「ご主人~、なんか手紙来てるぞ?」
「あぁ、すいませんライカ。わざわざありがとうございます。そこに置いておいてください。」
朝食の準備をしていると、玄関から帰って来たライカの声が。
其方の方を向いてみれば、少し大き目な紙束を持ち上げながら軽く振っているのが見て取れる。……商館で字は習ってるみたいだったけど、特に中を見たような様子はない。うん、やっぱりその辺りしっかりしてるよね、彼女。
焼いていた腸詰めをフライパンから引き上げながら朝食用のプレートへ。既に用意してあったパンや付け合わせのサラダを用意しライカの席の前に置きながら、彼女が運んで来てくれた紙束を手に取る。
「……ご主人。サラダ嫌。」
「ドレッシングとかは好きに使って良いので食べてください。」
「え~」
文句を言う彼女に『このやりとり何回するつもりなんだろう』なんて思いながら、縛ってあった紐をほどく。すると現れるのは、幾つかの宛先から自身に送られた手紙たち。実家に送られたものをわざわざこっちに転送してるのもあるので、結構な量になってしまっている。
付き合いがある人からの手紙は勿論、自身が親から任されてしまっている業務に関する手紙が幾つか。後はウチの母親からの分厚すぎる便箋とかも。まぁその辺は後で色々と纏めて整理するとして……。
(あ、商館長から。)
眼を引くのは、例の奴隷商館。ライカを雇用した店のオーナーである“ジャック”からの返信だ。
先日、ライカに剣術指南をしてくれる奴隷を探すという話をしていたが、彼にはその捜索をお願いしていた。あまり慣れない表現ではあるが、質の良い奴隷を多数保有し品ぞろえも良いと評判なのが、彼の奴隷商館だ。もし彼自身が保有していなくても、この町の業界に対する影響力や伝手の範囲はかなりのものだという。自身が探す条件に合致する人がいるかもしれないと思い、つい昨日手紙を出したのだが……。
うん、翌朝届きましたね。コワイ。
や、やり手らしいけど爆速返信過ぎません? 前世のメールじゃなくて手書きよコレ?
(き、貴族相手にも商売してるらしいし。こういうので差が付くんですかね……。)
そんなことを考えながら封蝋を剥がし、中身を確認していく。
その途中でライカの姿が視界に入り、既に朝食を粗方食べ終え最後に残してしまったサラダと謎の格闘をし始めているのが解るのだが……。マジで彼女、葉物系野菜が無理みたいなんですよね。根菜系はまだいけるっぽいんですけど、見るからに葉っぱしてるのが駄目らしく、ドレッシングで誤魔化しても難しいみたい。
……私の腸詰めあげたら食べれる? あ、食べる。なら良かった。
「んべぇ……。ん? あぁそれ、ジャックからか? 便箋見たことあるぞ。」
「えぇ。この前貴女の指南役に付いて話をしたでしょう? その件です。」
「お~。でも早々いないと思うぞ? アタシの『分身』があれば前衛なんていらないわけだし。確かに先生がいないのはちょっと残念だけど、ご主人が求める様な人は珍しいと思うし! そ、それにアタシとしては今のままの方がライバルいなくて助かるというか……」
「あ、いるみたいですね。候補。」
「はぁ!?!?!?」
手紙を読みながらだったので、途中ライカが何を言っていたのかほとんど聞き取れなかったが……。
ジャックによると、一人だけ候補者がいる様で。
今回自身は彼に『ライカに剣を教えられる人物』、『他種族に対する偏見がない人物』、『ライカとの相性が良い人物』、『戦闘時に前線に出なくとも満足できる人物』などの条件を提示し、該当者を探してもらった形になる。
何せさっきライカが言っていたように、彼女の分身があれば前衛に立つ人数はかなり減る。
彼女はアタッカーではあるが、分身を使えばタンクになることもできる。どうやら痛みは共有されるようだが、生み出した分身に攻撃を受けさせている間に、本体の自身が攻撃を行う、と言ったことも可能だ。現在は1体だけしか分身を作ることが出来ないが、今後どんどんとその数は増えていくことだろう。
自身としては“痛みが共有される”ことが少々気がかりというか、心配なのだが……。まぁ確かに彼女以上の前衛職はいないだろうし、新しく前衛を増やす必要も今は無い。
(だからまぁ、欲しいのは後衛職。剣の指南も出来るけど、後ろから弓とか魔法で戦うことも出来て、今はそっちの方がやりたい、という人物。)
雇いたかったのはそういう人だったんだけど……。
マジで全部に当てはまる人がいるとか。とてもびっくり。それに商館にいた頃はライカと親しくしてたそうで。相性の問題もそこまで心配しなくてもよさそう。
私が欲しいかもしれない、ってことで気を利かせたジャックがその人を“キープ”してくれているみたいだし、いつでも訪ねて来てくれても大丈夫らしい。
(……時間あるし、見にいくのもありかな?)
