「確かこの辺りに……。」
「ここか、ご主人?」
「あ、みたいだね。」
彼女にそう返しながら、建物を見上げる。
家から出て徒歩で約30分ほど、商業地区の並びを少し歩き辿り着いたのが、今回の目的地だ。
(聞いてた感じ、ここだと思うんだけど……。)
一応というか、不本意ながら自身は貴族。そのせいか、付き合いというモノが存在している。
誰かの領地を通る時は挨拶に赴き、長期滞在する場合は手土産をもって訪問する必要があるわけだ。まぁその他にも色々ややこしいことがあって、社交界への参加は勿論、死ぬほどいる貴族たちの名前や家族関係も憶えないといけなかったり。
まぁ貴族には貴族なりのルールがあるって感じ。
幾ら面倒でもこれを怠ると『我らを軽んじてるのか!』って話になるからね。本当に気を付けないといけないんですよ。んで、今回の『ダンジョン攻略』も例外ではなく。色々な“面倒ごと”が発生してたってわけだね。
こういうのは真っ先にしないと不味いヤツだから、ライカを雇用する前に済ませたんだけど……。
(その挨拶の中で色々話をさせてもらって、武器防具の店の話とかもさせてもらった。どこどこがいいよ~、っての。)
それがこの店、『ドロン=チャナタア防具店』だ。
今回挨拶に行ったのは貴族と言うか、ダンジョン自体が国の直轄地ってことで代官さんだったんだけど、結構武闘派な人でね? こっちが自分磨き(継承戦の功績稼ぎ)って理由でダンジョン攻略しに来ました、って言えばすっごく機嫌がよくなったのよ。
戦いの中でこそ成長できるって思想の持主だったみたいで、背中を滅茶苦茶に叩きながら教えてくれた、ってワケ。
「……もしかして、ご主人。そういうの苦手?」
「よく解ったね、実はもう二度と会いたくない。」
インドア派にあぁいうのは堪えるんですよ……。でもまぁ、情報自体は有用だったわけで。
どうやら彼は個人的な防具をすべてここで揃えている様で、儀礼用には向かないが実用性は抜群。実際にダンジョンに潜るならここ以外ない、と言い切れるレベルなそうな。代官さん自身が元々軍人で結構な功績を上げていた人なので、その言葉に間違いはないだろう。
まぁその分、少々値段は張るようだが……。
「ここでケチるなんて下策、打つわけ無いんですよね、って話で。」
「あ~、ご主人? アタシは別に無くても大丈夫だぞ?」
「いえいえ、遠慮は不要ですよ。」
何せ購入した奴隷、もとい雇用した従業員の安全は、雇用者にとっての至上命題だ。
私が持つ前世の倫理から言ってもそうだし、経済的な面でもそうだ。何せ彼女は滅多にいないスキル持ちの人材であり、更に『分身』という多種多様な使い道が思いつく強力な能力を持っている。今はまだ使えないようだが、いずれ化ける金の卵。
装備に掛ける金を惜しみ失うなど、許せるわけが無い。
(あと普通に防具を用意しない主人を信用できるか、って話だし。)
まぁこの世界の価値観からすれば『奴隷は替えの利く肉盾』であり、『主人のおさがりの装備を与えておけば万全』という本当に人の命を軽視したものが“常識”なのだろうが、わざわざ付き合ってやる必要もない。
いのちだいじに、の方針で行こう。
「さて、では入りましょう……「いらっしゃいッ!!!」……どうも。」
店の引き戸に手をかけようとすれば、勢いよく開かれる扉。
そして鼓膜を破裂させるほどに響く、爆音。
どうやら、中からこちらのことを伺っていたようで。少し背の低い店員さんがまるでこちらをあざ笑うかのような笑みと共に、私達を迎え入れてくれた。
せ、性格悪いタイプ……。
「あ、あの。」
「いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい~! さぁさぁ中に入れ金づるども! あ、もしかして奴隷と主人? いいねいいね、可愛い子連れてるね! 剣士かにゃ? 剣士だにゃ! でもこの子はワンワンだにゃ! 明日から猫耳つけてこ~い! んで主人の方は槍だな槍! 良いな槍! 素人から玄人まで! んでお前は素人未満! 鍛えてはいるっぽいけどクソ! この“チャナタア”ちゃんが一番嫌いなタイプだけど、今日は歓迎してやろう!!!」
