そんなことを会話しながら到着したのが、この町に幾つかある本屋の1つ。
ライカとしては最初に肉屋や肉料理を提供する場所を見て回りたかったようだが、流石に本屋の中に食料品を持ち込むのは少々不味い。というわけでコッチから来た感じだね。
「結構大きい店なんだな、ご主人。」
「でしょう? 品揃えも良いので昔からよく来てたんですよ。」
ちょっと退屈そうにしているライカにそう答えながら、中へと入っていく。
こういう『異世界中世ヨーロッパ』の本屋と聞くと、貴重故に本に鎖と鍵が付いていてガチガチに盗難対策されていそうなものなのだが……。扉の先で待っていたのは、前世の形式に近しい本屋。本棚があって、そこにずらっと並んだ書籍たち。
中を見れない様に簡単な紙の封はされているが、“同郷”の者でも特に問題なく利用できる場所が広がっていた。
「ぅえ、何だコレ。紙の匂い?」
「ですね。まぁ慣れてないと来るものがあるでしょう。気分が悪く成ればすぐに言ってください。……さて。ライカは初めてでしょうし、一緒に軽く回りましょうか。リシエラさんは……。」
「すぐ奥の方行ったぞ。」
「……流石ですね。」
彼女が指さす方に視線を向ければ、無音で奥の方に消えて行くエロフの姿が。
……まぁ彼女の希望でここに来たわけだし、放置しとくとしましょうか。
そんなことを考えながら、テトテトと本棚を眺めながらゆっくりと歩くライカの後ろについて行く。軽い緊張を顔に浮かべているのから解る様に、彼女は生まれて初めての本屋だ。何せ幼少期は人間族とは違う文化圏で過ごし、奴隷を経由して自身の元に来たのがライカ。それまで本屋どころか本にすら触ることが無かったであろうこの子のことを思えば、緊張するのも仕方ないと言った所だろう。
「これまでのダンジョン攻略で手に入れた資金もありますし、2、3冊程度なら問題ありません。気になったものを手に取って貰っていいですからね。」
「おう。」
いつもより静かに返事を返してくれる彼女に会釈を送りながら、またゆっくりと眺め始めたライカを見守る。
これだけ見ればまたあの常備兵の皆さんのように『父娘』みたいに言われてしまうだろうが、決してそう言う意図があるわけでは無い。ただ単に同好の士というか、同じ読書仲間が欲しいだけなのだ。……もっとも、自身の好みは歴史系に寄ってしまうのだが。
(何にせよ、戦い以外の趣味を持ってくれた方が雇用者としてもありがたい。多少値は張るけど、ドレスとかアクセサリーに比べると格段に安いしね?)
前世の中世に比べると、比較的製紙技術が発展しているのがこの世界だ。
確か魔法と植物系の魔物素材が関わっていたと思うのだが……。ともかく紙がちょっとだけ安い。そのおかげか庶民でも本の購入が可能だったりする。高級品扱いなのは変わりないが、前世の感覚だと、大体十倍くらい。大判の小説が専門書レベルに値上げされてる感じだ。指輪とかドレスに比べれば、各段にお安いでしょう?
なので小説。何度も繰り返して読める様な作品の需要は結構ある。今日来たここも貴族用というより、富裕層向けの店舗みたいな感じだ。
(だから普通、奴隷とかは入店すら難しいんだけど……。それはこう、権力というか。)
昔からよく通っていたおかげか店舗側もご理解ご配慮を頂けている様で、いつも私が利用する際は護衛さんが事前に連絡し、人払いをしてもらっている形になる。
最初は色々と気が引けたのだが、他のお客さんを気にせず物色できるのは正直嬉しかったし、護衛さんたちの視線に立てば『他に客入れない方が死ぬほど守りやすい』っていうのは自身でも理解できる。なので今日もあらかじめお願いをし、貸し切らせてもらってる感じだね。
「ふ~ん。……あ、先輩だ。」
「ですね、引き返しましょうか。そういう区域に入り込んでしまったようなので。」
「あ、うん。……というか結構凄いな。」
そんなことを考えながらライカと一緒に見て回っていると、なにやら熱心に本棚を見つめているリシエラさんの背中が見えたので2人一緒にUターンを決行する。
あの腐海は我々には早すぎたのだ……。という感じのまぁ女性向け冊子エリアですね。ライカの言う通り複数の棚がソレで埋まっているのでかなり人気であることが見て取れる。ちなみにわが領内でしか流通していないモノばかりなので、一部のお姉さま方が身分を隠して買いに来ていると専らの噂だ。
……とりあえずリシエラさんが持ってきた本はタイトルすら見ないようにしておこ。親の名前とか書いてたらその場で自決しそうになるかもだし。
「あ、これ。」
「うん? ……あぁ、剣の指南書ですか。」
「最近、真面に動けてないし。……どうだご主人?」
「では少し失礼しまして。」
彼女が手渡してくれる本を受け取りながら、『鑑定』を使用する。
