「つまり……、帰ってこいってことか?」
「まぁそうなりますね。」
首をかしげるライカに、そう答える。
まぁ彼女からすれば、私の父親が『お家帰っておいで♡』と言ってきたようにしか見えないだろう。事実書面にはそう書かれているし、何かしらの暗号も見て取れない。ライカが持つ文化からすれば、ダンジョン10階層を突破したお祝いと、単に顔を見たいだけの過保護な父親が手紙を出して来たという感じだね。
けどまぁ、ウチの父親は“貴族”なわけで……。
「絶対厄介ごとなんだよなぁ。」
「お~。」
「……ライカちゃん? 私達も巻き込まれるのよ? 奴隷だし。」
「そうなのかッ!? ……そうだった!!!!!」
あ、いや、その件に関しては大変申し訳なく……。
自身の父はかなり愛の人ではあるのだが、明確な貴族。この世界の貴種としてとても相応しい性格をしていらっしゃる。自身の母や、それ以外の母に愛を振りまき、息子たちにもしゅきしゅき言っているだけならまだ良かったのだが、そんな顔しながら他貴族を蹴落としたり、他領攻め込みの発令をしたりなど。結構ヤバい人でもあるのだ。ちな奴隷の扱いも“普通”である。
……皇帝の名の元に貴族同士の勝手な争いは禁止されてるんだけど、法の抜け穴ついて欲しい鉱山とか攻め取ってる当たり。優秀なんだけど、何だかなぁって感じなのよ。
アレだね、父としては一応尊敬できるけど、仕事人としては苛烈過ぎてちょっと距離置きたい、って言うか。
まぁこの世界の基準じゃ普通に優秀な人なんだけどさぁ……。
「急に軍を渡されてどっか攻め落としてこいとか、新しく戦線開いて奴隷集めてこいとか、最悪兄弟全員集めて伯爵位目指してのデスゲームさせるとか、普通にありそうで……。」
「……。」
「……(ちょっと掠ってるの面白いわね)」
自身の呟きに黙りこくってしまう2人。
まぁ、ソレも仕方のないことだ。ライカもリシエラさんも、人間族によって故郷を滅ぼされ奴隷に墜とされている。自身の上司がそれに加担するかもしれない、もしかすると自分たちも参加させられるかもしれないとなれば、思う所しかないだろう。
自身としても全て拒否したいところではあるが、それを父が許すとは思わない。
「かといって、帰らないって手段は取れないんですよねぇ。……周囲に護衛さんたちが付いている手前、彼らも命令に逆らえませんし。」
「そうなのか?」
「そうなんです。」
「そうなのよねぇ。」
その詳細な所属が何処なのかまでは“見て”いないから解らないのだが、確実に父配下の護衛も自身の警護についている事だろう。彼らからすれば、たとえ相手が主人の息子であろうと、主人の命令を優先しなければならない。
此方としても事を荒立てたくないことを考えれば……、行くしかないんだよねぇ。
「ん~。まぁ話をきいてる感じ、エド様とは正反対な感じよね。ちゃんとお父様のタネから生まれたのか不安になるくらいには。……もしかして今流行りの寝取り寝取られって奴かしら! 相変わらず人間族は欲深くていいわね!!!」
「……顔立ちは結構似てるそうなので、その心配はないかと。あと流行りって何です???」
「先輩。無駄に艶やかな言い方するのはどうかと思うぞ。」
とまぁそんな感じで、一挙手一投足に何かしらの意味を含んでそうなのが、ウチの父だ。
私にダンジョン攻略をして功績をあげろと言っていたのに、10階層レベルで呼び出しをかけて来るとは思わない。確かに普段のラブラブな感じを見ると単に顔を見たくなった、って理由もありそうだが……。何も考えずに会いに行ける相手ではないことは、確か。
幸いなことに、“至急返ってこい”という文面では無いのだ。色々と準備を整えておく必要があるだろう。
……兄たちとかち合う可能性も、あるわけだし。
(何処かに攻め込めという命令、奴隷を取ってこいという命令ならば、拒否してもいい。色々と面倒にはなるだろうし、これまで育ててもらった恩をドブに捨てることになるが……。まだ“逃走”という手段が取れる。でも、兄弟同士で殺し合うことになると……、そうはいかない。)
以前も言ったが、自身と兄たちの関係は酷く悪い。
顔を合わせても会釈すらしないのは当り前で、鍛錬の手合わせと見せかけて白昼堂々と殺しに来たことも複数回ある。まぁ上の兄たち、そしてその母親からすれば、この身は“邪魔”なのだ。どんな手を使っても排除しようとして来るだろう。
