部屋の中では何人もの人間がモニターに注目していた。
「YHAAAAA!!今年の推薦は粒ぞろいだぜ」
「落ち着け。単に個性が強いのとヒーローに向いているかは別問題だ」
モニターの中に映るのは、それぞれの個性を使って試験に挑む生徒たち。
巨大な氷を出す者、風を操る者、創造で挑む者など。
それを見てプレゼント・マイクが感嘆の声を上げ、相澤がそれを窘める。
ここは雄英高校会議室。今まさに推薦入学する生徒たちの合否が決められようとしていた。ただそこにいるのは誰も彼も雄英の推薦に値すると期待されたものばかり。基本的に合格が前提とされている。
根津校長はそんな二人に相変わらずだと苦笑を零しながら言葉を発する。
「じゃあ今年も基本推薦受験生の五名全員合格という事でいいかな?」
と一同を見回す。反対の声はなさそうだと一安心。
その後話題は雑談に移り、今見た受験生の個性の話となった。
「やっぱり一番目立つのは轟焦凍だな。あの質量の氷を出せるのは応用が利く。ただ氷だけで炎を出さなかったのは気になるが。それを使えばデメリットの軽減になるし一位を狙えたのでは」
「それと競り合ってた夜嵐も凄いですね。あの風を操る個性なら利便性ありそうですし」
「あー言ってなかったかな。夜嵐君だけどね。試験が終わった後、本人から辞退の届け出があったのさ。何でも士傑を受けなおすらしいのさ」
「それは残念だぜ。俺が注目するのはこの柔化の子かな。戦闘だけじゃなく救助にも役立ちそうだ」
「あら、それを言うならこの創造の子こそ救助だと力を発揮しそうよ。どのような物を作れるかのよるけど」
しばらく個性の品定めが行われていたが、やがて一同の目は一人に惹きつけられた。
「二位以下を引き離しての圧倒的な一位でゴールか…ただ……これはデメリットなのか?」
「障害物モ、モノトハシテイナイガ」
「ただ…ねぇ」
と会話が交わされる視線の先には、圧倒的一位でゴールした少女。
そしてその口元には
「「「煙草吸ってる」」」
しっかり咥えられたヤニがあった。
「校長、いいんですか?これ」
「煙草は強い依存性を持ち、肺や血管を傷つける。その上肺ガンや心筋梗塞のリスクも高まる。極めて非合理だ」
「体制への反逆、青春ねえ。と言いたいけど、こうも露骨に法律破られるのは、ちょっと」
「確実に未成年だしな」
と入試にも関らずヤニを吸ったバカに周りは避難轟々。当たり前だよね。
「とはいえ彼女の個性は余人には替え難いのさ。一応喫煙については個性のデメリットと医師の診断書にもあるし」
「本物ですか?それ?ニコ中は喫煙のためなら何でもするっていいますし」
「確認はしてあるのさ。それで彼女の担任だけど、これは相澤君にお願いしたいのさ。管君だと何となく彼女に流されそうだし」
「わかりました。ただ校内、否、教室内の禁煙は絶対です」
「彼女のためだけに喫煙所作るわけにもいかないしね。とはいえ無かったらそこらで吸い出しそうだし…」
最後に特大の爆弾を放り込まれて、今年の推薦入試も終わろうとしていた。
●
四月。季節は春。
晴れ渡った空を背景に電線に止まった小鳥が鳴く。
寒かった風は何時しか春風へと変わり、人々へと温かさを届けている。
冬に耐えた花々は今咲き誇り、まさに生を謳歌している。蝶も蜂もその花々の間を飛び交い、歓喜の舞を舞う。
春。人々は希望に満ち溢れ、新しいスタートを切ろうとしている爽やかな時期。
「ヤニが足りないニャ」
それとは裏腹に地獄のような様相を呈している部屋があった。
前話より数週間。焦げ跡はさらに増え床には至る所に吸い殻が放置されている。ゴミ袋はさらに増え、汚い汁がビニールを通過して溢れてきそうである。
そんな中、何より目を引くのは部屋の中央であった。
そこには一人の人間?が俯せに倒れている。
