(んんんんんッッッ!!!!!)
思わず叫びそうになるこの口を意志の力で無理矢理押さえつけながら、壁を叩きつける。
いまご主人たちと会話しているのは、アタシの分身。つまりちょうど下の階に続く階段を発見したアタシが本体で、分身が取集した情報などが常に流れ込んでくるのがこのアタシだ。まぁつまり、あっちで何が行われて、ご主人がクソボケでしかない発言をしたことも知っているのだ。
マジで叫んで暴れ回ってないことを褒めて欲しい。なんだあのクソボケ。
(お前お前お前! お前しかいないだろうがバカ! あぁぁぁもうッ!!!!)
けど何? もし好きな人できたらサポートするし、恋が成就するように動くから教えてくれ? んじゃもう今すぐにアタシの事押し倒せよ! 目の前にいるわこのバカ!
はぁ? もしかしてコイツ、アタシのこと買ったくせに『アタシが他の男になびく』とか思ってんのかこのクソボケ! んなわけ無いだろうが! 死ね! 死んで詫びろ! でもその前に押し倒してから死ね!
そんなフワついた女じゃないんだよアタシは! というかこうやって頭の中で叫ぶような女でもないんだよ! 馬鹿じゃないし! お前に子供みたいに見られる筋合いもない! もっとこう、女として見ろ! 偶に見せる『情欲』の視線をもっと向けろ馬鹿! あと先輩の胸に何度か視線が吸い込まれてるの解ってるからな! 先輩もアタシも解ってるからな! 正直先輩相手なら仕方ないって思う所もあるけど! 先輩視るならその倍くらいアタシのこと見ろ! もっとこっち見ろって言ってんだよクソボケッ!!!!!
(あぁぁぁああああ!!!!)
正直この場から飛び出してご主人の所に飛び込み、分身と一緒にその場で押し倒したい。
でも、分身の方がリシエラ。先輩に羽交い絞めにされ口を押さえられている感覚は共有されているのだ。本体の私は動けないことも無いが、先輩から全力で止められている。かろうじて残った理性が『先輩の言う通りにしておけば失敗しないはず』と言っている。彼女の長年の蓄積を考えれば……。この場で動かない方が、得策なのだろう。
滅茶苦茶、不満だけど。
「はぁ、はぁ、はぁ。……んもぅッ!」
最初は若干警戒していたのだが、先輩がこの家に来てくれたことで明確にアタシは前へと進めている。
だから彼女のことをより信用できるようになったし、彼女がやめておけと言うならば、その方が良いのだろう。感情は納得できそうにないが、理性ではそう判別できるだけの実績と能力が、先輩にはあった。
勿論剣のことも、ご主人周りのことも、だ。
(実際、体の動かし方が各段に楽になった。まだ実戦で通用するとは思わないけど、闇雲に進む必要は無くなった。……指南役の重要さを、理解できた。)
先輩の指導はかなり的確で、話を聞いているだけで為になることが多かった。
確かにアタシの一族の剣では無かったが、それまで先輩が覚えた剣術。その中でも獣人たちが使っていたのだという技術は、一族の剣に通じるものが多くあった。古い剣術だったおかげか、どこか閉鎖的であったアタシたちの一族の術と似通るところがあったのだろう。その動きを見せてもらうだけでも、かなりの参考になったのだ。
そしてアタシが持つおぼろげなイメージに対しても、あの人は明確な答えを示してくれた。
(エルフの剣は勿論、人間族の剣まで。過去に消えてしまった流派も学んだことがあるって言ってたし、その知識量は異常って言えるレベル。……やっぱり、単なる変態じゃない。)
それまで溜め込んだ知識を持って、アタシのふわふわとしたイメージから逆算する。
記憶通りの完璧な動きじゃなかったけれど、先輩用に汲み上げられたソレは、一種の芸術品のような剣だった。そこから分割してアタシ専用に色々組み替えながら教えてくれるって言ってたし、今日のダンジョンでもその成果が徐々に出ているように見える。
実戦ではまだあの『完璧な動き』を再現することは出来ないだろうけど……。時間さえかければ、出来るはず。ご主人が先輩を買う理由の一つだった『アタシの指南役』という役割は、十二分に果たしてくれていると言えるはずだ。
