いきなり下ネタをぶち込んできた眼前のエルフにため息をつきながらも、言葉を紡ぐ。
(エドには途轍もなく不健全……。いやあの子は固すぎるところがありますし、荒療治として放置した方が良いのかもしれません。実際、購入から数日経つのに明確な関係は持っていないようですし……。いや本当に放置しても大丈夫なの?)
若干不安に思いながらも、すぐに思い直す。
何せあの子には『鑑定』という力があるのだから。
あまり使いたくはないようだが、やろうと思えば視界に映るすべての人間の思考を読むことが出来るモノ。使い過ぎると脳にダメージを負うようだが、制限すれば誰にも察知されず頭の中を覗き込むことが出来る。
つまり眼前の彼女が厄介な思想を持っていたり、明らかに不健全であればそれ相応の対処を取ることが出来るだろう。
(付けている護衛も、精鋭ばかり。私の元へ『息子専属にしてくれ』と訴えて来た者もいます。私の元で長年仕えてくれていた彼女も付けている事ですし……。逃がすだけの時間は、稼げることでしょう。)
けれど気がかりなのは気がかり。
こちらでも何か起きる前に対処できるよう“護衛長の彼女”にもう少し詳細な情報を送らせるよう脳内のメモに書き込みながら、話を進めて行く。
「まだ公表されていませんが、少々我が父。皇帝陛下の体調が悪くなっている様です。」
「あら大変。」
「本来は生前に継承を行い、体勢を万全にすべきなのですが……。あの父も流石に、現状を理解している様で。未だに決めきれていないのでしょうね。」
先程までの爛れた雰囲気とは打って変わり、真面目に話を聞き始めるリシエラと名乗るエルフ。
おそらく、エルフ族の欠点ともいえる『長い時間を生き過ぎるあまり精神が崩壊する』というモノを、性欲で補っているのだろう。奴隷という劣悪な環境下で800年近い年月を生きているのだ。どこかおかしくなっていない方が不自然。そう考えれば……。
(いやこれ、元からアレな奴ですね。)
えぇ……。これがエドの傍にいるの? 最悪“そういうこと”するの? えぇ……。
(これならまだ、隣にいた犬の子の方がまだ良さそう。でも獣人族って性欲強いって聞くしなぁ……。あぁでも、これ。偏見なのかな。また息子に変な眼で見られてしまう……。)
っと、思考までおかしくなりかけていた。まぁ“帝国崩壊”というシナリオにすぐ対応できるほどには優秀なのだ。息子の為になるというのならば、度々此方に情欲を向けて来るこの存在も飲み込むしかないだろう。
ともかく、話を戻すことにする。
「なるほど……。ということはつまり。お母様の世代の方々、そしてエド様の世代の方々。子世代と孫世代が皇位継承を目指して争う形になってしまうのね?」
「えぇ、父としては孫世代に望みを掛けていたのでしょうけど、失敗したのでしょうね。」
おそらく皇帝としての父は、帝国の延命ではなく、再興を目指している。
延命だけで言えば自身の兄の一人。他にも何人かの候補が自身でも思い当たるのだが、後継者を指名したり継承戦を行わせたりしていない以上、継がせる気は無いのだろう。終わりつつある帝国を立て直し、現状全てをひっくり返す様な“次の皇帝”を彼は探している。
故に子世代に継がせることを良しとせず、孫世代に望みを掛けて現政権を継続。良い候補者が生まれた時には皇帝自ら後見人になることで、継承戦を後押しすることにしようとした。
(だが運悪く、候補者が現れなかった。……もしくは、妨害にあってできなかった。)
外戚の恐ろしさ、そしてその愚かさ。これは自身の母を失ったときに強く理解している。
もしかしたらいたのかもしれないが、皇室への影響力が薄まるのを嫌ったのか。それともすでに奴らも帝国崩壊を見据え戦乱の時代への準備を進めているのか。既にあの地から離れてしまった自身には解らないが、ともかく新皇帝が立つことは無かった。
まぁ、そんな地獄のような場所なのだ。
自身の子であるエドを皇室に連れて行くことや、私の父である皇帝に会わせなかったのもそれが理由。そのせいかあの子の対外的な立ち位置を不安定なものとしてしまい、“伯爵家の四男”にしてしまったことは悔いているが……。
今から取り返すことは、十分可能だ。
「すでに立場のある者たちと勝負するわけです。単なる伯爵家の息子では太刀打ちできぬでしょう。それこそ、ダンジョンを全て攻略する様な功績を立てたとしても、です。……まぁ、他候補者が全て死ねば話は別ですが。」
「あら血生臭い。……つまりエド様に箔をつけるために、伯爵位を取らせろってことね♡」
「言い方は気に入りませんが、間違ってはいません。」
爵位を持たせたとしてもそう変わるものでは無いが、無いよりは各段にマシ。
