ご主人視点です。
「ご主人、はい!」
「あぁ、どうもありがとうございます、ライカ。」
そう言いながら、ライカが用意してくれた茶の容器を受け取る。
少々政治的な話になってしまったせいか、途中から彼女が話に付いて行けず頭から湯気を出していたのは此方も把握していた。しかしついさっきまで行われていた父との会話による精神的ダメージ、そして今もなお行われている少々難度の高い話のせいか、ライカに気を回すことが出来ていなかった感じだ。
でもちゃんと一人で復帰して、こちらを気遣いお茶まで用意してくれる。成長しましたね……! まぁ面と向かって言えば何故に父親目線なのかと怒りそうなので、口にはしませんが。
「すいませんライカ、置いてけぼりになってしまって。」
「大丈夫だぞ! あ、アタシが馬鹿なのは自分でも解ってるから……」
謝罪の言葉を口にすれば、かなりしょぼんとした顔をする彼女。
あ、これ思ったよりダメージ受けてるレベルですね。やばいかも。
「い、いえ! こういうのは慣れてないと厳しいですし!」
「そうよライカちゃん? 確かに貴女はポンだけど、救いようのないお馬鹿じゃないもの! 今から学んで行けば十分間に合うわ!」
「……ソレ慰めてるのか先輩?」
ジト目でリシエラさんをにらみ返すライカだったが、やはり年の功と言うべきか。その目の奥に力が戻ってきているのが解る。
R18ラインを大いに超える発言だったり、ライカを小馬鹿にする発言が多いリシエラさんだが、揶揄い一つにでも技量が見て取れる。ライカが復帰できるラインをしっかりと見極め、言葉にしているのだろう。政治的な話は勿論、こういう細かなメンタルケアも出来る当たり本当に言動以外は優秀なんですよね……。
そんなことを考えながら、ライカが入れてくれた紅茶に視線を向ける。
普段彼女はこういったものに手を伸ばすどころか気にも触れないタイプなのだが、私達の会話に付いてこれず、そして何も役に立てていないことが嫌だったのだろう。話し込んでいるからこそ水分がいると考え、この部屋に備え付けてあった茶器で色々と用意してくれたことが解る。
おそらく彼女の故郷の文化圏的に紅茶に触れるのは初めて。けれどまぁ流石に飲めないレベルでは……。
「……。」
「……。」
「ど、どうだ?」
「た、大変美味しいですよ、ライカ。」
「……今度一緒に紅茶の入れ方お勉強しましょうね。」
「……うん。」
小さく頷きながら、思いっきりしょぼんとした顔をするライカ。
そんな彼女に対しリシエラさんが手招きしたかと思えば、椅子に座る彼女の足に縋りつく形で膝に顔を乗せ、いじけ始めてしまう。……しょ、正直に言った方が良かった奴ですかね?
そ、そうだ! 茶請けに焼き菓子があったはず、砂糖多めで保存性と味を兼ね備えた奴ですし、ライカも気に入るはず! 食べます……、あ、食べる! なら良かった! えぇ、幾らでも食べて大丈夫ですからね!