(そして……。ご主人の攻略についても。)
自他ともに認める800越えの超ド級変態が、彼女なのだ。
先輩によると女でも普通にイケるらしいが、男女の関係性についての蓄積は眼を見張るモノがある。いつもであれば本気で距離を取りたくなるほどに濃厚な知識であったが、かみ砕けば十二分に活用できるモノを、持っていたのだ。
まぁ多分アタシ用に、かなり希釈して教えてくれているんだろうけど……。
(それでも、結構恥ずかしい。……でも、有用。)
例の食事会の後。アタシと先輩は部屋に集まって作戦会議を行った。色々散らかしちゃってて怒られたけど……、会議の方は万全。
明確な方針を打ち立てることが出来たのだ。
(いわゆる、“焦らし蓄積させる”戦略。)
アタシも匂いである程度把握していたのだが。先輩が言う所によると、やはりご主人は女に対する恐怖感というモノがあるらしい。
過去に“はにーとらっぷ”なるものに引っかかり、それで殺されそうになったことが原因ではないか、という事だったが……。蜂蜜かなにか、蜂のトラップなのだろうか? まぁ確かに刺されたら痛いもんな、アレ。
それが何故女への恐怖を抱くかは解らないが、今ここで押し倒してしまえばその恐怖がぶり返してしまい、面倒なことになるというのは理解できた。アタシとしてもご主人を怖がらせる気持ちは無いし、嫌われたい気持ちもない。
だからこそ先輩が一緒に考えてくれた作戦。
自分から手を出させるのではなく、誘惑しまくって相手が性欲を抑えきれなくなって手を出してしまうという作戦は、非常に好ましいものだった。自身が元々考えていた作戦にも似ていたし、『押し倒してくれた方が色々と助かる』というアタシの目的にも合致していた。
(今後のためにもそっちの方が、ね? うん、先輩が揶揄ってきたみたいな『自分の意思』じゃなくて、作戦上そっちの方が効率いいから。うん。)
大まかな方針としては、一旦夜に全裸突撃する様な“直積的すぎる”のは一旦抑える形に。
そういう直球勝負よりは、ご主人の趣味というか、初心さに合わせたピュアなアプローチにしていく方が好ましいようだ。日々の肉体的接触を増やして、胸とか尻とかを積極的に接着させていく。馬鹿なフリをして膝の上に座ってしまうようなことも、有効とのこと。
そんなことを繰り返していき、ご主人の防壁に波状攻撃を仕掛けていく。防御の固いご主人様のことだ、すぐに回復してくるのだろうが……。それでも絶えずアプローチを続ける。そうすれば相手の防御が徐々に弱くなっていき、崩壊した防壁。緩み切った貞操観念を『いつも通り』と判断する時が来るらしい。
(目標は、胸とか尻とか当てても、明確に拒否しなくなったような時!)
その瞬間、全力の攻勢にシフトする。
今度は全裸じゃなくて、綺麗な寝間着。ネグリジェっていうのか? それのちょっと透けたタイプの奴を着て、若干悪夢に怯えたような顔をしながら『一緒に寝て欲しい』と頼み込む。
後は一緒の寝台に入って。
手とかを振れった瞬間、しっかりつかみ込んで。
『好きにして』って……
(……ッ////!?!?!?)
と、ともかく! これだけやれば流石のご主人も落ちないわけがない!
ちょっと時間がかかるかもしれないけど、私だけじゃ考えられなかった明確なルートが、先輩のおかげで組むことは出来たのだ。これに従っておけばご主人の“初めて”は私のもの。今後あの人が皇帝になったとしても、かなりの影響力を維持することが出来るだろう。
まぁ800年以上も生きた激ヤバ変態エルフも戦いに加わって来るから、ちょっとソレを維持するのが大変そうだけど……。流石のあの人も、アタシの分まで全部食べちゃうようなことはしないはずだ。母親って認めたわけじゃないけど、本気で気に掛けてくれているのは解るわけだし。
(それに、アタシの後は確実に先輩が喰いに行くはず。色々抑えてるみたいだし、干からびるまで絞られるかもだ。流石にそこまでやれば、ご主人も色々諦めてクソボケでは無くなるだろう。……無くなるよな?)
