オーガ戦から、数日後。
スキル習熟も兼ねて、今日も今日とてダンジョン攻略に勤しんでいるのだが……。
「アタシ! そっち!」
「おうッ!」
薄暗い迷宮内を、縦横無尽に走り回るライカ達。
互いに声を掛け合いながら大地を蹴り、ゴブリン相手に完璧な連携を見せてくれる。一見すれば以前と同じ『猪突猛進な短期決戦タイプ』だが、戦闘終了後には必ず先ほどの戦闘を見直し、自身の剣の技術を少しでも向上させようという努力が垣間見える。
話を聞く限り。故郷で彼女の父親に教わることが出来なかった剣術を、自分の手でどうにか再現できないかと試行錯誤しているようだが……。
分身のおかげで自分を俯瞰して見れるようになり、自分との打ち合いによって問題点を洗い出せるようになったのだろう。毎日何かしらの成果を上げている様だし、一歩一歩確実に前に進んでいく。
その努力が結実するのも、そう遠くない話かもしれない。
「よし! 終わり!」
「ご主人~! 魔石取れたぞ~!」
「えぇ、お二人ともお疲れ様です。疲労など問題ありませんか?」
「「勿論!!!」」
そんなことを考えていると。ゴブリンの首を切り飛ばし、魔石の処理まで終わらせたライカの声が。
どうやら今回は“本体”が魔石処理を行ったようで。とても可愛らしい笑みというか、前世動画で見た『遊んでくれ』と走り寄って来る子犬のような笑顔で、傍まで来てくれる。少し演技っぽい動きではあるのだが、此方に対する信頼のような感情は見て取れる。
そのせいで、正直どう反応していいのか掴みかねているのだが……。
一応こちらも笑みを返し魔石を請け負っておく。
(それで、若干不満そうにしている“分身”の方が周囲の索敵をしてるわけだね。)
ご苦労様の意味も込めて。分身の方の彼女にも軽く手を振り笑みを送りながら、少し考えを回す。
ライカの分身はどうやら簡易な意思疎通ができる様で。本体と分身は言葉を交わさずとも意見をやり取りすることができ、更に互いの感情も把握も出来るらしい。感覚としては、頭の中にもう一人の自分が出来た感じらしいが……、本体も分身も明確に“自身”という区切り。
(全てを自己とする集合意識と言うよりは……。頭の中に複数の自身を生み出して会議する。アレに近いのかな?)
前世の創作では、脳内会議を開き複数の自身を登場させて話し合う様な表現があった。
ライカの『分身』はおそらくその“複数の自身”に肉体を与える様なモノなのだろう。全て自分ではあるが、明確に区切りがある。まぁつまり、本体のライカも。分身のライカも。隔てなく接する必要があると言うわけだ。
彼女達の中にも何かしらの取り決めのようなものがあるみたいだし、その辺りは適宜注意して対応すべきだろう。
「それでライカ、今日から第6階層だったわけだけど。何か問題はありますか? 見た所、“メイジゴブリン”が紛れていたようですが。」
「特にないぞ、ご主人!」
「切り殺せば一緒だもんなー!」
「そうそう! 何かさせる前に切る! これ大事!」
「……まぁ、一撃ですものねぇ。」
現在我々は第6階層。1~10区画のちょうど切り返しの所まで来ている。
どうやらこの階層から通常のゴブリンだけでなく、長剣をもって攻撃力を上げた“ソードゴブリン”。後方から攻撃が出来る“メイジゴブリン”が出現するようになったみたいなのだが……。
会敵した瞬間、突撃したライカ達に切り刻まれてしまっている。
此方としてはゴブリンの魔石や、持っていた剣や杖などを回収し売り払うことが出来る上に、ライカ達のストレス発散&技術向上にもつながっている。特に問題は無いのだが……、なんかこう、ちょっとした罪悪感が。
(さっきのゴブリンも、詠唱しようとした次の瞬間には首が吹きとんでたしねぇ。『はぇ?』って顔しながら死んでてなんか申し訳なかった。南無南無。)
私としてはもう少し遅めのペースで攻略と言うか。あんまり早く攻略しちゃうと両親が煩いというか。進めば進むほどに参加したくない皇位継承戦が近づいて来てしまうので、ゆっくり行きたいところなんだけど……。
ライカ達の様子を見ていると、『この階層が適正ではない』という感じがしている。