こちらも同様に逃げれば何とかなるかもしれないが、その恨みの質量からして、何処までも追ってきそうなのが怖い所。
何にせよ、出来る限りの準備は整えておくべきだろう。
「そう言えばリシエラさん。以前幾つか情報、地方に展開されてる“戦線”の情報を欲しがっていましたが……。どんな感じですか?」
「あぁ、あれね? ちゃんと“逃走ルート”の策定も進めてるわ。ちょっと待って、色々取って来るから!」
「……先輩? あ、アタシも手伝うぞ!」
リシエラさんに問いかけてみると、すぐに自室に資料を取りに行ってくれる彼女。そして急いでソレについて行くライカ。その動きに少々違和感を覚えるが……、まぁいいだろう。
(実際、リシエラさんの能力は途轍もなく高いわけだし。)
普段が非常に変態なせいで忘れてしまいそうになるのだが、彼女は知識奴隷だ。
その頭脳と経験によって主人を補助する奴隷であり、そう言った頭働きに自信がある方々である。まぁ800年も生きているせいか万能性と変態性が突き抜けてしまい、彼女が知識奴隷としての仕事をしていることはほぼないのだが……。
(私の“望み”を知っているせいか、色々と助けてくれている。)
自身が皇帝に成りたくないという意思は、ライカにもリシエラさんにも伝えてある。
ライカとしては単に頷くだけというか、最近聞き直したところ『ご主人の為に戦う場を用意してくれたらいいぞ! アタシ、戦士だし!』という元気な声を聴くことが出来た。まぁその過程でリシエラさんにも意識調査というか、表情から何か窺い知れないかとその内側を見定めようとしたのだが……。
『ん~。まぁ私“そういうの”はどっちでもいいというか、さっさと押し倒してほしいというか。性欲に正直になって、ベッドが湖になるくらいには励んで欲しいところなんだけど……。』
『勘弁してください……』
『ま、そうなるわよね! んじゃちょっとご主人様のお名前借りて、色々調べさせてもらっていいかしら? 帝国が崩れそうなのはエド様も解ってるでしょうし、“逃げ場”を選定するためにも色々調べておきたいの。これでも知識奴隷だし、期待していいわよ♡』
とまぁそんな感じで、色々と情報を集めて貰うことになったのだ。
彼女がエルフである以上、人間に強い恨みを抱いている可能性が高い。故にそのすべてを信じ切れるわけでは無いが……。軽く資料整理をお願いしたところ、非常に高い能力を示してくれた。こちらで再度確認することは必須であるが、自身の生存の為に大いに協力してくれるであろう存在であることは間違いない。
つまり。帝国崩壊時に目指す“逃げ場”は勿論、そこに至るまでのルート選択。そして崩壊が起きるであろう時期の推定。まぁその他いろんなもの。それを調べて貰ってたわけだね。
(せ、先輩! 逃げるってどういうことだ! 皇帝にするんじゃないのか!?)
(言葉の“あや”って奴よ? 奴隷の身じゃ限界があるし、ご主人様名義で色々調べてたの。ほら、これとか各皇位継承者の情報を纏めた資料だし。何処から切り崩せるかな~、ってのは考えてるわよ? 最近はお母様からの伝手も使えるようになったし。結構いい感じね~。)
(な、なるほど! 安心した……)
「うん? 何かありましたか?」
「「何でもないぞ!」ないわよ~♡」
幾つかの資料を抱えながら戻って来る2人。
何か自身について話している気がしたので問いかけてみたのだが、帰って来たのはそんな言葉。
此方としては悪口でないことを望むばかりだが、雇用側が上司の悪口を言い合って仲を深めたり、ストレスを緩和し合うのは前世の職場でもよく見られたモノだ。自身も昔参加してしまったことがある手前、この場は気にせずスルーすべきなのだろう。
そんなことを考えていると、自身の目の前に広げられる帝国の“地図”。
軍用レベルと見間違えるほど詳細なもので、本来であれば一伯爵家の四男でしかない自身では手に入らない物のはずなのだが……。よくよく見てみれば、リシエラさんの手作りであることが見て取れる。
ホントなんでも出来ますね、貴女。
「昔見る機会があったからねぇ。ちょっと思い出しながら書いてみたわ? あ、エド様は解ってると思うけど、ライカちゃん? このお家に地図があることが解ったら普通に首ちょんぱだからお外で話しちゃだめよ?」
「普通に極秘情報ですからねぇ、地図って。勝手に作ったら処刑されます。」
「……なんでそんなの気軽に作ってんだ先輩!?」
