皇帝に成りたくない男の不本意奴隷ハーレム   作:あなたちゃん

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4:ライカの思惑

 

 

「……っと、こっちも良い感じかな? 合いそうなタレも用意してるから、試してみて。」

 

「やった!!!」

 

 

新しく“ご主人”になった男が焼く肉を口に運んでみると、一瞬にして広がる芳醇な油。

 

どれだけ食べても、やはり美味い。

 

男が肉を買った店。その店員の話を盗み聞いた所、その辺にいる獣を狩って肉にしたのではなく、わざわざ肉にするために家畜を世代をかけて調整することで、より美味くした特別な個体だということは推測出来た。

 

最初は『強欲な人間族らしい無駄な行い』とその有用性が理解できなかったが……。

 

 

(今ならわかる、これはいいものだ。)

 

 

家畜を育てるのは、アタシらの部族でもやっていた。

 

確かに肉にして食べたこともあったが、家畜と言うのは毛や乳を取るためのもの。だからこそ肉を口にできるのは祭りの時か、家畜が死んだ時、もしくは狩人が上手く獣を狩って来た時くらい。

 

そんな貴重な家畜を、一度しか取れない肉の為に育てる。そして店先で溢れるほどに手に入れることが出来る。どれだけの獣を無駄にしたのかと、その強欲さに反吐が出そうになったが……。

 

この肉を口にすれば、そんなものどうでも良くなってしまう。

 

幾ら“作っている”と言えど、この緩む頬を収めることが出来ない。

 

 

「あはは、気に入ってくれたようで何より。あぁでも、サラダとかも食べるんだよ?」

 

「それはヤダ。」

 

「……しっかり意見が言えてよろしい。」

 

 

反射でほぼ本音を言えば、何処か諦めたように笑う“ご主人”。

 

奴隷を奴隷として扱わず、対等な人間としながら、かなり面倒見がいい。こちらが“幼さ”の仮面を被れば、故郷にいた友の父親のような顔をしながら世話を焼いてくるタイプ。

 

正直、あの人間族だとは考えられないほどに真面で何かしらの裏を疑ってしまうが……。

 

これだけは、言えるだろう。

 

この『ご主人様』は、間違いなく“当たり”だ。

 

 

(ようやく運が向いて来た? なら、最大限利用させてもらわないと……!)

 

 

今いる場所から遠く離れた北の地。

 

『空の平原』と呼ばれていた場所に、私は生れ落ちた。

 

戦士の父と、職人の母。末娘と言うことでかなり可愛がられたが、当時の私はそれが気に喰わず、ただひたすらに反発してしまった。今ならばその有難さを理解できるが、嘗められていると考えてしまったのだ。

 

故に私は、そんな甘やかしてくる者たちを少しでも見返してやるために、父と同じ戦士を目指し始めた。

 

 

(今思えば、馬鹿らしいものだけど。)

 

 

そんな私達の部族は、強い者。戦士を尊ぶ文化がある。

 

子供っぽい意地から始めた行動だったが、常に己を磨き迫りくる外敵から一族を守る大切な仕事。その強さを認められた“戦士”は皆からの羨望の的になれるし、色々と融通が利く。きっかけはさておき、この選択は間違っていなかったはずだ。

 

そうして手に入れたのが、切り揃えられ天に伸びる耳と短く整った尾。

 

アタシたち一族の戦士の証だ。

 

 

(未だ見習いだったが、それでも戦士。ゆくゆくは村の誰よりも強くなってやろうと思いながら過ごした、張り合いのある日々。けれどアタシが15になる頃……、アレが現れた。)

 

 

皮を被った欲望そのもの。

 

際限なく何かを求め続け、周囲を喰いつくすとされる『人間族』の軍団だ。

 

アタシたちの一族は、その見た目もあって他の獣人たちから孤立していた。確かに獣よりは人に近く、手先も奴らのように器用ではあったのだが……。この耳と尾、そして“精神”が違う。まぁ広大な平原とそこに住む家畜たちのおかげで孤立しても特に問題はなく、一族だけでも生き残ることが出来ていた。

 

だからこそ、油断に繋がってしまった。

 

人間たちがやって来ると聞いた時。最初は『欲望というからには、酷く肥え太っているのだろう。我らの俊敏さという牙があれば何の問題もない!』と多くの戦士が高を括っていたのだが……。

 

いざ戦が始まれば、あっけなく屈服させられてしまったのだ。

 

 

(全然太ってなかったし、普通に強かった。……無知って、罪よね。)

 

 

確かに最初に出て来た雑兵の何人かは簡単に倒すことが出来たのだが、後から出て来た者たち。今のご主人サマと同じ『貴族』に属する兵たちが出てきた瞬間、簡単にひっくり返ってしまったのだ。