「うん……。」
「うふふ、かぁ~わい♡ っと! んじゃいい機会だし、ライカちゃんにも解るよう、軽く纏めてみましょうか。他人に教えられるレベルじゃなきゃ完璧に理解できたとは言えないし、エド様にテストしちゃいましょ? ほらライカちゃん、一緒に採点しましょうねぇ?」
「っと、そう来ましたか。」
リシエラさんの言葉に合わせ、小動物のように焼き菓子。クッキーを齧っていたライカが此方に視線を向ける。その目の奥を見る限りどうやら期待されているようだし、気合を入れて説明しなければならないだろう。
……勿論、ライカの精神年齢がまた低下していることから目を逸らして、だが。
「まず現在この伯爵家には、4つの陣営が存在しています。今回の戦いに直接関わってくるのは我々含め3つですが、『どれを敵とし、どれを味方に引き込むか』が重要な感じですね。」
まず1つ目の陣営が、私達。
皇位継承権を持つこの私『エドモンド』と、その母である『ミトラ』。他には母直属の護衛隊や、ライカやリシエラさんがいるチーム。伯爵家に対する影響力はかなり控えめだが、纏まった武力と権威が強みだ。
まぁその権威はあってない様なものですし、武力も上がいるので欠片も安心できないんですけど……。
「陣営としては最弱で最小。まぁこれまでエド様が欠片もやる気なかったことに対する弊害ね? しいて言えばフットワークが軽めなのが利点かしら。」
「……不味くないか?」
「不味いわよ? でも弱いからこそ相手が舐めてくれるの。今後の活躍に期待って奴ね!」
ですね。まぁその実行役として真面に動けそうなのが私ぐらいなので、色々と憂鬱でしかないんだけど……。
今回の伯爵位を巡る戦いは、下手をすれば自身の命どころかライカやリシエラさん。もっと言えば母の命すら危険にさらしてしまうかもしれない戦いだ。兄たちが何をしてくるか解らない以上、この身可愛さに泣き言を言っている暇はない。
何せ眼前のこの二人は奴隷、自身の所有物であることで生存を許されているような存在だ。私が死ねば彼女たちの行く末は確実に悪いモノとなってしまうだろうし、“操り人形”として生き残ったとしても、それは変わらない。
(責任を持つと決めた手前、ここで放棄するわけにはいかないからね。)
彼女たちがそう言ったのも、自身の立場の弱さを理解しているからかもだが……。
2人とも私のことを支えると口にしてくれた。共に生き残る為に協力する意志を示してくれた。同じ方向を向いている以上、彼女達の雇用者として、いや主人として励まねばならないだろう。
「……それで、今回の“敵”になるのが2つ。我が家の長男と三男を旗頭とする武力に秀でた陣営と、次男をトップとした政治力に秀でた陣営です。」
「うん? その三男ってのは1人じゃないのか?」
「えぇ。本人の気質もあるでしょうが、自分たちを産んだ母たちの元で結束している形ですね。」
前も言ったと思うが、自身の父には3人の妻がいる。ちょっと色々とややこしいらしく、彼女たちの間に“現在序列は無い”ようだが……。区分けが厄介なため、今後は嫁いだ順番で振り分けていくことにする。まぁつまり、自身の母である『ミトラ』は第三夫人って感じだ。
んで、一番最初に父に嫁いできた第一夫人『トクシア』が産んだのが、長男『タルクト』と三男『ザーン』だ。
「タルクト、一番上の兄は私にはない武への才を多く持っている人間です。そのせいか軍部との関係性が深く、かなりの数の私兵も抱えています。性格はなんというか……。血の気の多い騎士みたいな感じですね。」
「エド様? アレは猪っていうのよ? お馬鹿でまっすぐしか進めない“害獣”! 厄介だけど動かしやすいって相手ね! あ、ちなみに私兵の数は500よ? 伯爵家の一子息が持つにはちょっと多すぎる兵力って感じ! ……解ってるとは思うけど、普通に質も良いから真っ向から喧嘩しないでね?」
「わかってますとも。……というかなんでそこまで知っているので?」
「500……。いけるか?」
そんなことを話していると、急に腹部。おそらく丹田に力を入れ始めるライカ。
会話の方向性的に、相手の数と同等になるまで分身しようとしているのだろうが……。いやライカ? まだ貴女の分身って1人だけだよね? なんでそこから急に三桁に増やそうとしてるの? もうちょっと段階踏もうよ……。
「それで、三男の『ザーン』は所謂コバンザメね。強い長兄に従っておくことで生き残りながら、兄が何かあった時のスペアとして動こうとしてる。まぁ、第一夫人の『トクシア』様が、長男に凄く入れ込んでるってのもあると思うけど……。」
「まぁ、父よりも“貴族らしい”のが彼ですからね。……対応策としては、『ザーン』の離反ぐらいでしょうか。長兄に引っ付いているイメージしかありませんが、何か腹に抱えていてもおかしくはありません。」
そう言えば、深く頷いてくれるリシエラさん。
相手がこちらを軽く凌駕する兵力を持っている場合、狙うべきは同士討ち。相手が勝手に自滅してくれるのを待つのが得策だろう。幼少期から普通にこちらを殺そうとしてきた兄たちだったので、あまり関係が深く無いのだが……。私が生まれるまでは“次期伯爵”だったのが、長男の『タルクト』だ。そんな兄の陰に生まれながらいたであろう三男が、腹に何も抱えていないというのは無いはずだ。
(長男の陣営に対しては、三男『ザーン』の離反工作を行いながら私兵の対処を考える。そんな感じかな?)
