「スキルの都合上、丹田を意識してもらう必要があるのですが……。触れてもよろしいですか?」
「お、おう……!」
そう答えながらアタシの臍の下、下腹部に手を当て始めるご主人。
思わず鼻を動かしその瞳を覗きこんでしまうが、匂いに“そういう”気配はないし、目も非常に真剣なもの。男が抱くであろう『劣情』の気配は一切ない。
まぁ確かに、今は『スキル』の指南というとても真面目な場だ。こういう特殊で強力な力は、扱い方次第で毒にも薬にもなるってのが相場。暴発すればご主人諸共お陀仏って可能性も考えれば、真剣に向き合ってくれるのは正直ありがたい。
そう、ありがたいのだが……。
ご主人が触れているその場所。
もう少し下にズレれてしまえば、アタシの大事な場所に行きついてしまうわけで。
手のひらが密着して、熱を感じてしまうわけで。
(は? いや、は?????)
さっきまでのアタシは、それはもうウキウキだった。
何せ『スキル』である。その多くが戦闘に役立たないことは重々承知だが、解り易い強さの指標なのだ。心が湧かないわけがないだろう。
物語に出てくるような英雄は大体もっていて、その不思議な力を活用し、とても大きな功績を遺す。幼いころはそんな特別な力に憧れ、同年代の者たちと木の棒を振るってよく遊んだものだ。
思い返してみれば恥ずかしい記憶で、成長するごとに自身に特別な力など無いと気づき、現実と向き合っていく必要があるのだが……。
ご主人の言葉を信じるのであれば、アタシは違ったようだ。
(さっきの目! そして匂い! 何処からどう見ても嘘はついてないし、あの商館の中で目立った能力を持ってなかったアタシを選んだ理由にも説明が付く! つまり、マジでスキル持ってる! アタシ!!!)
しかもわざわざご主人が“戦闘用の奴隷”としてアタシを購入したのだ。
これすなわちアタシに宿るスキルも、戦闘に活用できるステキなもの。もし宿っていても何の役にも立たずに酷く落胆する可能性があるのが、スキルだ。そして使い方すら解らず死んでしまうのが、スキルだ。
けれどご主人の『鑑定』なる力をもってすれば、ソレも全部ひっくり返る!
(んで聞いてみれば、普通に今日中に使えるようになるかもしれない! だったら『教えてくれ!』って叫んじゃうのは仕方のないこと。仕方のないことなんだけど……!!)
こう! 下腹部を! いい感じで! 撫でられるとは! 聞いてない! 聞いてないぞご主人!
丹田! 丹田ってなんだよ! 解らない! 解らないけど顔が凄く真面目! つまりなんかガチの大事な武術的なワード! それは解る! それは解るけど場所! 場所がほんとダメ! は? なんで私下腹部触られてるの? は???
(昨日もわざわざ全裸で突撃したのに! でも受け入れなかったくせに! なんで普通にソコ触れるんだよご主人! もう意味わかんないんだけど!!!!!)
あぁもう白状しますよ! 確かにあの時のオーガ戦で! アタシだけじゃ駄目だったところを! 上手く機転を利かせて一緒に逃げ出したあの瞬間! ちょっと“良いな”って思いましたとも!
確かに戦闘ではダメダメで、やり投げとかまだ幼児の方が上手くできるだろってレベルだったけど! 人間族のクセして奴隷に優しくて! 勝てない強敵が来たのに逃げ出さなくて! 一緒に戦おう、何とか抜け出そうって立ち向かえる“度胸”に『やるじゃん』って思いましたよ!
だからこそ! だからこそだよ!
昨日の夜さ! 初日みたいにさ! 突撃したわけじゃん! 最初の時と同様に『利用してやる』って気持ちはあったよ? 今でも色々そそのかして皇帝にした後、アタシたちのことを奴隷に墜とした人間族に復讐してやろうって思ってるよ?
