「父上、ただいま戻りました。」
「うんうんうんうん! よく帰って来たねぇエドモンド!」
モーヴィル伯爵家領、領都『コンバリオン』。
その中心部に位置する“城”と呼べるような場所が、今世における自身の実家だ。
この町が出来始めたころはもう少し普通の貴族屋敷だったそうだが、血の気の多い祖父が戦にも使えるように改装し、父の代で屋敷から城へとグレードアップ。そのせいか無駄に広く、無駄に重厚な場所となっている。有事では軍事拠点としても使われるため、かなり物々しい雰囲気。故にあまり好みでは無いのだが……。
まぁ現実逃避しているような場合では無い、か。
「君の活躍はちゃんと聞いているよ? 嫌がっていたがしっかり指示通りに奴隷を買い、こちらの想定よりも各段に早く10階層を攻略して見せた! 確かにまだまだ序盤ではあるけれど、父としては『ついにやる気を出してくれたか!』と涙がちょちょ切れそうだよ!」
「ま、まぁ成り行きで……」
「あっはっは! だろうね! やはりエドはエド、そう“すぐ”には変わらないわけだ! うんうんうんうん!」
機嫌が良さそうに何度も頷く彼。
伯爵領の心臓とも呼べる執務室、そこで腰掛け手を組んでいる男。がっしりとした肉体と短めに揃えられた髪、そしてピンと横に伸びた髭が特徴的な彼こそ、我が父上。
モーヴィル伯爵こと、『アイゼルン』だ。
(帰ってきたら真っ先に連れてこられちゃった……。)
ちょうどついさっき私達はこの町に到着したのだが、御者をしていた護衛さんが申し訳なさそうに謝りながら直で家まで送り届けられてしまったのだ。こっちとしては故郷の町を歩きながら眺め、心を落ち着けてから父と相対しようと思ってたんだけど……。まぁ無理だった感じですね。
そんなわけで、目の前には父親。部屋の端っこには一緒に連れてこられたライカとリシエラさんが。まぁ貴族的な価値観で言えば1対1の親子面談が始まったってわけ。
「ご飯は食べてるかい? ちゃんと寝ているかい? 貴族としての務めは……、まだだったね、うん。」
「そ、その話題は……」
「おっと! 父親が面と向かってする話じゃなかったかな? じゃぁ後でマイハニー、君のママに絞られるといい! うんうんうんうん!」
「それもそれでキツいのですが。」
顔合わせてすぐにそんな話題しないで! い、いや貴族としてはその辺りの“子を残せるか”って話が死活問題なのは理解してるけどさ……。
一瞬だけライカ達奴隷の方に視線を向け、ニコニコとしながらそんなことを話し始める自身の父。ここだけ見れば自身の息子が美人な奴隷を連れてきたので『なるほどこういうのが好きなのね、励みなさい』と言って来る親にしか見えないし、自身のBL本に論文のような評論を送りつけるなどの逸話。そしてその喋り方から“面白い人”と判断する者もいるだろうけど……。
自身からすれば、偽りでしかない。
(……相変わらず、何を考えているのか解らん。)
常にエネルギーに満ちた喋り方をする人ではあるが、彼の場合は偽装。
包み隠すのが異様なほどに上手いと言った方が正しい。
幼少期に『鑑定』の暴走で父の頭の中を覗いてしまったことがあるのだが、このような快活な喋り方をしながら、頭の中では淡々と物事を“処理”する冷酷さを持っていた。今も楽しそうに笑ってはいるが、瞳の奥底が一切笑っていないことからも、それは事実だろう。
家族、それもほぼ毎日顔を合わせる様な関係性でなければ、気づけない様な微妙な違和感。
正直ちょっと怖すぎるので、普通に『鑑定』で何考えてるか事前に把握しながらおしゃべりしたいんだけど……。
(ぷ、プライバシー的に、ねぇ?)
家族だろうとプライベートはあるわけで。流石に頭の中を覗くようなことはできない。
というかこの人の能力的に、こちらの微妙な表情の変化で見破られそうだから怖いってのもある。こっちが相手の本意を判別できるぐらいの付き合いがあるってことは、相手も“見抜ける”だけの付き合いがあるってことだし……。
あとこの人。マジで“出来ないことがない”ってタイプだから、それぐらい普通に熟しそうなのがクソ怖いんですよね。
「うん? また考え事かいエドモンド? 折角の再会なんだ、余計なことなど考えずにおしゃべりに興じようじゃないか。ね?」
「……ですね、父上。では一つ、そちらに置かれている本ですが、新作ですか?」
「おぉ! その通りだよエド! この前私を題材にした物語を書いている人がいる、と言っただろう? いつものように感想を書いて送ったのだが、なんと今度は新刊が送られてきてね! 発売前に読むことが出来たのだよ! いやはや、面白いことがあったものだ!」
「そ、それはまた何とも豪胆な方がいたようで。」
ちらっと父の執務机に視線を向けてみれば。装丁は他の本と同じだが、タイトルが“いかにも”であることが見て取れる。
……こういう明らかにヤバいのってさ、本家本元から隠れながら活動するのが普通だよね? いくらウチの領が文化面に関しては緩くても、この場所で一番偉い領主を相手に創作してたらさ何かあった時色々困るから隠れるのが普通だよね?
