「ふう」
完全に凍り付いたビルを前にして焦凍は一息吐いた。
隣では障子が飛び出してくる者はいないか警戒を怠っていない。
「じゃあ油断せず中に入るぞ。核兵器を探さないとな」
「……」
そう声をかけると彼は無言で頷いた。
一切の油断がないパートナーに満足しながら、まあ相手の動きは奪えただろうという確信と共に彼はビルに入ろうとした。
ただ入る手前で二人が同時に足を止めたのは偶然ではなかった。
何かがいる!
何かが動き出そうとしている!!
止めなければ恐ろしい事が起きる!!
そのような本能から来る恐怖が二人の足を止めさせたのである。
ただ二人ともヒーローの卵、そのような恐怖を理性で捻じ伏せ顔を見合わせ黙って頷くと、ビルの中へと足を勧めようとした。
助かったのはその少し前、入る一瞬前、ほんの一刹那前、僅かに躊躇ったからである。
瞬間
ビルの内部が一瞬にして煙に包まれた。
内部に充満した煙はどんどんその密度を増し、ビルの中の様子を窺う事は完全に出来なくなった。
「なんだ?これ」
「火事か?それとも二人のうちどちらかの個性か?」
危険を感じ飛び下がる二人を尻目に、煙はビルから溢れ出してくる。
何が起きているかわからないのは二人だけではなく、見学している生徒たちも同様であった。
「何?この煙」
「ビルが凍って二人が足を取られたと思ったら急に見えなくなった!?」
「オールマイトが黙って見てるって事は火事じゃなさそうね」
「ええ。推薦試験で一瞬だけ見た事がありますわ。これはおそらく佐藤さんの…」
モニターが白く染まり内部の様相がわからなくなった生徒たちが騒ぎ出す。
それを黙って見ているオールマイトだが、彼もまた内心では少し汗をかいていた。
『轟少年の個性は圧倒的だ。一瞬でビル全体を凍らせるとは……ただ、それにも増して佐藤少女の個性の規模は凄まじい。まさかあれほどの大きさのビル内部を一瞬で覆うとは』
騒ぐ彼らを尻目に煙の量は増え続け、ついにはビルの外まではみ出してきた。
「おい……」
「わかっている。この動きはおかしい」
最初に気が付いたのは、やはり相対している二人であった。
煙の動きが明らかにおかしい。
通常ならば上に上るはずの煙。ただその煙は上昇する事なく、明らかに二人の方へとにじり寄ってきた。
いる!!
煙の中に潜んでいる!!
煙で内部の様子は全くわからないが、入り口にシルエットが見える気がする。
そしてその口元でうっすら光る赤い光も。
「この煙が何かわからないが、うかつに近づかない方がいい。俺が冷気で様子を見る」
焦凍がそう言うと障子は微かに頷くと後ろに下がった。
その動きを追うように煙が前進してくる。
それを防ぐように氷壁を立てるも……
「だめだ。時間稼ぎにもならねえ」
圧倒的な煙の量はすぐにそれを乗り越え、あるいは回り込み、何の障害もないかのように緩慢に前進をしてくる。
入り口の影に向かって冷気を放つも、視界の悪さから効いているのかも、否、届いているのかさえもわからない。
ジリ貧。
そんな言葉が浮かび、二人の額にびっしりと汗が浮かぶ。
「いかん!?」
障子の叫び声に焦凍は思わず振り返る。
そして見た。前方の煙に気を取られているうちに、横の窓から出た煙が二人の後ろに回り込んでいるのを。
『前方に気を取られ過ぎた』
一瞬後悔したうちに、煙は障子の足首に纏わりついていた。
慌てて足を抜こうとするも、それはまるで物理的な質量を持つが如く足から離れない。
否、錯覚ではない。それは実際の重さを持って足に絡みついてくる。
そしてその煙を橋頭保として次々に押し寄せる煙。
「気を付けろ!!これはただの煙じゃ…」
言い終える間もなく煙は手や足へ絡みつき、物理的な重さを持ち障子を地面に引き倒す。
『左を使えば振り払えるかもしれねえ』
一瞬、脳裏に浮かんだその考えを頭を振ってかき消す。
代わりに冷気を打ち込むも、一瞬薄くなる気配はあるもののすぐに元の濃さへ戻り迫ってくる。
入り口に佇む影に向かっても同じ事。
もはや二人にはそれが同じ生徒ではなく、何か得体の知れないモノノケの類に思えてくる。
「しまった……」
影に集中していたせいで、忍び寄る煙に気が付かず、
気付いた時にはそれが左手に絡みついていた。
煙は意志を持っているように動き、焦凍を地面に引き倒そうとする。
障子は雁字搦めにされており、もはや身動きする事さえ出来ない。
徐々に身動きできなくなる二人の目に、確保のテープが煙の中に浮かんでいるのが見えた。
控室は沈黙に包まれていた。
誰かが唾を飲みこむ音がいやに大きく響く。
「なんなの?あの個性」
葉隠が震える声で呟いた。もし姿が見えたなら体が震えているのも確認できただろう。
「クソがぁ!!」
爆豪は思う。今の自分があそこに立っていたとしても抵抗できただろうか?