でもねでもね! それでも『ご主人なら抱かれても良いかな』ってちょっとは思えたわけじゃん! 体を許していいだけの“戦士としての矜持”を見せてくれたわけじゃん!
なのになのになのに! コイツまた拒否しやがって! 寝室から追い出しやがって! しかも次の朝、気まずそうにこっちの顔色伺いやがって! 何が『傷ついてないかな?』だよ! お前には言ってないけどこっちだって匂いで大体何考えてるか解るんだからな! というかそう思うんだったら抱けよ! アタシを!
あ~~!!! もう今から押し倒してやろうかッ! でも無駄に筋力だけは高いから普通に跳ね除けられそうで嫌! もう凄く嫌!!!
(うな~~~ッ! アタシそんな安い女じゃないのにッ! こっちだけヤキモキしててバカみたいじゃんかッ! クソがッ!!!)
精神力の全てを真面目な表情の維持に注ぎ込みながら。内心はもう全力で騒ぎまくる。
こんなことならもう、全部覗いてもらった方が都合が良かったかもしれない。
理屈はよく解らないが、『鑑定』というスキルを使えば、ある程度ソイツが何を考えているのかまで読み通すことが出来るという。
既にアタシは、コイツが“甘ちゃん”であることを重々承知している。
流石に皇帝にしようとするアタシの動きは拒否されそうだが、一族を奴隷に墜としたという恨み。これを晴らす動きぐらいなら、曝け出しても付き合ってくれそうな気がしている。アタシが本気で望めば、答えてくれるだけの“何か”があるのだ。
……あとアタシが『受け入れろやこのクソ童貞!』って思ってるのも伝わる。というかソレが十割。バカの振りするのにも限度があるんだよッ! 抱け!!!
(まぁ、色々面倒そうだし、ご主人の性格を考えればアタシが見ろって言っても頭の中を覗き込むようなことはしない。それに正気になって考えれば問題ありまくりで、結局『読心しないように約束させた』ことを正しいって思いそう。)
……だけどさァ!!!
もうマジでご主人の事解んない! アタシの事を無視するぐらいなら、劣情なんて抱くなボケ! 抱き着いたときにそういう匂い出して『イケるか?』とか思わせるなボケ!!!
(あ~~~~!!! もう一旦全部なし! 集中!!!!!)
これ以上考え込んでしまえば色々とダメになってしまう。
そう理解した私は、出来るだけ平静を装いながら小さく一息。頭に新鮮な空気を叩き込みながら、彼の言葉に耳を傾けていく。
意識しないようにすると無理に考えるのではなく、あるがままを受け入れ流水のように受け流す。これぐらいなんてことはない……!
「……それで、丹田と言うのはこの辺り。下腹部の奥のことを言います。人間の重心ですね。この辺りではあまり聞かない概念かもしれませんが、自身が昔住んでいた場所では医学・武術などで使われた『気と力の中心』となる場所です。」
「中心……」
「貴女が持つスキルはどうやら、ここを意識して発生させる“気”を起点とするようです。とりあえず自身が手を当てている箇所。その奥に意識を向けてみてください。はい、息を吸って……。」
言われた通り、呼吸を繰り返す。
そして意識するのは、ご主人の手が当たっている奥深く。
呼吸によって火照った体が冷えたおかげか、思考が無駄に澄み始め、ご主人が言う“丹田”を強く感じることが出来る。なんかこう、腹に力を入れた時に固くなるというか、重しがそこにある感じ。
後はご主人の言う通り。それを広げて、伸ばして、意識して。
「『分身』」
眼を閉じながら。教えられたとおりに、小さく唱える。
するとさっきまで意識していたはずの“力”が消え、代わりにもう一つの何か。意識のようなモノが生まれたことを、理解する。思わず眼を開き、周囲を見渡すが……。
何故か横にいる、“アタシ”。
「「え? ……は!?!?!?」」
「おぉ、成功しましたね。おめでとうございます、ライカ。」
「「え、ちょ!? は!? ご、ご主人! 何これ!」」
「スキル、『分身』ですね。自身の写し身を生み出す能力です。簡単に言うとライカさんが2人になった、というわけですね。習熟すれば数も増える様ですし、非常に使い勝手の良い力かと。」
さっきまでアタシの下腹部に置いていた手を離しながら、まるで赤子が初めて立った時のような視線を送って来るご主人。
……だから何なんだよその偶に見せる親の顔みたいな奴! 確かに意図的に幼げな仮面被ってるけどさ! 今は親じゃなくて男であれよ! 襲えよ! んでアタシにメロメロになって言うこと聞け! 皇帝になって色々しろ!
