寂しさを紛らわすべく、ふっと天に向かって息を吐く。
もう夏も近い晴れ渡った空はどこまでも果てしなく……。
風に流されている浮浪雲が一つ。透き通るような青を背景にただ一つだけあるそれが、まるで自分のようだとつい自嘲の笑みが零れてしまう。
孤独……改めて一人になると、その言葉がひしひしと実感される。
以前まで自分の周りにいた友人たちも、権力者の一言で背を向けて去って行ってしまった。
仕方なく自分は一人で座り込んで天を見つめているだけ。
人間の薄情さを笑うように風が吹く。
もう一度息を吸い込み、再び天に向かい吐息の如く吐き出す。
……上手い事輪になった煙がふわふわと浮かんでいった。
まあ、ニャーの事なんですけどね。
酷いにゃ。
今日はいよいよ雄英体育祭の日。
という事で控室でヤニ吸っていたら、相澤先生に
「ここは禁煙だ!!外で吸え、外で!!」
と追い出されたにゃ。
縋るように周りを見ても、誰も彼も苦笑いを浮かべるだけで力になってくれないにゃ。
ニャーはこうして石もて追われる如く控室から追い出されたのにゃ。
喫煙者を追い出すなんてトンデモニャー暴挙にゃ。
昭和の頃はどこでヤニ吸ってもОKだったらしいにゃ。
どっかの麻雀ゲームみたいに、コンプラ無視とかコンプラ昭和とか付いてたらいいのににゃ。
そろそろ時間かにゃ?
面倒くさいけど行くかにゃ。もう一本吸ったら。
と新しいヤニに火を付けた時、
「やあ、君が佐藤君かな?」
声を掛けられてそちらを見ると、七三分けにした金髪がいたにゃ。
笑みを浮かべているけど、それがなんとも胡散臭いにゃ。
「にゃ?そうにゃ?言っとくけど金が無いので何も買えないにゃよ。押し売りお断りにゃ」
「酷いなあ。いやA組の人に聞いたんだけど、こないだのヴィランとの戦いで大活躍したそうじゃないか。ぜひお近づきになりたくてね」
「そう言って近づいてくる人間には気を付けろとじっちゃが言ってたにゃ。じっちゃんの名に懸けて詐欺には引っかからないにゃ。大体お前誰にゃ?」
「僕は物間寧人。B組の人間さ。それと何も裏はないさ、ただ実力者は知っておきたくてね。あ、せっかくだから握手してくれないか?」
「そのくらいならいいにゃ。一生の思い出にするにゃよ」
ん?握手した瞬間、彼の様子が変わったにゃ。
今までいかにも何か企んでいましたよ。という雰囲気がなくなってダラっとした雰囲気になったにゃ。
「ああ、色々考えてたけど、もう何か面倒になっちゃった。ねえ、タバコくれない?」
「嫌にゃ。で何を考えてたのにゃ?」
「そりゃA組に勝つ方法を色々さ。でももういいかな。何か寝て過ごしたい」
そう言いながら物間はニャーがさっき捨てたシケモクを拾い集めてるにゃ。
「それはニャーのにゃ!根元まで吸ってないのは後で無くなった時に吸うやつにゃ!」
「新しいの買うのお金いるんだよ!!落ちてたなら拾った人の持ち物だろ!!」
「落とし物だから一割やるにゃ。後でフィルターの所切ってやるから大人しく渡すにゃ」
「嫌だね!!拾ったもの勝ちさ」
「ヒーローがネコババしていいと思ってるのにゃ!!それはニャーのにゃ」
捨ててあったヤニを巡って今にも一種即発の気配が漂ってきた時…
ガシャ
何か物を落とす音が聞こえたにゃ。そっちを見てみると……
サイドテールにした茶髪の女の子とブラドキング先生が青い顔をして立っていたにゃ。
「も、物間……」
「物間…あんた何を……?」
ニャーが二人に気を取られた隙に、金髪は落ちていたヤニを慌てて吸い始めたにゃ。
「は~。手を付けたからもう僕のも……ふぎゃっ!!」
あ~、何か女の子の手が大きくなると、金髪をどつき倒したにゃ。
ニャーが心の中で金髪の冥福を祈っていると、女の子はキッとこちらを向いたにゃ。
「で、あんた物間に何をしたの?」
「ん?ニャーは握手をしただけにゃ。そしたらコイツが急にニャーのヤニを狙いだしたにゃ」
説明してるとブラド先生と女の子はあーというげんなりした顔をしだしたにゃ。
「うちの物間がすまなかった」
「悪かったね。私は拳藤一佳、コイツはA組へのライバル心でたまに暴走するけど、悪い奴じゃないんだ。私ともこれを機会に仲良くしてほしい」
「ニャーは佐藤ヤニ子にゃ。暴走するってその時点でヤバイ奴じゃないかにゃ?エヴァみたいに」
サイドテールと握手しながら聞くと、二人は微妙に目を逸らしたにゃ。
ブラド先生もクラスに問題児がいると大変にゃね。
我がクラスにも三太郎とかブドウとか問題児多いけどにゃ。ニャーみたいに大人しく過ごせないものかにゃ。
そう思いながらニャーは二人に引き摺られていく金髪を見送ったにゃ。
「佐藤さーん」
「佐藤ちゃーん。もうじき始まるわー」
お、わざわざ呼びに来てくれたにゃね。
じゃ体育祭、適当に参加しますかにゃ。
●
晴れ渡った空に歓声が響く。
会場には立錐の余地無く人が詰めかけている。観客はこれから起きる試合に心を躍らせ、ヒーローは次代の活躍に期待を寄せる。
日が照る。風が吹く。
会場のボルテージは最高潮一歩手前。
そしてそれが最高潮になった瞬間!!