それに……。今の我が家では、息子に対して万全の支援を出来るとは言い難い。
(他の妻たち。彼女たちとの仲を取り持てれば、また変わったのかもしれませんが……。)
平民でもあり、皇族でもある。それが私の立場だ。
正確に言えば皇族では無いが、この心。そして立ち振る舞いは、少なくとも“あんな者たち”よりはよっぽど貴種として相応しいだろう。けれど他者から見た自身が、どう見えるか『その者の主観』に委ねられてしまう。
先に夫に嫁いでいたあの方々からすれば、どう対処すればよいか欠片も解らない相手。こちらが単なる平民であれば、媚び諂うことで関係を保つことが出来たかもしれないが……。
(夫が私に求めたのは、平民ではなく“皇族”。次の皇帝を産み落とす母です。故に態度を崩すことは不可能。)
そして何よりエドの誕生が、完膚なきまでに関係を壊しつくした。
生まれながらに優秀で、帝位を持つに相応しいスキルを持ち、主人に神童と褒め称えられる。どれだけ客観視しても他の息子たちよりもエドの方が優秀だったし、それを理解していたからこそ主人も私の息子に愛を注いだ。
だからこそ、“関わる時間”が此方に傾いてしまった。
夫の興味が此方に傾けば。自分たちの立場が、自分たちの息子の将来が奪われると考えてもおかしくない。だからこそ彼女たちはエドを排除しようとしていたし、私はそれを防いできた。私に仕える護衛、暗部たちの質が良いのも“常に戦場にいた”のが理由。
……継承戦を支援頂けたのなら、こんな事などせずに済んだのですがね。
「貴女も聞いているかもしれませんが、エドは伯爵家の四男。上に3人の兄がいます。そして私以外の母が2人。彼、彼女らは自分たちの立場を奪われるのを恐れるがあまり、皇位継承戦の際に妨害して来る可能性があります。それに……。」
「エド様が皇帝になった後、変に影響力を確保して来るかも。って懸念もあるわけね?」
「その通りです。早い話……、すべてが邪魔。」
故に、この機をもって処理する。
エドにとっては、皇位継承権争いの前の前哨戦といえる戦い。真に皇帝になるならば、これぐらい熟してくれなければ話にならない。
それに、どれだけ隠したとしてもスキルの存在はいずれ露見する。エドを皇帝に見せに行かなかったこと、そして夫が理解を示してくれたおかげで『まだ大きく広まっていない』が、いずれこの状況は変化する。
皇帝になる絶対条件が、『鑑定』。
これを考えると、もしエドがスキルを持っているかどうか。その正誤がはっきりしない状況でも、“可能性”を見いだせたのならば、継承戦が起きる前に処理しておこうと考える派閥が確実に出てくる。
(そうなる前に、身内をもって“経験”とする。生き残る術を私の手が届く内に学ばせ、次に進ませる。これこそがエドにとっての唯一の生存といえる術。皇帝へと至る道こそが、あの子の未来。)
……本音を言えば自身の手で全て済ませたかった。愛する息子に血族同士の戦いなどさせたくは無かった。
けれどそれでは、経験を積ませることが出来ない。皇帝位を巡る骨肉の争いに巻き込まれるであろう息子にとって、一番大事なものを欠けた状況で挑ませることになってしまう。相手がどんな存在であろうと、自身の道に立ちふさがるのであれば迷わず殺すことが出来るだけの“冷酷さ”。あの優しいエドが唯一持ちえないモノ。
これだけは、覚えさせなければいけない。
なにせ継承戦に負ければ最後。汚れた平民の血を持つ我が子を、生かしておく必要など無いのだから。
「ん~、っと。つまりエド様のマミーとパピー除いて全員ぶっ殺しちゃって、伯爵位をプレゼントしちゃえばいいわけね? んでその過程で沢山経験を積ませながら、家の権力を全てエド様に。万全の状況で継承戦に挑んじゃお、って感じでOKかしら?」
「えぇ、その通りです。」
「なるなる。……まぁ何とかして見せるわ、ご主人様の“知識奴隷”ですもの。ぶっちゃけそのためにお話しにきたようなもんですし。あ、でも。お父様の方は大丈夫そ? そもそも了承してる感じ?」
「いえ、話は通していません。ですが……、夫なら割り切るでしょう。あの人はある意味、“酷く貴族的”ですから。」
自身の夫は、傍から見れば愛の人間に見える。
私や他の妻に常に愛を囁き、息子たちにも同様のモノを送る。そこに差は有れど、家族愛に満ちた人間に映るだろう。
だがそれは、彼の一面に過ぎない。
その目の奥に潜む凍える様な冷たさは、家の利益に繋がらぬものを即座に処分するだけの“冷徹さ”を意味している。そしてその切っ先は、子だろうが妻だろうが同じ。
今は誰にでも利用価値があるので残しているが、もしエドと私が全て掃除してしまえば、まるで『最初から3人しかいなかった』ように接することだろう。何せ家族同士の争い“如き”で死ぬようなモノなど、一族では無いのだから。