次、次男『ネヴァーク』の陣営。政治力に秀でた者たちについて。
彼は第二夫人である『オリエール』から生まれた存在であり、タルクトという武に秀でた兄が先にいたせいか、彼とは違う方向性。言わば社交界などの“外交的能力”に秀でた人物となっている。長兄が祖父の苛烈さを引くならば、彼は父の計算高さ。政治能力を受け継いだ形だ。
「経済に関する造詣も深いので、領地経営。各大都市を収める“都市長”たちからの支持を集めている人物でもあります。幾ら武力があっても、金がなければ動くことはできません。長兄の首を絞めることが出来る人物ではありますが……。」
「相応に頭が回るから、私達が“独り勝ち”しないよう立ち回って来るわけね。ある意味一番厄介よねぇ……。」
「ですね。」
長兄は普通にこちらを殺しに来るだろうが、彼。次男の場合は私を操り人形にしてきそうなタイプだ。まぁ普通に私兵もいるので彼も殺しにくる可能性はあるが、長兄よりは低い。
父同様何を考えているか解らない相手なので、こちらから行動を起こさず様子を見るべきなのだろうが……。少なくとも彼側に付いているだろう各都市のトップ、都市長たちの引き抜き工作はすべきだ。あと付け加えるならば、どうやら最近他領とのつながりを重視しているみたいって所が要注意だよね。
お隣さんと仲よくするために色々と動いているって聞けば外聞は良いけれど……、もしかすると独自兵力を持つ長兄と対抗するために“外から兵を引っ張って来る”って可能性もある。
まぁ流石にそれは後々面倒なことになるので、無いとは思うのだが……。人間切羽詰まれば何をするか解らないのだ。警戒だけはすべきだろう。
「して、最後の陣営。第四の陣営が、父を始めとした“無関係”を装っている方々です。」
「……うん? じゃあ気にしなくてもいいんじゃないか?」
「それがそういうわけにもいきませんので。」
この領内のトップである父に、その下にいる2人の高官。各都市に配属されている都市長たちや、我が伯爵領が誇る軍。そして勿論何もしらない市民たち。
彼らは“その他”という枠組みではあるが、実は結構重要だったりする。
「父は言わば“勝ち負けの判定役”ですからその動向は注目すべきですし、2人の高官。軍部長官と財務長官の動きにも警戒せねばなりません。2人ともおそらく“伯爵位争いには関わらない”と表明をするでしょうが……。」
「関与しなくとも、“誰寄りか”ってのはあるものねぇ。」
まず軍部長官は我が家の常備軍を指揮する存在で、父に忠誠を誓っている人だ。
けれどその配下の軍人たちすべてがその統制下にあるわけでは無くて……。長男寄りだったり、次男よりだったりする人がいるわけだ。この前『兄たちがそれぞれの戦線に行っている』って話にも合ったように、兄たちは常備軍の一部や領民から徴兵した者たちを連れて戦場に向かっている。そこで影響を受けた者もいるだろうし、逆に見切りをつけた者もいる。
そういう人たちが勝手にそれぞれの陣営に参加して殺し合ってしまえば、我が領は加速度的に兵力を損耗することになってしまうわけだ。
これを避けるために軍のトップである彼が『関わりませんよ~』と発表し、下を押さえつけて勝手にどこかに所属しないようにするってわけだね。
「そしてこれは政を司る財務長官である彼女や、各都市長も同じ。ですが……。」
「あ! さっき言ってた次男!」
「えぇ、表向きは大人しくしていても、裏では各陣営と繋がっている者もいるわけです。これは軍も同じ。少なくとも父の側近とも呼べる2人の高官の心証は、稼いでおいた方が良いでしょう。」
まぁそんな我が家が誇る家臣団でもどうにもならないのが、何も知らない市民たちだ。