「……ご主人、コイツ煩い。」
「同意します……。」
私達2人の腕を掴み一気に引っ張って来たかと思えば、まるでマシンガンのように言葉を投げかけてくる彼女。おそらく、『チャナタア』さん。名前からしてこの防具店の店主か、その関係者だと思われるが……。
「あ、共同経営者だにゃ。実質店主! よろよろ~! んで何しに来たの若人たち! 防具か? アクセサリーか? 結婚指輪か! 実は今日から武器の制作も始めたからそういうのも承ってるにゃ! 金さえ払えば何でもやるにゃ~!」
「そ、そうでしたか。では店主さん……」
「チャナタア」
「……え?」
「チャナタアって呼ぶにゃ。あ、種族は人間族だから間違えんなよ? 耳は横にあるにゃ。確かに猫系獣人はかわい子ちゃんばっかりで大好きにゃけど、彼・彼女たちが『にゃーにゃー』言ってるのは解釈違いというか……。アレだにゃ、人間族がにゃーにゃー言ってるのが可愛いっていうか? 女装は男しか出来ないから実質一番男らしい行動っていうか? まぁそんな感じにゃ。……え!? 女装するのチミ! じゃあドレス用意しちゃう!!!」
「…………ご主人、帰ってもいい?」
「私も帰りたいです。……帰ろっか。」
明らかにイヤそうな顔をするライカに、おそらく同じ顔をしているであろう自身。
思わず二人で顔を見合わせ、店を後にしようとする。
ちょっとしか見ていないが、店先に並んでいる装備だけでもかなり良い質であることが見て取れる。ここで彼女の装備を整えられれば各段にダンジョン攻略が安定しただろうが、ちょっと店主さんのキャラが濃すぎる。
このままここで粘って装備を買うのも一つの手だろうが、私かライカのどちらかが言葉の物量に押し潰されてノックアウトされることだろう。普通に声量もクソデカいし、鼓膜は確実に持っていかれる。あとこの人の性格が死ぬほど面倒くさそうで関わりたくない。
ここは戦略的撤退に限る……!
「あ、ちょっと待つにゃ! 安く! 安くするから! ドロンにはクソ怒られるだろうけど、値引きするから! とりあえずなんか買ってくにゃ! 出て行かないで~!!!」
「じゃ、じゃあ静かにしてください。み、耳が……。」
「あ、そっち? ならそうするにゃ。」
またクソデカい声を出しながら泣き始めたため、そう答えればすぐに声のボリュームを下げる彼女。
けれど一気に信用度は地に落ちたようで、隣にいるライカは明らかに機嫌が悪そうだ。両手で天に伸びる耳を抑えている当たり、本気でイヤなのだろう。とりあえず次に変なことをすれば即座に帰ることを条件に、話だけ聞くことにする。
そうじゃないとまた泣き叫びそうだし……。
「っと、んじゃお仕事の時間にゃ。装備の更新、と言うよりはそこのレディのおニュー装備を丸ごと買いたい、って感じにゃね? お予算はどれぐらいにゃ?」
「とりあえず際限なしで。」
「……いいの、ご主人?」
「お、太っ腹なご主人サマにゃね! 良かったね~、ワンワン! こういうご主人はマジでいないにゃ。大事にするにゃよ? 値千金!」
「む! ワンワンじゃなくて、ライカだぞ!!!」
「ありゃ、こりゃ失敬!」
そう言いながら、ニタニタとした趣味の悪い笑みを浮かべ、ライカの観察をし始める店主。
かなり自然にライカと会話しているのでつい忘れそうになってしまうが……。おそらくかなり珍しいタイプだろう。
この国の人間族は、平民であっても奴隷に対する扱いは酷い。国ぐるみで奴隷を扱っている以上仕方のないことかもしれないが、確実に奴隷とそれ以外に断裂が存在している。そんな環境で、若干ふざけながらも謝罪をしている。この時点で、というかライカのタメ口を許している時点で、心の広い人物。いやそういうのを気にしないのだろうと推測できる。
……非常に煩いし、人格面もダメそうだが、価値観だけは共有できるかもしれない。
「ん~。やっぱ剣士で。パワーとスピード合わせた猪突猛進タイプにゃね。んでテクニックはまだ途上、というか微妙な感じ。今後に期待にゃね! だったら重い金属は無しで、可動域の広い皮タイプの防具が良い感じかにゃ? どうどうライカちゃん、あってる?」