もうほとんど雑巾のようになったTシャツ、汚れが何十か所も付いたスウェット。もう何日も同じものを着続けているというのが明らかなその姿。
部屋の臭気の原因の一つがその人間であることは火を見るより明らかであった。
そして特筆すべきはその頭部であった。
普通の人間には存在しないものがそこには存在する。
それは猫の耳であった。
グレーの髪から飛び出たそれを覆う毛は同じグレー。
左耳の一部だけが黒い毛になっていた。
「これも根元まで吸っちゃったにゃ」
それはそう言うと手に持った吸い殻を窓の外へ放り投げた。
吸い殻は弧を描いて学生マンションの駐車場へと落ちていく。
「新しいシケモク探すにゃ」
呟くとそれはゆっくりと身を起こした。
ゴミの中から新たなシケモクを求めて。
まあ全部ニャーの事なんですけどね。
ぐーてんもるげん、皆の衆。ヤニ子だにゃ。
今日は大事な日だというのに起きる気力がわかないにゃ。それというのも全部ヤニが切れたせいにゃ。
ここらに落ちてる吸い殻、まだ長いのがあったはず……。
お、これまだ半分くらいしか吸ってないニャ。まったく我ながらもったいない事するにゃ。
しかし思えばヤニとの付き合いも長いにゃ。幼稚園、小、中ともう十年以上吸ってるにゃ。
最初誰もがびっくりしたけど、
「個性のせいにゃ」
と言ったら誰もが納得するにゃ。個性社会はちょろいにゃ。
ニャーの個性がそれと嚙み合っているのも丁度よかったしにゃ。
あ、大事な日というのはですにゃ。
なんと、本日はニャーの高校の入学式なのにゃ。
なんでも全国的に有名な高校らしくて、入試も300倍とかいうニャーがヤニ切れた状態での妄想みたいな倍率を誇っているにゃ。
こういうのって私立は兎も角、公立ならもう少し学力に応じて振り分けられるんじゃないかにゃ?
あとニャーが入ったヒーロー科というのもよくわからないにゃ。ニャーとしては高卒でも潰しのきく普通科志望だったのにゃが、親と学校の勧めを断り切れなかったにゃ。
ヒーロー科とは何かというと、端的に言えばヒーローになるのに特化した学部だにゃ。ロースクールかにゃ?
前世で司法浪人何人か知ってるにゃが、誰も彼もヤニカスの自分より人生瀬戸際みたいな雰囲気を漂わせてたにゃ。この世界にも万年ヒーロー浪人とかいるのかにゃ。
やっぱり普通科に行きたくなってきたにゃ……。
まあ取れる取れないかは別として、ヒーロー免許って国家資格みたいだから取ってて損は無いにゃ。
公認会計士とか司法書士みたいに持ってるだけで潰しが聞くかもにゃし。
で、なぜ自分がそんなエリート学校行くハメになったかというと、
なんかダメ元で推薦とかいうの受けたらあっさり通ったにゃ。
ニャーの個性って結構な強個性って言われているらしく、中学の校長から是非にと勧められたにゃ。
なぜか担任は猛反対したらしいけどにゃ。
あと正直ニャーの個性についてはヤニ吸う言い訳にしか使ってなかったから、強いか弱いかよくわからんにゃ。
まああっさり推薦試験で一位になれた所を見ると、それなりに強いんじゃないかにゃ。
徒競走みたいな内容だったので、バキューンとひとっ飛びにゃ。
にゃはは~ニャーは早いにゃ。
でもゴールしたらみんな呆然とした顔でニャーを見るだけだったにゃ。
普通こういう時って受付のお姉さんが出てきて
「ひええぇぇぇぇ、凄いです」
「ぜ、全部Sランクなんて始まって以来です」
とか反応するものじゃないのかにゃ。まったく転生した甲斐がないにゃ。
それともニャーの個性って思ったほど強くないのかにゃ。
あと推薦だと戦前の青年将校みたいな思い詰めたような顔した風使いと色々拗らせたような紅白饅頭が気になったにゃん。アレ多分強火ファンが反転してアンチになったのとその関係者っぽい。ニャーは賢いからわかるにゃ。
何やら二人で喋っていたけど、アレは推しについて語り合っていたに違いないにゃ。