偶々今日はライカが『昨日見つけたアタシの悪い癖直したいから、家の庭で練習させて!』とのことだったので、ダンジョンにはいかない休養日だ。此方としては溜まった家事を何とかしたかった所ではあるのだが……、善は急げとはよく言ったもの。
自身としてはライカが良ければ、今日にでも面会しに行きたいんだけど……
「ご、ご主人! ちょ、ちょっと見せて!!!」
「え、えぇ。」
そう言いながら、私の返答よりも先に手紙を奪い取って読み始める彼女。
一応、該当者の情報も幾つか書かれていたので、ライカも名前や特徴から察することが出来るとは思うのですが……。
な、なんか徐々に顔色悪くなってません?
「せ、先輩……!? というかあの人剣も出来たの!?」
「お、お知り合い、ですよね?」
◇◆◇◆◇
手紙に書いてあった、例の先輩の名前。
それを見て真っ先にアタシが思ったのは、ただ一つ。
(マズイ!!!!!)
ご主人にスキルの使い方を教えてもらったあの日から、アタシには『相談できるもう一人のアタシ』という存在が生まれた。分身というスキルによって生まれた存在であり、まるで鏡に映るアタシを取り出したかのような存在。
まぁ確かに、全く同じ存在なので『アタシが思いつけないこと』は分身のアタシも思いつけないんだけど……。
(でも、考えの整理とかは凄く出来る。)
アタシが迫ってるのに、全く受け入れようとしないヘタレでクソなご主人。
彼に痺れを切らしたアタシは、分身と一緒にご主人を押し倒して無理矢理関係を構築してやろうって作戦を考えていた。そういう経験は全く無いが、商館で知識だけは叩き込まれてるし、あのエルフの先輩が変な気を利かせて詰め込んできた3P専用知識とかもある。
これを使えば、童貞のご主人とか一瞬で墜とせると思っていたのだが……。
分身のアタシが言ったように。これでは『痴女』である。
色々と開けっ広げにしてた先輩と一緒である。
内心『こういう大人にはなりたくないな』って思ってた人と同じである。
(それはマジで御免被る……!!!)
アタシは戦士であり、娼婦ではない。
確かに故郷や一族を守れず、友すら守れなかったクソみたいな存在だが、それでも誇りまで捨てたつもりは無いのだ。ご主人が望むなら別に戦ってやってもいいし、求めて来たのなら受け取ってやってもいい。
でも自分から求めに行くのは。何かこう、違うのだ。
あの時はご主人が煮え切らない態度をしていたせいか腹が立ってしまい、ついやらかしてしまいそうになったが……。アタシとしては、ご主人から手を出してもらいたいのだ。
(だ、だってそっちの方が色々と都合いいだろ? ご主人の性格的に。)
奴隷という丸ごと権利を買ったはずの存在に対してすら、そういった要求をすることは無いご主人。
未だにその考えというか、価値観というか。理解できないところは多いんだけど……。アタシの権利や感情とかっていうのを、凄く気にかけているんだろうなぁってのは理解できた。
まぁつまり。ご主人が一時の劣情に負けてアタシを押し倒したとなれば、これはもう“勝ち確”って奴だろう。こっちを一生ものの傷物にしちゃったわけだし、ご主人はアタシの言うことに逆らえなくなるはずだ。流石に行き過ぎた要求は拒否されるだろうが、彼にとって小さなこと。例えば夕食の肉を増やしてほしい、とかならすぐに聞いてくれるようになるって寸法だ。
(つまり! 上下関係が出来るってこと!)