なのに開き直って本人に送って来るとか、ウチの領民どうなってんの? リシエラさんみたいなヤバいのが自然発生してる?
(ウチの領。BL以外にも色々あるはずなんだけど、なんでそっち行くかな……。)
そんなことを考えながら、“単に物語としての評価”を口にする父の顔を見つめる。
一応、これでもこの人の息子なのだ。その真意全てを把握することは出来ないが、機嫌がいい時と、悪い時。もとい彼の頭の中で此方に対する悪意や害意、たくらみ事が無い時の判別は何となくだがつけることが出来る。
その基準で彼を見た時……。“ハズレ”なわけで。
この後、なんかヤバいもんぶち込まれるんだろうなと覚悟しなければいけないわけで。
「……っと! 雑談はここまでにしておこうか! どうやらこういう本を読んでいるのはあまり外聞がよろしくない様でね? キミの母、“ミトラ”にも止められてしまったよ! 夕食時にでも、愛しのハニーたちから女性目線の声を聞こうと思ったのだが……。」
「まぁ男性同士の禁断の愛というのは、ご婦人方からの評価も高いのでしょうが……。」
「ふむ。反応からしてやはり自身が間違っていた様だね? その点については修正しておくとしよう。さて……」
口を閉じた父の雰囲気が、変わる。
“見せかけ”の親愛は未だに感じるが、目の奥にあったはずの冷たさが表に出てきている。ここから先は自身の父ではなく、この広大な領土を管理する“伯爵”として相対するつもりなのだろう。
「さて、エド。私も君に付けた護衛達の報告からある程度の情報は得ているが……。君の口から、報告を聞こうか。あぁもちろん“話すか話さないか”は君が決めるといい。」
「感謝を。では……」
少し時間が欲しい所ではあるが、この状態の父は無駄を好まない。
端的に、そして正確に言葉を選ぶ必要がある。
その“ヒント”から、もし彼が知っていたとしても今ここで口にすべきではない言葉もあるようだし。
「まずダンジョン攻略に関してですが、頂いた支援のおかげで特に問題はありません。自身の想定よりも早く進んでおります。先日10階層を突破しましたが、オーガ攻略中に幾つか改善点が見つかりましたのでその修正を行っているところです。終わり次第、攻略を再開します。」
「うん……、奴隷は?」
「戦闘奴隷と知識奴隷を購入しました。今回の課題だけでなく、その後も“使う”予定で選出しているため、今は掘り出し物が見つかるまで追加で買うつもりはありません。勿論、数は増やします。」
自身が好まない“貴族”としての価値観に合わせながら、言葉を選んでいく。
以前何処かで言ったような気がするが、基本的にダンジョン攻略。それも奴隷を使ったソレは一定の被害を許容し奴隷を使い潰しながら行っていくものだ。
けれど自身がこれを容認できるはずがない。
何とか奴隷を生かし続けるためにも、購入後はゆっくり時間をかけながら成長させ、同時に信頼関係を育んでいく。彼らに憎悪を向けられ殺されないためにも、それが当初の予定だった。まぁあの時は色々と嫌になり過ぎていたので余計な考えが頭の中を走り回っていたし、ライカやリシエラさんのせいで色々崩壊している気がするが……。
(今も方針は変わっていない。)
スキルを持つ存在、そしてソレが戦闘に有用な存在は限られている。
だからこそ自身の手で保護し育成することで、戦力とする考え方。あまり一般的では無い考え方なため問題になりそうだが、一部の好事家が最強の戦闘奴隷を作ろうとして大金を溶かした、なんて話は疎い自身でも耳にしたことはある。
勿論そこまでやるつもりは無いが、素養がある者に投資し、より大きな成果を得る。
貴族的な思考を持つが物事を数字で判断し無駄を嫌う父であれば、理解を示してくれるはずだ。
「うんうんうんうん……。なるほど、つまりそれだけ有用な『スキル持ち』だったということだね? 本来は恐怖と無力感で縛るところを、恩と感情で縛る。ダンジョン攻略だけでなく、その後。皇位継承戦や即位後まで考えるのならば、間違った考えではなさそうだ。」
「ご理解に感謝します。」
護衛としても使うのなら、そっちの方がより積極的に動いてくれそうだしね? と続ける父。
その視線が再度ライカに向けられていたことから、今の話が戦闘奴隷。ライカの話であることはあちらも理解しているようだ。まぁ実際彼女を恩と感情で縛るつもりなんてないし、そもそも皇位継承戦どころか即位する予定もない。
……緊急時に守ってくれたら嬉しいなぁ、って気持ちはあるけどね?
