「おっさんのヴィランが攻めてきたにゃーーーー」
彼女の叫びと共に、場は混乱に包まれた。
「え?あれって確かイレイザーヘッ……」
男の正体に思い至ったデクのつぶやきは誰にも届かない。
教室が混乱に包まれる中、教壇の男は焦ったように声を張り上げる。
「はい、静かに担任の相澤消太だ、よろしくね」
その言葉に教室は落ち着きを取り戻し始めた。
「そ、そうだよね」
「いくら何でも雄英にヴィランが襲撃かけてくるわけないわ」
「よく考えたらわかりそうなものですわ。雄英のセキュリティって簡単に破れるわけがないですし」
ように思われたが……
「ニャー賢いから知ってるにゃ。あんな小汚いおっさんが先生のわけないにゃ。学校に侵入したテロリストはまず先生に化けるにゃ。こないだ映画でやってたから間違いないにゃ」
静まりかけてた教室は再び彼女の言葉で大混乱に陥った。
相澤に突っかかっていってすぐに取り押さえられる爆豪。それを助けようと動きかけるデク。身構え戦闘に備えよ
うとする生徒と未だ何が起きているのかわからない生徒。
「ヴィランにゃー。ヴィランの襲撃にゃーーー」
と叫びたてる猫。
鳴り響く非常ベル。
他の教室から様子を身に出てくる生徒や教師。
異変を察知して駆けつける教職員。
「えー静かになるまで一時間かかりました。君たち全く非合理だね」
こめかみに青筋立てた相澤が教壇から生徒たちに話しかける。
原因にも強く言いたいのだが、騒動の跡で
「相澤君、ちょっと後でTPOと服装について話があるのさ」
と青筋立てた校長から言われたので自粛する事にした。流石に最初くらいはスーツを着てくるべきだったか。
気まずさか生徒たちも黙って大人しく話を聞いている。
「にゃっふ」
そもそもの原因は欠伸していたけど。
「さて……それでは各自、体操服を着てグラウンドに出ろ」
「え?」
それを聞いて一人以外の脳内に疑問符が浮かぶ。当然浮かばなかったのは話を碌に聞いていなかったバカ一匹である。
そして全員を代表するように飯田が手を上げた。
「先生、今日は体育館で入学式やガイダンスの予定だったのではなかったでしょうか」
「入学式なら」
と相澤は窓の外の雲を見るヤニカスを顎で指して
「そいつのせいで粗方終わっている。わかったらさっさと出ろ」
そう言うと呆気にとられる生徒たちを置いてさっさと出て行った。
●
あのおっさんホントに先生だったみたいにゃ。
全く人騒がせな教師もいるものにゃ。
あぐっどもーにんぐ皆の衆。ヤニ子にゃ。
変なおっさんが寝袋から出てきたかと思ったら先生だったにゃ。まったく人騒がせにもほどがあるにゃ。
というわけで表に出るように言われたにゃが。
とりあえずグラウンドに出て一服するにゃ。
ん?何かニャーが遠巻きにみられてるような…
「あの、推薦でご一緒でしたわね」
何か遠巻きにひそひそされながら見られてたけど、意を決したように一人の女の子が近づいてきたにゃ。
黒髪を後ろで結んだちょっと釣り目がちの子にゃ。おっぱい大きいにゃ。
「にゃ~確か競争でバイク出してた人にゃ」
限界近くまでスピード出してたけど大丈夫にゃ?まだ免許取れる歳じゃないし、法律は守らないといけないにゃ。
「あ、はい。八百万百と申します」
「ニャーは佐藤ヤニ子にゃ」
「ご丁寧にありがとうございます。ところで佐藤さんの…」
「あ、もしかして自己紹介する流れ~」
彼女がそこまで言った時、制服が宙に浮いてる子とピンク肌の子が会話に交じってきたにゃ。
そこから女子たちの自己紹介が始まったにゃ。えーと、ピンクの子が芦戸さんで透明なのが葉隠さん、蛙みたいなのが……えーと、まあ初日だしそのうち覚えるにゃ。
あ、ちなみに男子は女の子同士の会話に入ってくる胆力は無かったみたいにゃ。金髪とブドウみたいなのが隙を窺ってたみたいにゃが。
「君たち、自己紹介もいいが遅れるぞ。先生はもう行っているし」
盛り上がっているとメガネが注意してきたにゃ。このメガネ委員長タイピにゃ、ニャーとは相性が悪そうにや。いずれそのメガネに割り箸で対抗してやるにゃ。
「そ、そうでしたわ。急いでグラウンドに向かわないと」
「盛り上がっちゃったからね。ヤニ子ちゃん更衣室行こ」
「更衣室ってどこやったかな」
みんな移動するらしいけど、ぞろぞろ行くのめんどくさいにゃ。
