「結局、あの手紙って何なんだ?」
「罠よ。」
「罠ですね。」
ランツァル殿との会話を終えた後、別室へ。
安全を確保した後にライカからの質問に答える。まぁこれに関しては私よりも、発案者のリシエラさんの方が詳しいと思うので彼女に説明してもらった方が良いのだが……。
ちょっとお願いできますか? 『鑑定』を使い過ぎてしまって少し休憩したいんですよ。知恵熱というか、集中しすぎて頭に熱が溜まっているような感覚でして、休憩しないと真面な思考が難しそうというか。
「あ、やっぱりそこら辺の負荷はあるのね? まぁ強力過ぎるわけだし、それぐらい無いとやってられないわよねぇ。でも鼻血とかは出てないみたいだから……、慣れてきた?」
「ほんの少しずつ、ですがね。」
自身の『鑑定』はライカの『分身』とは違い、最初からある程度完成しきっているスキルになっている。
故に使用者が行うべき訓練は、体にスキルを慣らすというもの。鑑定時に流れ込んでくる情報を取捨選別したり、情報の荒波に耐えきれるようにしたり。まぁ簡単に言えば、とにかく使い続けて慣れるしかないモノ、というわけだ。
けれど自身には前世の価値観があり、他人のプライバシーを踏みにじる行為にはかなりの抵抗があった。
故にこれまで鍛練として使用していたのは“物品”への鑑定となり、対人の経験は少々不足気味。確かに対象の性別や年齢を把握する程度の軽めの鑑定はしたことがあれど、『その奥深くまで見る』というのは数えるほどしかやっていなかったというわけだ。
(でも昨日の三男への鑑定や、先ほどのランツァル殿への鑑定で少し慣れた。いまだに抵抗はあるけど、今後どんどんと使う必要が出てくる。)
ま、そんなわけで次第に否が応でも慣れてしまうはずだ。ほら、昨日出していた鼻血も今日は出してないでしょ? ちょっとずつ適応していくので今はご放念頂ければ。
「りょうか~い♡ じゃぁライカちゃん。ちょっとだけ解説していきましょうか。貴女も知っておいた方が後々動きやすいだろうし、ね?」
「おう! 頼むぞ先輩!」
「それで、あの手紙が何だったのか、だけど……。端的に言うなれば、“次男陣営”とのつながりを見せたってところね。ご主人様のおかげで思ったより解ったから、少し欲張っちゃった♡」
現在私達の陣営は、長男陣営とも次男陣営とも何の関係も築いていない状態だ。
保有する戦力も少なく、どちらかが本気になればすぐに吹き飛ばされてしまいそうな弱小集団ではあるが……。ここに歴戦のエルフを放り込むことで、『警戒されないがゆえに好き勝手動ける集団』に早変わりすることが出来る。
「ん? 先輩、そんな話聞いてないぞ。繋がりなんかあったのか?」
「ないわ、欠片も。嘘ついちゃった♡」
「えぇ……」
「でもアチラさんからすれば嘘でも本当でも、警戒しないといけないからねぇ?」
リシエラさんが言っていたように、我が家の次男。ネヴァーク兄上は政治に高い適性を持つ存在だ。つまり既に何かしらの暗躍をしていてもおかしくない存在であり、弱小集団と言えど我らを囲い込むことをしてもおかしくない存在である。
そして何より……、彼は私への殺意があまりないタイプ。殺すのではなく操り人形とし、中央への影響力を確保しようとするタイプだ。
「その辺りは“昨日協力が取れた”エド様のお母様。その護衛さんたちがすっぱ抜いて来てくれたから、確実。そして次男陣営の方針は、もう一つの敵である長男陣営も理解してるはずよ? つまり『次男が既にエド様を囲い込んでいてもおかしくない』状況なわけ。」
「……そんな時にご主人が、その次男名義で手紙を渡した?」
「あの軍部長官サマは長男さん寄りでしょう? 確かにご主人様を気に掛けてはくれていたみたいだけど、立場としては中立。そして伯爵家のトップとしては今後の戦乱に備えて武闘派の当主がいいなぁって考えてる。つまりちょっとだけ長男を支援してるってわけね。」
つまり『個人的な付き合い』の範疇で情報を流してるってわけね、と続けるリシエラさん。
自身の『鑑定』でも、それを裏付けるランツァル殿の記憶は見て取れた。私たち伯爵家の全員を気にかけてくれているが、その配分は父と長男に寄っている、という事だろう。実際私の黒歴史話してる時も此方を見極める意思はあったが、大半は近所のおじさんみたいな感情抱いてたし。
まぁ彼からすれば、次代の伯爵として私が相応しくないと考えているのは事実なのだろが……。え? どうしたのライカ。頬膨らまして? あのハゲ嫌い? い、いや怒ってくれるのはありがたいけど、正当な評価だとは思うよ? 皇帝位同様、伯爵位も興味ない訳だし。ただ、『誰も傷つかずに丸く収まればいいなぁ』とは思ってるけど。……無理だろ? まぁそうだよね……。
