「……リシエラ。」
「は~い、何かしらお母様? 勿論、“そういう話”なら大歓迎というか、すぐさま受けるというか、今すぐベッドに飛び込んで楽しい時間を過ごし……」
「やりすぎです。」
「あ、やっぱり?」
私の大事な息子であるエドの知識奴隷。
800年以上生きたそのエルフというか、性欲に呑み込まれたエロフを呼びつけ叱責してみれば……、帰って来たのはそんな気の抜けた声。
自身は確かに皇帝の血を引いている。故に公的な場でその調子を続けられれば流石に切り殺すしかないが……、もう半分の血は平民なのだ。ここが私の自室、しかも護衛部隊の多くを配置し防諜対策を限界まで施した特別な部屋であれば、立場など気にする必要はない。故にどんな喋り方でも構わないのだが……。
性的に襲われそうになるのは本当にごめん被る。だからすり寄って来るな、近寄るなマジで。切り殺すぞ本当に。
「あら、つれないわねぇ♡」
「ったく。……そう言う意味でも“やりすぎ”と言っているのです。確かに成果を出せば一定の“お痛”程度見逃しても良いですが、成果を出すから好き勝手して良いとは言っていません。何ですかコレは。」
そう言いながらエロフに投げつけるのは、紙束。
我が息子であるエドの交友関係を活用し、このエルフが独自に構築したらしい諜報網。これに対し自身の部下が上げて来た調査報告書だ。
……彼女は動かせる人員など無いと言うのに、“噂”というモノだけでこの城に独自の網を張ろうとしていた。流石に全て丸裸というわけでは無いが、使用人たちや兵たちの言葉が、そのまますぐに彼女の耳に届くような状態。
(既に多くが機能しており、トクシア。“第一夫人”とも呼べる彼女の状況まで筒抜けですし……。)
まぁ、それは良いのだ。
今回の相手は総じて貴種、しかも“皇室”を経験しておらず“平民”としての視点も持たない者たちだ。一定の警戒は行っているようだが、総じてお粗末。本来はより厳重に隠すべきものが少しずつ零れてしまっているような相手。何せ噂という形だとしても。その時の食事量や選ぶ衣服、また使用人たちへの細々な指示まで流出してしまっている。
まだ完全ではないが、このエルフが使えば万全な諜報網へと早変わり。既に相手側の状況や、対象の精神状態まで把握できるレベルに仕上がっている。
こんなものを生み出したのだ。たとえエドの交友関係を活用したと言っても、大変な成果。正に値千金な結果をもたらしたと言える。
……マジで扱いが難しいんですけど、このエルフッ!
「というかエド、何処まで交友関係を広げているのですか!? 何故敵である長男の私兵にまで友人がいるのです……!!! というかそんな報告上がって来てませんよッ!? いつの間にこんな!?!?!?」
「あ~、当時担当してた『護衛さん』と口裏合わせしながら、色んな所に足を運んでたみたいね。正直私もびっくりだったんだけど、マジで“使用人”レベルのお友達多いわ。下々に人気! って奴ね!」
「……とりあえず対象者の今月の給金は0です。」
「あ、危険な人に近づかないようにはしてたわよ? 事前調査はしっかり、でもエド様に頼まれて仕方なく、って感じ。」
「ですが命令違反には違いありません。……無償労働は半月で勘弁してやります。」
壁の奥から聞こえる『そんな!?』という声を聞き流しながら、思考を回す。
自身が持つ“護衛部隊”は、その名の通り私達を守るための部隊だ。この身と、最も重要な我が息子。エドの安全を確保するためだけに存在している。まぁそれゆえに第二夫人オリエールが抱えているような『暗部』のような情報収集能力を持っていない、という欠点があった。
護ること、そして裏から排除することは得意だが、数が限られており耳が拾える音の数は少ない、というわけだ。
(けれどこのエルフの諜報網により、その欠点は消えた。……この時点でやろうと思えば敵対している2つの陣営。“長男陣営”と“次男陣営”のブレインを排除することが出来る。)
故に自身はそれを計画し、命じたのだ。
エルフからの情報共有を受けた直後。自身はそれを可能だと判断した。次男陣営はまだ代わりがいるが、長男陣営のブレインは第一夫人。トクシアただ一人である。まぁそのように整えたのは過去の自身ではあるが……。彼女さえ排除できれば、“長男陣営”はすぐに崩壊する。頭さえ取ってしまえば、後始末は容易い。
確かに同じ家の元で集まる“家族”ではあるが、私が過ごした“皇室”はたとえ肉親であろうと互いに殺し合い、蹴落とし合うのが基本の世界。息子の尻を蹴飛ばすためにも、そして相手の動きを抑制するためにも。『不審死』してもらおうと思ったのだが……。
このエロフが、妨害してきやがった。
「さて、弁明を聞きましょうが。」
「……あら、お優しいのね? 『邪魔したから死刑!』くらいは覚悟していたのだけど。」
「起き得ないことに対する“覚悟”とは、面白いことを言いますね?」
そう言うと、楽しそうに嗤うエルフ。……これだから長命種は厄介なのだ。
この存在が提供してきた諜報網は、不完全なもの。より正確に言うなればこのエルフが持つ知識と経験を以て『足りない情報を他の要素から推測する』という手法が用いられている。つまり、これを扱えるのは現在このエルフしかいないのだ。
確かに他の人員を用意し教育することで幾らでも代わりを作ることは出来るが……、新しい人員が用意できる頃には、おそらくこの継承争いも終わってしまっているだろう。つまり現状この者を殺すことは出来ない。何より信賞必罰を考えれば、罰として死を齎すより、評価し褒美をやらねばならない。
