英雄讃歌 第四章 作:如月@カクヨムとなろうでも投稿しています
継承戦の当日。いよいよ始まるということで、ダンドール家全体が熱気に包まれており、本邸には数多くの人々が訪れていた。いずれもダンドール家の人間ばかりであるが、王国内でも大公に位置するため、その数は興行などと遜色はない。
そんな熱狂の渦にある空間にいるイリア一行はと言うと。
「うぅ~。後悔してきたよ。こんなに大勢に見られるなんて。」
「ははは。確かにアリスちゃんはこういう空気には慣れているわけないよな。」
アリスが今からの戦闘に参加するプレッシャーに身体を震わせていた。当然、村娘でしかないアリスが大勢に見られながら、戦うという経験をしたことはない。そのため、その圧力に緊張を覚えるのも無理はない。
一方でイリアは余裕そのものであり、過去の経験でも同質の状況は幾度も経験している故に緊張のきの字もなかった。
「そういうイリアは平気そうだよね。僕も出るわけではないのに、ほら、手が震えてる。」
「あ、本当だ。ふふ、私以上に震えている人を見ると落ち着くね。」
「落ち着いたならよかったよ。今の僕にはこれくらいしかできないからね。」
イリアの余裕そうな態度に信じられないような目を向けているのはヴァンである。ヴァンは戦闘には参加しないものの、この空間にいるというだけでプレッシャーをひしひしと感じており、身体を震わせているのだ。
その緊張感を全くものともしていないイリアの様子に釈然としないながらも、アリスという同様の反応を返す存在がいることで、どうにか納得していた。
「ありがとう。」
「会話中すまない。出場者は待機場所があるから、こちらに来て欲しい。」
イリア一行の会話中にレオンが近づいてきており、どうやら継承戦に出場する人用の待機所に案内するようであった。
「分かった。ヴァンは……」
「ああ、ヴァンも来てもらって構わない。同じパーティーをわざわざ一人にする必要はないだろう。ただ、控室に留まってもらうのが条件とはなる。」
「僕としてはそれで問題ないよ。」
継承戦の控室は二つの構成で出来ている。一つが客席から見える位置の待機場所。もう一つがダンドール家の一部屋に置かれている控室である。その構成になっている理由としては、次の戦闘を行う人間かどちらが勝ったかなどの明示である。
そこで表舞台からは見えない建屋内の控室でヴァンに留まって置かせたいということだ。
「ありがとう。では、案内する。」
ダンドール家内は意外と静かなもので、会場となる広場の熱狂とはまた別の冷たい緊張感が漂っていた。
どこか不気味ささえも感じるその空間は戦士たちが集中しやすいようにと観客も容易には近づけないようになっており、それがまたプレッシャーとなってイリア一行を襲っていた。
「案内中だがアリスには先鋒を、イリアには中堅を担当してもらう。」
「せ、先鋒?」
「安心してくれ。最初だからと特別なことはないさ。後に四人も控えているんだ。そこで全勝してしまえばいいのだから、問題ない。」
道を歩く中、レオンの発した言葉にアリスはぎょっとした表情を浮かべる。先鋒と言えば、最初に戦う人間であり、その後の試合の流れにも影響が出る重要な場所である。そこをまさか任せられるとは考えてはいなかったのだ。
顔を若干青くさせたアリスにレオンは気楽そうな声で、声掛けを行う。確かに言っていることは妥当であろうが、それはアリスの緊張を解くものにはならない。一番最初に戦うということが、どれほどのプレッシャーになるか。
「負ける気はないです。……けど、緊張するね。」
「ははは。期待している。」
「う~、お腹痛くなってきたかも。」
レオンの言葉を受けて強気な言葉を返したアリスであるが、その口調は自信気なものから、不安げなものへと変化していき、ついにはお腹を押さえ始める始末であった。
それにレオンは楽しそうに笑みを浮かべているだけで、不安などを目に含ませることはなかった。
「イリアは心配していない。随分余裕なようだしな。」
「ああ。勝てるからな。」
「くくく、本当に面白い。」
レオンの言葉を受けても動じずにきっぱりと言い放つイリアはやはり、この中では別格である。流石は過去の英雄と言えるだろうが、傍から見たら肝が異常に据わった少女である。
レオンはその態度を受けると心の底から笑みを浮かべて、楽しそうな色を瞳に乗せる。どういう戦いを魅せてくれるか、どんな冒険者になるか。それが今から楽しみで仕方がないのだ。
「だが、一つ不満があるとすれば、中堅であることか。副将くらいにはなりたかったものだ。」
「悪いな。イリアたちは派閥から見ると新参者だからな。どうしても、こうなってしまう。」
「ま、それもそうか。」
レオンとしてもイリアを副将に持っていくことも、案になかったわけではない。しかし、レオンは陣営のトップであり、どうしても組織としての感情、意思というものを優先しなければならない。何よりも、継承戦とは本来戦士にとって名誉のあることであるから。
二枠外部に渡しているだけでも暴挙と言ってもよく、そう言った意味でもバランスを考えて副将という枠は自陣営の人間に渡さないわけにはいかない。
「納得いただけたようだな。さて、ここが控室となる。」
「おお、広いな。」
控室は現在イリアたちが泊っている部屋の二倍以上の広さはあった。また、机の上には茶菓子などが準備してあり、風呂、トイレなどまで完備している。この部屋にいれば生活は出来る程度の設備が揃っていた。
「では、時間になったら呼ぶから、頼んだ。」
「分かった。戦闘は任せておけ。」
こうして、いよいよ継承戦が始まろうとしていた。