そんなことをライカと話しながら、こちらが話終わるまで待っていてくれたリシエラさんの解説に再度耳を傾けていく。
「そして情報を受け取った“長男陣営”はどうするか。たぶんタルクト、一番上のお兄様は猪だからこれまでの恨みと面倒さから真っ先に殺そうとするんでしょうけど……。確実にあっちのお母様、第一夫人が止めるでしょうね。」
「そうなのか?」
「そうなの。何せこちらのお母様と喧嘩しながら、エド様の『鑑定対策』もしっかりしてたお方なのよ? 大いに利用しようと思ってくださるわ♡」
そう言いながら、にこやかに笑う彼女。
これに関しては、自身も同意できる。
今回ランツァル殿に手渡した手紙、その内容は『次男ネヴァークから私』に向けたモノとなっている。つまりリシエラさんが何処かから拾って来たネヴァーク兄上の字を真似て、偽装。『お前の安全と皇帝への道を用意してやるからこっちに味方しろ♡』という内容だ。
これだけでもう、あちらでは多種多様の考えが浮かぶはずだ。
「とりあえず、大きく分けて4つかしらね? 正直どれでも凄く美味しいわ。」
彼女がぱっと上げるのは、以下の候補。それ以外にも考えられるらしいが、大体こうなる可能性が高いらしい。
①私と次男が仲良しで結託しており、共にこの伯爵位争奪戦を戦い抜く準備が出来ている
②私と次男が既に手を組んでいるが、私からすれば不本意な同盟である
③次男が私の弱みか何かを握っており管理下にあるため、助けて欲しいというメッセージ
④この手紙を偽装と考え、私と次男陣営への警戒を深める
正直、④は変に警戒されそうで嫌なんだけど……。
「あらエド様? 私達にとって一番まずいのは『先に面倒な小物排除しとくか』って両陣営が考えて、長男様と次男様が結託して消しに来る可能性よ? それを潰すためにも、相手に疑念を埋め込みませんと。」
「……成程。」
「幸いなことに次男様はそういった“腹芸”の使い方もお上手なのでしょう? つまりあの手紙が嘘と解っても、それが事実だと言い切るのは難しいの。ご主人様みたいに『鑑定』で答え合わせも出来ないしね? だから長男陣営からすれば何か仕掛けてくるかもしれないと、無駄な警戒をしてくれることになるわけ♡ そして①~③の方向性であちらが動いた場合……、一気に場面が動く♡」
私達の陣営は大きな戦力も影響力もない弱小集団ではあるが、母の抱える護衛部隊。裏から私や彼女を守ってくれる集団の存在は両陣営が理解している事だろう。
なにせこれまで幾度となく上がって来た私と母の暗殺計画をことごとく破壊してきたのが、彼女たちだ。面と向かって殺し合えば数の差から負けてしまうが、裏からチクチクと妨害したり、計画を頓挫させたりするのは大得意な訳だ。
「次男様の陣営も、練度は劣るけど似たような暗部は持っている。つまりエド様と次男様が手を組んだ場合……。長男様たちからすれば、いつでも自分たちを暗殺できるかもしれない危険集団が生まれちゃうの。あっちも多少の人員は揃えてるみたいだけど、“表の力”に労力を割き過ぎたみたいでね?」
故に長男陣営が次に起こす行動は、引き抜き。もとい離間工作になってくる。
長男陣営の強みはよく訓練された質の良い私兵集団500。これを動かせば私も次男も瞬く間に征服されてしまうだろうが、次男は金を握っており暗部も抱えている。これまでは睨み合いの状態でも、そこに私達の護衛隊が放り込まれればすぐに崩壊。幾ら兵を動かそうとしてもアンブッシュを受けトップの首を持っていかれるかもしれない、という状況に突入することになる。
それを恐れ、引き抜いたり仲たがいをしようとするわけだね。んでその場合、あちらのお母様である第一夫人トクシア様の性格が関わって来るみたいで……。
「ほらあのお方、エド様のお母様を目の敵にしてるでしょう? 息子さんを見ていると彼女も同じで単に殺したいって思いそうになるけど……。言葉選びとか、お政治への理解のほどを見ていれば、もっともっと長く“遊びたい”。それこそメイドさんにでもして一生弄り倒したいとか考えてそうじゃない?」
リシエラさんによるとあちらの母は我が母上に一生の辱めを受けさせ、それを眺めながら楽しもうとしているという。
次男陣営に引き込まれている私達を引き抜き、自分たちの保護下に置く。そして私を殺そうとする長男を押しとどめることでこの身を母にとっての『人質』にすることで、好き勝手しようとする可能性が高いらしい。
ま、まぁそれは理解できない話ではないけど……。良い気分には成れないよね。
