というわけで現在今世における故郷、モーヴィル伯爵家領に向かって馬車で移動中なのですが……。
「……ぅえっぷ。ご、ご主人。」
「ほ、ほら。外の景色みましょうね? 後ほら、頭固定させて揺れないように。」
「こればっかりはどうにもならないわよねぇ。」
ちょっと気持ち悪そうなライカの背をさすってやりながら外を見る様に言う。
この世界の馬車だが、リシエラさんの言う通りかなり乗り心地の悪いモノになっている。魔法という前世では無い技術があるのは確かだが、それでも工学的な技術。揺れを抑えるサスペンションなどの技術の獲得には至っていない。
まぁ何となくの原理は知ってるし、職人を集めて試行錯誤していけば前世と同じような技術に到達できるかもなんだけど……。お金がね?
(職人さんたちのお給金とか、全部こっちで持たなきゃだからなぁ。)
なにせこっちは伯爵家の四男なのだ。確かに皇帝の血は引いているが、権力的にはそこまで。実際に成功するか解らない事業に父が金を出してくれるとは思わないし、自身が動かせる金額も微々たるもの。人が集まってくれるかすら微妙、っていうね?
そんなことを考えていると、同様にライカを構っていたリシエラさんが口を開く。
「ま、ライカちゃんが欲しがってる“揺れない”馬車。無いことには無いんだけど。」
「ほんとか!」
「えぇ。でも皇室御用達というか……、結構高いのよ。魔力で浮く板を張り付けて、無理矢理馬車ごと持ち上げる感じね。魔石とかで動くんだけど、燃費が悪くてお貴族様でも結構キツい奴。」
そう言いながら、横に向けた手のひらを上下し説明するリシエラさん。
揺れるのならば浮かせばいいじゃん、という力技で解決したソレ。確か『浮遊板』と名付けられた魔道具が使用されていたはずだ。乗ってる人数というか、積載重量によって魔力消費が跳ね上がっていって、真面に運行しようとすると途轍もない量の魔石が必要だったはず。
確か自身の母が乗ったことがあって、その時に彼女の父。自身の祖父でもある現皇帝陛下に聞いたところ……。4人乗りを1日運航する場合。同じサイズの馬車を魔石一杯にして後ろから付いてこさせないと頓挫してしまうレベルだという。
「だから大体……、金貨1枚(1000万円)ちょっとかかるんですよね。まぁ実際は見栄を張るところでしか使ってなかったみたいですが。」
「……ご主人! 皇帝!」
「いや馬車の為に求められても。」
とまぁそんなわけで、酷く揺れる馬車に乗って帰郷中な訳だ。
ちなみにだが今回用意した馬車は町で普通に借りれる幌馬車、その中でも一番いいのを手配してもらっている。最初は貴族用のちょっと豪華な奴を手配されそうになったんだけど、流石にそこまでしてもらうのはね?
それに、リシエラさんの購入で少々お金を使い過ぎているのも事実だ。出資者とも呼べる父も、彼女の“知識奴隷”としての価値を理解していると思うのでとやかく言われる心配は無いのだが……、出費が重んでいるのは確か。
どうせ揺れるし、節約するところはしておくべきだろう。
「……というかご主人。“好きに話していい”って言われたからそうしてるけど、ホントに良いのか? ほら、御者とか。」
「あ、ライカちゃん。あの人エド様の護衛だから問題ないわよ?」
「……あ~、うん。ですね。」
リシエラさんの『護衛』という言葉に、びくっと体を震わせる馬車の御者さん。
い、一応この馬車は町にある“馬車組合”ってところで借りて、そこから派遣された御者さんが運転、そして馬車の保護を行うことになっている。ただまぁ一応これでも皇位継承者なわけで、変な人を近づけるのは駄目な訳だ。
というわけで潜入していたウチの護衛さんが御者の振りをして動かしてくれてた訳なんだけど……。リシエラさん? こういうのは気が付いてても指摘しないのがマナーなそうですよ? というか貴女の事ですから知ってたでしょうし。
「あら。それはエド様みたいな“特別な眼”の持ち主だけの話でしょう? 単なる知識奴隷風情に見破られてたら……、ねぇ?」
「……先輩? 大丈夫か?」
「ま、まぁまぁここは一つ……!」
何故か護衛の彼を挑発する様な事を言い始めるリシエラさん。そして奴隷としてちょっと行き過ぎているのが理解できたのだろう、不安そうに彼女を見るライカ。
後でちょっとフォローしておかないと駄目な奴じゃん。
まぁ今日の護衛の人の気質的に、『いくら長命なエルフと言えど専門ではない奴隷に見破られた!』と酷くしょんぼりしてる感じなので、まだやり易いんだけど。
(にしてもリシエラさんの性格的に、性的なアレコレは別として。こんな挑発は意味がなければしないと思うんだけど……。)
アレかな? 昨日まで私の周囲にいた護衛と所属が違うからか?
