「んで! 結局あの時何してたんだ? 教えろご主人!!!」
「お、教えますからちょっと離れてくださいね? 近すぎるので。」
此方の顔に頬ずりできそうな距離まで、近づいて来た彼女。
相手の息を意識出来そうなレベルというか、もう完全に吐息どころか鼻息まで感じられてしまうので、彼女に離れるようお願いしながら、少し呼吸を整える。本当に口を開けば可愛らしい顔をしているというか、色々と揺れてるので目のやり場に困るというか……。
(ま、まぁとりあえず。“生き残れた”ことでより関係が深まったのは、良かったんですかね?)
あのオーガたち。『徘徊者』と呼ばれるイレギュラーな魔物たちから逃げ出した私達は、無事に家まで帰ることが出来た。
まぁ序盤も序盤である2階層にオーガの集団が出ることは大問題なため、迷宮から出た後は即座に冒険者ギルドに顔を出し『徘徊者』の出現を報告したのだが……、そのあたりは深く語らなくても良いだろう。事務的な話になってしまうし、何の面白味も無い。
どうやらライカとしては自分の手で倒し切りたかったようだが、これ以上あの階層にオーガたちがたむろしているのは非常に危険だ。他の冒険者のことを考えると、秘匿すべきではなかっただろう。
(ギルドも、迷宮から効率よく財を回収する『利益追求集団』。あまり信用は出来ないが、その辺りの対処だけはしっかりしている。)
高位の冒険者、もしくはレベルの高い奴隷たちのチームが派遣され、既に倒されていることは確実だろう。
再戦を望んでいたライカには少し申し訳ないが……、たとえスキルが使えたとしても、すぐにオーガ3体を相手取って勝利することは彼女でも難しい。今後の攻略に問題が生じるし、ライカが倒せるまで報告せずに放置していれば、要らぬ犠牲が出る可能性が高い。
確かに、独力でオーガを撃破することはできれば、ある程度の素材と魔石。ちょっとした財が手に入るのは確かだが、それまでに生じる犠牲。低階層で活動している他の冒険者への影響は計り知れない。寝覚めが悪くなってしまいそうだし、単体ながら10階層のボスにはオーガが出てくる。
彼女にはそれで、満足してもらうことにしよう。
(とまぁそんなわけで。報告を終わらせた後は、ヘトヘトになりながら帰宅。生き残れた祝杯替わりにミルクで乾杯し、簡単な夕食を食べた後は就寝、という形になったのだが……。)
うん、またライカが全裸で突っ込んで来たんですよね、うん。
しかもなんかこう、昨日よりもより情熱的と言うか。
普段の彼女らしい雰囲気で『ヤるぞご主人!』みたいなコト言いながら寝台に押し倒そうとしてきたと言うか。
初日の『商館で言われたから仕方なく』に近しい雰囲気ではなく、自分の意思で襲いに来た感じというか。
本当に色々ダメになりそうだった、と言いますか……。
(いや本人の意思があっても“未成年”は駄目なのよッ! 犯罪は駄目! 主文後回し! 死刑!)
というわけで何とか耐えきり、昨日と同じように彼女を部屋の外へ。
叩き出す瞬間、若干ライカの不満そうな顔が見えたが……。ソレも無視して何とか耐えきることが出来た。お陰様でまた寝不足なのだが、文句を言うことは出来ないだろう。
(アレか? 生命の危機を感じた時に子孫を残そうとする感じの奴。……一時の間違いだった時に滅茶苦茶ややこしくなりそうだし、そもそも性的に襲ってくるのは前世の死因を思い出すのでご勘弁なのよ。……戦闘には使えないけど、筋力鍛えといてマジでよかった。)
まぁ幸いなことに。翌朝顔を合わせた時のライカは、少なくとも表面上は何も変化ない様に見えた。
普通に元気よく挨拶してくれたし、昨日の夜のことを話題にあげることも無かった。彼女には少々、というかかなり悪いとは思ってはいるのだが、こちらの倫理観的に超えられないラインがそこにあるのである。ライカの好意をありがたく受け取る形で、“普段通り”に対応させていただいた。
そんなわけで、ちょっとした雑談というか、ライカの質問に此方が答える様な時間を過ごしながら朝食を腹に納め、“今後”のためにも訓練がてら庭に出ることにしたのだが……。
(まぁ、聞かれるよね。)
興奮しながらライカが聞いてきたのは、昨日自身が何をしたのか、という質問。
色々と酷い槍投げや、持ち込んだアイテムの投擲ではなく。スキルを用いて行っていた彼女への“指示”についてのことだ。
どうやらライカの鼻は此方の想像以上に鋭いらしく、自身がスキルの過負荷によってダメージを受けていたのを把握していた様だ。何故戦闘センスが無い私がライカに指示出来たのかや、何故ダメージを受けていたのか、そもそも彼女しか知らないはずの『一族の技』の名称を理解していたのかなど。色々と聞きたいことは多いだろう。
(この『鑑定』、強力過ぎるせいか、あまり公的にしては駄目なモノなんだけど……。)
彼女との“雇用関係”を良好に保つためにも、正直に話した方が良い筈だ。
……こっちが話したかった『スキル』の話題にも繋げられるし、ね?