「それに“他とは違う”ことは使いようによっては強い優越感に繋がるだろう。他の奴隷と比較し、自分がそちらに行きたくないと感じる。うんうんうんうん、よく練られている。……君の性格のことを無ければ、手放しに褒めていたことだろう。」
「解りますか。」
「解るとも。……鉱山の“視察”予定、入れておこうか?」
「いえ、タイミングは此方で決めますので。」
此方の返答に対し、人差し指を立てながら少しだけ笑みを深める父。
『そう言いながらいつまでもしないつもりでしょ?』と言うような所作。結構な威圧感を感じるモノだが……、これは“当たり”。満足した時の表情だ。彼が求める貴族としての返答では無いが、少なくとも合格ライン。父が定めていた基準を超えることが出来たのだろう。
とりあえずは一安心。して次はリシエラさん。知識奴隷の彼女に付いてだが……
「あぁ、ソレの値段については問題ないよ? 流石に金額を聞いた時は調べたんだけど、自身でも即決する様な名品だ。何せ800年だからね、知識奴隷としては満点、いやそれ以上だ。それに……、戦闘もできるのだろう?」
「え、えぇ。迷宮では主に護衛を、外では指南役を命じています。」
その瞬間、固まる父の顔。
「…………指南? エドを?」
「あ、いや。横の戦闘奴隷です。」
「あぁなんだ良かった。急に君が武に興味を持ったのかと……。エド、何度も言うけど君にその素養は無いからね? 大人しくしておきなさい。」
先程までの“伯爵”としての顔が収まり、“父親”の顔で注意してくる彼。
い、いや自分でも解ってはいるんですケド。面と向かって言われるとダメージががが。
「……うん、上出来だね。君の性格を考えれば何もせずそのまま帰って来るか、もしくは全てを捨てて逃げ出すか、なんて考えてたけど。そうならずに良かったよ。」
「……。」
「教育に関しては彼女、ミトラに任せていたけど……。どうやらあっちで1度会ってたみたいだし、ちょっとキツめに怒られでもしたのかな?」
「え、えぇ。まぁ、はい。」
「うん?」
急に此方の考えを見透かされていると思えば。例の母襲来の一件へと話題が飛び、体が硬直する。
その顔色からして『庭で奴隷と乳繰り合っていた』という最悪の情報は父に上がって来ていないようだが……。いや待って? 逃げようとしてるってことバレたってことは、家の中に隠してた奴見つかった? い、いやでもアレは“日本語”な上に暗号化して書いてるから解読すらできないだろうし……。
い、いやちょっと待って? 確か母が襲来した時のあの周囲。父直轄の護衛さんもあの場にいたよね? か、彼が報告をあげないとかいうのはありえない。つ、つまりコレ、私がライカとリシエラさんに挟まれた時のこと知ってるってコト!? き、気遣って話題にあげてないってコト!?
お、おわわわわ。い、胃がッ! 胃がッ、焼けるッ!!!!
「そ、そんな絞られたのかい? マイハニーの性格的に、そこまでするとは思わなかったんだけど……。ま、まぁいい。本題に入るから落ち着こうかエド。ほら深呼吸だっけ?」
「あ、ありがとうございます……。」
言われた通り息を大きく吸い、心を落ち着かせていく。
も、もうこれはどうにもならない。胃酸が凄いことになっている気がするが、忘れるしかない。忘れるしかないのだ。何もなかった、いいね?
……ヨシ!
「落ち着いたかい?」
「……はい、お待たせしました。」
「構わないとも。それで何故君を呼び出したのか、だけど。」
組んでいた指を放しながら、此方に手のひらを向ける彼。
「実はこれから、私の正当な後継者を決めようと思っていてね。まだまだ現役なつもりなんだけど、今の皇室を見ていると速く決めておいた方が良い。エドも成人してしっかり役目を熟せるようになったわけだし、ね?」
「……左様、ですか。」
「人の上に立つ貴種であるならば、強くなくてはならない。勿論、その貴族たちの上に立つ君もそうだ。ということで今回はエドのお兄ちゃんたちの戦いを見て学んでもらおうと思ってね? 次代の皇帝様にも足を運んでもらった、というわけさ。」
ゆっくりと立ち上がりながら、自身の肩に手を乗せる彼。
その奥に隠してあった冷酷さが浮かび上がることで、罅が入る張り付けた笑顔。貴族として最適化された“正しい”彼の本性が、こちらを覗き込んでいる。
「いわば未来の臣下を決める戦い。ほら、部下を決めるのなら“自分で”したいだろう? 介入するも良し、傍観するも良し。……私の大切な息子、エドモンド。その選択を父として、そして臣下の一人として、眺めさせてもらうよ?」
〇父直轄の護衛さん
あ~、見ましたが報告には上げてません。坊ちゃんには気に掛けて貰った恩がありますから。さすがに合体でもしたら報告しますけど、“玩具”で遊んでるくらいですし。わざわざお上にあげる必要はないかと。
それにミトラ様(エドの母)直轄の護衛達も居ましたからね。ある意味同業ではありますが、部署違いみたいなもんなので。色々付き合いもあるんですよ。
え? 謎の暗号文ですか? 一応そういうのがあるってのは把握してますが、所謂“皇族特有”のものかもしれないので手を出してないです。上から見てこいって指示があればしますけど、流石に主人の息子の机の中を見るのは……、ねぇ?
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