「先輩~、先輩~。……あ、いた!」
「……ライカちゃん?」
というわけで、ご主人と一緒に奴隷商館へ。
最初ジャック、この商館の長に迎え入れられた時は、ご主人だけでなくアタシもいついてきたせいか。『も、もしかしてウチの奴隷が何か大変な粗相を!? く、首をもってお詫び!』みたいなことを叫んだりするというアレコレもあったが、無事中に入れて貰えることになった。
……まぁ思い返してみれば、この国の頂点になるかもしれない相手に対して、取り扱っている奴隷がタメ口で話し始めたのだ。今もあの時の選択を間違っていたとは思わないが、結構ヤバい行動だったのは、理解している。
(でもアタシは、ガチのバカじゃない。必要な場で静かにするのも、ちゃんとした受け答えをするのも、全部頭に入っている。)
若干ご主人がびっくりしていたが、商館にやって来た後のアタシはずっと大人しくしていた。ジャックに叩き込まれた奴隷としての作法に則って、だ。
まぁそれを見て、ジャックも落ち着けたのだろう。『自分が売った奴隷が粗相をしでかし、ご主人が返品しに来たのではない』ことを察した彼は、すぐに商談に入っていった。んで本来は、ご主人の持ち物であるアタシもその場にいて、端っこで静かにしておくべきだったんだけど……。
(ご主人が気を利かせてくれて、“例の先輩”に会えるようにしてくれた。……ジャックはあんまり長話を好まないタイプ。この短い時間で、先輩にお願いして、頷かせる。)
そんなことを考えながら、奴隷たちが集まる小屋の中へ。
普段通りのバカの仮面を被って、大声をあげながら彼女を探すと……。ようやく彼女の姿が。アタシのような安価な戦闘奴隷ではなく、幾らでも値段を吊り上げることが出来る知識奴隷。本来はないはずの仕切りが用意され、簡単な個室なようなものが用意された特別な存在。
言ってしまえば、奴隷商が用意できる最高の品の為だけに用意された区画。そこに居座る彼女も、それ相応の存在だと思わせるが……。
案の定というか、ほぼ全裸でその辺に寝転がっている先輩の姿が。同僚の奴隷食ってないだけでまだマシだけど、色々と湿っててマジで嫌だな、この人。匂いも無駄に甘ったるくて酷いし。
「え? え!? ら、ライカちゃんじゃない! ど、どうしたの?」
「おう先輩! ちょっとぶり!」
「も、もしかして返品されちゃったの!? そ、そんな! 貴女結構危うい状態だったのに! 次はまた農園か鉱山よ!? だ、大丈夫なの!?」
一瞬アタシがここにいることに呆けていたようだったが、すぐにこちらを抱きしめ心配そうに顔を触り出す彼女。アタシとしても甘やかしてくれる存在は別にイヤではないので、受け入れるのもやぶさかでは無いのだが……。指とか下半身とか、無駄に濡れている。
嫌悪感から全力で押し飛ばしながら、自身の服装を指差す。
彼女ならばこれだけでも解ってくれることだろう。あとその状況で近寄らないで? マジで。
「ん!」
「あ、ごめんなさい。ついちょっと暇だったから手癖で……。あら? 綺麗なおべべ着せてもらってるわね? ……ということは、大丈夫なのね!」
「そうだぞ! ……心配してくれるのは嬉しいけど、もう少し控えた方が良いんじゃないか?」
「そ、それもそうね。最近ちょっと憂鬱だったから、つい色々捗っちゃって……。ちょ、ちょっと待っててライカちゃん。すぐに洗って服も整えるから。」
そう言うと、すぐに指先から水を生み出し、色々と洗い始める彼女。
……本来魔法使いが必要とする詠唱を省略した、魔法行使。これだけでも先輩の力量が伺え知れるものだが、それがさっきまで励んでいた体液の処理となると、なんかこう悲しくなってくる。
新しく生み出した水球を此方に向けて私に付着した汚れを洗い落としてくれる当たり、面倒見のいい人であることは解るんだけど……。適切な距離を維持しておきたい相手と言うか、何と言うか。
そんなことを考えていると、準備が終わったのだろう。さっきまでの爛れた先輩は消え去り、まるでどこかの王妃様かと思うような先輩が、此方に顔を向けて来る。
「そういえばジャックが私の新しいご主人様候補が来る、って言ってたけれど……。もしかしてライカちゃんのご主人様なの?」
「うん。良い人だし、先輩も気に入ると思うぞ。」
「あらあらあら。あれだけ人間族を嫌ってた貴女がそう言うなんて。とっても素敵な殿方だったのねぇ。お母さん嬉しいわ、涙出ちゃいそう。貴女はほんともう赤ちゃんの頃から聞かん坊で……! ご主人様にはお礼に親子丼でもプレゼントしないとね!」
「何言ってんのお前。」
急に謎の思い出。
コイツが知らないはずの私の小さかった時の記憶を捏造して話し出すので、ちょっとガチで引いてしまう。こんな気持ち悪いのから生まれたわけが無いんだけど……。そもそも種族が違うのを理解しているのだろうか。あと親子丼って何?
