「は~い♡ というわけで引き継ぎするわよ♡」
「……何の話で?」
「え? だって私に黙ってお母様の護衛部隊に連絡とったんでしょう? ご主人様がやる気出してくれたのなら、奴隷としては応援しなきゃって♡」
体を変にくねらせながら話しかけてくるリシエラさん。そこまではまぁ普段のエロフで問題ないというか、流石の自身でも慣れて来たのだが……。
あ、あの。なんで貴女が知っているので? 私黙ってましたよね?
「そりゃ800年も生きてるもの。ご主人様が何を考えて何をしようとしてるのかぐらい、普段のちょっとした動きで全部わかっちゃうわ? ということでコッチがお母様からの引き継ぎ資料で、コレが私が独自に作った諜報網ね!」
「昨日の夜、部屋にいませんでしたが、そう言う事でしたか……。」
「そうそう、情熱的な夜を過ごしてきちゃった♡」
はいはい、そうですね、うんうん。
いくらリシエラさんと言えど、ウチのお堅い母上を口説きに行くことはまぁあるまい。経産婦だし、夫だっている。何より彼女の周りは病的と言えるほどまでに護衛が配置されているのだ。“皇室”という危険地帯の話を伝え聞く限り、そこまでしないと生き残れなかったということは何となく把握できるのだが……。
まぁとにかく、リシエラさんが襲おうとしてもそれを止められる人間が沢山いるわけだ。この人がその辺りの力関係を理解していないはずがないし、いつもの冗談なのだろう。
そんなことを考えながら、彼女から手渡された資料に目を通していく。
(……かなり手厚いな。)
内容を見る限り、『私が私の目的の為に動き出した』ということは既に母に伝わってしまったようだ。彼女が抱える護衛部隊の大半、そして最大戦力である部隊長の彼女までこちらに配置換えしてくれているのが見て取れる。それだけ期待してくれているということなのだろうが……。ま、まぁこれまで欠片もやる気を出してなかった息子が、急に伯爵位争奪戦にやる気を見せたのだ。こうなるのも仕方ないのかもしれない。
けれど、問題が1つ。
母が見ている方向性と、自身が見ている方向性。確実にそれが正反対、っていうね?
(母の性格と思想を考えれば、今後の皇位継承戦で足を引っ張って来るだろう他陣営。長男陣営と次男陣営のすべてが邪魔な筈だ。利用できるところや、排除しては成らないものもあるので文字通りの皆殺し、とは成らないだろうが……。)
我が家の親族たち、兄全員と第一第二夫人の両者は確実に排除対象だろう。
相手がこちらを殺しに来るのであれば、先んじて排除するしかない。これを機に大掃除を行い、後継者が私だけになることで自身が伯爵位を継ぎ、意気揚々と皇位継承戦へ。……おそらく母が考えているであろうルートがこれだ。
(けれど、これでは血が流れてしまう。流れ過ぎてしまう。)
陣営のトップが死ねば、その下は大いに荒れる事だろう。
迅速な対処こそ可能だろうが……。どれだけの血が流れるだろうか。
無論、この世界に未だ適応しきれていない自身でも、この戦いを死者0で終わらせるのは不可能だろうと考えている。兄たちは自身に強い恨みと殺意を抱いているし、両夫人もこの身と母を邪魔に思っている事だろう。確かに自身が持つ皇位継承権は魅力だが、『この伯爵領』単体で考えれば、強く必要なわけでは無いのだ。ひとつの切り札には成れるが、全てをひっくり返せるジョーカーには成れない。
……けれど、私は誰も殺したくない。誰も死ぬべきではない。
リシエラさんにも、ライカにも、母上ですら自身を軟弱者と罵るだろうが、ここは譲れそうにない。いまだ自身の感情をよく理解していないのは確かだが、この身は人の死を受け止められるほど強くはない。そして感情のままに誰かの命を奪う様な存在にも、成りたくないのだ。
(故に、目指すのは完全なる勝利。必要なのは誰も殺さずに“今の伯爵家”のまま切り抜ける術。)
そもそも、自身は伯爵位など欠片も欲しく無いのだ。
必要ならば長兄に譲る準備は出来ているし、次男や三男の間に入って取り持つこともしてみせよう。『鑑定』を用いそのすべてを覗き込むことで、兄たちの誰とも敵対することは無く、同時に自身の権利も迫害されない着地点。
……自身が目指すべきは、それだ。