「……それで、なんで邪魔したの?」
「え? 美味しそうだったから。全部終わったら貰ってもいい?」
「ぶっ殺すぞテメェ? ……で、本音は?」
「ふふ♡ ……エド様の御意思、かしらねぇ。」
何故“第一夫人トクシア殺害”の妨害をしたのか。そう聞くと最初はふざけ、途中真面目に返すエルフ。
彼女がしたのは……。噂のネットワークを使用することで相手に情報を流し、襲撃地点に『第二夫人の暗部』を配置するという事。相手方からすれば偶然の遭遇だったようだが、こちらからすれば本来誰もいないはずの場所に、敵がいたのである。不測の事態に備え撤退する以外の選択肢が無かった、という報告が届いている。
そして何より。彼女は本来“隠蔽できる”ことを、敢えてこちらに見せつけて来た。
次男陣営では見つけられない情報の欠片を私に流すことで、今回の妨害にエルフ自身が関わっていることを伝えて来たのだ。つまりエドが眠りについたこの深夜帯に呼び出されるのも、リシエラからすれば想定内。いや計画通りということなのだろう。
……全く、本当に腹が立つ。
「それで、我が息子はなんと?」
「みんな仲良く、誰も犠牲に成らない“完璧な勝利”が良いみたいよ? 死傷者0ね。すっごく甘ちゃんだけど……。“やる気”は出したみたい。ご自身でも動くつもりらしいわ。」
「……ようやく、ですか。」
しかし帰って来た答えは、とても喜ばしいもの。
より厳しい世界を知っている自身からすれば。その願いを叶えることは、全てを殺しつくすよりも数倍難しい目標であることはすぐに解ってしまう。故に止めてやりたい、苦難に飛び込ませぬよう妨害したくなってしまうが……。
あの子がやる気を出し、自分から動こうとした。えぇえぇ、これほど喜ばしいことは無いでしょう。
複雑ではありますが、祝福しなければ。
「正直、思ってたより能力“は”あるわ。けど経験も、気力も足りてなかった。その片方が補われつつある今……。たぶんこれ以上私のサポートは不必要に思ってね? ミトラ様に置かれましては、この哀れな奴隷の“業務放棄”をお許しいただければ。」
「……完全なサポートに回るわけですか。」
「えぇ、ここから先は全て“エド様の経験値”にするつもりよ。失敗も成功も、ね?」
……成程、そうであるなら話は早い。
先程の妨害の件もそうだが、自身がこのエルフに伝えなければいけないことの1つとして、『働き過ぎ』があった。
(この者が自身の欲のままに動き過ぎれば、エドが対処すべき敵がいなくなってしまう。だからこそ先んじて注意しようというか、既に性的に暴走してたのでお灸を据えようと思っていたのだが……。自覚しているなら、それでいい。)
そも自身はこのエルフに対し、『エドを伯爵位に付けろ』という命を発した。
その真意は大事な我が子に爵位を与えることでもあるが、何より必要なのは“経験”。親族同士で殺し合う体験をすることで、きたる皇位継承戦で生き抜く術を覚えて貰おうというモノだった。
あの世界は、途轍もなく過酷なのだ。覚悟を定め自身の母の無念を晴らすために動こうとした自身ですら、瞬く間に食い物にされかけた伏魔殿。やる気がなく、経験もないようなエドが放り込まれれば瞬く間に処理されてしまいそうな場所。
そして何より皇位継承戦という状況から、『鑑定』持ちが複数人いる。
(安易な気持ち、そして不完全な支援状況で踏み込む場所ではない。)
だからこそ、親族を殺せるほどの覚悟を、あの子には覚えて欲しかった。
幸いな事に、兄たちは総じて息子にドス黒い想いを抱いている。幾ら優しいあの子であっても、自身を殺しに来る相手には殺意を持って返すしかないと思っていた。けれどそれを選ばないのであれば……。母である私が、応援しないわけにはいかないだろう。
……無論、“大掃除”のプランは並行して進めますが。
「なら、良いのです。くれぐれも自身の立場を忘れぬように、エドの為に励みなさい。」
「もっちろん♡ あ、それといい感じの“襲撃者”もそっちで誂えてくれないかしら? ちょっとライカちゃんが平和ボケというか、愛玩動物化してきてるから。一応こっちでも修練させるけど、実戦もさせたくて……。」
「それは構いませんが……。大丈夫なのですか?」
「……ちょっと甘やかしすぎたかも。」
だ、大丈夫なのですかソレ。
あの犬は確かエドを傍で守る護衛奴隷として育成すると、この者が上げて来た報告書にあったはず。しかし……、より良いスキルを持っていても、使い手がポンでは意味がない。やはりこちらでも我が息子の為に、相応しい奴隷を用意してやるべきだろう。
この“諜報網”を見るに。エドの真なる性癖は『父娘的なもの』とのことだし……。
うん、合致しそうな良い候補、幼い見た目の娘がいたはずだ。輸送の問題から手渡せるのはこの継承戦の後になるだろうが、今から準備を進めておくことにしよう。何せこのエロフだけに任せていれば、ただでさえ酷い我が子の性癖がもっとひん曲がってしまう。現状を変えることは出来なくとも、押しとどめる為に適切な教育を施した奴隷を与えなければ……!
「あ~、うん。」
「? どうしたのですかリシエラ。」
「いや、ご主人様も大変だなぁ、って。」
遅れたぜ……!
あと三男との会合は次に回しました。申し訳ない。
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