というか、聴いた感じ事前にジャックから説明受けてるよな?
アイツがそういう顧客の情報を、先輩に伏せるとか早々ないと思うんだけど。明らかに先輩は特別扱いされてたし。ご主人の事とかそういうの、聴いてない?
「え? あぁちょっとね? これまでのご主人様たちのご立派様「黙れ?」……あら残念。まぁちょっと考え事してたのよ。もうそろそろなのかな~、ってね? ……それでライカちゃん。わざわざ私に会いに来たってことは、何かあるのよね?」
「……うん。」
彼女の問いに答えながら、覚悟を決める。
ここで交渉に失敗すれば、今後ご主人に対する影響力の大きさはどんどんと先輩に奪われてしまう事だろう。何せ改めて直面することで、より理解できてしまった。コイツはマジで何でもできる。
魔法や弓は勿論、聴いた話によると剣も出来る。様々な知識や能力が求められる知識奴隷でもあって、更に肉体は蠱惑的。しかも色々と爛れた状況から、すぐに整えて清らかな女性のイメージまで纏えてしまうのだ。
言ってしまえば、噛めば噛むほど新しい味が出てくるアレ。そしてご主人の反応に合わせて、一番いい味を突き止め合わせて来る奴だ。色々と初心者なアタシでは、確実に勝てるわけがない。
だからこそ、ここで釘を刺し、約束させる。
「あ、あのな先輩! た、確かに先輩には色々世話になったし、恩もたくさんある。で、でもな! ご、ご主人の一番はアタシというか! 譲りたくないというか!」
「あら……? え、ちょっと待って。想像以上にメロメロになってない貴女? 色ボケ?」
「ち、違うぞ!!!」
ち、違うんだからな! あ、アタシはそんなんじゃないし! というかご主人が! アタシに! メロメロになるの! というかそうする! 押し倒させるの!!!
「はぇ~。あんなに人間嫌いだった子がここまで。本当にいいご主人様に巡り合えたのねぇ。冗談抜きでお母さん、安心したわ。」
「だからお母さんじゃないッ! というか先輩の歳的におばぁ」
「……は???????」
「あ、いや。ナンデモナイデス。」
一瞬つい本音が出てしまうが、死ぬほど低く怒気に溢れた声で押しとどめられてしまう。
う、うん! 相変わらず先輩って綺麗だよな! 全身凄くキラキラで! もう抱き着いちゃいたいくらい! 吸い付いて離れないというか! 瑞々しいというか! 年月と共に若さと経験が磨き抜かれているというか!