爆発で散らす事はできるだろう。でもあの次から次へと押し寄せる煙にいずれは飲み込まれて…。
ギリッっと歯が砕けるほど噛みしめる。しかし湧いてくる不安と悔しさはなくならなかった。
同様に生徒たちは各自で考える。
自分の個性でどうするか?勝ち筋はあるのか?
「あれは……おそらく佐藤さんの個性です」
八百万の声に一同がそちらを向いた。
「一度だけ、推薦試験でご一緒した時、彼女が煙を纏うのを見た事があります」
そこで一瞬言いよどみ、意を決したように続ける。
「でもあんなに大量の煙を操れるなんて…」
そんな有精卵たちを満足げに見つめていたオールマイトだが、不意にその顔色を変えた。
ビルに入る事も出来ずにいた二人にテープが巻かれ、徐々に煙が薄れていく。それに従いモニターも再びビル内部を映し出すのを見たからだ。
次の瞬間、マイクに飛びつくと
「そこまで!!訓練は中止だ!!佐藤少女、個性を解除したまえ、これ以上は命に関わる」
そう言うやいなや慌てて部屋を飛び出していった。
●
む~困ったにゃ。部屋が凍り付いて身動きが取れんにゃ。
尻尾も同じらしく、腕をばたばたさせているだけにゃ。
もう面倒くさいから、このまま向こうの勝ちにさせてもいいんじゃにゃいか?
「佐藤さん、動ける?」
「ぜんぜんにゃ。足元が完全に凍り付いてるにゃ」
「俺もだよ。無理に動こうとしたら足の裏の皮が剥がれそう」
何もしないまま負けるのは成績に響きそうにゃ。
もう親を学校に呼び出されるのは嫌にゃ。そういうのは中学校で学校の物置を全焼させた時くらいで十分にゃ。
シケモクが残されてたから何でもニャーのせいにするのは間違いにゃ。あの時はそう言って難を逃れたにゃ。
まあ、ニャーのせいだったんにゃけど。
とりあえずやれるだけはやらないとにゃ。
「ん~。尻尾が動けないならニャーが個性を使うにゃ。ちょっと派手にゃよ」
「え?」
尻尾に一言断ると、ニャーの個性を開放するにゃ。
ニャーの体から煙が噴き出し、あっという間に一面を覆うにゃ。おっと、足が捕らわれたままだといかんにゃ。
そうしてニャー自身を煙に溶け込ますにゃ。ニャーの体は煙の中に拡散し、ビル全体へと広がっていくにゃ。個が全に、全が個に。ビルの中に一瞬で充満した煙全てがニャーにゃ。
おっと、デコイを置いとかないといけないにゃ。
煙でニャーを作り囮とするにゃ。出来上がったニャーそっくりのデコイは舐め腐った目でこちらを見ると、さっそくヤニに火を付けて一服しだしたにゃ。なんか腹立つにゃ。特に働いてる時に他人が休んでるのを見ると。
そしてニャー自身がビルに満ちたのを確かめて……にゃ、あの二人まだ外にいるにゃ。
ではこちらから行くにゃ。
さて、一応説明しとくとにゃ。
ニャーの個性は
ヤニねこ
にゃ。
煙と猫の複合個性と言う事で医者に名付けられたにゃ。
ニャー的には「紫煙」とかもうちょっといい名前が付けれないかと抗議したにゃが、鼻で笑われたにゃ。
あの爺、院長だか世界的権威だか何だか知らないけどヤブにゃ。
それ以来あの爺を阿笠博士と心の中で呼んでるにゃ。
どうせあんな奴、人のいい振りして組織の黒幕でもやってるにゃ。もしくはボスの相談役。
で、具体的にどのような個性化というと……
モクモクの実+紫煙拳+α にゃ。
多分煙関連の個性だったのが、前世の記憶と交じり合ってこうなったんじゃにゃいかと考えてるにゃ。
流石は両方とも国民的漫画にゃ。
ただ煙というだけあって地味にゃ。一人は七武海という中ボスにボコられ、もう一人は親衛隊という中ボス一人倒せない有様にゃ。
正直転生するならもう少しチート個性持たせて欲しかったにゃ。無数の斬撃を放つとか、でかい龍になるとか、三解とか。
まあ人間配られたカードで勝負するしかないにゃ。カードを混ぜるのは運命で勝負するのがニャーにゃ。
地味は地味なりにいぶし銀としての立場を確保するにゃ。
ちなみに入試で活躍したのも、一瞬で着替えたのも個性の応用にゃよ。