 

獣の力を持つアタシ達よりも足が速い者もいれば、見ほれるほどの剣の技量を持つ者。そして一瞬のうちにあの平原を焼き尽くしてしまう大魔法使いまで。一族にいた呪い師も対抗しようとしていたようだが、全て即座に無力化されてしまった。

 

ほぼ何もできず負けてしまったのは悔しかったが、アタシたちは強者を貴ぶ文化があった。さらに全員丸ごと捉えられてしまった故に、死者は無し。そのせいか呑気に『流石欲望の種族。“強さ”に対しても貪欲なのだなぁ。』と零していたくらい。

 

当時の私も、家畜全部取られるくらいかなって思ってたわけだし。

 

 

(……全員奴隷にされて運ばれ始めた頃には、そんな気楽な空気消し飛んでいたけど。)

 

 

首に奴隷紋。魔法の赤い首輪を刻まれたころ、アタシたちはようやく現状を理解した。

 

人間たちの陣に連れていかれ番号を張り振られた後は、馬車に乗せられ行先も解らず連れていかれる。幾つかの家族がせめて自分の子供と同じ場所にと叫んでいたが、あいつらからすれば獣が騒いでいるようにしか見えなかったのだろう。首に刻まれた赤い首輪が光り、誰も口を開くことが出来ず、命令以外の動きが出来ないようになってしまった。

 

自分の家族が、どこに行ったのか。アタシには何の手掛かりもない。

 

 

(その後。連れていかれたのは、名前も知らない貴族の農園。)

 

 

だだっ広いブドウ畑で、アタシは農奴をやらされることになった。

 

どうやらあの戦いに参加していた貴族の一人がアタシの権利を手に入れたらしく、そのまま奴の農園に放り込まれたらしい。

 

敗者には何の拒否権も無いことは当時のアタシでも理解していたが、誇りであった剣どころか戦士という立場すら奪われたのは本当に辛かった。一族全員が奴隷に落されたこと、家族全員とバラバラになったこと、そして戦士を目指したあの故郷での日々をすべて否定するかのような農業奴隷落ち。

 

思い返してみれば、狂ってもおかしくない状況だ。

 

……まぁ狂う事さえ、許されなかっただろうが。

 

 

(アタシは、この首輪のせいで“働く”ことしか出来なかった。)

 

 

わずかな食事とわずかな睡眠、それ以外はずっと労働。

 

そんな環境だったからこそ、私は何も考えなくてよかった。ただひたすら目の前にある仕事を熟す。いつか何か変わるという存在しない希望。そして人間たちに壊された過去の記憶を杖に、何とか生き残っていた。

 

それに……。あの農園にはアタシ以外にも沢山いた。同じような境遇の奴らが、だ。

 

全員が番号を割り振られていて、奴隷契約によって名前を縛られていた。だから出会った者たちの名前すら知らないが、それでもあの場所でアタシたちは傷をなめ合うことが出来た。互いを癒すことが出来た。

 

言葉を交わせる時間は少なかったが、それでもお互いの故郷の話。家族の話くらいは出来たのだ。

 

 

(初めて出来た別種族の友人。……まぁ、ソレもすぐに消えてなくなったけれど。)

 

 

何が原因だったのかは解らないが、当時の農園に魔物が出始めた。

 

アタシの故郷にはいない魔物だったので、後に名前を知ることが出来たのだが……。ゴブリン、緑色の肌を持つ小鬼が私達の前に現れたのだ。

 

最初はブドウなどの農作物を持っていかれるだけだったのだが、次第に彼らは襲撃に連れて来る数を増やしていき、アタシたちの友人。奴隷を攫って行くようになった。男は肉に、女は胎に。思い出したくも無いが、昨日まで隣で故郷の美しい山々を語ってくれた子が消えたこともある。……あれは本当に、最悪だった。

 

 

(普通なら、反撃できた。獣人が多かったあの農園なら小鬼など簡単に倒せてしまう。けれど私達に許された行動は“労働”のみ。……反乱を防ぐためか、“攻撃”にまつわるすべてが出来ないようになっていた。)

 

 

徐々に減っていく仲間たち。次の朝には必ず誰かが消えていて、今度は私の番かもしれないと震える日々。私達が口を開くことを許されていたのは“収納場所”の納屋の中だけだったが、日に日に不安の声が上がっていた。

 

そして、それから何日も経った後。ようやく責任者とやらがあの農園にやって来た。

 

 

(たぶん、あの時の持ち主に雇われてた人間。アタシたちの数が減っていたのに気が付いて、顔が真っ白になっていた。……死んだ奴らに見せたかったくらい。)

 

 

その白くなった責任者、その管理ミス。奴隷を縛る契約の設定ミスで、アタシたちは死んだのだ。

 

