「……ご主人。」
「気持ちは分かりますが、頑張りましょうね?」
そう言うと、恨めしそうな顔で此方を見て来るライカ。
いや嫌いなのは顔で解るけどさ……。
現在私達は、いつもの家でちょっとした座学を行っている。先日のウチの母上襲来においてライカが結構しっかりとした計算能力を持っていることを把握できたので、その再確認みたいなものだ。
オーガを倒してからダンジョン攻略は一時“鍛錬のため”にストップしてるし、今の間に色々確認しておきたかった、って感じだね。
(簡単な読み書きができるのは解ってたんだけど……。計算もできるとはなぁ。)
あの時はウチの母が襲来してしまった手前、色々と衝撃的すぎて真面な思考が出来なかったのだが……。
これは本当に、この世界では得難い“技術”になる。
何せ周辺国よりも進んだ技術を持つこの帝国でも、『義務教育』という制度は存在しないのだ。つまり文字を読んだり書いたりできる存在。そして簡単な四則演算ですら、できる人間は限られてくる。つまりこの3つが出来るだけで知識奴隷、流石にリシエラさんには大きく劣るが、結構な値段で取引されることになるのだ。
そして読み書き計算が出来るだけで、替えが効かないため奴隷であろうと比較的良い待遇を受けることができる。それだけでかなりの希少技術であることを理解して貰えるだろう。
(前世日本人としてはちょっと疑問に思っちゃうんだけど、それだけアッチが進んでたってわけだからなぁ。)
まぁそんなわけで。
ライカが読み書き。それ以上に計算が出来たのは非常に驚きだったのだ。
一応読み書きの方、帝国で使われている文字に関してはリシエラさんが奴隷商館にいた頃に仕込んでいたようで。その辺りは既に2人から聞いていたので問題なかったのだが……。どうやら計算の方は故郷にいた頃、職人であった彼女の母君に教わったそうで。
『あくどい職人や商人がぼったくって来るかもだから、お前も憶えろ』と叩き込まれたそうな。流石に桁数が多くなってくると対応出来なくなるようだが……。
(ぱっと用意した算数プリントを見る限り、ギリ2桁の四則演算まではいける感じかなぁ。)
まぁ時たま、その思考能力の高さ。頭の回転の速さを見せつけてくれるのがライカなので、計算が出来てもそうおかしくは無いのだが……。
正直これだけで『安価で使い捨て前提の戦闘奴隷』ではなく、『替えがいない故にある程度配慮される知識奴隷』に成れたと思う。生存を考えるのならこの能力を奴隷商人にでも売り込むことで、十分な環境。それこそ農奴であった時代でも単なる労働力として馬車馬のように働かされることは無かったと思うのだが……。
(これ伝えた時、すごくキョトンとした顔してたからなぁ。たぶんだけど彼女の家族。大体計算は出来たんじゃないのかな?)
どうやらライカとしてはそれが“普通”だったようで。一定の計算能力を持つことが凄いことだとは思っていなかったようなのだ。つまり奴隷商館にいたころも、その前職である農園奴隷であったころも。雇用者側が彼女の能力を正確に測れなかった、ということになる。
本人が自己申告してくれない限り、解らないモノなので仕方のないことかもしれないが……。
まぁそのおかげで彼女は戦闘奴隷として売られるようになり、私はあの場で彼女を見つけることが出来た。知識奴隷として売られていれば『ダンジョン攻略用の奴隷』を探していた当時の自身では買うことは無かっただろうし、見つけることも難しかったはずだ。
そう考えれば、自身が彼女に何か文句を言う筋合いは無いのだが……。
うん。やっぱライカってどこか抜けているというか、お馬鹿なところがあるよね。
(本人が戦士の気質だし、机に向かって作業する、ってのはあまり出来ないとしても……。)
「……ご主人、解けたぞ!」
何だかなぁ、と思っていると。よく通る彼女の声。
にこやかな笑みと共に先ほど手渡したプリントを見せつけてくれる。どうやら全て解答できたようで、紙面の上には少々不揃いな数字が並んでいるのが解る。……今回は自身の羽ペンを貸したのだが、どうやら使いにくかったようで。
(鉛筆とか、作ってみてもいいのかもなぁ。)
なんてことを考えながら答え合わせをしていき、同時に思考を回していく。
勿論内容は、今後の事。
この後も続くであろう“ダンジョン攻略”のことだ。
(10階層を突破できたわけだけど、これは所謂初心者にとっての関門。皇位継承戦で使える様な功績じゃない。……前世感覚で言うと、英検の3級とかそれぐらい?)