解る解る。そうだよなアタシ!
誰!? じゃなくてアタシか。……成程、意思疎通と。どっちが“親”でどっちが“子”って意識があらかじめ定まってる感じなのか。んで見た感じ、能力は今のアタシとほぼ同じ。スキルの使用が出来ないのと、耐久力だけ下がってる感じか?
「どうです? 『鑑定』によると簡易な意思疎通ができ、言葉を介さずとも効率的に行動を起こせる、とのことですが。」
「……おう! 多分そんな感じ!」
「自分が増えたから色々複雑そうかと思ったけど、結構いける!」
「なら良かった。」
そんな言葉を紡ぎ、また優しげな笑みを浮かべる彼。
……なぁアタシ。倍になったってことはさ。これ押し倒したらいけるんじゃね?
……天才か!? 筋力だけは無駄にあるご主人でも、アタシ二人には勝てないはず! 能力値は分身でも据え置きっぽいし、二人で押して誘惑すれば完全に落ちる!!!
だろだろ! 例の先輩の知識を活用するのは癪だけどさ! アレだアレ! 3Pって奴! これならばクソボケなご主人も反抗することすら出来まい……!
……でもさアタシ。ご主人から見ればさ、アタシって2日連続で求めて来た女ってわけだろ。
……だな。
そんな女がさ。倍になって力関係ひっくり返った瞬間にさ。押し倒しちゃうってさ。そういうのに興味深々なエロ女って思われないか? こ、こう。童貞喰ってるみたいな。お、墜とせはするだろうけど、アタシたちの尊厳が……。
…………た、確かにッ!
((そ、それは困る!!!))
「うん? あぁそうだ。何かに使えるかと思いまして、何本か木製の武器を用意しておきました。此方に纏めていますので、剣の修練に使ってください。勿論、壊してもらって大丈夫ですからね?」
「「お、おう! ありがとなご主人!」」
「えぇ。自分で自分の動きを俯瞰して見れるわけですから、単に剣を振るよりも技術向上につながる事でしょう。私も素人ですが多少の知見はありますし、『鑑定』で筋肉などの動きを確認することが出来ます。何か必要あれば気にせず声をかけてくださいね?」
そう言うと、雑用があるからと家の中に入っていってしまうご主人。
色々と思うことはあるが、ご主人の言うようにこの『分身』というスキルは剣の技術向上につながる事だろう。私一人ではできなかった“立ち合い”も出来るのだ。
闇雲に剣を振るよりは、各段に効果があるはず。
「……とりあえず、さっきの作戦は一旦置いておいて。後でよく考えないか?」
「……だな、剣振って落ち着こ。たぶんご主人のせいで色々おかしくなってる。」
今のアタシたちを例のエルフの先輩が見てしまえば、『すっごい色ボケてるわね!』なんて言われそうなのだ。まずは戦士として、落ち着かねばなるまい。
ご主人に色々ヤキモキしているのは確かだが、今手に入れたこの力。『分身』というスキルを全力で動かしてみたいという気持ちもあるのだ。歯が立たなかったオーガを1人でも倒せるようになる、という目標に向けて。とりあえず今は剣を振るうしかないだろう。
……じゃないとまたおかしくなりそうだし。
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