あの責任者が農園の効率を上げるためだけに“労働”しか許さなかったから、生き残るために必要な“自衛”すら許さなかったから、友人たちは死んだのだ。恨み節の一つでも吐いてやりたかったが、それすらも出来ない。

 

本当に、あそこは最悪だった。

 

まぁそんな愚物の責任者でも、このままでは不味いと考えたのだろう。

 

アタシたち奴隷を使った魔物退治が、すぐに始まった。

 

 

(それで、アレが起きた。)

 

 

あの時。何故“動けたのか”は理解できていない。

 

けれど未だにこの口に残っている、肉の感覚。奴の喉元に牙を差し込み、骨ごと噛み千切った感覚。種族の誇りともいえる鼻が潰れ、使えなくなるほどのむせかえる様な血の匂い。

 

そう、アタシはあの“責任者”を食い殺した。

 

魔物退治に駆り出された時、あの野郎はアタシたちの反乱に恐怖して武器すら渡さなかった。幾つか新たな命令は与えられたが、その役割はほぼ肉盾。どうにもならない現状に絶望し、ただ生き残れることを祈るだけ。

 

そんな時……、あの農園で一番仲が良かった彼女が。あの野郎に無理矢理盾にされてゴブリンに殺された時。

 

アタシの中で何かが切れた。

 

 

(……あの店長。ジャックから聞いたけど、私はゴブリンどもに噛みつき殺しつくした、ってことになってるらしい。)

 

 

んでその凶暴さがあまりにも危険だったので、農園では扱い切れずと判断。

 

外部に販売されたため、ダンジョン攻略用の奴隷を探していたジャックに買い取られた、という形だ。確かにアタシはゴブリンも食い殺したが、最終的にその場の責任者、つまり『主人』を殺している。正確には持ち主である正統な主人から権限を委託されただけの男だが……。

 

それでも、歯向かったのは確かだ。奴隷契約、隷属魔法が一時的に機能しなくなったのも、事実。

 

 

(理由は解らないが、あの貴族はそれを『広めるべきではない』と考えたんだろう。)

 

 

あんまりよく解んない価値観だが、何でも人間族ってのは『奴隷に反逆されるとか死ぬほど恥』というのがあるらしい。

 

つまりアタシがやらかしたであろうことは、相当な出来事だったに違いない。管理者を噛み殺すなどその場で殺されてもおかしく無かったが、私を飼っていた貴族は醜聞が広まることを恐れ隠蔽。アタシを遠くに売り飛ばすことでもみ消す方向に動いたことは、理解できた。

 

全てを無かったことにし、アタシをジャックの所に売るつけることで金銭を入手。それであの責任者のせいで生じた損害を少しでも埋める。

 

 

(……まぁ手段としては悪くない。巻き込まれたアタシの感情を抜きにすれば、だが。)

 

 

ともかく私は農園から逃げ延び、新たな奴隷としての生きることになった。

 

経歴としては、『農園の備品整理で余ったものを売り払った』とされ、何処にでもいる獣人の1体へ。多少剣の心得があることを把握されていたのか、このダンジョン都市『キトゥッグ』に戦闘奴隷の一つとしてやって来ることになった。

 

新しい主人に見つかれば、それについて行き共にダンジョンで日銭を得る。もしくは主人の代わりに死ぬまで戦い、最後は肉盾となって死ぬ。まぁ主人に類するものを食い殺した奴隷の末路とすれば、十分なモノだろう。アタシを売った名も知らない貴族も、それを見越してもみ消すためにここに売ったんだろうし。

 

……だがその生活は、少なくとも農園にいた頃と比べれば天国のようなものだった。

 

 

(少なくともジャックは、頭が腐った屑ではない。アタシにとって都合のいい、脳味噌の詰まった下衆守銭奴だ。)

 

 

あの奴隷商館での生活は、慣れてしまえば悪いものでは無かった。

 

勿論故郷での生活に勝るものなど無いが、農園という下限を知った今。奴隷商館での生活は非常にゆとりのあるものだった。

 

おそらく、奴隷の質を保つために行われていたのだろう。定期的に行われる戦闘訓練や、主人の性処理に使われるときの動き方、そして奴隷としての常識を説く教育。毎日“適度な疲労”を覚える程度に詰め込まれた後は……。

 

 

(自由行動。農園の時みたいに一つの部屋に押し込まれたが……。あの時よりも各段にスペースは合ったし、アタシたちを縛る必要以上の“命令”も無かった。)

 

 

おかげで、ようやく落ち着いて思考を回すことが出来た。

 

労働ではなく“教育”を施されたせいで、体にも脳にも疲労は残っていない。アタシは奴隷に落されたから初めて、ゆっくりと一人で考えることが出来たのだ。

 