確かに成果ではあるが、進学や就活で使うならもうちょっと上を目指したいところ。まぁそんな感じなのだ。現在はリシエラさんが『もうちょっとライカちゃんを仕上げてから次に進みたいわ♡』とのことなので攻略はストップしている感じだが、いずれより奥に進むことになるだろう。
勿論私本人としては、ここで永遠にストップしてもらって構わないんだけど、実家がね? うん。色々と不味いので。……母上が急に襲来するぐらいにはフットワークが軽いってことも解っちゃったし。仕事しなさ過ぎて来ちゃうみたいなことを避けるためにも、やる事はやらないといけない。
(そして奥に進めば進むほどに、人員補強の可能性は増えてくる。ライカの計算技術ってこともあるし……。今度からは掘り出し物を見つけるって意味も兼ねて、お店にいる全員を見せてもらうってのもアリなのかもしれないよねぇ。)
現在の私達は3人、正確に言うならば2人とお荷物1人で回っているパーティなのだが、いずれ限界が来ることだろう。故に必要なのが、追加の人員。ライカの『分身』というスキルを考えれば、回復役か、タンク役が欲しい所。
まぁ、何度も上げている内容なので再度言葉にする必要もないことだが……。
(回復役は、魔法職。タンク職は、前衛職。でも持ってるスキルによって色々変化するだろうし……。“今の役職”関係なしに探すのが一番いいんだろうね。)
自身の鑑定は『スキル』の有無まで判別できるのだ。
それを考えれば知識奴隷として売られている者が『戦闘に活用できる有用スキル』を持っていて、それを確保する、みたいなこともできるかもしれない。勿論本人の意思が重要なので、戦うことを望まない者に強制することは出来ないが……。もし受け入れてくれるのであれば、ライカのように強力な“駒”に成り得る。
あまりそういう表現は好まないが、彼女達には“司令塔”としての役割を求められているのだ。単なるお荷物にならぬよう、その辺りは適切に判断。そして新メンバーの模索をしていくべきだろう。
(さしあたっては……。まぁうん。男性かな。)
流石に新入りに関しては今いる2人。ライカとリシエラさんと色々相談せねばならないが、自身としては男性の方が凄く助かる感じ。
何せ現在この家の人口比率は、女性に酷く傾いてしまっている。それが良いのか悪いのかは本筋から離れるので一旦置いておくが、まぁすっごく気まずいのだ。こっちだって男の子である。本当に勘弁してほしい。
最近やたらと距離が近くなったライカに、性的な発言や行動を突如として放り込んでくるリシエラさん。
(ウチの母襲来から、あの時みたいな大きな動きはないけど……。定期的にジャブみたいなの打ち込んでくるんだよなぁ。)
リシエラさんの眼が常に“嗤っている”ため本気では無いのだろうが、彼女自身が体を押し付けてこちらの下に手を伸ばそうとしたり。ライカをけしかけてニタニタと眺めたりと、まぁ色々好き放題されているのだ。こちらとしてはまぁそういう『お遊び』に収まる程度ならば頑張って受け入れる用意はあるのだが、その先に進まれてしまうのは本当に困る。
今の私に関係を持ったことに対する責任を果たせるとは思わないし、今後の生存を考えれば行為などすべきではない。
(まぁその辺りの悩みの共有だったり、リスクの分散って言う意味を考えて“同性”の方が良い。)
傍から見られた時、『あれってハーレムじゃね?』って思われるのも困るしねぇ。
あと、先日の何故かメイド服で襲来した母上からの“誤解”。まだ解けてないみたいだし。早急に改善したい。
ほらここに男性を入れることでね? 私が2人の世話を焼いてるのが“そういう性癖”じゃなくて、奴隷たちの信頼を勝ち取るための戦略って理解して貰えるだろうし。単純に料理とか掃除とかが全然苦じゃなくて、趣味みたいなものだってことも解ってもらえるだろうし、ね?
とまぁそんなわけで。自身としては男性の方が好ましいんですよね。
(でもこういう人の縁って運みたいな所あるし。次のメンバーも女性だったら……。)
どうしよ。
……もしかしてどうしようもない?
そんなことを考えていると、ライカに渡されたプリントの丸付けがいつの間にか終わっていたようで。思考を切り替えながら再度紙面を覗き込み、内容を確認する。
……うん、結構いい感じだね。ちょっとしたミスは見られるけど、これぐらいならすぐに何とかなりそう。
「ですが九九の後半。数字が多くなってくると難しい感じですね。ここの掛け算、間違ってますし。」
「……あってる!」
「間違ってますよ?」
「あってる!!!」
満点じゃなかったことが不満なのか、何故か急に駄々をこね始めるライカ。
い、いや別にいいんですけど、本当に最近の貴女。大丈夫ですか? 元々ちょっと抜けてるところがありましたけど、幼児退行が酷いというか……。私が嘗められてるのならまだいいんですけど、色々心配になるので辞めてくれません?