というわけでちゃんと話すから、そろそろ離れてください。顔がとても近い。
私を(社会的に)殺す気か?
「むぅ! ……まぁいいや。んで、結局何なんだ?」
「端的に言うと、自身の『スキル』です。『鑑定』という奴ですね。」
「おぉ、スキル持ち! どうりで! ……でも結構血の匂いしてたし、重いのか?」
「使い分けできるので問題ないですが、全力で使おうとするとどうしても、って感じですね。」
私の持つスキル、『鑑定』はその名の通りチートらしい能力を持っている。しかしその分だけ負荷が高く、扱いが難しいスキルなのだ。
対象の名前や簡易な情報を見るだけなら特に問題ないが、より深い情報。その対象が何を考えているのか、次の行動は何なのか、肉体の中で一番弱い場所はどこかのか。そんな細かい情報を調べようとすると、少々負荷が大きくなってしまうというデメリットがある。
やろうと思えばあの時のように視界全てを『鑑定』し、空気の揺らぎや成分から『目に見えないモノ』を見通すこともできるのだが、マジで脳味噌がパーンと吹き飛びそうになるので多用は出来ない感じ。
ま、目に関するスキルで。鑑定っぽいことが何でも出来ちゃう複合系のスキル、と思ってもらうのが一番わかりやすいだろう。
「な、なるほど……。う、うん? ちょ、ちょっと待ってご主人? も、もしかしてご主人って、アタシが何考えてるとかも、全部わかっちゃう感じ……?」
「まぁ、やろうと思えば。」
「……ぴゃッ!?」
「あ、してませんからね!? そういうの色々ダメだと思いますし! 負荷が強すぎて連続使用とか無理ですから! ほ、ほら。明確にダメージを受けていたの、戦闘の時だけだったでしょう!?」
流石に嘘は付けないと考え、正直に応えれば。少し考えた後に悲鳴を上げるライカ。
い、いや。マジで見てないので! そんな恐怖とか色々入り混じった顔で見ないで! ほんとに! 本当に見てないですから! 確かにオーガとの戦闘の時は『彼女が即座に動ける』ようにちょっとだけ覗かしてもらって、思い浮かべていたお父さんらしき彼の動きを指示させてもらいましたけど! そこのシーンだけ覗かせて貰いましたけど! それ以外は見えてませんし、普段使いとかもしてませんからね! ほんとに!
「ほ、ホントか? ……い、いやまぁ。ご主人が血の匂いさせてたのはあの時だけだったし。そうなんだろうけど……。し、信じるぞ? 信じて、良いんだな?」
「え、えぇ。その通りです。私の信じる価値観と倫理。そして貴女の神にも誓いましょう。今後緊急時を除いて貴女の思考を覗くことはありませんし、するつもりもありません。そこは、安心してください。」
「な、ならいいけど……。うん、切り替えた! とりあえず解った!」
若干怯えた視線を向けていたライカだったが、色々と呑み込んでくれたのだろう。
少し考え込みながら目を閉じた後。何故か少し鼻を動かしていたが、すぐに元通りの彼女に戻ってくれた。
……まぁ、自分が何考えてるのか筒抜けとか、恐怖以外の何物でもないからね。私も何考えてるのかバレたら困るし、常に思考を覗けるかもしれない相手と同じ空間にいるのはストレス極まりないだろう。けれどそれを飲み込み前と同じ対応をしてくれる彼女には、感謝しかない。
色々と“お政治”の場では便利ではあるんだけど、マジで使い方間違えたらダメな力ってのは重々承知している。信頼を裏切らないためにも、気を付けて行かないと……!