何が、悪かったのかを。

 

 

(……人間族のせいだ。)

 

 

アタシたちが外部に気を配らず、あの襲撃を前にして碌な対策も取らなかったのも、その理由の一つではあるだろう。

 

自分たちの無知と、無力。何もかも至らなかったせいで、アタシたちは奴隷に落ち、離れ離れになる事となった。まだアタシは生きているが、それ以外がどうなったのかは欠片も解らない。もうこの世にいない奴は確実にいるだろうし、何処かの誰かに喰われ心を壊されている者もいるだろう。

 

そのすべてが、アタシたちが愚かだった。弱者だったからに他ならない。

 

 

(けど、あの屑どもが攻め込んで来なければ、全部そのままだった。)

 

 

人間どもがアタシらを襲撃しなければ、奴隷としなければ。

 

アタシ達は今でもあの平原で暮らしていたはずだ。

 

戦士としての誇りを持ち、強さを尊び、小規模な農耕と家畜を維持しながら生き長らえる。偶に外から流れて来る素材を元に職人たちが装備を作り、アタシたち戦士がそれを使って一族を守る。……末娘として父親に認められ、母親に装備を作って貰うなんてことも、出来たかもしれない。

 

憎まない、わけがない。

 

 

(農園で起きたことも、全部人間のせいだ。)

 

 

農園に残った奴らからすれば、アタシ一人。先に逃げ出したようなものだ。

 

此方にも罪悪感があるし、彼方も恨んでいる事だろう。それに仲の良かった“助けられなかった”彼女も、魔物どもに喰われた者たちも、バケモノになってアタシを呪いに来てもおかしくない。もっと早くあの責任者とやらを噛み殺していれば、死ななかったかもしれないのに、と。

 

……それぐらいは、受け止めてやる。

 

だがその元凶になった人間。欲深いバケモノたちを殺すまでは、我慢してもらう。せめて奴らがどんな愚かな行いをしているのか理解させるまでは、堪えて貰う。欲に塗れた魂など誰も喜ばないだろうが、少なくともその恨みは濯げるはず。

 

 

(だから、より力を求めた。知識を求めた。)

 

 

一度アタシは主人に反抗し、その首を落すことが出来た。

 

けれどアレは何かの誤作動のようなもので、何度も繰り返せるものでは無い。もしもう一度反抗出来たとしても、殺せるのは数人が良い所。そんなものじゃ誰も満足できないだろう。

 

故に、求めるのは知識。

 

ジャックや、それに雇われた教育係。限られたモノしか与えてこない奴らの目を盗みながら、知識を蓄える。この奴隷契約に対する理解を、深めていく。そしてより多くの敵を道連れに出来る様に、戦闘訓練では全力で剣を振るう。余った自由時間では、“バカ”の振りをして周囲に話を聞きに行き、コトを起こすまで奴隷として生き長らえるように、生存戦略を学んでいく。

 

 

(お陰様で、友人も出来た。……年季が入ったエルフの奴隷。アタシの考えをすぐに見破った“先輩”。)

 

 

彼女はかなりの長命種で、既に数百年生きているという。

 

その分多くの知識を溜め込んでおり、アタシが欲しかった奴隷契約。隷属魔法の穴まで教えてくれた。全てを見通したような話し方は気に障ったが、その知識だけは本当に利用価値があった。

 

 

『長く生きるのなら、割り切って新しい恋とか愛とか見つけた方が楽しいわよ? 人間だって根っこまで腐ってるのはそこまでいないのだから。見せかけでもいいから耳元で愛でも囁いて抱かれた方がいいわ。』

 

『……そういうのじゃない。』

 

『頑固ねぇ? それで貴女に何が起きたか、だったかしら。たぶんだけど……。』

 

 

幾つかの命令が重複した結果、反発し合って起きた想定外の動き。

 

どうやら隷属魔法というのは相当に意地汚い魔法の様で、どれだけ魔術に精通した存在であっても、そう簡単に解呪できるものではないという。そして対象者の体調に合わせて徐々に変化していくせいか、もし解呪法を確立できたとしても、自力で解けるかどうか怪しい。所有者からの『解放』以外は、逃げ道が無いモノだという。

 

けれどそれほど複雑なせいか、一定以上の負荷を与えると少しだけ『使用不可』になるそうで……。

 

 

(あの時のアタシは、本来の持ち主である貴族からの指示と、委任された責任者の指示。二人の主人からの命令を受けていた。多分そのどれかが相反し合って、アタシの強い感情によって一時的に効果を失った。……“先輩”から聞いた感じ、そんなところなのだろう。)

 

 

奴隷を買った人間が、奴隷を『解放』するなどありえない。もし使えなくなったとしても、モノである以上捨てるか売るか。その2択だ。

 