「間違ってないぞご主……」
「ラ~イ~カ~ちゃ~ん?」
「ひぅ!?」
間違えを認めず駄々っ子になっていたライカに突き刺さる、リシエラさんの声。
声のする方に視線を向けてみれば、いつもの『あらあら』という笑みを浮かべながらも。節々に怒りの感情が見て取れる。まるで聞き分けの悪い我が子を叱る様な母親の面持ちだ。奴隷商館での交流から、ライカが先輩と呼び彼女を慕っているのは理解してきたが、ライカの幼児退行も相まってマジでお母さんになって来ましたよね、この人。
リシエラさんの前では、比較的前のライカ。少し抜けているところは有れど、年齢以上の思考の速さが見て取れる元のライカに戻るんですけど……。何なんでしょうね、この差。
「貴女、最近色ボケが酷いわよ? 大好きなご主人と一緒に居られて嬉しいのは解るけど、子供っぽ過ぎて色々と駄目だわ。もしかして赤ちゃんプレイでもしたいの? ガラガラいる?」
「ち、違うぞ!? あと誰がいるか!!!」
「ホントぉ? 別にそうやって甘えるのはいいけれど、ちゃんと胸とか尻とか押し付けなさいな。恥ずかしがらずに、ちゃんと右手はアソコに……」
雰囲気がおかしくなって来たので、即座に離脱。リシエラさんの言葉通りに動き出そうとしていたライカから急いで距離を取ることに成功する。
だ、だからマジでそういうのはご勘弁なんですって! 体とか差し出さなくても関係が変わるとか、より大事にするとかそういうの無いですから! あと今そう言うのしちゃうと、確実にウチの母に報告が行くから! なんかこの前の母襲来から護衛の数増えちゃってるんだから! い、今は距離とって監視してるだけだけど、こっち見てる目増えてるから! マジでやめて!?
「……そうなのか?」
「あ、敵じゃないから大丈夫よ、ライカちゃん。アレよアレ。合体した時にちゃんと色々出来てるか確認してくれる採点係さんみたいなものよ。腰の振り方百点! お前は沢山孕ませて帝国の礎になるのだ……! みたいな。」
「リシエラさんッ!」
「……み、見られるとかそういうのは、ちょっと恥ずかしい。」
相変わらず暴走機関車なリシエラさんに、何故か顔を真っ赤にして恥ずかしがるライカ。
こ、こういうのがあるから同性が欲しいんですよッ! 女性の方々のそう言う下ネタは男性に比べて刺激的ってよく聞きますけど、このエルフ素面でぶち込んでくるから困るんですよ! ライカもライカで、最近慣れて来ちゃったのか普通に受け止めちゃってますし……!!!
「そ、それよりも! リシエラさん! 先ほど玄関の方に行っていたようですが! 何か、何かありましたか!?!?!?」
「あら、強引な話題転換。そういうのもいいけど、私としてはベッドでの方が……」
「リシエラさんッ!!!」
「あら。やり過ぎちゃったかしら? ふふ、失礼。単にお手紙を取りに行ってただけよ? 実はエド様のお母様と個人的なお付き合いが出来てね? 恋文送り合ってるの! 今日は無かったけど、その確認ネ!」
「あ、あの母がそんなことするわけ無いでしょうに……。」
おそらく彼女なりの冗談なのだろう。
比較的話が解る相手とは言え、自身の母はかなりの堅物だ。相手の状況などを鑑みて緩めてくれることはあれど、そういった浮ついた話にはかなりの抵抗を示すはずだ。そもそも結婚してる身だし、そんなことするはずないんだけど……。
(……なんでこの人ニヤついてるの?)
凄く意味深な顔をした彼女が、おそらく郵便受けに入っていたのであろう紙束を渡してくれる。
なんとか息を落ちつけながらそれを受け取り、確認してみると……。我が家、実家の紋章が刻まれた封筒が、一つ。そのデザインと封蝋を確認してみれば、父の物だ。
かなり嫌な予感がするが、届いてしまった手前。開ける以外の選択肢は無い。
嫌々、そして渋々その封を切ってみれば……。
「……帰還命令、ですか。」
次回からは数話ほど帰る前の準備を進め、その後“伯爵位争奪戦”に移っていきます。
ちなみに、ご主人くんには悪いですが男性の加入は今後一切ありません。ご容赦ください。
でも“手紙のやり取り”はマジです。
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〇お知らせ
この度、踏文 二三様(@HUMIhumi_0224)よりまた支援絵を頂きました。ご許可頂きましたので、この場でご紹介させて頂きます。この度は誠にありがとうございました。みんな大好き母上です。
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