高校選手権インターハイロードレース、U19カテゴリ。
その大舞台の先頭で一人、俺は爆舞をしていた。
全長約82km。1周10.3kmのコースを8周するその先頭こそ、俺の現在地だ。
7周目のコントロールラインを通過する。計測器が示すタイムは1時間40分。
あと1周。ほんの10分後には、俺は一位を取る。
これは確定事項だ。
そこに慢心や自惚れはない。理由は二つある。
一つ、スコアボード。
視界の隅に移った縦長の黒板には、俺の後続のタイムが白墨で描かれている。
2番手は愛媛の千宮司で1分差、3番手は岐阜の佐竹でこちらも1分5秒差。
二人とも、今まで幾度となく一緒に走った奴らだ。だから癖も戦略も分かっているし、こうなってしまっている時点であいつらは俺を追い越せない。
3周目と4周目のアタック合戦であいつらは足を使い過ぎ、5周目半ばで刺した俺の独走を咎めることが出来なかった。
脚質的に、俺はスプリンターであいつらはオールラウンダー。俺に単独逃げを許した時点で、レースの勝敗はほぼ決まったようなものだ。
もちろんレースに絶対はないが、奇跡もない。現実を現実として受け止めるなら、追いつけない俺を単騎で追走して散るより、集団で足を休めつつ2位争いをするしか彼らに残された選択肢はないのだ。
二つ、タイム。
今走っているこの京都府南丹市美山町の特設ロードコースは、走りなれた場所だ。
地元民には遠く及ばないが、何度も走っているし事前走もやっている。
俺の個人走での平均タイムは1時間3分。集団ロードで風よけを貰い、補給もある今日この日であれば、本番の緊張やその他諸々の要素を鑑みても55分に迫れる。
足も残ってる。メカトラブルもない。心拍は180で安定している。今の調子なら53分は堅い。
希望的観測ではなく、客観的事実がそう告げている。
つまり――俺に優勝は約束されていた。
もちろん、慢心はしない。
足は常に最善で回っている。目は常にコースを捉えている。指は細かいギアチェンジのために忙しなく動き続け、肌は微細な風の変化を情報として掴んでくれている。段差を躱し、コーナーの加減速をコントロールし、風を切るようにして俺は駆ける。
ラスト1周のラストスパート。これで慢心する愚かなウサギには俺はならない。
1秒を削るために俺は全力を使いながら――それでも、いや、だからこそ。俺は胸の奥の歓喜に震えていた。
『小鳥遊帷くん……あぁ、トバリと読むのか。失礼』
『トバリくんだね。うちのフロントから聞いている。映像資料も見させてもらった。JCFのポイントも、高校生ながら随分と稼いでるじゃないか』
『U15のオーストラリア大会でも中々の高順位。親御さんも理解があるらしい。海外でのプレーも視野に入れていると聞いたよ』
『約束しよう』
『次のU17で結果を残せば、うちのコンチネンタルチームに登録したい』
『ぜひ前向きに考えて――選手登録ができる年齢になったら、また連絡してほしい』
『待っているよ』
大会前。
春先に告げられたあの一言が、脳裏いっぱいに広がっていた。
日本の企業ではない。海外の、それもツールドフランスで何度も優勝したことがある超有名チームだ。
もちろん加入は入口だ。ジュニア部門の育成枠。きっとライバルがいて、蹴落とし合い、競い合うことになる。そこからも並々ならぬ努力は必要だ。
しかし、高校2年生にしてこれだけの待遇が受けられるのであれば――それは間違いなく栄誉なことだ。
ロードレーサーにとって、最も優れた環境が約束されている。
そう、つまり、憧れてやまない道の入口に立てるのだ。
ロードレースで食っていける。
夢が、現実に大きく近付く。
今日この日までに積んだ努力が、実を結ぶのだ。
その未来に――いや、現実が、あと僅か8㎞10分で訪れることを想えば、少し涙が出てきそうになって――――
その時、コース上に、子供が走りだしてきた。
「たっくん、ダメ!」と、女の声が聞こえた気がした。
道脇に張り巡らされていた侵入防止用のテープが揺れていた。きっとテープを押し下げて、子供は道に出てきたのだろう。
子供は前を見ていた。右手の指を口にくわえている。三歳ぐらいだろうか。とても小さい。俺に気付いた様子はない。
道脇の観衆の一人が、驚いた顔をしていた。おじさんだった。ロードレースが好きな人なのか、地元民なのか。禿げた頭が印象的だった。
二人が、俺に意見した。
一人は言った。轢いてしまえ。乱入してきたやつが悪い。ガキの躾を怠ったバカな母親が悪いに決まってる。
もう一人が言った。ブレーキを踏み、ハンドルを切って、角度を直せ。ぶつかるのは避けられないが、状況は変えられる。それならまだ一位が取れる。
そうだ。確か、ロードバイクで人を轢く時の心得があった。
まず、速度を落とすこと。そして頭や正中線にぶつかるのを避けること。それが最悪の中の最良になる。
だとすれば、轢くのは腕か足だ。どっちがいい? 腕か? 足か? いや、轢くって言っても、この速度だと衝突だ。じゃあ吹き飛ばした衝撃で転倒が確実的な足より、まだ重心に近くて被害が少なそうな腕がいいか?
でも、俺は時速80km出ていて、相手は三歳児だぞ。骨が折れるぐらいならいいが、指が千切れることもあるよな? ロードのバイクは細いから、重圧が高い。衝撃がダイレクトに伝わってしまう。あぁ、太めのタイヤだったらまだ良かったかもしれん。でも俺、太いタイヤ苦手なんだよなぁ。
……バチがあったな。
ロードバイクに乗っていたのに。それ以外のことを考えてしまっていたバチが。
悪いのは俺だ。うん。
疲れはあるし、速度も乗っている。仕方がない点は確かにある。
けれど、俺が最善の状態だったら、避けて、転んで。そんでメカトラがないなら、もっかい乗って一位を目指す。それが出来たような、気もする。
無理だな。
ごめん、父さん、母さん。
俺は即座に、ハンドルを切った。
ブレーキレバーは無理だった。指をひっかける余裕なんてない。
即座にタイヤがスリップを起こす。前から斜めへ。身体も無理やりにでも横へズラす。少しでも人の少ないところへ。何もないところを探して。必死で前ではないどこかを求める。
そして俺は――電柱に激突した。
時速70kmオーバーで、防具はヘルメットのみ。
これは後で聞いた話だが、上半身の骨がバキバキに折れ、ロードバイクの前面は圧搾機で潰されたかのようにひしゃげてしまったらしい。電柱には血が衝突したような跡がデカデカと残ってしまい、不吉すぎたもんで修繕作業が入ったとのこと。
まぁ、なんだ。
つまり――俺は、レースに戻るどころか、二度と起き上がることもできなかったわけだ。
天才自転車乗りの呆気ない最後。
未来を期待されたロードバイカーのくだらない事故。
そんなわけで、小鳥遊 帷のロードバイク人生は、ここで一端の終わりを迎えることになった。