「どっちみち年増って言われてない? まぁいいけれど。」
「よ、よかった……。」
「……とりあえず、話は分かったわ。取られたくないのでしょう? 確かに私も結構生きちゃったし、娘みたいな子の大好きを奪っちゃうのは忍びないわ。まぁちょっとぐらいはお情け欲しいけど、ライカちゃんが1番でいいわよ? それに、2番は2番の楽しみ方というモノが……」
「ほ、ホントか!」
何だが最後の方凄く不穏というか、すっごく身の危険を感じる何かを言っていたような気がするが、何とか先輩からの許諾を取ることが出来た。多分今後、色々と面倒なことは起きるだろうけど……。一番の懸念だったご主人の1番、そして初めての争奪戦にこの人が参戦することは無くなったはずだ。
……本当に、良かった。
「にしても、マジで気になるわねその子。どんな感じなの?」
「……アタシら奴隷に対して優しくて、ちゃんと同じ生き物として扱ってくれるというか。奴隷として扱わないというか。欲しいモノがあったら用意してくれるし、強くなるために必要な環境も用意してくれる。それに何より、弱くても戦士としての“度胸”を示してくれた。……アタシの初めてを、あげてもいいかな、って思えるくらい。」
「は、はぇ~。甘酸っぱいわねぇ。……え、ちょっと待って? も、もしかして。まだヤってないの?」
「そ、そうなんだよ! 聞いてよ先輩! アイツ言われた通りに全裸で突撃したのに! 毎回追い出してくるんだぞ! 全身からこう、劣情の匂いぷんぷんさせてるのに! 明らかにアタシの事意識してるのに! 皇帝になるくらいだったら、アタシぐらい抱けよホントに!!!!」
「…………皇帝?」
◇◆◇◆◇
とまぁそういうわけで。
新規加入メンバーの勧誘、もとい奴隷購入の為にジャックさんが経営する奴隷商館へと足を運んだわけなんだけど……。
「あらあら、思ってたよりお若いのですねぇ。」
「え、えぇ。どうも。」
はい。このエルフさん。とてもヤバいですね、はい。
先程密かに鑑定させていただいたのだが、その耳が示すように、彼女はエルフ。魔法や弓などの遠距離戦闘に優れた種族であり、元々は広大な森を生息圏に定めていた方々だ。
まぁ“森”の種族だけあって、私達“平原”を得意とする人間族とはかなり仲が悪いことが有名で……。
あまり記録には残っていないのだが、この国の歴史書や日記などを紐解くと、当時の人間族はエルフの森に火を放ち無理矢理平原を拡大したらしい。そのほかにもあちらの静止を振り切って勝手に森を平らにしたり、集落に攻め込んで奴隷にしたり。まぁかなりひどいことをしている。
(これが人間族同士の争いなら、時間経過で風化していくんだろうけど……。)
人であれば代を重ねるごとに忘れていくが、彼らは違う。
人間では記録が取れない程の時間を過ごし、その大半を記憶していく。こちらからすれば歴史上の忘れ去られた事実であっても、彼らエルフにとっては若い頃にされた忘れがたい悪行。現在進行形で捕まえて奴隷にしまくってることもあり、私達人間族との仲は途轍もないレベルで冷え切っている。
(そして彼女の鑑定結果が……。【エルフ】【♀】【名前:リシエラ】【843歳】。うん、843歳。はぇぇ、この国より長生き。)
目の前にいるリシエラさん。この町どころか、この帝国が成立するよりも前に生まれたエルフ。
843歳と聞くと、もうスケールがヤバすぎて脳が処理を拒否し、途轍もないお婆ちゃんのように思えてしまうが……。目の前にいる彼女は、違う。
ライカよりも豊満な体に、目が吸い込まれそうになる透き通った肌。長く伸びた綺麗な頭髪に、此方に向けられた正に母のような優し気な視線。人間で換算すれば、30代前半。未だ続く若さと経験を兼ね合わせた存在、と表現すべきなのだろうか。あまり好ましい言葉選びでは無いだろうが、一度思いついてしまった手前、消えそうにない。
そしてその口から奏でられる声も、幼子に対するような非常に優しいもの。もし自身がこの世界に生れ落ちた当初。一端でも魔境と呼ばれる貴族社会に揉まれていなければ、即座に絆されてしまっていただろう。
(やばぁ……。)
彼女と顔を合わせる前。
ライカが事前に話を通すために離席し、私はその間ジャックから説明を受けていた。
何でも彼女は、昔過ぎて奴隷に堕ちた時期が正確に解らない程、最下層の身分に貶められていたらしい。以前の主人が老衰で死亡したため、遺産分割の際に換金されこの商館に売られてきたそうだ。弓と魔法だけでなく、剣まで扱える非常に有用な戦闘奴隷。そしてその長年培った経験によって、何物にも代えがたい“知識奴隷”としての役割も果たせる存在が、彼女。
まぁそのせいか非常に値段がヤバく、ライカとは比べ物にならないというか、一般人では一生手が出ないというか、両親の支援を受けている自身でも流石に手が出しにくいレベルで高額なのだが……。
この年齢と、それまで蓄積してきた知識を考えれば、理解はできる。
そしてそんな長い年月、人間によって奴隷に墜とされていた彼女の境遇を考えれば。此方に向けて来るであろう敵意も相応だろうと考えていたのだが……。
うん、これである。
なんかもう、めっちゃママみな視線でこっち見てきてるのである。
すっごい笑みを浮かべながら『あのライカちゃんがねぇ?』とか言っているのである。なんかこう、娘の彼氏を値踏みする様な母親的な、生温かい視線と言いますか……。い、いや彼女では無いんですけどね?