どんどん迷宮を攻略して、んでその後にあるだろう戦場でも“ご主人のために”どんどん功績を立ててやる。奴隷がやったことは主人がやったことになるから、アタシが頑張れば頑張る程にご主人は嫌がってる『皇帝』に近づくわけだ。
流石にアタシだけでは出来ないこともあるが、幸いなことにご主人の両親は『皇位継承戦』に意欲的。アタシが功績さえ稼ぐことが出来れば、それを上手く使って押し上げてくれるはず。
(そしてすべてが上手く行けば! アタシの尻に敷かれた皇帝サマが誕生ってわけだ! あはー! 凄くイイ気分になれそう!)
そうなれば、アタシの目標である復讐とか。一族のこととか。色々とご主人は便宜を図ってくれるはずだ。
今は夕食の肉ぐらいしか要求できなくても、皇帝になればできることはもっと広がる。アタシを傷物にした責任を取って欲しいと脅してもいいし、寝台の上で囁いてやってもいい。……アタシの掌の上で、大嫌いな人間族たちが踊って自滅していく様を見られるかもしれない。
もし本当にそれが出来たら……。本当に、ゾクゾクしそう。
(とまぁそんなわけで! ご主人がアタシに手を出したくなるように色々頑張ってる! 頑張ってるんだけど! ……やっぱコイツ無駄にガード高いなオイッ! 早く堕ちろよこのヘタレ!!!)
手を繋いだり、わざとらしく抱き着いたり。結構色々したりしてるのだが、一考に進展がみられない。
いやまぁ確かに若干距離が近くなったというか? 自然な笑みを浮かべるようになったりとか、食事の際でのワガママをちょっと聞いてくれるようになったりとか。色々と進展はあるんだけどさ……。そういうのじゃ、そういうのじゃないんだよ!
あのオーガ戦で見せてくれたような度胸を! アタシですら一人じゃ勝てない相手に“立ち向かおう”ってした度胸をさ! 見せようよほんとに! じゃないとアタシだけバカみたいじゃんか! 色ボケてるみたいじゃんか!
……でもまぁ、少しずつでも前には進んでるのだ。時間はかかるだろうけど、このままじっくり攻め込んでいけばどんなに強固な城壁でも落ちるだろうと思ってたんだけど。
(せ、先輩が来ちゃったら全部崩壊しちゃうんだけどッ!!! 困る!!!!!)
何しろあのエルフの先輩は、800年近く生きたらしい歩くエッチだ。卑猥物だ。
なんかもう体の肉付が女のアタシから見ても色々ヤバいし、『あ、これ誘惑されて堕ちない奴いないな』ってレベルの存在である。本人は『老いで張りがッ!』とか嘆いていたが、アタシからすればそんなもの関係ない。一回触らせてもらったけど、なんか吸い付くというか。離さないのだ。体だけで色々とエグイ存在と言えば、大体理解して貰えるだろう。
そしてその存在は、アタシの数十倍の蓄積がある。
ご主人を誘惑、じゃなくて攻略するのに使ってる技術も、そのほとんどが先輩から教わったもの。つまりアタシの完全な上位互換であり、ご主人という城を簡単に墜とせるだろうという強敵。
彼に対する多大な影響力を確保できるだろう『ご主人の童貞争奪戦』における、最大のライバル。というかこっちを簡単に消し飛ばしてくるだろう超強敵だ。
(そ、そんなのが来ちゃったら困る! 本当に困るんだけど!)
というかあの人、剣も出来たのか!? 魔法とか弓とか使えるのは聞いてたし、色々見せてもらってはいたけど、近接も出来たとか聞いたこと無いんだけど! い、いやまぁ800年も生きてたらそれぐらいできるのかもしれないけどさァ……!
(どうする! どうすれば! あぁぁもう! こんなに悩むのもご主人が早くアタシを押し倒してないからだぞ! このヘタレ! 男を見せろよ男を! というかなんでアタシはこんな変態なことを叫んでるんだよ! あぁぁぁアアアアア!!!!!)