非常に難しい戦いになるだろうが、やるしかない。
とまぁそう言うわけで、母には悪いがこの『方針の違い』については事後報告とさせて頂く。確実に激怒されるだろうが、ここは譲れないのだ。
どうやって謝れば許してもらえるだろうか、なんて考えながら受け取った引き継ぎ資料。そしてリシエラさんが勝手に作っていたらしい諜報網の資料に目を通していたのだが……。
「あ、あの。リシエラさん? これ明らかにこの前渡した“交友関係”が流用されてるんですが……。悪用しないって言いましたよね?」
「あら? 心外ねエド様。私は“作っただけ”で“悪用して”は無いわよ? こういう道具は総じて使い方次第。奴隷って道具が気を利かせて更にいい道具を持ってきたのよ? 目標の為ならどんどん活用しなくっちゃ。……それとも、『人殺しのナイフを作った職人が悪い』って言うつもり?」
「……いえ、リシエラさんのおっしゃる通りで。」
「うふ♡ 解ってくれたのなら嬉しいわ。というわけでご褒美に1発、いや100発ぐらいに抜いてあげ……」
「ライカ。」
「え? あ、おうッ!」
そう言うと、手を異様なレベルでワキワキさせていたリシエラさんに突っ込んでいくライカ。
少しぼーっとしていたようで若干反応が遅れたが、すぐにリシエラさんをブロック。相手の制圧に動いてくれている。まぁ、彼女の本分ではない拳での戦闘の様だが……。徐々に向上しているようだ。いずれ『今はじゃれついているだけ』のリシエラさんにも勝てる日が来ることだろう。まだ分身使ってないしね?
……今のリシエラさんは、本当に“遊んでいるだけ”だ。もし彼女が本気で襲い掛かってくれば、ライカも私も纏めて食われてしまうだろう、うん。本人にそんな気は無くて単に揶揄ってるだけかもしれないけど、普通にマジで身の危険を感じる。だからライカも結構本気で殴りかかってるわけだし……。
(護衛の皆さんには悪いけど、身辺警備担当を増やしてもらお。)
さて! 自陣営の話はこれくらいにして、どうやって相手を無力化していくのかを考えなければ。
現在敵対している“長男陣営”も“次男陣営”も、互いに強みとこちらを殺し得るだけの手札を持っている。武力を持っての鎮圧か、経済力を持っての飢え死にか。つまりこの2つを完全に無力化しない限り、私が求める“勝利”にはたどり着けない。
当初の予定通り、どうすれば“削れるか”に重きを置いて動いて行くべきだろう。
(そして、幸いなことに……。既に長男陣営。おそらくあちらのブレインである“第一夫人”様が動き出してくれた。)
先日というか、昨日の話なのだが……。自身は軍部長官であるランツァル殿と面会を行い、手紙を手渡すという策を弄した。それで相手がどう動くのかを見極めるつもりだったのだが、やはり長男陣営は拙速を尊ぶらしく、既に動きを見せている。
それが今、私の手の中にある、『面会申請』。
「三男、ザーン兄上か……。」
彼はその動き方から長男陣営のトップである長兄タルクトの腰巾着のように思われる男ではあるが……。
あの父の血を引いているだけあって、優秀な男でもある。兄に対する感情や、両親に対する想いが見え隠れする相手。そして長兄がいる限り『スペア』でしかない男でもあるが……。決して侮れるような存在ではない。彼のプライバシーを無視することになってしまうが、最初から『鑑定』を用いて相手していくべき相手といえる。
それに、上手く行けば彼をこちらに引き込むことが出来るのだ。
当初“見せ札”として考えていた『軍部の協力』を取り付けられなかったのは確かだが……。
「動き方……、次第だね。」
「うふふふ! 最近真面に戦闘してなくて、愛玩動物化してるライカちゃんに負けるほど耄碌してないわッ! ちょっとマジで我慢できなくなって来たし、もうライカちゃんでいいわ。ということでご主人様~! ライカちゃん食べてくるから“初めて”が欲しいなら早めにね? じゃないとご主人様じゃなくて、私に依存させちゃうわよ~!」
「ちょ!? やめ! はなせッ! ッ~~~、ご主人! 助けて!!!」
声のする方に視線を向けてみれば、明らかに危険な顔をしているリシエラさんと、腰を抱えられ完全に拘束されてしまっているライカの姿が。
な、何してるの!?!?!?