「……あってる。」
「なら良かったニャ! んじゃ店売りから一番いいの引っ張って来るからそこで待つニャよ~!」
そう言うと、とっとこ奥に走っていく店主。
初対面のマシンガントークでもそうだったが、どうやら見るだけである程度の力量を見ることが出来る様だ。軽く確認したが、彼女にスキルは無し。私の『鑑定』のような力ではなく、経験だけで見抜けるのだろう。ライカの顔にも困惑と驚愕が出ているあたり、思い当たる節があると言った所か。
……私とやり取りする時のような快活な少女ではなく、深い理性が感じられる瞳。
店主に指摘されたことを自分の中でかみ砕いている、という感じだろうか。自身としては『そんな顔も出来るのか』という思考が過るが、まだ出会ってから1日しか経っていない。
どうやら剣に対し強い思い入れがあるようだし、つい真剣になってしまうのだろう。
「そんな顔もするんだね。ライカ。」
「……え!? そ、そんな変な顔してたかご主人! ちょ、ちょっと恥ずか」
「およ! もしかしてラブラブしてた? ならお邪魔虫のチャナタアちゃんだぞ! ほら試着しろ試着! お着替えタイムだ! というわけでご主人くん? このかわい子ちゃん借りるぞ~!」
「え、えぇ。よろしくお願いします。」
急に飛び出て来たと思えば、ライカを引き連れて奥に行ってしまう店主。
革製の装備品のようなものを握っていたため、おそらく色々見繕ってくれたものを持って来てくれたのだろうが……。本当に嵐のような人だ。こちらが距離を取ろうとしても、無理矢理詰めてくるタイプ。ひとり寂しくしている時には助かるが、面倒な時は死ぬほど面倒な感じの人。
皇位継承権を持つ人間として色々と気遣われてきた自身からすれば、出会ったことのないタイプ。
そう言う意味ではありがたいのかもしれないが……、私は勿論、ライカも苦手そうな人間だ。もう少し落ち着くようにお願いしたいところだが、確実に聞き入れてくれないだろう。
そんなことを考えていると、店主に連れられたライカが戻ってくる。
「ど、どうご主人? 似合ってる!?」
「……えぇ、とても。」
「でしょ~! 黒系の皮鎧で全身揃えてみました! 胸と腕と足ね! しかも単なる獣の皮じゃなくて、ジャイアントボアの皮を魔法薬で更に固くして染め直した高級品! 若干華美さが足りなくてチャナタアちゃん的にはちょっとダメだけど、シンプルさゆえの機能美って言うか? ライカちゃんの髪色に合わせた配色って言うか? サービスで鎧の下に着る服にオレンジ多めの奴を追加すればカンペキっていうか? んふ~! この才能が怖いにゃ!!!」
「…………ライカ、煩いので帰りましょうか。」
「すっごく賛成だぞご主人。」
「ちょまて~い! 代金くらいは支払ってちょ!!!」
また煩くなり始めたので帰ろうとすれば、謎のテンションで突っ込んでくる店主。
ライカの顔色が『ようやく帰れる』になっていたので、適当に財布でも丸ごと置いて帰ろうとしていたのだが、この方からすればまだ未完成なようで。近くにあった店の棚から一振りの剣。柄によって十字となる“アーミングソード”を取り出してくる。
「大体……、80㎝くらいかにゃ? 単なる鉄製でチャナタアちゃんが暇つぶしで作った数打ちだけど、下手な鍛冶屋に比べれば格段にマシな剣にゃ。……ご主人の雰囲気からして、多少の目利きは出来るんでしょ?」
「……えぇ、よく解りましたね。」
全て見透かしたような眼で見つめてくる店主に、そう返す。
事実彼女がライカに手渡した剣は、特別なところは無いが非常に出来が良いモノ。事実『鑑定』を軽く走らせてみれば、『アーミングソード』『等級:中級』というモノが表示される。
素人目で見ればどこにでもありそうな『下級』の品にしか見えないし、素材レベルまで『鑑定』してみても、何処にでもある様な鉄と皮によって構成された数打ちレベル。
彼女の言う通り、“暇つぶし”で作ったものなのだろうが……。
(技術で等級を上げた?)