っと、余計なことを考えるのもここまでにしておこう。
今はダンジョン攻略中で、アタシは本体。先輩っていう頼り強い味方が増えたのは確かだけど、何処にでも危険が転がっているのがこの場所なのだ。変なコト言い始めるご主人に惑わされないためにも、気を強く持つことにする。
(それに……。この先には、“奴”がいるわけだし。)
思考を軽く纏めていると、こちらに近づく三つの人影。ご主人たちが此方に寄ってくるのが見て取れる。
同時にもう一人のアタシ、分身の方のアタシと視線が合う。未だに目の前にもう一人の自分がいて、見てるモノや感じてるモノを共有しているこの感覚には慣れそうに無いが、あっちもアタシなのだ。互いに言いたいことや、やりたいこと、そして何を考えているのかは“共有”せずとも理解できる。
軽く頷き合った後に、眼を閉じ意識を丹田へ。この肉体から離れていた“彼女”を呼び戻すイメージを築きながら、『分身』を解除する。
そして目を開ければ、アタシのことを待っていてくれたご主人と先輩の姿が。
先程見つけた下に向かう階段を指し示しながら、此方に迎え入れる。
「よう、ご主人!」
「……えぇ、ライカ。そこが階段ですね?」
「だな! ようやくオーガ戦だ! リベンジしてやる!」
「えぇ、良い意気込みかと。ですが……。」
そう言いながら、先輩の方に視線を向けるご主人。
アタシも先輩も、そしてご主人も。さっきの会話を蒸し返すつもりはない。こっちとしてもあんなクソボケな話2度も聞きたくないし、こっちに罪悪感を覚えていてくれた方が、後ほど色々やり易いということは先輩に習った。つまりこのまま“無かったこと”にするのがいいのだ。
とまぁそんなわけで、この次の階層に移るかどうか。すなわちボス戦に挑むかどうか、という話になって来るのだが……。
(それを決めるのは、先輩だけ。)
アタシという存在を一番理解しているのは『鑑定』って能力を含めてご主人だと思うのだが、アタシの剣の技術や肉体能力。そしてそれがオーガに敵うか否かを一番理解しているのは、剣の師匠でもある先輩だ。ご主人もその辺りを彼女に一任している手前、この先に進んでいいのか、挑んでいいのかは先輩が決めることになっている。
まぁつまり、ここでNOと言われてしまえば、引き返してまた鍛錬を積むことになるのだが……。
「ん~。ある程度動けるようになって来たし、挑んでもいいと思うわ。少なくとも瞬殺されちゃうことは無いだろうし。」
「ほんとか!?」
「えぇ、勿論。ただエド様の指示をちゃんと聞くのよ? 危なく成ったら私が介入して吹き飛ばしちゃうけど、私達のご主人様も『司令塔』として頑張ってもらわなくちゃなんだから。というわけでエド様? ライカちゃんのことお願いしますね?」
「えぇ、了解です。」
アタシはよく解らないが、先輩はご主人にも仕事をさせようとしている。
なんでも『少数と大軍じゃ勝手が違うけど、人を動かす経験は積んで置いて損はないからねぇ』とのことらしい。アタシのご主人を皇帝にするという願いが共有してるし、復讐のことも話している。手伝ってくれると言っていたから、それ関連の話になるのだろうが……。
まぁ、アタシに難しいことを考える頭は無い。
自分に出来るのは、戦士として前に出る事。
先輩の言っていたように、ご主人の指示に従って動く。ややこしいことや難しいことは全部2人に任せて、“剣”としてオーガをぶち殺せばいい。
「……では、先生の許可も取れたことですし。挑むとしましょうか。」
「おう! やるぞやるぞやるぞ!」
「頑張ってね~!」
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