ちょっと『鑑定』を工夫すれば解るのだが、自身はやろうと思えば相手の所属組織。所謂“自身が何処に属しているという意識”まで見通すことが出来る。つまり今回のように馬車組合に潜入していたとしても、本来の所属まで見通すことが出来るわけだ。
それを見る限り。先日まで自身の周りを固めてくれていた護衛、“自身の母”直轄の護衛の皆さんではなく。“自身の父”の元で働いてくれている護衛さんであることが解る。
多分彼女はそれを見破ったからこそ、あえてこういう物言いをして私に伝えてくれたのだと思うのだが……。一応ハンドサインで伝えておこっか。
(『鑑定』で見ましたが、問題ありません。“そういう”意思もないようです。)
(あら、そうだったの。ごめんなさいね?)
(そーす、ごしゅじん、にく。)
あ、うん。
ライカは無理してハンドサイン使わなくていいからね? 今度もっとわかりやすいの考えるから……。ダンジョン攻略用に使えるかなってリシエラさんと一緒に考えてみたんだけど、こっちも正式採用は保留かぁ。
っと、あんまり黙っててもアレだし。話題変えましょうか。
「そういえばライカには自身の故郷、モーヴィル伯爵家領について話したことは無かったですよね? 車酔いに効くかは解りませんが、気も紛れるでしょうし。どうです?」
「……聞く。」
では少々お時間頂きまして……。
モーヴィル伯爵家は比較的新しい貴族、父の代で3代目となる新興貴族です。昔は伯爵家に相応しいそれなりのサイズだったそうですが、自身の祖父。そして父が色々とはっちゃけた結果、爵位に見合わないかなり広い領土を持っている感じです。大体公爵家レベル、2段階ほど上の広さといえば解りやすいでしょうか?
「はぇ~」
「エド様のお爺様、当時はイケイケで有名だったものねぇ? 今のご当主様も結構なやり手だったみたいだけど、“侵略速度”で言えばお爺様に軍配が上がるわね?」
「……侵略?」
「まぁ、はい。」
自身の父方の祖父はそれはもう血の気の多かった方の様で。5つほどの同格、他の伯爵家を瞬く間に奪っていったようです。
我が家の本拠地は言わば商業都市。特に農業や鉱業が得意な土地では無いのですが……。金の力で軍と装備を揃え、他領を飲み込んでしまう。これを繰り返すことで広大な領地と、農業に有利な豊かな土壌、そして複数の鉱山を併せ持つことになった感じですね。ほぼ自領内で何でもそろうわけですから、独自の巨大商業圏を築き上げちゃった“強国”といって差し支えないでしょう。
まぁ本来禁止されているはずの貴族同士の争いをもって領土拡大してるので、外聞は凄く悪いんですけどね? 実際そのせいで爵位上がってないそうですし、悪名も結構……。
「最近は皇帝陛下を無視して好き勝手するお貴族様が多いけど、エド様の所はそれで大成功したタイプよねぇ。」
「ですよね。……それが良いか悪いかは、流石にコメントできませんが。」
リシエラさんの言葉に相槌をしながら、少し顔を逸らす。
法的に言えばアウトの中のアウト。即罰則対象ではあるんだけど、その恩恵を受けて育ってきたのが自身なわけだ。祖父に滅ぼされた貴族家や、おそらく我が家のことで頭を悩ませているだろう帝都のお偉い様方には申し訳ないが……。自身としては見て見ぬフリをするしかない。
まぁそんな領土を受け継ぎ、さらに発展させているのが自身の父なわけだ。
