「相澤……」
プレゼント・マイクは思わず膝を付いた。
目の前にあるのは親友の遺体。
その体からは頭部が完全に消失していた。代わりにそこにあるのは肉と脳髄が攪拌されただけのもの。強烈な力を正面から受けたらしいそれ。頭部は原形を留めておらず子供が悪戯で血と肉を散らかした。そんなものが後部に巻き散らかされていた。壁にへばり付いた肉片がズルリと音を立てて剥がれ落ちる。
肉の合間に白く見えるのは頭蓋骨か…ぼんやりとそんな現実離れした思考だけが浮かぶ、浮かんでしまう。
余りに強い衝撃を受けると涙さえ出てこない。
心に穴が空いたような感覚を覚える。こんな感覚を覚えるのはかつてもう一人の親友が死んだ時だけで、もう二度と味わうまいと誓ったのに……。
周りを囲む教師陣もまた言葉が出ない。
「佐藤さん……」
「佐藤君……」
少し離れた所では麗日らがそれを前に呆然としていた。
彼女の前にあるのは猫耳を付けていた少女……だった物。こちらも完全に頭部を破壊されている。こちらは倒れた所を上部から衝撃を受けたらしく、頭部の代わりに血や肉片、ピンクのゼラチン状の脳が搔き混ぜられたようになってそこには存在していた。
輝きを失って転がった眼球が何の感情も浮かべず天を見つめている。
「なんでだよ」
切島が慟哭する。
「こ、こんなの嘘よね…」
耳郎が未だ現実と受け取れていない震え声で呟く。
「クソがぁ」
爆豪もまた小さな声で毒づいた。その中にはヴィランへの怒りと共に力及ばなかった自分への怒りも含まれている。
「終わったならヤニ吸ってきていいかにゃ」
ヤニカスも自分の死体を前に面倒くさそうに言葉を発する。
そして緑谷出久は泣いていた。
思う所は色々あるが、それでも昔彼を勇気づけてくれた恩人には違いない。
それが目の前でむざむざと。
折れて力の入らない足で這うようにそれに近付く。
「守れなかった…」
何のための力だ!オールマイトから個性をもらったのはこういう時のためではなかったのか!
絶望感が体を浸していく。
それに連れられて女子たちも泣き始める。
始めは地を這うような啜り泣きは、だんだんと大きくなっていく。
ヤニカスはもう一本煙草を口に咥える。
男子たちも俯いて肩を震えさせ始める。
連れられてヤニカスは二本目に火を付ける。
俯き体を震わせる教師陣と生徒たち。
ぼーとヤニを吹かすヤニカス。
そして出ていくタイミングを逃して気まずそうな顔をする男性教師一名。
ヴィラン連合が去った後のUSJは悲痛な慟哭に包まれていた……。
●
ニャーは騙されたにゃ。
てっきり早くも修学旅行があるのかと浮かれていたにゃ。行先は京阪神にゃ。
大阪の遊園地にゃ。
でもニャーは賢いから油断しないにゃ。
騙されて無人島での特別試験があったとしても備えは万全にゃ。
「ん~それで水着とか浮き輪持ってきとん?」
「当然にゃ。ニャーは何事にも全力で取り組む女にゃ。出来る女にゃ」
「うーん…言い辛いんやけど……」
とお茶子ちゃんは困ったように辺りを見回すにゃ。
「もしかして無人島試験は無しにゃ?本当にUSJで遊ぶだけにゃ。ニャーは一向にかまわんにゃ。マリオにゃ、ハリポタにゃ」
「あのお楽しみのところ悪いのですが…USJっていうのは学校の訓練施設です」
は?百ちゃん?もう一度プリーズ。
「ですからUSJっていうのは学校の訓練施設、嘘の災害と…」
「担任ーーーーーーーー」
「何だ佐藤。もうじきバスが来るから静かにしてろ」
「それどころじゃないにゃ。修学旅行楽しみにしてたニャーの気持ちはどこに行けばいいにゃ。ニャーは裏切られたにゃ、学校はニャーの心を弄んだにゃ」
「勝手に勘違いしたお前が悪い。お、そろそろバスが来るな」
しかるべき場所に訴えてやるにゃ。とプリプリするニャーをお茶子ちゃんが慰めてくれるにゃ。ネコは首の下をくすぐられると弱いのにゃ。
そんなこんなでバスが来たにゃ。
騙されたけど集団で旅行するのは久しぶりでワクワクするにゃ。
みんなも心なしか浮足立っていて、乗る時にメガネが滑り散らかしていたほどにゃ。
「私思ったことを何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん」
「あ!? ハイ!? 蛙吹さん!」
「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの個性、オールマイトに似てる」
カエルちゃんがもじゃもじゃに何か話しかけてるけど、もじゃもじゃはめっちゃキョドってるにゃ。
女慣れしていない男は寸前に話しかけられた女に好意を抱くにゃよ。
今度の犠牲者は彼女にゃ。
それを切っ掛けに個性談義に話は移ったにゃ。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそう」
「ククク…ひどい言われようだな。まぁ事実だからしょうがないけど」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「この性格に一番戸惑っているのは俺なんだよね」
「てめぇ、猫女。何俺の台詞を勝手にアテレコしてやがんだ!!ケンカ売ってやがんのか」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言えるにゃ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
「お前は物事を焦りすぎるにゃ」
「かっちゃん、顔が凄い事になってるよ」
三太郎は反応がストレートなので弄ると面白いにゃね。
それにしても遠いにゃ。
なんか頭がくらくらしてきたにゃ。
(禁煙20分後、血圧が正常になる。脈拍や手足の温度が正常に戻る)
「まだ遠いのかにゃー」
「まだしばらくかかる。それとバスの中は禁煙だ。今すぐ咥えた煙草を仕舞え」
「横暴にゃ」
(禁煙30分後、ニコチンの体内濃度が半減し禁断症状が現れはじめる)
「だ、大丈夫ですか、佐藤さん?体が痙攣し始めてますわ」
「だ、大丈夫じゃないにゃ。体がヤニを求めているにゃ」
「白目剝きかけているけど本当に大丈夫?」
ようやく着いたにゃ。
授業終わるまで、とても我慢できんにゃ。
「佐藤のバカはどこだ!!!」
「脱走しました」
「何?今から授業だぞ!!」
やに…やニ…ヤニにゃ……
どこか担任に見つからずヤニ吸える場所ないかにゃ。あの担任、僅かな煙からでも場所特定して叱りにくるにゃ。
そういう個性かにゃ?