「す、すいません護衛の皆さん! 対処お願いできますか!?」
「「「御意」」」
◇◆◇◆◇
「やぁエド! 今日はわざわざ時間を作ってくれてありがとう!」
「いえいえ、私も兄弟水入らずで話したいと思っていた所ですから。」
そう言いながら機嫌良さそうにハグして来る彼。ザーン兄上を受け入れる。
……これが真意であれば、色々と気が楽だったんだけどね。
リシエラさんと護衛部隊の皆が既に把握していたことなのだが、どうやら長男陣営。より正確に言うならば第一夫人トクシア様は自身の『鑑定』に気が付いている節があるという。まぁこのスキルは皇室の秘匿事項であるためその全容どころか“正確な名前”すら知らないようだが、『私が人の脳ミソを覗き込めるかもしれない』という前提で動いている様だった。
(だからこそ、あの時の夕食会では机を蹴飛ばしたのかもね。)
だからこそ、今回私に会いに来る彼もその対策をしてくるだろうと考えていたのだが……。
どうやら彼女はザーン兄上を完全に『失ってもいい駒』として見ているようで。彼は母親からスキルの詳細どころか、今起きている“戦況”すら教わっていないことが見て取れる。少し覗き込んでみたが、夕食会で確認した時と比べて保有情報にあまり変わりはない。
まぁご自身で“ある程度の”推測は出来ているようだが……。よほどあちらのお母様に警戒されているみたいだね。気持ちはわかるけど。
「さ、兄上。こちらに、茶も用意しましょう。」
「いやはや、悪いね! じゃあ砂糖もミルクも多めで頼めるかな? 実は朝からタルクト兄に振り回されちゃってね……、朝食も取れていないんだ!」
「それはそれは。では軽食も用意させますね。……リシエラ。」
部屋の隅で控えてくれている2人。その片方でありリシエラさんにお願いし、外で控えているであろうメイドさんに軽食の用意をお願いしておく。たとえ眼前の彼が『朝は何も無くいつも通りに朝食を取った』としても、その発言の通りに動いておくべきだろう。
そんなことを考えながら茶を用意し彼と自身の前に置けば、私が飲むよりも先にすぐ飲み干してしまうザーン兄上。本来の作法であれば、茶を用意した側が『毒を入れていない証明』として先に口にすべきなのだが……。
私の敵対者である長兄の悪口を言うことで此方の警戒度を下げ、信頼の証として先に茶を一気に飲み干す。やはり彼は誰かの懐に飛びこむことに長けているのだろう。これまで“表情に一切のブレがない”ことを考えれば、その練度は酷く高い。
「うん! 上手いね! ……実はあまりこういうのは得意では無くてね? 何かコツがあるのかな?」
「えぇ。どうやら蒸し時間が大切なようで。と言っても母の受け売りですが。」
「となると“皇室”! やっぱり上品なんだろうねぇ。僕はミトラ様が過ごしていた世界に付いて詳しくないし、その苦労も全然知らないけど……、やはり憧れてしまうよ! あ、勿論そこを目指してるエドにもね?」
「勘弁してください。自身にその気が無いは御存じでしょうに。」
「はは! バレたか!」
ニコニコしながら言葉を紡ぐ兄上だが……。
既に『鑑定』を開いている自身からすれば、彼が『砂糖とミルクでようやく飲める味だな。致命的では無いが決して上手くない。』と思っていることが普通に解る。ご、ごめんね淹れるの下手で。前世はコーヒー党だったし、今世では基本水しか飲まないからあんまり経験なくて……。
そんなことを内心考えながら、ザーン兄上と雑談を進めて行く。