まぁ、あるとすごく便利ですからね。地図って。
正直さらっと出されちゃって、始めてみたものだからこっちも内心バクバクだけど。……まぁご禁制の品とはいえ、貴族は貴族で勝手に自作の地図を持ってたりするし、ウチの父も普通に密造してたりする。裏市場とかでは精度は悪いものの、結構流れてたりするらしい。
処罰する側のキャパシティが限界になってて、お上は他にしなくちゃならないことも多い。自分たちの中で密かに使うだけ、って考えれば……。ま、まぁ大丈夫だと思いたい。
(取扱厳禁なのは、変わらないけど。)
そんなことを考えながら手作りのソレを覗き込んでみると、様々な情報が書き込まれているのが解る。
現在帝国が抱えている戦線の位置や、そこに参加している貴族家。そして皇帝が完全な指示下に置いているであろう地域。ここまでならまだ理解が出来るのだが……。一番恐怖を覚えるのは、詳細に書き込まれた“街道”の情報。
おそらく私達が使用するであろう、逃走ルートの情報だ。
(追手が通るであろうルート、待ち伏せを受けるかもしれない場所。そしてその迂回路。まるで実際に見てきたような……。あぁ、“見た”のか。経験の差ってのはこれほど恐ろしいのか。)
時間経過で色々変化はしているだろうが、それでも値千金と呼べる情報たち。
これをもし帝国と戦っている他国に投げ渡してしまえば、一瞬に戦線が崩壊し帝都まで流れ込んできてもおかしくないレベルの情報密度。……私の名前を使って色々調べているのは解っていたが、それでは手に入らないであろう情報まで書きこまれている。
……虫食いの情報と。それまで見聞きした情報。そこから現状を推測し『確定情報』と『不確定情報』をしっかりと分けて分類している。
正直、ヤバすぎて言葉も出ない。
「んふ~! これでも結構色んな所を点々としながら、沢山のご主人様と付き合って来たのよ? 溜め込んだ情報はバッチシ、ってワケ♡ んで、エド様のお兄様たちだけど……。」
話を戻すわね? と言いながら、彼女が地図に線を引いて行く。
それを眺めていると、各戦線に散らばっている兄たちが、私達の実家に帰る際に使うルートであることが推測できる。自身が彼らの話題を出したからこそ、その話をしようとしてくれているのだろう。流石にどの戦線にどの兄弟が割り振られているかは解っていないようだったが、それでも“縁者”がそこにいることは推測出来ていた様子。
3本の線、3人の兄たちの帰還ルートが、示されていく。
「お父様が出したお手紙の順番が解らないから何とも言えないけれど……。一番ご実家と近いのはエド様。私達の陣営ね? んで、殺される前に殺せの原則にしたがうなら……。」
ん?
なんか今、凄く物騒な言葉が……。
「ここと、ここと、ここね。道幅が狭くて、落石とかの事故が起きやすい所。『同じタイミングで手紙が出された』って前提にはなるけど……。今から強行軍で突っ走ればギリ到着までに2人は処分できるわ! 岩雪崩を起こして混乱させた所に、私とライカちゃんで突っ込んで首を取るの! 魔法でバフもモリモリにしちゃうわ!」
「おぉ! さすが先輩!」
「残り一人はちょっと間に合わないけど……、お家に付いた瞬間に罠に掛ければ何とか! 最悪私が脱いで伽の最中にぶっ殺してくるわ! 私の欲も満たせて、ご主人様の安全も確保する。流石私……!!!!!」
「……先輩???」
「んで、全部終わった後は勿論エド様にご褒美♡ 寝台の上でライカちゃんから順番に沢山愛してもらいましょう?」
「……なるほど! とってもいい作戦! 乗った!!!」
ちょ、ちょっと待って!? な、なんで殺す話になってんの!?
流石に兄弟殺しするつもりはありませんって! そんなことするぐらいなら逃げるから、それに使えそうな逃走ルート。兄弟たちとも顔を合わさないように逃げる、って話ですよ!? なんで初手に殺しに行く話になってるんですか!?
あと最後の何!? 乗り気にならないでライカ!?!?!?
「え? だってエド様、恨まれてるんでしょう? だったら殺される前に殺しとかなきゃ。安全に過ごせないわ?」
「うんうん、そうだぞご主人! 獲物が多い時の狩りは、分断しなきゃ! 各個撃破!」
「いやいやいや! ど、どんなに仲悪くても殺す必要は無いでしょうに! 半分とはいえ、血を分けた相手ですよ!? そういうの無し! 無しですから!」
「「え~~~!」」
え~、じゃないッ!
