじゃねえだろ」

 この言葉を皮切りに、抑えてきた悪意がいっぺんに溢れ出した。

 

「大体よぉ。たかが小遣い程度の見返りなんかで『コイツは社会的に破滅しかねない重犯罪をやった』なんて狂言をぶちかますって何考えてんだお前。自分には何の関係もない相手だから特に躊躇がなかったか? それとも見返りをもらえれば大事な人を救えるとか大層な理由でもあったんか? そんな行為一つで相手がどうなるか、少したりとも想像できなかったのかお前は。できなかったんだろうな、お前みたいな想像を絶するレベルのバカには。お前にこんなことをやらせたバカの方ももちろん憎たらしいが、それよりもこんなバカに振り回されたのかと思うと情けなくなるわ。これからはこの証拠を材料にお前にもたっぷり今後のことを協力してもらうからな。本当はとっとと警察に突き出してやりたいが利用価値があるうちは勘弁してやる。でもその価値がなくなったときは覚悟しろ」

 

 奴に対してとりあえず今頭に浮かんだ言いたいことを思うさまに叩き付けてやった。

 俺の言葉をどこまで理解できたのか知らんが、目の前の(バカ)はもはやすっかり血の気の引いた顔色でコクコクと(うなず)いていた。

 

 

 その後は、実にスムーズに事が運んだ。

 教室に戻った菅は開口一番俺の冤罪の真相を暴露。

 俺の伝授した通りに菅が事の次第を説明をしたところ、最初は「小泉にムリヤリ言わされたんじゃないのか」と半信半疑だった周囲のクラスメイトも徐々に納得していった。

 なかには俺を疑ったことを謝罪するクラスメイトも何人かいたので、「別にいいよ」と通り一遍な返事であしらっておいた。

 

 

 これで俺の復讐相手は残り29人。

 ……気が遠いなぁ。当初の目標の9人にしても多いんだよなぁ。もう菅だけで矛を収めよっかなぁ。

 

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