つまりアタシが再度、この首に刻み込まれた奴隷紋から解き放たれるには。上手く主人を騙し相反する命令を下させ、強い感情によって破壊する必要がある、ということ。かなり難しく、ややこしい方法ではあるのだが……。なんの手掛かりも無いよりは、大分いい。

 

 

『ん~、あんまり賢くないと思うんだけどねぇ。私が長命種だから達観してるってのもあると思うけど、看取るのって案外いいものよ? 主人が死ぬまで世話してあげて、それをニコニコ見守ってあげる。あれはイイわ!』

 

『……理解できない。』

 

『そう? 昔はイケイケで腰叩きつけてた子が、よぼよぼに成りながらも囁いた愛を返してくれるのは……。あ、ちょ! 気持ち悪いモノを見るような眼しない! そんなんじゃ“生き残る術”教えてあげないわよ!』

 

『…………解った。』

 

 

あのエルフ。“先輩”の趣味嗜好は欠片も理解できなかったし、したくも無かったが……。それでもその知識は、本当に助けになった。

 

主人の立て方や、状況に応じた動き方。貴族に対する受け答え方は勿論、相手の心情に合わせた顔の作り方まで。適宜過去の主人たちとの思い出を語られた時は噛みついてやろうかと思ったが、確実にアタシの糧となり、今も被るこの“バカな仮面”の精度も上がったことだろう。

 

でもやはり、『自分の中でグルグル考えを回す癖がついてるせいで、思考が固まってるし新しいことへの適応も苦手。被ってると思ってる仮面も、ほぼ自分の素を元にしてるから上手くは出来てるけど、その仮面ホントに必要? って話だし。やっぱり本質はおバカよ、貴女。』と言って来た先輩は、許せる気がしない。

 

……バカって酷くない?

 

 

(それでようやく『商品』になった頃……、“あの人”に出会った。)

 

 

最初に感じたのは、違和感。

 

アタシたち一族の鼻は、総じて鋭い。流石に集落で一番だった『遠くまで索敵できる』奴ほどに鋭くは無いが、目の前にいる奴が抱いてる感情。それを何となく理解するぐらいは出来た。それで、その時“ソイツ”から感じたのが……、『申し訳なさ』だった。

 

大体奴隷を買いに来る奴は、『期待』だったり『見極め』だったり。まぁ欲望の種族らしい感情を持ってやって来てる。アタシらのことを何かの商品としか思っておらず、少なくともこっちを見て『なんか悪いなぁ』って気持ちを抱くことはない。

 

 

(だが、奴は申し訳なさそうにしてた。表情には出ていなかったが、奴隷自体が好きではない感じ。人間にしては珍しい偽善者が、と心の中で罵っていたが……。)

 

 

それで他の客同様、奴もアタシらのことを一人ずつ見ていくことになった。

 

纏う雰囲気からしても、女の気を感じない初心な奴。そして纏う衣服や振る舞いから、高い教育を受けた奴。護衛の姿とかは見えないからお忍びなのだろうが、アタシたちの一時的な持ち主であるジャックが酷くぺこぺこしていることから、かなり高い立場であることが解る。

 

……途中までは、それこそ“先輩”好みのご主人サマだな、と思っていたのだが。

 

 

 

奴は何故か。アタシの目の前で、足を止めた。

 

 

 

とても気に喰わないが、ジャックとかいう奴隷商人ははこの町でも指折りの存在らしい。

 

そしてアタシたち奴隷たちから見てもソレを否定する理由が見つからないレベルで、奴の能力は優れていた。奴隷をモノとして扱う時点で下衆で屑なのは間違いないが、全員の状況を確認し、適切に管理する腕は確か。強制される教育のレベルも高く、“先輩”を始めとしたレベルの高い奴隷がゴロゴロいるのが、あの商館だった。

 

だからこそ、理解できない。アタシよりも強いヤツは沢山いたし、アタシよりも綺麗な奴も多くいた。“先輩”は『そのサイズが一番刺さるのよ。大きくて張りがあって、叩いたらいい音が鳴りそうな瑞々しい肌! 私はゆるふわタイプだけど、年でちょっと水分がね……』と意味不明なことを言っていたが、正直“先輩”の方が美人だ。

 

だから正直、選ばれるなんて欠片も思っていなかったのだ。

 

けれど、アタシの前で足を止める。

 

普通に気になって、より詳しく匂いを嗅いでみたのだが……。

 

 

(『驚愕』『嬉しさ』『期待』『衝撃』『申し訳なさ』。……あとちょっとだけ『劣情』と『恐怖』?)