「面倒にゃ。ここで着替えるにゃ」
ニャーがそう答えると全員にギョッとした目で見られたにゃ。ブドウだけは血走った目を爛々と輝かせてるにゃけど。
「佐藤さん、流石にそれは…男子もいることですし」
「そうそう、面倒臭がるのは猫っぽいけど、流石に更衣室行こ」
焦ったように女子たちが声をかけてくるけど、面倒なのはごめんにゃ。
「じゃ先行くにゃ」
個性を使って一瞬で服装を体操服に変えるとみんながぎょっとした顔をしたにゃ。
「猫の個性やないんや」
「あんな一瞬で着替えるってどんな個性だよ」
「魔法少女の個性かな?」
「ちくしょ~。着替えの瞬間見逃したあ」
そんなこんなで、一人先に来てグラウンドで一服してたら、来たおっさん先生に取り上げられたにゃ。
「校内は禁煙だ」
「にゃー!窃盗罪にゃ」
抗議したのに黙殺されたにゃ。教育委員会に訴えてやるにゃ。
「鼻で笑われるだけと思うぞ」
聞こえてたにゃ。
●
「「「個性把握テストォ!?」」」
相澤の説明を聞いた後、全員が奇麗にハモッった声を上げた。
「実技入試成績のトップは爆豪だったな。中学の時ソフトボール投げ何メートルだった?」
「67メートル」
「じゃあ個性ありで思いっきりやってみろ」
そう言ってボールを渡された爆豪は凶悪な笑みを浮かべる。
「んじゃ、まあ……」
構えを取ると同時に
「死ねぇ」
彼の手元で爆発が起きると同時に、ボールはありえない勢いで空へと飛んで行った。
「705.2メートル」
結果を知らせる相澤の声と同時に生徒たちはわっと色めき立つ。
「すげー、10倍以上飛んだのか」
「それでもあの掛け声は無いと思うの」
「爆発したにゃ。ライター忘れたときに便利そうにゃ」
「何だこれ! スゲー面白そう!」
「個性思いっきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」
騒ぎ立てる生徒たちを一瞥して、相澤は冷たい声を出した。
「面白そう……か」
その凍えるような声を聞き、全員の声も静まっていく。
「お前たちはヒーローとなるための三年間そんな気持ちで過ごすつもりか」
その声に生徒たちは今からろくでもない事が起きる事を予感した。
そしてその予感は正しかった。
「よし、ではトータルで最下位の生徒は除籍としよう」
一瞬でパニックになった生徒たちの抗議を聞き流し、テストは始まった。
「生徒の如何は俺たちの自由。ようこそ雄英高校ヒーロー科に」
そして…
「次、佐藤」
「まっかせるにゃ~」
気合の抜けた台詞とは裏腹に、彼女は思いもよらぬ敏捷性を見せつけた。
雲の影が落ちるグラウンドを四つ足で駆けていく。
「な、早い!!」
「あの瞬発力、やっぱりあの人は猫の個性なのかな?でもそうすると一瞬で衣装を変えた事に説明がつかない。もしかすると猫という個性を拡大して変身とかにも生かしてるのかな。そういえば猫は化け猫を連想させるし、元々の個性がそちらだったのかもしれないし。もしそうだとするとヴィランの認識を…」
「デ、デク君?様子が戻ったのは良いけど違う方向に行っとらん?」
ただ……
「ぐぉえ。ぜはーーーーぜはーーーーー」
「だ、大丈夫なん?」
50メートル走った彼女は息絶え絶えで、四つん這いになっていた。今にも口から虹色の液体を出しそうである。
「こ、これが老いってやつなのかにゃ」
「ヤニのせいだろ」
「ま。ひーひー。待つにゃ。ヤニを吸えば回復するにゃ」
「禁煙と言ったな。もう一度吸ったら除籍にするぞ。じゃあ次は…」
「ヤ、ヤニが欲しいにゃ。ニャーは何も悪い事してないのに、なんでこんなに苦しまないといけないにゃ」
「運動してないのが悪い。じゃ次切島」
「佐藤さん、体力がないからか成績ぱっとしないけど大丈夫かな?」
「だ、大丈夫にゃ。次は自信あるにゃ」
「ケロ、息絶え絶えで行っても説得感ないわよ」
「すげぇ、麗日、∞かよ」
「次、佐藤投げろ」
「わかったにゃ」
そう言うと
「にゃー」
「フォームが変だわ」
気合の抜ける掛け声と共に投げられたボールは、大方の予想を裏切って飛距離を伸ばし
「二人目の∞ですわね」
「佐藤の奴、変身の個性じゃなかったのかよ」
『あれ?投げる一瞬彼女の手元がブレたような……気のせいかな』
とヤニカスは他の生徒に交じって可もなく不可もなく活躍していた。