確かに戦闘が素早く終わるのは素晴らしいことだが、ライカの気質は“戦士”。強い者と戦って打ち勝つことに面白味を感じる子の様だ。まぁつまり、ゴブリンを一撃で倒す工程に爽快さを感じてはいるが、戦士としての面白さは無いわけで。
(今は対オーガを考えてるおかげか、ゴブリン相手でも“技術向上”の名目で熟せている。つまりまだ退屈はしてないみたいなんだけど……。)
ずっとこれでは、どんどんと彼女にストレスが溜まってしまうことだろう。
奴隷オーナーになってしまった以上。この国が崩壊した時に備え、彼女を始めとした奴隷たちの好感度を稼ぐのは生存への絶対条件だ。なにせ戦闘能力を持たない私では、あっけなく殺されてしまうのだから。
ライカの場合、『人間族に奴隷に墜とされた』という種族に対する負の感情があるのは既に把握済み。これが何かの切っ掛けで増大したり、私に対する恨みに切り替わってしまうのを防ぎながら。適切な距離感で好感度を稼いでいくのが現在の方針である。
とまぁそんな状況で。私の『そもそも攻略したくない』という思いに付き合わせてしまうのは、余り好ましくないだろう。
(とりあえず。10階層のボスであるオーガを倒すまでは、彼女のペースに合わせた方が良いのかな?)
「ご主人~! ちょっと見て来たけど、この先は大丈夫だぞ! ほら本体もさっさと来い!」
「解ってるって! ほらご主人! 行こ!」
「えぇ、では進みましょうか。」
そんなことを考えていると。この先の道の確認をしていた分身のライカが声をかけ、本体のライカがこちらの手を引いてくれる。
……スキル習得後から、若干距離が近づいたような気がするというか。此方に対する接触が増えたような気がするのは、何かの間違いだろうか。
正直、前世の死因というか。こういった過度の身体的接触は、私を逆恨みでぶっ殺して来た奴のことを思い出してしまいそうになるので……。『彼女なりの親しさの表現』を見せてくれた嬉しさよりも、『過去のトラウマ』が顔を出してくるので素直に喜べないというか。
「ご主人? なんかあった?」
「体調悪い? だったらもう帰っても大丈夫だけど。」
「あぁいえ。大丈夫ですよ。ただ……、ライカの“剣の先生”の一件があまり上手く行きそうになくて。」
「「あ~。」」
馬乗りされて全く身に覚えのない理由を叫ばれながら数十回刺された、なんて前世のことは言えないので、別の話題を出して切り替えることにする。
先程ライカの剣術の話を挙げていたが、それ関連の話題だ。
(……剣の指南役とか、用意できたらよかったんだけどねぇ。)
本来であれば、彼女の技術向上。
スキルアップの手配をするのは、雇用者である私の責任だろう。
流石に嫌がっていれればこちらから行動を起こすことは無いが、彼女は自分の意思で戦闘技術の向上を望んでいる。そしてやはり、ライカも自分一人ではいずれ限界が来ることを理解していたらしく、先日の夕食の際に『何かいいアイデアない、ご主人?』という感じの相談をされたのだ。
彼女の信頼を裏切らないためにも。より強くなるための環境整備は、私の役割。
故に早速、指南役確保の為に動き出したのだが……。この国で“奴隷に剣を教える”ってのは死ぬほど難しい話なのだ。
(差別意識が無い先生、いないんだよなぁ。)
一番いいのは彼女の親族を探し出し、こちらで購入することで保護しながら、ライカが求めている“一族固有の剣術”を教えてもらうのが最適だろう。
けれど現状、自身にそれを行えるだけの手札が無い。
何せ私は、この都市に来るまで意図的に奴隷関係に触れないようにしていた。いずれ崩壊し奴隷が大規模な反乱を引き起こすであろうこの国で、奴隷商などに関わるのは自殺行為だからだ。蔑まれている奴隷たちの恨みが何処まで及ぶのか。その範囲は解らないが、推測することはできる。
(自分たちを売り買いしていた奴隷商は確実。次に大量に奴隷を保有し運用する貴族。まぁその辺りが標的だろうねぇ。)
だからこそ私は奴隷商たちに関わらないよう生きて来たし、貴族なんかやめて田舎で引きこもりたいと考えているわけ。貴族の筆頭と言うか、頂点である皇帝なんてもう完璧にノーサンキューなワケである。
けれどまぁ、そのせいで奴隷関係の伝手が欠片もありませんで……。
い、一応両親を経由すれば情報ぐらいは手に入りそうではあるんだけど、ちょっと色々ややこしそうでね?