 

 

此方に何かを見出したようで、無表情を張り付けながらも、期待を宿した瞳が此方に向けられていた。

 

少しだけ胸に視線を感じた時、そういう“男”の匂いも感じたが……。

 

すぐに消えたあたり、欲望のコントロールが上手いタイプ。故郷にもいた同世代の男、女の尻を追いかけ回すことしか考えていないアホと比べれば、人間族であることを除けば、比較的マシな雄なのだろう。

 

まだコイツがどんな存在か、人間族らしいどんな醜い欲望を抱えているのかは解らなかったが、少なくとも奴隷に『申し訳なさ』を感じている時点で、何も考えず奴隷を“モノ”として買いに来る客よりはマシだ。

 

なぜ『恐怖』を嗅ぎ取れたのかは理解できなかったが、コイツに飼われたとしても最初にいたあの農場よりは、良い暮らしができる事だろう。

 

 

(アタシに拒否権は無く、そしてこの機会を逃せばどんな“主人”が待っているか解らない。今後もっといいカモがやって来るかもしれないが、これ以上良さそうなのが待っている可能性も低い。なら……。)

 

 

だからこそアタシは、バカの仮面を被った。

 

幼くて、愚かで、奴隷であることを忘れた快活な女。“先輩”が言う所の『奴隷にならなかった世界の貴女、仮面に見せかけた本質』と言われたその姿。そんなわけないと否定し、より磨き上げたはずのソレで、アタシは奴の問いに答えた。

 

勿論、ジャックからはご主人サマ候補に対する適切な奴隷の話し方ってのを教え込まれている。

 

だが奴隷自体を好まないのであれば、そこから離れた人物の方が刺さるはず。失敗すればその場で切り殺されてもおかしくないレベルの賭けだったが、何故か不思議と成功する気しかしなかった。事実それは実を結び、ジャックがアタシの首を落して自分も死のうとする謎の狂行をしかけた以外は、何の問題も無かった。

 

 

(その後は色々ジャックとヤツが手続きをして、無事に正式な“ご主人サマ”に。帰りにわざわざアタシの意見を聞いてくれながら、服とか小物とか買いそろえたのだが……。)

 

 

好物を主人が聞いてきた時、望み薄だと思いながら自身は『肉』と答えた。

 

事実アタシの好物だし、子供っぽい仮面の性格にも合っている。こちらとしては何かしらの良い働きをした時に、欠片程度恵んでくれるのかと思っていたのだが……。

 

 

なんかコイツ、大量の肉を買い占め始めた。

 

 

確かに、ジャックに買われた後。時たま食卓にそれが出ることはあった。

 

でもほんの欠片だったりして、全然肉を食べた気にはなれない。そんな環境でコイツはまさに肉塊と言うべき様な存在を、大量に買い始めたのだ。しかも『帰ったら焼いて食べましょうね。』なんて言ったのだ。

 

奴隷だからこそ残飯でも食べられればマシな方かと考えていた所に、『貴女用ですよ?』って言われたのだ。もうなんかヤバかった。なんか頭の中で変な液体が出てる感じだった。めっちゃ嬉しい。

 

だって肉だぞ?

 

 

(人間への復讐心は勿論薄れてない。でもそれはそれ、これはこれ。その後に何が待っているとしても、出されたものを食べない選択肢は無い。)

 

 

だからこそと言うべきか、この真意は悟られるわけにはいかない。

 

幼い仮面を被り直し、大げさに喜んでみせ、楽しんで見せる。主人の思うように動き、いい気分にさせてやる。“解放”されるまで遠い道なりとなるだろうが、そこまで一瞬も隙を見せるわけにはいかない。たとえ本当に大好物の肉を用意されたたとしても、だ。

 

しかし何とか仮面を繋ぎなおせたと思った頃には、いつの間にか自身の皿の上に大量の肉が乗せられていた。……ちょっと待て、今アタシ食卓に座らされて、自分用の皿まで持たされてる?

 

 

(……なんだコイツ!? 頭おかしいのか!? 奴隷だぞアタシ!?)

 

 

そんなアタシの困惑などいざ知らず、てきぱきとアタシが食べる肉を焼き始める主人。“仮面”の手前、断る事など出来ずにそのまま口に運んだのだが……。

 

先程も言った通り、本当に美味かった。血抜きがしっかりされているのか、臭みなども一切無し。明らかに身分が高い筈の主人が手際よく肉を焼いていたという、正直理解できない光景が目の前に広がっていたが、その時点ではもう色々と吹っ切れていた。

 

奴隷たちの間で夢物語として語られる、理想の奴隷の主人みたいな存在。一瞬だけ目の前のコイツがそうなのではという考えが過ったが、今はもう関係ない。

 

肉だ、肉を食べるのだ。

 