「あまり手放しに褒められる人では無いですが……。その奪い取った都市の支配を確立し、今の状況を生み出した自身の父。彼の元で9つの領土が纏まって構築されているのが、モーヴィル伯爵家領って感じですね。」
「うん? 元々1つあって、5つ奪って。今は9つ。……3つ増えてないか? 」
「金の力で買収したみたいです。」
「……おぅ」
とまぁそんな場所が、我が家の領土ってわけですね。
ま、まぁ住んでみると結構いい場所ですよ? 税はそこまで高くありませんし、広大な農地があるので食料の値段は一定をキープ。鉄、銅、銀と貴族が持てる鉱山は全て揃ってますし、少量には成りますがミスリル鉱山と質のいい岩塩も取れたりします。
文化的にも父の方針が『税金だけ払ってね♡』というタイプなので、法を犯さない限り問題ありません。かなり自由で豊かなモノへと育っています。これは一例にすぎませんが、ウチの兄たちのBL本が普通に書店に並ぶくらいには緩いですね。
まぁ兄たちはブチ切れて作者を血眼になって探してましたが……。
「えぇ……」
「それまだ取り扱いあるかしら? 普通に気になるわ!」
「探せばあると思いますよ? 結局作者は見つからなかったそうですし、ほとぼりが冷めた時に続きも出てたはずです。あ、でも私の前で読まないでくださいね。色々とキツイので。」
そう言うと非常に良い笑みを浮かべるリシエラさん。
……まぁ奴隷が本屋に行っても追い返される可能性が高いので、もし彼女がそう言うのを欲しがったのならば、自身が一緒に付いて買いに行かなければならない。禁止していない以上、私のそういうのもあるだろうし……。絶対弄られるよなぁ。
ちなみに父も似たような被害を受けてるみたいなんだけど、わざわざ書籍を取り寄せた後。理路整然とした講評と改善点を纏めて作者に送り返すことを繰り返してるみたい。ボーイズラブとかそういう界隈には一切興味ないみたいなんだけど、自分が出てるのなら確認しとくか、のノリでやってるみたいんなんだよね。
「一度返信内容見せてもらったんだけど、論文みたいに分析してて死ぬほど怖かった。」
「……お父様も面白い方なのね?」
「大変だな、ご主人……。」
「わかってくれます?」
まぁ、奴隷のお二人からすれば少し過ごしにくい場所ではあるでしょうが、悪い所ではないはず。畜産もやっていますし、それと自領の岩塩を合わせた肉料理はライカも気に入ることでしょう。“彼女向け”に作って貰うのは難しいかもしれませんが、私のそのまま横流ししますので勘弁してくださいね?
「ほんとか!? やった!」
「良かったわねぇ? ……あら。」
そんなことを話していると、大きく揺れる馬車。
そのはずみで外を見てみれば、ようやく見えてくる巨大な防壁と、それに囲まれた大きな町。モーヴィル伯爵家領の領都『コンバリオン』だ。
あそこには私を呼び出した父が待っていて、彼がソレをするだけの“理由”も待っている。自身としてはさっさと野暮用を終わらせて、住み慣れたあの町を2人と気ままにめぐってみたり、実家に置いて来た趣味の歴史本や資料と格闘するなど。穏やかな時間を過ごしたかったんだけど……。
そう簡単にコトが済むとは思えない。
(はてさて、どうなることやら。)
せめて家族同士で血みどろの争い、みたいな状況には成らないで欲しいんだけど。
……難しいかなぁ。
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どうぞよろしくお願いいたします。
次はお父様との面談です。