(か、『鑑定』すれば内心も見れるんだけど、流石にプライバシー違反。……上手く隠してるのか、それともマジなのか。ど、どっちにしろ恐怖しかない。)
これがもしマジであれば、こちらとしては何の問題も無い。
ライカを娘のように思ってくれているということだし、相互に与える影響はとても良いものになるだろう。戦闘では安心して後衛職。そしてライカの指南を任せることができ、知識奴隷として自身のブレインとして働いてもらうことが出来るかもしれない。少なくとも彼女が経験してきた800年という記憶は、自身としても非常に興味がある。可能であればそのすべてを聞き、彼女から見た歴史というものを感じてみたい。
もちろん自身との相性等の問題もあるが、こちらが改善していくことで何とか良好な雇用関係が築けるはずだ。少なくとも『奴隷反乱時にぶっ殺される』ことは……。避けられたらいいね、うん。
けれどコレが、“上手く隠している”だった場合。その対処は非常に困難なものとなる。
(800年だよ800年。恨み辛みなんて幾らでもあるだろうし、何処に地雷があるか解ったもんじゃない。経験の差なんて、確実にあっちの方が上だろうし……。それこそ頭の中を覗き込まない限り、何しても地雷を踏んじゃうとかいう状況になっちゃうかも。)
これがもし政争相手などであれば、自身も躊躇なくその頭を覗き込むことが出来た。
何せ相手は此方を物理的、もしくは社会的に殺しに来る相手だ。それぐらいは許されるだろうし、こっちだって何もせず死ぬのはご勘弁。緊急時の自己防衛の範疇に……。ギリギリ納まるだろう。というか納まって欲しい。
けれど彼女。リシエラさんの思考を無断で覗き込むのは、明らかにNGだ。これから彼女を雇用し仲良くなっていく時に、その頭の中を覗き飲んでいる。明らかに関係は修復不能まで吹き飛ぶだろうし、彼女が自身を信じてくれることは金輪際無くなる。
ライカには既に伝えた手前、雇用後に落ち着いたところでリシエラさんにも話すのが筋だろう。となると……。
今この場で、彼女の奥深くまで『鑑定』することはすべきではない。そして一度『鑑定』の力を明かせば、今後彼女の思考を読むことは不可能になる。スキル的には可能だが、信頼を得るために“覗かない”と誓うのだ。自分から破るわけにはいかない。
(……つまり“隠してる”場合。いつどこで暴発するか、というか既に暴発してるかもしれない彼女と付き合っていかなくちゃいけない、ってコトォ!?)
か、考えただけで、すっごく頭が痛くなってくる。
現在行われているリシエラさんとの1対1の面談。これをする前に、ちょっとだけライカが顔を出してきたのだが……。凄くニコニコしていたし、此方に対して静かに手を振っていた。近くにジャックがいたこともあり、色々と気遣って『普段通りの行い』を抑えていたのはとっても素晴らしいことだったのだが、これだけは理解できる。
ライカにとって、リシエラさんがウチに来ることは、確定事項。
つまり不確定要素に怯え、彼女を雇用しない選択肢は、既にない。
(こ、これ。覚悟決めなくちゃいけない奴?)
〇実際どうなの?
・主人公
な、何考えてるか解んなくて怖い!
・リシエラ(エロフ)
あらら、思ったより若くていい体してるわね! 合格! 私にも反応してるみたいだし、これなら私とライカちゃんで疑似的な親子丼も可能。こういうの絶対楽しいわよね……! 食べる方も食べられる方も素敵! もう早速寝台に飛び込みたいわ! あ、でも大空の下で、ってのも乙よね。どうしましょう、夢が広がるわ! ……まぁ流石に、ライカちゃんの“始めて”はタイマンにしてあげた方が良いから、当分親子丼は封印だろうけど。
にしても、皇位継承権持ちとはねぇ。……アリ、ね。
なおリシエラの脳内は親子丼の際に起きる詳細な光景を鮮明に想像しているため、主人公は思考を覗かなくてある意味正解だった。
次回は先輩視点です。