血を繋ぐものが減る故に、エドに子を仕込むように言いつけたり、私を求められるかもしれないが……。十分に許容範囲。
「……まぁ、そんな感じです。」
「ん~、了解! 典型的なやり手って感じね! んじゃちょっと色々準備進めたり作戦練ったりしたいから、資料とかもらえるかしら? 元々“そう言うことが起きる”って思って急いで準備してたんだけど、流石に奴隷の身分じゃ手が届かないところがあって……。」
「良いでしょう、エドに付けている護衛に運ばせます。」
幸いなことに、このエルフは此方に協力的だ。
鑑定を持たぬこの身では何を考えているのか解らないが、その経験に見合っただけの知性は感じられる。少々おふざけの割合が多いのが玉に瑕ではあるが、息子の為によく働いてくれることだろう。
少なくとも息子の支援者である私達、その片方である母親から情報を引き出そうとする姿勢は強く評価できる。なにせ奴隷という身分から私に処断される可能性、それを彼女は確実に理解しているはずだからだ。
けれど彼女は私とエドの会話からこちらの性格を推測し、そうはならないと判断した。
……エドと深く接したせいで変容した私。“夫”とは違う自身だからこそ、だろう。
(エドが十階層を攻略したという情報は、こちらで意図的に止めている。主人もいずれそれに気が付き、私に詳細を求めてくるだろう。そしてその結果を見た彼は……、確実にエドを家に呼び戻すはず。)
彼も彼で、この崩壊しつつある帝国での戦い方。エドを使った生き残り方を考えているようだが……。
私にそれを伝えない以上、何処かで“切り捨てる”可能性を考えている。
確かに皇帝の血を継ぐエドは旗印に成り得るだろうが、あの子がそういうこと。権力や責任を握ることを好まないのは、夫も理解している。けれど彼からすればそんなもの関係がない。一族であるならば、自身の子であるならばと『その心が歪む』試練すら投げることだろう。
そしてその脳内には、『エドが失敗した時』の保険も用意されているはずだ。
(息子と私を家から切り離し、無関係とするもの。……それで伯爵家は、生き残る。)
そんなもの、私が受け入れるはずがない。
あの人はそもそも、エドの価値感や性格といった“貴族らしくない良さ”のことをあまり理解できてない。つまりエドならば起こせるであろう変革、帝国の再興を真っ先に切り捨ててしまっている。そしてこのエルフから伝えられた『隷属魔法』という爆弾の存在にも、気が付いていない。そして“貴族”である彼が信じるかどうかは未知数だ。
時間が経てば経つほど、私達の状況は悪くなっていく。
だからこそこれ以上悪化する前に、盤面をひっくり返す。
「リシエラ、息子の事、頼みましたよ?」
「えぇ、勿論♡」
そう問いかけると、深く頷いてくれる彼女。
事前調査からも、こうやって顔を合わしてからも。その能力には疑いが無い。そしてこれまでのやり取りから、エドの持つ“優しさ”を活用した帝国の再建にも、理解を示している。人間族を恨んでいるであろうエルフが何故こちらに協力的なのかは解らないが、十二分に利用できる相手だ。
そして息子の幾つかある欠点の1つである“やる気の無さ”を理解し、本人の意思を無視し皇帝にしようとする意志も、評価できる。あとは凄く不安ではあるが、夜の生活の方も。母としても、後援者としても。期待しているのだが……。
「それでお母様? もしよろしければ……。お手紙送ってもいいかしら? もちろん恋文♡」
なんでさっきからこのエルフは私に熱視線を送って来るの???
え、エドの護衛もだけど。私の護衛も増員しよ……。
〇リシエラ
マジでこの人、食べちゃえないかしら。
なんかこう、平民と皇帝のハーフな所というか。それぞれの良さを引き出しながらも固まり切ってない“不完全さ”というか! プレッシャーを発してるからどう考えても“上位者”って解るのにメイド服着て『変装できた!』って思ってるちょっとしたポンコツさというか! んもう全部がとっても可愛い! ドストライク! そのお腹からエド様を産み落とすのにふさわしいママさんだわ……!!!
確かにご主人様のことは大好きなんだけど、この人も凄くイイのよねぇ。
……ライカちゃんにエド様の一番あげちゃったし、その間に私はこっちの攻略しようかしら? んでお母様を食べちゃった後は、エド様も食べちゃう。
実現できるか解らないけど……。
とっても素敵ね……!!!!!
あ、“前哨戦”? 勿論考えてるわよ~。
次回は主人公視点に戻ります。
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