(あまり話したくなさそうだったから本人からは聞いてないんだけど……。おそらくライカの一族は『貴族たちが作戦行動中に確保した』者たちだと推測できる。)
まぁつまり、ライカみたいに外部に売られてない場合。
彼女の一族は、貴族の“持ち物”になっちゃってるんですよね。これがまた色々とややこしくて……。
私も貴族に連なる者ではあるのだが、現在の公的な地位は伯爵家の四男。皇位継承権はあるがそこまで高くないので、貴族全体での立ち位置は下から数えた方が早い感じになっている。
そんな状況で余所の家の持ち物。その情報を探っていたり、それを手に入れるために動いているのがバレれば……。かなり面倒なことが起きるだろう。相手が理性的ならば、もしくはライカの一族にあまり興味が無ければ金銭取引などで売ってくれるかもしれないが、変な癇癪を起してウチの家に宣戦布告して来る可能性もあったりするのだ。『ウチの財産を不当に奪おうとした!』みたいな感じで。
(皇帝の力は未だに強いけど、色々と手が回ってないみたいだから多分止まらない。んで戦争になっちゃえば色々無関係な人に被害が行くので……。)
まぁそんなわけで。実家の庇護下にあり、奴隷関係に伝手が無い現状。ライカの一族周りに手を出すのは得策ではない。ライカのことを思えば今すぐ動くべきなのだろうが、足りないものが多すぎる感じだ。
……彼女に変な期待をさせてしまうのは、本意じゃない。
だからもし呼べるとしたら、自分の知り合いからになる、と言う感じでライカには伝えている。一族周りのことは伏せてる感じだね。
(とまぁそう言うわけで。私がライカに用意できる者とすれば、人間族の剣の先生になる。彼女が求めている者とは違うだろうけど、違う術理を学ぶことで何かしらの糧を得ることが出来るかもしれない。)
これでも自身は一応貴族。
幾ら戦闘センスが無かったとしても、ある程度の教育は受けているし、その時に知り合った教師陣の方々との交友は、今でも続いている。
その伝手から剣術の先生を此方にお呼びし、ライカに教えて貰えば色々と話は速かったのだが……。
(この国の価値観的に、奴隷に剣を教えるなどマジで理解が出来ない行為、っていうね?)