今後に備え、ここで英気を養うのだ。今日からコイツの奴隷となる以上、相手が喜ぶであろう行動をし続けなければ生き残れない。それが肉を嬉しそうに食べるなど、ちょっと自分の知る人間像から離れすぎて理解できないが、とにかく食べるのだ。……美味いし。

 

 

(……それに、認めたがいが、これだけは解る。)

 

 

この“ご主人”は、途轍もない“当たり”である。

 

一過性のものかもしれないが、奴隷にこれだけ肉を食べさせている当たり。そしてソイツから一切『虚偽』の匂いがしない限り、コイツは人間族の中でも各段にマシなご主人サマなのだろう。

 

そして何より……、コイツは人間たちの頂点。『皇帝』に成り得るかもしれない、存在だということ。

 

ご主人の前では何も解らないバカなふりをしていたが、彼方の反応を適宜匂いで確認し、その感情を探っていた。ジャックから幾分かアタシたち犬系獣人のことを聞いていたようだが、流石にアタシが感情まで読み切っているとは知らないようで。

 

ほぼ無防備なソレを、ずっと見ていた。

 

 

(本気でこいつは、頂点を目指していない。人間らしい“欲”が感じられない。だからこそ不気味ではあるが……、酷く利用価値がある。)

 

 

奴隷に落ちたアタシでも、いや一度奴隷に落ちたからこそ、この国の構造について理解を深めることが出来た。だからこそ皇帝が持つ絶対的な権力と言うのも、強く理解できてしまう。

 

もしこのご主人が皇帝になってしまえば、明らかに“真面”寄りなご主人がトップに立ってしまえば、一体何が起きるのだろうか。たとえ人間たちの頂点に立ち、アタシが邪魔になったとしても。“お優しい”からこそ、捨てたり売ったりせず、最後まで面倒を見て来そうなコイツは、何を為すのだろうか。

 

 

(……あはッ! 本当に、運が向いて来たッ!!!)

 

 

アタシがするべきことは、何も変わらない。

 

奴隷として、そして既に滅んだ種族の“戦士”として。コイツの為に全力で剣を振るってやる。皇帝になるためにダンジョンを攻略する必要があるのなら、全力でそれを熟してやろう。戦場だって出てやろう。“バカ”なアタシだからこそ、際限なく前に進み続けてやろう。

 

主人が求める平穏とやらが遠のき、本当に皇帝に成れるぐらいには、働いてやろう。

 

おそらく今後も同僚、ご主人に飼われる奴隷も増えていくことだろう。知識としてしか知らないが、ダンジョンという場所はは2人程度で何とかなる場所ではないという。いずれ戦場に出るかもしれないのなら、数は猶更揃えなきゃならない。徐々に戦力として奴隷が加入し、仲間が増えていくはずだ。

 

そいつら全員を上手く使って、主人が望まない『皇帝』の立場をプレゼントしてやる。

 

 

(そうすれば、アタシは皇帝の奴隷。いや上手く行けば、アタシに向かって『劣情』を抱いたコイツならば……、“皇帝の愛人”まで行けるかもしれない。)

 

 

あの“先輩”に教わったことを実践するのは気に障るが、耳元でずっと囁いてやれば、その行動をある程度コントロールすることも可能だろう。そしてお優しいご主人であれば、望めば多くのことを叶えてくれるだろう。

 

生き別れた一族のことを明かし探させてもいいし、アタシを農園に叩き込んだ貴族を殺させてもいい。そしてあることないことを吹き込んで、この人間の国。帝国自体を破壊してもいい。

 

あぁ、本当に。本当に。“良い主人”に恵まれたものだ。

 

 

(“ライカ”らしく言うのであれば……。『末永くよろしくな、ご主人!』)

 

 

今後の展望を思い描いていくうちに、楽しい楽しい夕食。ご主人の言う所の“歓迎会”も終わりを迎える。

 

その最後に聞かされたが、どうやらコイツは明日からダンジョン攻略を計画しているようだ。ご主人はその気質からあまり戦うことが好みではないらしく、『前に出て戦ってほしい』と言われた。

 

自分で戦わず奴隷に任せ、後方でただ見ているだけ。その辺りは欲深く怠惰な人間らしい感覚の様だが、アタシが頑張れば頑張る程に未来は明るくなり、コイツはしたくもない皇帝に近づくことになる。

 

そう考えれば、とても良い仕事だ。

 

それに、自身としても体を動かすこと。そしてアタシの友人たちを喰った魔物を殺すことは、心躍る行いだ。人間の次くらいには、この世に必要のない生き物。そんな魔物を自由気ままにぶっ殺していいなど、心が躍る。この新しいご主人に『使い物にならない』と思われないためにも、全力で励ませてもらうことにしよう。

 

 