内心滅茶苦茶に叫んでしまっているが、今もなお心配そうに対面に座るご主人がアタシの顔を覗き込んできている。お前のせいでこうなってるんだぞと叫びたいところだが、もうすでにそんな場合じゃない。
なんて彼に伝えるか、だ。
おそらくアタシがここで難色を示せば、ご主人は確実に先輩から手を引くことだろう。この人は奴隷オーナーなクセして、アタシの意見をかなり深く取り入れてくれる。本気で拒否すれば先輩がこの家に来ることは無くなるだろうし、関係を結ぶまでアタシ以外の奴隷を買うこともしないだろう。
(でも……。)
ダンジョン攻略や、今後参加することになるだろう他の戦場。
それを考えると、あの先輩の力ってのはかなり有効だ。
何せ優秀な後衛職であることはあの奴隷商館で把握済みだし、性格の良し悪しはともかくアタシと顔見知りで、ある程度の人となりが解っている。連携は取りやすいだろうし、変に気遣う必要もない。
先輩以外の全く知らない人がやって来ると聴けば、かなり不安になるが……。彼女なら安心できてしまう。それに、800年という蓄積された経験を失うのは惜しい。
(ダンジョンを進んでいくなら、どうせ追加メンバーが必要になる。先にご主人との肉体関係を築けていたとしても、新入りとの関係構築をミスれば……。)
ここで先輩を弾いても、いずれ新入りはやって来る。
そしてソイツが、戦闘中に敢えてアタシに攻撃を集中させ、事故に見せかけ殺すとか。
そういうことも、されるかもしれない。
何せご主人という存在が奴隷にとって“値千金”なのはアタシでも理解できる。最初は上手く行っていたとしても、何かのはずみでコッチのことを邪魔に思ったり。自身と同様に“皇帝サマの大事な奴隷”という立場を欲しがったりするかもしれない。
最初の奴隷という邪魔なアタシを消しに来るのは、普通に考えられる話だ。
もし死んだとしてもお優しいご主人は悲しんではくれるだろうが、優しいからこそ生き残った方にも配慮してしまうはず。……それは、本当に困る。
(だったら。なんとか先輩と折り合いをつけて、“初めて”を譲ってもらう。それでその後はご主人が皇帝になるのを手伝ってもらった方が賢いかも。)
こちら側もかなり配慮しなくては引き出せないだろうが、800年の蓄積は代えがたい。
あの人は単なる戦闘奴隷だけでなく、購入した主人の様々な補助を行う知識奴隷としての役割も熟せる存在だ。アタシでは出来ない皇位継承戦のサポートも可能なハズ。味方に引き入れることが出来れば、ご主人をより簡単に皇帝にすることが出来るだろう。
(それに、彼女の人となり。匂いは既に把握済み。急にアタシを殺しに来るような人では無いことは解っている。)
つまり何とか先輩を味方に引き入れ、ご主人の篭絡を手伝ってもらう。
対価として色々求められるだろうし、アタシが頼み込む側だから絶対に毟り取られてしまう。けれど“そこだけは”。ご主人の初めてだけは譲れないのだ。そこさえとってしまえば、幾ら性欲の化け物みたいな先輩相手でも、ご主人に対する大きな影響力を維持できるはず。
だ、だったら……!
「ご、ご主人! あ、アタシとしては、まだ2人でいたいというか。そっちの方が良さそうと言うか……!」
「あぁ、そうでしたか。すみません、少し先走ってしまったようで。」
「で、でも! この人には色々世話になった人なんだ! ご主人に買ってもらえるのなら、先輩としてもいいことだと思う! 多分ご主人は、先輩自身の意見を重視するだろうけど……!」
「……えぇ、ですね。」
「この人、魔法も弓も出来て。後衛としては凄く優秀なんだ。剣が出来るのは知らなかったけど、エルフが使う剣術はアタシにとって糧になるはず。だから多分、来てもらった方が、良いと思う! ……でも!!!」
あぁぁ、もう! 顔が熱い! こんなの言うの! 今日で最後だからな!
「アタシが! アタシが1番だからね! ご主人の1番! あと、先輩を買う前にアタシとお話させて! 上下関係植え付けるから!!!」
「……えぇ。解りました。そのようにさせて頂きますね、ライカ。」
〇勘違い
ご主人
「なるほど。確かに職場の上下関係は大事ですものね。私個人としてはあまりそういうのを気にしないフラットな方が良いと思いますが、互いに尊重し合う場でなければ居心地が悪くなってしまうもの。序列、と言うわけではありませんが、加入順を考慮する形で考えていきましょう。」
ライカ
「お、おう!(ち~が~う~ッ! 抱け! 私を! 早く!!!)」
感想、評価、お気に入り登録。
どうかよろしくお願いいたします。