どうやらあちらも即座に“本題”に進む気はないようで、どれも他愛のない話ばかりだ。……まぁこちらとしても、相手の真意を読み取り“筋書きを組み立てる”のには時間が欲しい所。特に気にせず、雑談に興じていくことにしよう。
「ところで兄上。たしか西の戦線に赴いていたはずですが、如何でしたか? こちらよりも幾分か温かい気候だったと記憶しておりますが。」
「うん? あぁ確かに温かい気候だったね! 今回はまだ季節が良かったんだけど……。ほら、西は魚人との戦線だろう? 陸上戦も多いが、基本は船の上で日差しが強くてねぇ。これが夏だったらパタッと倒れちゃってたかもしれない程だったんだ!」
「それはそれは、大変だったのですね。」
「ま、それなりにね? でも一番やっぱりアレだね! 海産物! 新鮮な海の幸が食べ放題ってのは気が高ぶったよ!」
ザーン兄上も雑談からこちらの情報を再確認するようで、『内心全く興味を持っていない海産物』の話を振って来てくれる。
確かに前世日本人である自身からすれば、非常に興味深い話題なのだが……。その海の幸、確実に魚人側の資材とか色々奪って手に入れてるモノだろうからなぁ。安易に飛び込めないし、そも距離があり過ぎて食べに行けるのかも微妙というか。
……寄生虫気になるけど、お寿司食べたい。
「良いですよねぇ。やはり新鮮なまま生で?」
「……は? い、いやいや。流石に火は通すよ? ほら魚人や猫じゃないんだからさ。」
「結構いけると思いますよ? そのままは抵抗が強くても、酢などで締めてしまえばさっぱりいけると思いますし。この近くで手に入る川魚とは違い、あちらは海でしょう? 寄生虫の心配もそれほどする必要はないと思うのですが……。」
「ま、前から思ってたけど。エドは食道楽の気があるよね。……そこまでとはなぁ。」
表向きでも内心でもガチ引きしながら、そういう彼。というか後ろで控えてるライカもリシエラさんも若干引いているように思える。
ま、まぁこの辺り内陸だから文化的に受け入れにくいのは仕方ないけどさぁ。美味しいんだよ海の幸。刺身とか最高だろうし、伝え聞く魚人の文化だったら魚醤もあるみたいだし。滅茶苦茶食卓の幅が広がると思うのよ。……頑張って豆とか麹とかの研究して、醤油やってみようかな。
内心、そんなことを考えていると……。
眼前の彼が、佇まいを正す。
そろそろ本番の様だ。
「っと、雑談もこれくらいにして……。本題に行こうか、エド。君の時間を浪費してしまうのも心苦しいしね?」
「……えぇ、ですね。こちらとしても異はありません。」
静かに目を細め、こちらの瞳の奥を見抜くような視線を向けて来る彼。
本音を言えばもう少し“閲覧”させてほしかったが、現状でも十二分に戦えるだろう。後は相手の動きに合わせながら、不自然に思われない程度に整えて行けばいい。そして彼が“何処まで行ける”かは解らないが……。こちらにも手札がある。
この話し合いで、自身は彼を完全にこちら側にするつもりだ。
難しい交渉にはなるだろうが、ここで頓挫する程度ならこの身が全員の命を救うなど不可能。
既に逃げられるような状況では無いのだ。気合を、入れるべきだろう。
「解ってるとは思うが、この“伯爵位”を巡る争いに関して、君の意見を聞きたくてね? 同じ血を引くもの同士、要らぬ争いを避けるためにも……。」
「(話し合いを、始めようか。)」
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