(さて、食事も終わり。お優しいことに自室まで用意してもらったワケだが……。“先輩”に言われた通りに、事を起こすべきか。)

 

 

ご主人に宛がわれた私室。おそらく使用人用の部屋で服を脱ごうとするが……、手が止まる。

 

聞くところによると『別種族でも一度抱いたら気に掛けちゃうのが男』らしい。理屈を聞けば理解できるし、最初が肝心なのも解る。けれどこれまで一度も男に股を開いたことのない自身としては……、色々考えるものがあるわけで。

 

商館で色々と教わったが、実戦など初めて。

 

自室だということもあり、仮面が剥がれ顔が赤くなっていることを自覚するが、止めることが出来ない。

 

 

(……ッ//// 余計なことは考えるな! 今後を考えればコレが最適なハズ!)

 

 

自身に言い聞かせながら、全てを脱ぎ去る。

 

そして向かうのは、勿論ご主人サマの部屋。“ライカ”としての仮面を被り、大きく息を整えることで火照った体を無理矢理に冷ます。

 

後は幼子のようにドアを蹴破り。

 

体を押し付け。

 

その手を胸と尻に這わせ。

 

寝台へと向かおうとしたのだが……。

 

 

(普通に押し返されて自分の部屋に叩き込まれたんだけど。……は???)

 

 

一瞬、胸や尻が足りなかったのか。もしくは男の方が好きなのかと考えてしまったが、思い返してみれば確実にご主人から『劣情』の匂いはしていた。それも初めて出会った時よりも濃い匂いだ。抱き着いた瞬間にそうなったことから、確実に反応はしている。

 

だが、拒否された。

 

あ、アタシが色々覚悟決めて誘ったのに、だ。

 

……は???

 

 

(い、いや! 逆に考えろ! 人間なんかに喰われなかった、って考えれば大金星じゃないか! うんうん、そうに違いない!)

 

 

そう考え、今日は何も無かったと言い聞かせながら、自身の寝台に飛び込み目を閉じる。

 

明日からは何も知らないガキの“ライカ”として振舞うのだ。

 

それにダンジョン攻略に挑むのであれば、剣を握るのであれば。“戦士”として戦う必要がある。幾ら滅んだ一族の肩書だったとしても、捨てることは早々出来ない。さっき起きたことは全部忘れて、寝てしまった方が良いだろう。

 

 

(……けど、“これで終わり”にはしない方が良い筈。)

 

 

今後も適宜狙えるのならば、攻勢をかけた方がいい。

 

アタシとしても繋がりがあった方が捨てられる心配をしなくてもいいし、最終目標である“愛人”を考えれば関係を持つのは早い方が良い。ダンジョン攻略が進めば進むほど、新入りの必要性。ライバルに成り得る奴隷を増やす必要性が出てくるのだ。

 

強い影響力を持つ『初めての女』を取るためにも、後続に奪われてはならない。

 

 

(……それにしても、アイツ。『劣情』と同じくらい『恐怖』の匂いも出てたな? なんでだ?)

 

 

まぁとにかく。今日はもう寝ることにする。

 

というわけでご主人? 明日のダンジョン攻略もよろしくな! アタシの“願い”、ちゃんと叶えてくれよ?

 





〇ライカ 犬系獣人(ドーベルマン系) 奴隷

各種族がバラバラに暮らす北部、そこの平原地域出身の獣人。

彼女が戦った帝国軍はその地域で一番影響力を持つ集団を撃破しようとしていたのだが、偶々進行方向に彼女たちの部族がウロチョロしていたので、刈り取って奴隷にした感じ。本人はその辺りのことを知らないのだが、知れば激怒するのでそのままでいい。

自身が過酷な農園に送られたこと、そして奴隷をモノと思う人間族に強い恨みを覚えており、復讐の機会をうかがっていた時に、主人公であるエドに購入された。その皇位継承権に強い興味を示し、彼を皇帝とすることで人間族すべてに復讐をしようとしている。

だがまだ精神が幼いのは確かであり、彼女の奴隷としての先輩から言われた『自分の中でグルグル考えを回す癖がついてるせいで、思考が固まってるし新しいことへの適応も苦手。被ってると思ってる仮面も、自分の素を元にしてるから上手くは出来てるけど、その仮面ホントに必要? って話だし。やっぱり本質はおバカよ、貴女。』は、ほぼ事実。つまり本人が被ってると思ってる仮面は半ば素。奴隷に成らなければお肉大好き剣大好きの元気っ子になっていた感じ。

普通に生娘で、初体験にどぎまぎし、覚悟決めて誘ったのに相手が受け入れなかったことに怒ってるし、結局何も無かったことに安堵してるし、でも今後を考えれば早いとこ関係を持った方が安心だよなとも思っている。とても複雑。




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