「んふ~! でしょう? だったら徹底的に困ってもらわなくっちゃ♡ んで、そんな長男チームたちは何の協力関係もない私達と次男さんの間を崩そうとして来るわけ。そこで動くのが……、確実に三男さんね?」
「あ、この前言ってた標的。」
「ライカちゃん正解♡」
長男陣営は私達、そして次男陣営への警戒を深めるために防御を固めながら、こちらを切り崩すために人を送って来る可能性が高い。
そしてその人選で必要なのが、『本気度』を見せ『相手に合わせて譲歩』出来るだけの人間。勿論あちらが抱える文官が訪ねて来る可能性もあるが、本気度が伝わらない可能性が高い。故にこちらを切り崩すために派遣して来るだろう相手が、三男なわけだ。
こちらが離間工作に使おうとしていた、標的。
今回のターゲットだ。
「次男陣営さんも独自の情報網を持ってるから、あっちの動きもこっちの動きも監視してる。でも私達にはエド様の母上が付いてらっしゃるから、限界ギリギリまでその通達が遅れるワケ。自然と彼らは長男さんたちにかかりきりになると思うわ? 偽情報も流してるし。」
「はえー」
「つまり『長男たちがなんか動き始めた』って解れば警戒してくれるし、若干動きが鈍る。そして三男が此方にやってくれば、『アイツらが手を組むかもしれない』と勘違いすることも。まぁどちらにせよ、ちょっとした時間が稼げるわけで……。」
「三男、ザーン兄上を利用することができる、というわけですね。」
「えぇ! 勿論想定外もあるだろうけど、私達にはエド様がいる。視線さえ通ってしまえば『鑑定』で何企んでるのか全部わかっちゃうのよ? 適宜修正していけば、負ける事なんてないわ♡」
……リシエラさんの言葉には、確かな理が存在している。
彼女の言う通りにしておけば自分たちの安全を確保することは容易だろうし、この争奪戦後の影響力も確保できることだろう。ただ少し何か違和感というか、“勝ち過ぎてしまう”というか、彼女と自身では見ているところが違う気がするというか……。
「あ、でも。失敗しちゃったらごめんなさいね? その時は知識奴隷の名前を返上して正式な“性奴隷”になるから、許して頂戴な♡ というわけで色々我慢できなくなって来たから脱ぐわ。頭脳労働ってストレスだから、凄く発散したいの。一緒に蕩け合いましょう♡♡♡」
「ライカ、ゴー。」
「おう!」
その言葉と共に、リシエラさんに突撃するライカ。
相変わらず全ての攻撃を受け止められ流されているようだが、急に脱衣して此方に襲い掛かって来るという最悪の事態は避けられたようだ。あ、助けてくれてありがとうね、ライカ。え? このままだと押し切られるから鑑定での支援くれ? んじゃリシエラさんの筋肉の動きに合わせて指示出ししていきますね~。
……にしても。優秀ではあるんだけどこのエロフ、マジで何考えてるか解んないなぁ。
(リシエラさんばかりに任せるのは悪いし、正直怖い。母の護衛さんたちに頼ることになってしまうけど……。)
自身としての最大の目標は生き残ること、そして自身が責任を持つと決めたこの二人を守ることではあるが……。
小さな目標として、今回の戦いで犠牲者を出来るだけ0に近づけるというものがある。
リシエラさんにもライカにも難しい、不可能だと言われてしまいそうなもの。しかし兄たちが自身に殺意を持っていたとしても、私は彼らを殺したくないと思ってしまっている。何せ私という“転生者”が居なければ、いやもっと言えば『鑑定』を持たずに生まれていれば、この諍いは起きなかったはずだからだ。
どちらかを選べと言われれば、生存を取るのは確か。
だが限界まで追い込まれるまで、この小さな目標を捨てられるかどうかは……。
正直自分でも解っていない。
(死への恐怖は確かにある。だが、私を“殺した彼女”と同じに成りたくないという思いも……、自分にはあるのか?)
母も、そしておそらくリシエラさんも。
この戦いの中で私が抱くこの“歪な感情”に整理をつけることを望んでいる。彼女達は言葉にしていないし、鑑定で覗き込んでもいない。だが何となくになるが、理解は出来る。自分でもそうすべきだというのは分かってはいるが、この感情は今世に生れ落ちてからずっと抱えて来たもの。そう簡単に崩せるとは思わない。
(いずれにせよ、ザーン兄上は私に会いに来るはずだ。……その時に『鑑定』も用いて、兄たちとより深く向き合う。)
おそらく、それが私の課題。
……彼女達の計画の邪魔にならない程度に、自分でも動いてみるか。
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どうかよろしくお願いいたします。
次回は長男陣営周りをちょっと、って感じですね。また後々になりますが、エドの母上とエロフの密会みたいなのも入れてきます。