としばらく歩いているとプールみたいなのを発見したにゃ。
やっぱりココ雄英専門のリゾートみたいにゃ。やっぱりエリートが通う学校は違うにゃ。
でもここだと煙出にゃいにゃ。
もう我慢も限界にゃ。
すーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「うんまいにゃーーーー」
一気に根元まで吸えたにゃ。
あとはこれを水中に……。
ぶはぁ
煙は出なかったけど、水が茶色くなったにゃ。
でもニャーの部屋にあるラーメンどんぶりよりマシにゃ。アレ見る度に黒さが増していくにゃ。
「ぐが……」
「う…うう…まさか」
「これは……毒?俺たちハメられたのか……?」
にゃ?にゃんか人が浮いてきたにゃ。
清掃作業中だったかにゃ?水中に適した個性が多そうにゃけど。
ああ、休憩に入ったにゃね。じゃあニャーもタバコ休憩にゃ。
もう一度水中に……。
「「「ぐああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
お仕事頑張るにゃよ。
プカプカ浮かんで休み時間を満喫する彼らがうらやましいにゃ。ニャーも授業さぼって海にでも行きたいにゃ。
さて、タバコ休憩そろそろ終わってみんなの所に戻るかにゃ。
担任もブチ切れているだろうしにゃ。
と帰ってきたのはいいものの
「に、逃げろ。佐藤!」
「のんびり戻ってきた間抜けな生徒もいるのか。オールマイトが来る前にアイツもお前の後を追わせてやるよ」
ん~何が起きてるかわからないけど、担任がピンチにゃね。
脳みそ丸出しの黒いのに痛めつけられているにゃ。
酷い怪我にゃ。
「それ以上やったら死ぬにゃ」
「先生の心配してる場合かよ。脳無、そいつを片付けたら次はあの女だ」
「ぐああぁぁぁぁ、何してるさっさと逃げろ!!」
「死んだらヤニ吸えないにゃ」
あーもう、ニャーは資格取るつもりでこの学校に来たというのに、バイオレンスに巻き込まれるとはにゃー。
何でニャーはとっとと逃げないかにゃ。柄じゃないにゃ。
でも先生のあの生徒を守るために必死な目を見てしまったからしょうがないにゃ。
まったくニャーらしくないにゃ……。
●
瞬間、周囲は白い煙に包まれた。
一方その頃。
「二人とも危なかったわ」
「ありがとう蛙吹さん。おかげで水の中に落ちるのは回避できた」
水難エリア……水中に落ちるところだった二人は梅雨のおかげで辛うじてボートの上へと落ちることが出来た。
「オイラ達、あの中に落とされるはずだったんだ」
下を覗き込んだ峰田が震える声で呟いた。
そこにある水は本来の澄んだものではなく、黒く澱んでいた。水の中からは気泡が絶えず吹き出し、何処からか彷徨いこんだのであろう蠅の大群がその上を多数舞っていた。
水面には待ち受けていたであろうヴィランがプカプカと浮かんでいた。白目を剝いたその様子から意識を失っている事がわかる。
「きっと僕らを確実に仕留めるために水中に毒を撒いたんだ!」
「そうね。それも味方ごと巻き添えにするように……ヴィラン連合、なんて非道な組織なのかしら!」
その時俯せに浮かんでいた一人のヴィランが顔を上げた。最初認識できていなかったが、こちらにいるのがヒーロー科の子供だとわかると、震える手を伸ばしてきた。
「た……たすけ……て」
しかしその時、水泡が彼の前で弾けた。
そのヴィランは中の気体を吸い込んでしまう。
「はうっ」
ヴィランは顔面の穴という穴から血や涙、涎といった液体を垂れ流しながら、黒い水の底へと沈んでいった。
あまりの残虐さに三人の顔が強張る。
「な、なあ、戻るのかよ。こんな残酷な事を平然とやる組織だぜ…」
「でも先生が危ないわ。普通に仲間を使い捨てにする凶悪なヴィランよ。どんな手を使ってくるかわからないし、せめて様子を窺うとかしないと」
しばらく考えたデクは決断する。
「一度戻ろう。散らされたみんなもそこに集まっているはずだ。それに……」
少し言い淀むも、それを振り切るようにきっぱりと言った。
「こんな手段を取れる敵が相手だ。他にもどんな罠があるかわからない。合流した方がいいと思うんだ」
しかし、ようやく元の場所に着いた三人が目にしたものは
何度も振り下ろされたであろう脳無の拳が
既に屑切れのように横たわるヤニカスの頭部を
砕く瞬間であった。