確かに奴隷は備品であり、戦闘奴隷であるならば一定の装備を与えることもあるかもしれない。
けれど奴隷はどこまで行っても“モノ”であり、“戦士”では無いのだ。
色々とヤバい思想が蔓延しており、奴隷を肉盾にすることに躊躇が無いこの国の人間たちだが……。流石に『奴隷に力を与えすぎると不味い』という思考はあるようで。奴隷に装備を渡すことはあっても、戦闘技術を伝授するという行為は殆ど行われていない。少なくとも、“常識的”ではない感じだ。探せばいないことも無いんだろうけど……。
まぁそれに、この国自体に“尚武”の気質がある。
奴隷は言わば戦闘を有利にする道具でしかなく、実際に戦って功績をあげるのは人間族。そんな感じの価値観があるのだ。奴隷という盾は“盾”として使い、技術や装備を使いこなすのが人。反乱された時にすぐ鎮圧出来ないのは困るし、どうせ盾になるのなら技術教えてもすぐ無駄になるでしょ、って感じだ。
(まぁ、つまり。私が『ライカに剣教えて♡』などと言ってしまば。)
確実に『頭おかしくなりました?』と返されてしまう事だろう。
というかこの話が両親に飛んでしまい、頭の病気か何かと勘違いされ入院という名の監禁生活を送らされるという可能性が出てくる。だって親のコネで呼ばれた人たちだし。
そして私に悪影響を与えたとして、ライカも処分コース一直線だ。
うん、明らかに無理なんですよね。コレ。
「あ~、その。ご主人? アタシ気にしてないからな、ホントに。」
「そ、そうそう! 自分で出来ることもいっぱいあるし! ご主人に優しくしてもらえて嬉しいな~! って言うか! もう今の状況で十分だな~、って言うか!」
「な、何かすみません。ほんとに……。」
何故かフォローしてくれるライカ達の優しさに少し自身を情けなく思いながら、言葉を紡ぐ。
けれどまぁ、この問題に全くの解決策が無い。というわけでも無くて……。
(新しい責任を抱え込むことにはなるけど、“剣術指南”が出来る奴隷を購入する。と言うのも一つの手ではある。……可能ならしたくないんだけどね?)
人から奴隷への指南が難しいのであれば、奴隷から奴隷に教えてもらえばいい。
流石に人間族の奴隷だと他種族への隔意があるので難しいが、別種族であれば問題は起きにくいだろう。経験豊富な奴隷を迎え入れ、彼女に剣を教えて頂く。それにもしライカと同じ犬系獣人の師を見つけることが出来れば、彼女が求める“一族の剣術の再現”にもより大きく近づくはずだ。各種族特有の術理などもあるだろうし、人間族の先生に教わるよりは経験を積むことが出来るだろう。
これであれば、“剣術指南だけ”は解決することが可能だ。
(けど、色々なぁ。)
前も言ったが、奴隷の身を考えるならば、そう簡単に売り買いすべきではない。
指南の為だけに購入し、終われば売り払ってしまうなど論外だ。一度奴隷を購入するならば、最後まで面倒を見切る覚悟が必要となってくる。つまりライカの指南役として迎え入れるのではなく、今後一生付き合っていく1人として、物事を考えないといけない。
現状、奴隷にお願いするであろう業務は『ダンジョン攻略』。
それを問題なくこなすことができ、ライカや私との相性に問題がない人物を雇用する必要が出てくる。
(でもそうなって来ると、早々見つかりそうにないというか。役割が被っちゃいそう、というか……。)
ライカが持つ『分身』のスキルは、一人で前衛職全てを熟してしまえるだけのポテンシャルを持っている。
その熟練度次第で分身の数を増やすことが出来る能力は、『鑑定』をもってしてもその最大人数を見切ることが出来ない。というか、もしかすると無制限の可能性がある。
まぁつまり、前で戦う戦士の数が今後どんどんと増えていくのだ。彼女の剣を教える人材を雇い入れたとしても、その人物が前で活躍できる時間はかなり少なくなってしまう事だろう。少なくとも、ライカのように『戦士として戦いたい』という人物を迎え入れることは。私にとっても、その人物にとっても、良くない結果を齎す。
……責任を抱え込むことは前々から苦手だが、人の人生が掛かっている以上、適当に熟せば自分に帰ってくる。というか自分だけに被害が来ればまだいい方で、より周囲にもっと悪い結果を呼び込んでしまうかもしれない。
慎重に動くべき、だよね。
(まぁどちらにせよ、よりダンジョンの奥に進むのであれば人員補強は必須。……ライカを雇った奴隷商館。商館長のジャックに手紙でも送ってみるかなぁ。)
ライカのおかげで折角出来た伝手だし、色々と奴隷に詳しいと聴く。もしかしたら全部の条件に当てはまる人が、いるかもしれない。新しい同僚になるわけだから、勿論ライカにも話を通して、一緒に考えていく必要があるんだけど……。
“今後”のことも考えて、準備くらいはしておかないとね。
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エルフ先輩ネキがアップを始めました。