プレゼント・マイクのアナウンスが入る。
『どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!? 敵の襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星達!!』
観客の目が期待に燃える。
これだ!!彼らを見に来たのだ!!
ヒーローたちの目も彼らに注がれる!!
『ヒーロー科!!一年A組だろーーーー!!』
生徒たちが次々に入場してくる。そこに見えるのは……
黒い鳥頭の少年。蛙姿の少女。頭に球を付けた少年。エンディバーの息子。黒緑の髪の少年。以前ヴィランに襲われた爆発頭の少年。丸顔の少女。
そして観客の目は最後にゆっくりと入ってきた少女に注がれる。
乱れたグレイの髪に生えるは猫の耳。スタイルは一見モデルと見間違うほど!!足元は何故か黄色いクロッ〇ス。
そしてその口元には……
「「「「「ヤニ吸ってる!!!!!」」」」」
全観客の心が一つになった瞬間だった。
「おい、いいのか?アレ」
「未成年者の喫煙はまずくないか?」
「スタジオ聞こえますか?モザイクか黒塗り間に合いました?」
「ここ本当に雄英だよな??」
観客が一斉に騒めく。
続いてB組が入場するが、騒めきは全然収まらない。
『B組に続いて、普通科、C・D・E組。サポート科もきたぞー! そして経営科……おーい、気になるのは分かるがこいつらにも注目してくれ』
参加生徒が出揃い、ようやく会場も落ち着きを取り戻してきた。
『よ~しやっと落ち着いてきたな。じゃあ選手宣誓行くぜ!!選手代表は1-A 爆豪勝己!!』
爆豪が呼ばれて皆の前に立つも、いまだ会場はヤニカスが注目を集めており、彼は若干不満げである。
それでも気を取り直し、宣誓を始めた。
「宣誓!!俺が一……」
「「「あっ」」」
彼の言葉は会場に満ちた騒めきに搔き消された。
「煙草捨てた!!」
「タバコをポイ捨てしたぞ、アイツ!!」
「ヤニ捨てやがった!!」
「普通携帯式の灰皿くらい持つだろ!!」
「ここ本当に雄英だよな??」
『佐藤!!後で職員室に来い!!』
いつの間にかプレゼント・マイクの横に座っていた相澤もマイクで怒鳴る。
もう誰も爆豪の言葉なんか聞いちゃいない。
『よ、よーし。トラブルがあったのでやり直しだ!!じゃあ選手宣誓行くぜ!!選手代表は1-A 爆豪勝己!!』
「…………宣誓。我々はスポーツマンシップに則り、力と個性の限りを尽くして戦う事を誓います。一年A組爆豪勝己」
結局、ヤニカスに水を差されて普通の宣誓をする爆豪なのであった。
「オイオイオイ」
「真面目だな、アイツ」
「ほう、あれが今年の一位の受験生ですか……大したものですね」
A組がちょっとざわついたが、会場の反応は極めて好意的である。
『さて、それでは第一種目いくわよ。第一種目はコレよ。障害物競走!!』
サクサクと進めるミッドナイトのアナウンスに会場から拍手が起きる。
『11クラス全員による総当たり戦よ!コースを守れば何をしたってかまわないわ!!さあさあ位置につきまくりなさい!!』
その声に生徒たちがぞろぞろとスタートラインに集まっていく。
それまでボーっと雲を見ていたヤニカスは、その流れに逆行するようにミッドナイトに近寄り何事かを耳打ちした。
それを聞いて驚くミッドナイト。葛藤したようだが最終的には頷いたように見える。
ヤニカスはしばらくコースを見つめ立ち止まっていたが、やがて振り向くと満面の笑みで言った。
「にゃは~。ニャーの一番は決まったようなものなのにゃ」
「佐藤さんがまた何か始めようとしてますわ」
「ろくでもないような事の気がするな」
「何をしようが関係ねぇ。俺が一位を取る!!」
「スタート地点はすし詰めにゃ。コミケを思い出すにゃね」
最後方に位置取ったヤニカスはそのまま白い棒を口に運び…
『スターーーー『佐藤!!タバコを吸うな!!』』
合図と共に生徒たちが一斉にスタートしようとしたその時。
「にゃー、あしがこおって うごかないにゃー」