確かに貴族の力が強いのがこの世界だが、圧政を敷き過ぎると普通に反乱が起きたりする。そしてその市民たちには、現在雇用している常備兵たちも含まれるわけだ。ほら、彼らにも家族がいるわけで。上が命令しても相手が『自分の親族の鎮圧』とかだったら従わない可能性があるわけよ。
そう言うわけで、市民たちの感情も馬鹿に出来ないワケだ。
(兄たちがそういった手段を取るとは思えないが……。)
前世の歴史を紐解けば、暴走した一市民によって殺された者などごまんといる。
この戦いにかまけ市民たちからどう思われているのかを疎かにしていれば、勝負に勝ったとしても後々狙われる可能性が出てくる。そして暴走した市民を装った他陣営の工作員が仕掛けてくる可能性も考えねばならない。サクラ用意して世論操作とかもやろうと思えば出来るしね……。
こちらも同様に、気をつけるべきだろう。
「とまぁ、そんな感じですね。……ライカ、呑み込めました?」
「……軍っぽい兄と、政治っぽい兄。あと市民全員ぶっ殺せば勝ちってことか?」
「まぁ敵は合ってますね。殺しませんけど。」
あとライカ、市民全員殺したらこの伯爵領がただのゴーストタウンになるので止めようね? 誰が聴いてるか解らないし、危険発言禁止!
……とりあえずすぐに出来そうなのは、この城にいるだろう高官たち、軍と政治を司る2人との面会だろう。彼らに会えないか手紙を用意しながら、各都市を任されている“都市長”への接触を模索する。
本意ではないが……、『鑑定』を使いながら、物事を進めて行くしかあるまい。
後は離間工作。長男の陣営から、三男を引き離すことだけど……。
そんな思考を回そうとした瞬間、遮る様に鳴り響くノックの音。
「……リシエラさん、お願いできますか?」
「えぇ。“奴隷”としてね。ほらライカちゃん? 今の状況誰かに見られたら不味いから、隅っこに移動しておいてね? あとそのクッキー、今のうちに呑み込んじゃいなさいな。」
「あ、うん。……ん、っと。」
ぱっと立ち上がり、残っていた焼き菓子全てを口の中に放り込み、飲み込む彼女。それを見届けた後、奴隷然としたかなり下手に出た動きで、リシエラさんが扉を開ける。そこにいたのは自家の使用人さん、確か私の近くではなく長兄の付近に勤めていた方だったと思うのだが……。
「失礼しますエドモンド様。夕食の準備が整いましたので、お呼びに参りました。また本日は“皆様”参加なさるそうで、アイゼルン様が『全員参加するように』と。」
「父が、ですか……。解りました、すぐに向かいます。」
今世では片手で数えるほどしか行われていなかった、家族全員揃った食事会。
多分兄たちにも伯爵位の話は伝わっているのだろう。死ぬほど雰囲気悪くなりそうだけど……。
(“情報収集”には、最適か。)
気合入れて行かないと、だね。
〇各陣営解説・ライカ版
・ご主人チーム
ご主人、ご主人のママ(第三夫人ミトラ)。あと直轄の護衛部隊と奴隷2人がいるぞ!
皇位継承権と、エロフが強みだぞ!
・長男チーム
長男(タルクト)、三男(ザーン)。そしてそのママ(第一夫人トクシア)がいるぞ!
沢山私兵を持ってて、軍にも影響力があるぞ! ご主人くんが出てくるまで長男が次期伯爵みたいな感じだったので、ご主人への殺意が凄いぞ! 上手く行けば三男を離反させれるかも!
・次男チーム
次男(ネヴァーク)、そしてそのママ(第一夫人オリエール)がいるぞ!
政治や各都市に影響力があって、お隣の他貴族との関係もあるみたいだぞ! 何して来るか解んないから、様子見するみたいだぞ!
・その他
ご主人のパパ、その部下の高官2人(軍・政)、あと9人の都市長がいるぞ!
あと市民もいっぱいいるぞ!
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