「それにしても、スキルかぁ。ご主人のこと『只者では無い!』って思ってたけど、ホントにそうだった! ……でも相手の動きが解るってさ、多分戦士が一番活用できる奴だよな? なのにセンス欠片も無いって。えぇ……」
「うぐッ! そ、そこはちょっと私も気にしてるので、手心加えて頂けると……!」
此方をスゴイものとして見てくれていた彼女だったが、すぐに哀れなものを見る目に。
い、いやほんとその通りでして……。この『鑑定』の力だが、おそらく負荷を抑え効力を限定することが出来れば。眼前の相手の行動を全て読み取りながら戦うことが出来てしまう。言わば延々と後だしじゃんけんが出来るかのような力なのだ。
使い方次第では最強に成れるのだろうが……。まぁ私自身の力が足りないというか、そもそもセンスが無いというか……。
切った張ったなどの血生臭いことは嫌いだが、やはり私も男の子。最強などの単語には惹かれるものがある。けれどそれに至る力を持っていながら“絶対に無理”と理解できてしまうのは……。うん……。
「そ、そう落ち込むなってご主人! アタシが代わりに戦ってやるからさ! な! な!」
「す、すいません。ありがとうございます……!」
「にしても。スキルかぁ。アタシにもあったら何か変わってたりしたのかなぁ。」
「あ、ライカにもありますよ?」
「そうなのか。……はぇ!?!?!?」
さらっとカミングアウトしてみれば、酷く驚いた顔をする彼女。
まぁ何かしら切っ掛けが無いとスキルって使い方解りませんからねぇ。私は『転生した』ってことで色々と試していたらなんか出来ちゃった感じですし。自分にスキルがあると解ったとしても、一度も使えずに終わるなんてこの世界じゃよくある話みたいですから、仕方のないことなのでしょう。
……まぁ彼女の場合。切っ掛けがあれば“もしかすると”ってぐらいの比較的簡単な発動条件なのですが。
「え、え。あ、アタシが、スキル持ち!? ま、マジなのかご主人!」
「えぇ。自身の『鑑定』はその有無も判別出来たりします。……白状しますが、あの奴隷商館で貴女を選んだのは、スキルを持っていたからですね。勿論、その快活な性格が好ましい、と思ったのも事実ですが。」
「そ、そうなのか……/// じゃ、じゃあさ! 使い方とかも解ったりするのか!」
「勿論。」
何故か一瞬顔を伏せた彼女だったが、すぐにいつも通りの笑顔でそう返してくるライカ。
おそらく彼女の気質は、戦士。戦う者であり、常に勝利を追い求める者。
奴隷に堕ちたせいか、もしくは農奴時代の経験がそうさせたのか。少々危うい雰囲気を感じさせる女性ではあるが、時たま見せる華やかな笑顔には一切の嘘が見えない。一度負けたとしても、その敗戦を糧とし、次なる目標にすることで“闇に堕ちず”前に進み続けることが出来る才が、見て取れる。
新たな隣人であり、雇用者。環境を用意する側である自身が選択を間違わなければ……。彼女本来の良さを失わず、伸ばすことが出来るはず。
「朝の雑談でも何度かおっしゃっていましたが……。やはり『オーガ』への再戦の意思は強いのでしょう?」
「あぁ! 昨日はご主人のおかげで何とかなったけど、今度はそうはいかねぇ! アタシだけでも1体ぐらいはすぐにぶっ飛ばせるようになる! 今はそれが目標!」
「えぇ、存じています。……確かに絶えず迷宮に挑み経験を積み重ねていくのも一つの道でしょうが、それでは少々時間がかかり過ぎてしまう事でしょう。何より、生まれながらに持つ力を使わず死蔵してしまうのは、酷く惜しい。」
そのためのお手伝いをさせて頂く。これもまた“雇用者”の役割。
さ、ちょっと手間取るかもしれませんが、上手く行けば今日中に仕える様になるはずです。
『分身』の練習、始めていきましょうね。
〇冒険者ギルド
よくある異世界の『冒険者ギルド』とは少し違った性質を持つ、利益追求集団。
やっていることは主人公であるエドが前世嗜んでいた“異世界もの”に出て来た冒険者ギルドとほぼ同じなのだが、どちらかと言うと冒険者が手に入れた魔石などを一時的に買い取り、各方面に販売する『商館』的な存在に近い。末端の職員などはまた別だが、組織として動くときは利益が出ないと何もしない。
ダンジョンで手に入った品物や魔石を買い取ってくれたり、冒険者たちに傭兵的な仕事(護衛・盗賊討伐・各農村への魔物襲撃の対処)などを割り振ったりもしてくれるが、基本は商館なので金稼ぎにしか興味が無い感じ。ギルド内評価という“冒険者を判別する指標”のようなものはあるみたいだが、解り易いランクなどは無い。実績に応じて『確実に成功する』お仕事を割り振り、幾らか天引きすることで財を成している様子。
迷宮が存在する都市には必ず存在しており、ギルド保有の奴隷を使うことで、ダンジョン内の治安維持。または『徘徊者』の対処を行ったりしている。今回エドが思い浮かべていたのもこのあたり。また強力な奴隷は“替えの利かない備品”として判断されるため、一部の奴隷にとっては『ギルド保有奴隷』と言うのはかなり良い感じのお仕事の様子。
冒険者とギルドの関係は、『単発のバイト』と『雇用側』みたいな感じ。あまり密接ではない。
ただ新規冒険者への支援は比較的しっかりしており、初心者たちを集めて講習を行ったり、奴隷を買えない新米たちを集めてチームを結成させたりと、『今後実績を上げるかもしれないバイト』を早期に失わないようにはしている。今回出現した『第2階層の徘徊者』も初心者支援の一環。
ちなみに10階層以降に出てくる『徘徊者の処理』はコストが嵩んじゃうのでしない感じ。一応ギルド共有の掲示板などに報告だけは乗せるが、ギルドとして動くことはないようだ。
次回はまたライカ視点になります。ようやく分身!
あとこんがり行きます。
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