少し気になりライカが身に着けている装備達に視線を向ければ、そのすべてが『上級』。滅多に見ないレベルの等級が表示される。
少なくとも店売りの品で出てくるようなものでは無い。
自身が見たことのある武器の等級は、下級、中級、上級、特級まで。それ以上が存在するのかは解らないが、少なくとも特級で、大事過ぎて家の宝物庫に保管されるレベル。
そして上級なら、ウチの父が『良い品だろう!』と見せつけてきたあの槍と同等。……資金力のある貴族が、自領で抱える名工に作らせ、ようやく『上級』。それを何でもないようにポンと渡す? なるほど、確かに腕利きとなのは間違いないようで。
……アレかな、能力が高い代わりに性格が終わってるとかそういうの。
「む! なんか侮辱された気がする! ……ま、それは迷惑料ってことで。単なる鉄だけでやってるからそこまで強くないしねぇ。んでライカちゃん、どんな感じ? 一応グリップのとこ君に合うようにやってみたけど?」
「吸い付く。とっても持ちやすい。……うん! ありがと店主!」
「にゃはー♡ そこは名前で呼べにゃ! チャナタアちゃんぞ!」
私が店主と言葉を交わしている合間に、またあの鋭い目を宿し剣に視線を向けるライカ。
その刃を確認するためか、視線と平行に剣を寝かせ、確認。軽く握りしめ振るうことを重なれば、非常に良い品であることが理解できたのだろう。何かを漏らすようにつぶやいた後、普段通りの表情を浮かべ嬉しそうに礼を言っているのが見える。
……とりあえず、良い装備品が手に入って良かった、ということにしておこうか。
「あ、そうそう! なんかお客さんら上客になってくれそうな雰囲気してるし、今後も面倒見てやるにゃ! もしダンジョンでいい感じの素材手に入れたら強化とか新しいの作ったりしてあげるから、持って来てにゃ~♡」
「えぇ、こちらとしても名工との伝手が出来るのは好ましいことです。是非よろしくお願いいたします。……もう少し静かにして頂くのが、条件ですが。」
「にゃ!? そんなに煩いかニャ?」
「マジで煩いぞ、店主。」
ライカがそう言えば、急にショボショボとした顔を作り始める店主。
まぁ眼の奥が若干嗤っていることから、単なる冗談なのだろう。こちらが話を終えるために財布を取り出そうとすれば即座に明細を出してくるあたり、確実に気にしていない。ぱっと支払って、さっさと“次”に向かうとしよう。
(さ、ようやくダンジョンだ。血生臭いのはあまり得意じゃないけど……。)
少しだけ、楽しみかな?
〇アーミングソード
エドの言う所の前世(地球)では騎乗戦闘用の武器だったもの。
しかしこの世界では魔物や魔法がある世界なせいか全体的に身体能力が向上しており、歩兵用武装に分類される刀剣である。全て金属製であり、持ち手の所に皮を巻きつけている感じ。柄と刃の間に鍔が付いており、十字となっている。刃渡り約80㎝、重さ約1㎏。現地人である彼らが一般的に言う所の剣がこれであり、大体の人物が『剣』と伝えればコレを思い浮かべる。
主な使い方は重さを利用し叩き切る方法で、店主は『猪突猛進で一撃必殺タイプに見えるし、膂力もありそうだからコレが良いにゃ。ある意味初心者ようにゃしね~!』という理由でこれをチョイスした模様。現状“未強化”に分類される状況なため、一部の特殊な強化素材を持ち込むことでパワーアップする可能性を残している。
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