その個性はひそかに注目していた相澤と緑谷以外は気にする事もなく。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ……?」
「ったりめーだ無個性のザコだぞ!」
「無個性!? 彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
「ふふっ、二人ともわかってないにゃ。ニャーには見えているにゃ、この試験の本質が」
「何だ?テメェ」
「試験の本質?しかしただの体力テストにそんなものが?」
「まぁ見てるといいにゃ。合格するのはニャーとあのもじゃもじゃの二人だけにゃ」
「あ?おい、どこに?行っちまった、何だアイツ」
試験も最終盤、生徒たちの間に焦りと安どの空気が漂い始める。
そして最下位独走中の緑谷は
「な……今確かに使おうって……」
「個性を消した。つくづくあの入試は合理性に欠くよ…お前の?って佐藤?」
「食べるにゃ」
ヤニカスがそっと差し出した物を見てデクは目を丸くする。
「え?なんでお弁当??ってコレ僕のお弁当じゃ……」
「いいかにゃ。おそらくこれはチームワークを測るための試験にゃ。これを食べてたら先生が合格というにゃ。こないだ忍者の試験で見たにゃ」
「それって多分漫画の話だよね」
「個性は解除した。もう一度投げてみろ。あと佐藤、お前この試験中喋るな」
おかしいにゃ。これでアカデミーに戻されることはないはずにゃ。と首をかしげるバカを置き去りにデクの個性を使った試験は再開された。
良い意味で緊張が取れたのか、指の怪我は骨にひびが入る程度で済んでいた。
個性を使い傷ついた指をしばらく見つめた後、彼はそっとヤニカスの方を見る。
ぼーと遠くの山を見る彼女をしばらく見つめた後、そっと呟いた。
「まさか佐藤さん。僕をリラックスさせるために…」
深読みのし過ぎである。
やがて試験は終わりを告げた。そこには真っ青になったデクとそれを気の毒そうに見つめる一同。そして飛んでいる蝶に目を奪われるヤニカスがいる。
そんな一堂に相澤は平然と告げる。
「ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「「「はーーーーーーーー!!!???」」」
「あんなのウソに決まってるじゃない……」
「ちょっと考えれば分かりますわ!!」
「そりゃそうにゃ。もしこんなテストで除籍ににゃったら…」
思わせぶりなヤニカスの言葉に一同は注目する。不意に日が陰り、辺りは薄ぼんやりとした影の中へ。
「学校と教育委員会との法廷闘争になるにゃ」
「そ、そうなのかな?でもさっき先生が生徒の如何も教師の自由って…」
「それこそ合理的虚偽にゃ。この学校みたいなエリート学校が生徒を退学に追い込むにはそんな直接的な行動は取らないにゃ」
とヤニカスは前世で知っていた進学校の後ろ暗い行動を開陳する。高校生に成りたての生徒たちはそのあまりに生々しい話に唾を飲むだけであった。
「……このように生徒を退学に追い込む手段はいくらでもあるにゃ。こんなあからさまな嘘だけの担任はやさしいのにゃ」
ヤニネコの邪気の無い言葉に
「ま、まあな……」
去年1クラス全員を除籍に追い込んだ先生は、一筋の汗を浮かべながらそう返すのが精いっぱいであった。
生徒たちが去り、俄かに沈黙に包まれたグラウンドで
「オールマイトさん、もう出てきていいですよ」
と相澤はポツリと口にする。
「気付いてたのかい」
「むしろあれで隠れてたつもりだったんですか」
二人は並んで誰もいなくなったグラウンドを見た。気のせいか風の中に煙草の匂いがするような気がする。
「しかし以外だったね」
「何がです」
「除籍の事だよ。君なら容赦なく見込みのない者なら除籍にすると思ったけど」
二人は同時に一人の生徒の顔を思い浮かべる。
思い浮かべたその顔は煙草を咥えながら「にゃはは~」とバカ笑いしていた。
「彼女のあの飄々とした適当な態度も…個性の影響のせいでああなったと言えない事もないですしね」
それに…と彼は続ける。
「あいつの個性は有用すぎる。だったらこの三年間で叩き込んでやりますよ。ヒーローってものをね」
二人は同時に空を見上げた。
果てしの無い蒼穹をバックにアホ面さらしたヤニカスの笑顔が見えたような気がした。