最後ケンカ別れみたいになってたけど…方向性の違いかにゃ、ドルオタとVオタみたいに。
まあ色々沼に嵌ってそうな連中は放っておいて試験終わりの一服をしてたら……なんか高校の先生総出で怒られたにゃ。
ヤニ取り上げられそうになったのでこれは個性に必要な物にゃ、生きていく上でニコチンが無いと耐えられないにゃ、と半分嘘、半分ホントで泣き付いて病院の証明書(医者に泣き付いて無理矢理手に入れた)まで見せてようやく納得させたにゃ。個性社会万歳にゃ。
そういうわけでニャーも春から高校生にゃ。
さてこの城(親が借りてくれた学生マンション)から出たくないけど、そろそろ行くにゃ。
ヴィランの襲撃でもあって学校なくならないかにゃ。
……着いたにゃ。
途中、購買で売ってるとは思えないからコンビニでタバコ1カートン買おうとしたら通報されてえらい目にあったにゃ。
通報したコンビニ店員と駆け付けたあのヒーロー絶対許さんにゃ。
タ〇ポ見せて何とか乗り切ったけど遅れるところだったにゃ。
それにしてもでかい門にゃ。
さ~て1Aはどこかにゃ。
あ、あったにゃ。何か騒がしいにゃ。
●
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わなのいか!?」
「思わねーよ、てめー!どこ中だよ雑魚が!」
「うわぁ」
と緑谷出久は思わず額を押さえた。
幼馴染は今日も絶好調である。
その一瞬。
ふとその視界の隅にドアから入ってきた人影を見て、彼は動けなくなった。
忘れようにも忘れようのない、小さい時に一度会っただけの人。
その一度で彼の一生を左右する会話をした人。
グレーの髪、微かに動く猫耳、儚げで今にも消えそうな愁いを帯びたその表情。(あくまでデク君の主観です。実在の人物を描写したものではありません)
横で飯田君が何か話しかけてきているが、何も耳に入らない。
もう一度会いたかった人が目の前で動いて…
ポケットから出した箱から白い棒状のものを取り出し…
それを咥え……え?
「え?あれってタバコやな」
「ケロッ。まさか教室で吸うつもりじゃないわよね」
「ちょ、チョコレートだよな」
「だ、だよな。まさか入学早々学校で吸うはずないもんな」
それにやにわにライターで火を付けた。
胸いっぱいになるまでそれを吸い込み、
「うんまいにゃー」
吐き出された煙にむせて周囲の何人かが咳き込んだ。
「「「ヤニ吸ってる」」」
教室のみんなの心が一つになった瞬間であった。
「き、き、き、君」
「何にゃ」
「こ、こ、高校生の身でた、煙草を吸うなんて、が、学校を何だと」
流れで飯田君が注意しているけど、混乱のせいかかっちゃんの時のようなキレが感じられない。
むしろめっちゃキョドっている。
「大丈夫にゃ。ちゃんと医者の許可は取ってるにゃ」
「そ、そうか。なら個性関係か。しかし副流煙があるんだからもう少し周囲に気を配って……ぐはっ、臭っ」
そこまで言った途端、正面から煙を吹き付けられて彼も咳き込んだ。
「うわっ、何を…臭っ」
「にゃはは~、幸せのおすそ分けにゃ」
周囲の人間がドン引きする中、
「俺と変われーーーー」
と絶叫するブドウと
「う……ぐっ…」
「ちょ、ちょっと、大丈夫なん?」
何か心を抉られたように膝から崩れ落ちる緑谷の姿が非常に印象的な、そんな入学後の一コマであった。
「お友達ごっこがしたいなら余所へ行け。ここは…ヒーロー科だぞ」
一同が混乱の中にいると、チャイムが鳴り床に置かれていた寝袋の中から一人の男が立ちあがった。
え?誰?先生?
でも寝袋から出てきたし、無精髭生えてるし…。
と全員微妙な表情で席に着く。
そんなクラスの雰囲気は一人の女生徒の叫びで吹き飛ぶ事となる。
「はい、静かになるまで8秒かかりました。君たちは
「不審者にゃー。怪しげなおっさんのヴィランが攻めてきたにゃー」