ワンピでもロギア系は服のまま変化してたにゃ。アレの応用にゃ。
アレ?よく考えるとそれは全裸と変わらにゃいのでは?という事はクロコダイルもエースも三大将も露出…やめやめ、深く考えると碌なことにならんにゃ。
さてあの二人は……まだビルに入っていなかったにゃ。
入っていたにゃら、もはやこのビル内はニャーの体内同然、一網打尽にできたのに残念にゃ。
仕方ないので煙をもう少し濃くして…これでビルへの侵入は防いで外で仕留めるにゃ。
「げほっげほっ…さと…げほぅ…臭いが……もっと………薄…」
横から尻尾の声も聞こえるにゃ。何を言ってるのかよく聞き取れないけど、きっとニャーの応援にゃ。
そのままブラフとして彼らの前から煙を侵攻させるにゃ。同時に薄めて見えなくした煙を横から回り込ませて…にゃ、用心深いにゃね。直接攻撃してきたにゃら、そのまま絡め捕れたものを。
冷気で堅実に攻撃してくるのはいいにゃが、それだけではニャーを押しとどめられないにゃ。入り口に配置したブラフにも攻撃するあたりまだ冷静にゃが、そちらに意識を取られ過ぎにゃよ。
気付かれないように両側からの煙を進めて慎重に包囲するにゃ。
よし完全に包囲したにゃ。後は煙を濃くして……。
よし、マフラーに届いたにゃ。
にゃほほー、抵抗しても無駄にゃ。ニャーの煙は力では振りほどけないにゃよ。そのまま暴れるマフラーを十重二十重に包み込んで確保するにゃ。
冷気が撃ち込まれるにゃが、味方に当たるのを警戒してか威力弱めにゃ。気にするほどじゃないにゃ。
マフラーに気を取られている紅白饅頭の後ろからそっと煙を忍ばせて……よしこちらも捕らえたにゃ。
捕らえた二人が必死で抵抗するが、もう遅いにゃ。暴れれば暴れるほど煙は絡みついていくにゃよ。
身動きが取れなくなったところへ、確保テープ巻いて終了にゃ。
みっしょんこんぷりーとにゃ。
さてそれでは個性を解除するにゃ。
その時、
「そこまで!!訓練は中止だ!!佐藤少女、個性を解除したまえ、これ以上は命に関わる」
と放送が聞こえたにゃ。
オールマイトの声で慌てて尻尾の方を見ると……
何と言う事にゃ。
完全に意識を失って倒れているにゃ。
尻尾がこんなに寒さに弱いとは思わなかったにゃ。それなのにこんなにまで痛めつけられて……
許せないにゃ!!紅白饅頭!!
足の裏の皮が剥がれるのも構わず窓の方に向かおうとしていたのにゃ。そんなに彼らと戦いたかったのかにゃ。
意識を失った今も力の抜けた四肢を痙攣させながら、無意識のうちに窓へと向かおうとしているにゃ。
何と言う闘争本能にゃ。
「く、臭っ……」
「草?」
戦いに参加できない自分をそこまで自嘲する事ないにゃ。しかもネットスラングまで使って。
ニャーは思わず尻尾を抱きかかえたにゃ。
「ぐおぇ…た、たすけ……くさ」
奇妙な声で抵抗しニャーから離れようとするにゃ。
もう大丈夫にゃ。もう戦う必要はないにゃよ。
頭を抱きしめると、必死に頭を振って抵抗するにゃ。
もう大丈夫にゃよ。もう貴方が戦う必要はないにゃ、今はゆっくりとお休みにゃ。
ニャーの祈りが通じたのか、尻尾の抵抗が徐々に弱くなって四肢から力が抜けていくのがわかるにゃ。
今はゆっくりとお休み。
代わりに呻き声を上げ始めたけどにゃ。
戦いに参加できなかった無念を思うと仕方ないにゃ。
しかしこうして尻尾を抱きかかえているニャーの姿って宗教画みたいにゃ。ゲームだと一枚絵になる所にゃね。
「尾白少年、大丈夫か」
あ、オールマイトが来たにゃね。
尻尾も安心したのか、声を出そうと息を吸い込み……
「ぐはぁ」
七転八倒しだしたにゃ。
ニャー賢いから知ってるにゃ。これ肺を凍らせて相手を仕留める技にゃ。
上弦の弐が使ってるのを見た事あるにゃよ。
必ず殺すと書いて必殺技。
こんな恐ろしい技を持つ紅白饅頭にニャーは戦慄を禁じえなかったにゃ。
「尻尾……無事でいるにゃ」
ニャーに出来ることは、運ばれていく彼をヤニ吸いながら見守る事だけだったにゃ。