流石のスキルでも本を開かずにその内容を閲覧する、みたいなことは出来ないが……。その内容の“質”を見極めることが可能だったりする。以前防具店で見た時のように、装備の質を見極めるのと同じ要領だ。良い内容程等級が上がって、間違っていたり評価が低かったりすると等級が下がるって塩梅だ。
ただ“全体内容の平均”での判別なので、最低ランクの本から偶に非常に参考になるモノが出てくることがあるので、過信は厳禁だったりする。
「……えぇ、問題なさそうです。適宜リシエラさんに確認を取った方が良いと思いますが、ライカの糧になると思いますよ。」
「ほんとか! んじゃこれにする!」
「ですね。他にも何かいるのでしたら……。」
そう聞こうとすると、首を振る彼女。表情から見るに、そんなにたくさんもらっても読めない、だろうか。
確かに彼女は読み書きと一定の計算が出来るが、それほど得意ではない。これまでの共同生活でその片鱗は見え隠れしていたし、一度に複数渡してしまえば負担になってしまう恐れもある。最初はまず一冊から、ってわけだ。
さて、じゃぁリシエラさんがどうなってるのかを……。
「あら? ライカちゃんもう決まっちゃった感じ? んじゃコレとコレとコレで……。はい私も! エド様♡ 買って♡♡♡」
「そんな言い方しなくても買いますが……。結構持ってきましたね。」
振り返ってみれば、両手いっぱいに抱えた本と共に彼女が出現する。
ざっとタイトルを見てみるが……。案の定というか、官能だったりうち特有の奴だったりと、明らかに人目のあるところでは見れないモノばかり持ってきている。い、いや制限掛けてないので何を持って来ても良いんですけど。こういう事ばっかりしてるから『エロフ』なんて言われるんですよ?
まぁ口にしたら『最高の誉め言葉ね!』なんて返してきそうだから怖くて言えないけどさ……。
「でしょう? 流石モーヴィル伯爵領ね! 癖の幅が大変広くて素晴らしいわ! 見てよこの“タイトル”! 【自主規制】が【自主規制】で【自主規制】よ! ぼかしてるけどこんなのが表通りの店で売られてるなんて! すごいわ……!」
「お、落ち着きましょうね?」
そう言いながら一気に本の束をこちらに渡し、私の手を取って何故か“ウインク”してくる彼女。
そして握った手を周囲から見えないように指で小さくなぞり、何らかの『数』を送ってくる。……何文字目、か? おそらく此方が法則性に気が付いたのを彼女も察知したのだろう。即座に話題が他の本へと移って行き、適宜ボディタッチが挟まることで数を教えてくれる。
そのすべてが非常に自然なため、傍から見れば単に奴隷が主人に向かってアピールをしているように見えるだろうが……。
(話題に挙げた本の何文字目か。これを全て繋げると……、『店員』。)
なるほど、『暗部』か。
色々と問題行動が多いリシエラさんではあるが、無意味な行動はしない。つまりわざわざ『店員』を口にせず教えて来たということは……。この書店の店員が相手陣営のスパイだということを教えてくれたのだろう。
最終的にそういうコーナーに居座っていたのは確かだが。リシエラさんは結構書店の中を足早に歩き回っていた。その間に把握したというのも、彼女の経歴を考えれば十分想像できる。
(確かにあり得ない話ではない。)
この店は昔から何度も使っている馴染みの店だ。私に付いてくれている護衛部隊の皆様が優秀なのは重々承知しているが……。何度も使っているからこそ“慣れ”が起きている可能性は拭いきれない。それに、相手が優秀であることも想定しなければならない。
数年前からここの店員として入り込んでいた可能性や、店員や店主が『無自覚なスパイ』である可能性も考えられる。
(今は単に本を買いに来ているだけだから、そこまで問題……。あぁ、そういう事。)
視線で“今の策に組み込むのか?”と問いかければ、とてもいい笑みで頷いてくれる彼女。いまだその口は官能小説の話になっているため頭がこんがらがってしまいそうになるが、理解することは出来た。
ここで敢えて情報を小出しにし、相手を上手く躍らせる。つまりここで『ぽろっとつい口を滑らしてしまう』のに最適な言葉は……。
(あちらが本腰を入れて、こちらを潰す必要が無いと思わせる情報。)
三男との会談、それが破綻した。というモノだろう。
軽くライカに視線を向けてみれば、こちらが何かするのを察したのだろう。小さく頷き、何か疑問に思っても口に出したり表情に出したりしないことを約束してくれる。
(『暗部』がここにいる場合、相手もプロだ。見抜かれる可能性もあるが……。相手に少しでも疑念のタネを植え付けられればいい。)
気合入れて、やってみようか。
次回からは数回ライカ視点でお送りする予定です。
今後ともどうかよろしくお願いいたします。