な、何で急にこんな話に……。
そう思い2人の顔色を窺ってみれば、ちょっと読み取れるモノが。
まずライカだが、以前彼女が垣間見せた人間族への恨み。その面が少し出ている様に見て取れた。おそらく私の敵対者ということで、合法的に人間族。それこそ他種族を狩って奴隷にするような貴族をぶっ殺せると聴き、死ぬほど乗り気だったのだろう。実際ウチの兄ってそんな感じだし。
それ以外に何かもう少し大きな感情が見て取れたが……。すぐに残念そうな顔に切り替わってしまった。これ以上伺うことはできない。
次にリシエラさんを見ようとするが……。こちらの視線が向いた瞬間、相手が察知。首元に腕を回し、ゆっくりと下へとスライドさせながら自身の胸元を大解放し始めた。これ以上視線を向けると色々と不味いので、急いで顔を背けることで窮地を逃れる。こ、このエロフ……!
「ん~、相変わらずとっても初心。……まぁ逃げるとすれば、このルートね。エド様のご実家スタートの場合で、危なくなったら近くの山脈目指してダッシュ。そこからは山越えて高跳びって感じかしら? あんまり意味がない気がするけど……。まぁ逃げる事だけは出来そうね?」
「そ、それならいいのです。」
「でもエド様? これは“知識奴隷”としての忠告だけど……。こういう相手は、殺すしかないわよ? お優しいのは結構なことだけど、どうにもならない相手ってのはいるの。」
「……理解しているつもりです。」
上の兄たちが此方に向ける感情。それがどう足掻いても収まらないモノであるのは、強く理解している。
だがそれでも、こちらからは殺したくない。これは前世の価値感や倫理が影響しているのは勿論なのだが……。人は死んでしまえば、それまでだ。その後生み出したかもしれない何かや、それまで受け継いできた何か。それが途切れ、無くなり、この世から消え去ってしまう。
人が生み出してきたもの、紡いで来たものが歴史であるなれば、この世に生きる全ての人間が歴史そのもの。自身が好むそれを殺したくは、無い。
……まぁそんな理由も、兄弟同士で殺し合うことから逃げるだけの詭弁かもしれないが。
「ともかく、何があるか解らないのです。その辺りの準備は勿論……。自身の奴隷である2人。ライカやリシエラさんにご迷惑をおかけしてしまう可能性もあります。少し早いかもしれませんが、良い機会です。この機に装備の刷新をしてしまいましょう。」
「え!? と、ということは……。あ、あそこか!?」
嫌そうな顔をするライカから目を逸らしながら、思考を回す。
何があるか解らないなら、武器防具をより良い物へと切り変えて万全にする。もうちょっとダンジョンを進んでからでもいいと思っていたが、身内から攻撃を受ける可能性が高いのだ。父の理由が何でもない理由だったとしても、顔を合わせた瞬間に兄たちが暗殺ムーブを仕掛けてもきてもおかしくない。
というわけで今日の予定を変更して、『ドロン=チャナタア防具店』。
質が非常に高い代わりに店主が煩くてキャラの濃い店に向かうとしましょうか。
「……い、家に居ていいか、ご主人。」
「採寸のこともあるので駄目です。ほら、今日のお夕飯はライカの好きな水牛の肉厚ステーキにしてあげますから。いつもより分厚く、ね?」
「…………解った。」
「あ、例の面白い店主さん。楽しみねぇ。」
〇それぞれ
・ライカ
今の生活を満喫しすぎて偶に自身が奴隷であることを忘れそうになる駄犬。実際最初の方は忘れてた。未だに自分を奴隷に墜としたような貴族を恨んで殺したいとは思っているが、それよりもご主人に脳を焼かれているので若干行動指針が変化している。
ご主人の敵は殺す、それがもし自身の恨みの対象ならなお良し、という感じ。
・リシエラ
お母様からの情報を仕入れているので、普通に殺した方が安定よねぇと思っている。一応教会などに放り込んで世俗と関わらないようにする、などの方法も出来なくもないが、今後問題が起きる可能性が高いため処分派。ご主人の成長を促す場ではあるのでギリギリまで行動は移さない予定だが、エドのことを大切な主人、もとい大切なオモチャと思っているので相手が殺しに来たら普通に殺し返す。殺意のエロフ。
え? どっちかというと自分がオモチャにされたい? そっちの方がエド様の反応が面白そうで素敵? あ、はいそうですか……。
感想、高評価、お気に入り登録。
どうかよろしくお願いいたします。