皇帝に成りたくない男の不本意奴隷ハーレム   作:サイリウム

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9:ライカの動揺

 

最初に感じたのは、それまで感じたことのない異臭だった。

 

 

(……初めてのダンジョン探索で、浮かれすぎたか?)

 

 

これまでの人生で、アタシの周囲にはダンジョンというモノは存在しなかった。

 

故郷である平原にも無かったし、奴隷に落された後も入った経験はない、農園奴隷時代はずっと労働に追われていたし、糞ジャックの奴隷商館に入れられていた時はそもそも商館の外に出ることが出来なかった。まぁつまり。新しいご主人とのソレが、初めてだったのだ。

 

けれど流石のアタシでも、全くの無知だったわけではない。

 

 

(なんでそうなったのかはもう知りようがないけど……。子供の時に母が歌ってくれた子守歌が、ダンジョンの歌だった。歌詞が酷くて心地よく寝れるようなものじゃなかったけど、内容は覚えている。)

 

 

ダンジョンは言わば、魔物たちの巣。

 

人間とか、獣人とか、エルフとかドワーフとか。それ以外のすべての『人類種』の敵が、魔物だ。自然発生してゴブリンみたいに地上に巣を作ってしまうような奴もいるが、ダンジョンは『魔物全ての巣』だ。そいつらが延々と湧き出てくる謎の穴であり、力さえあれば巨万の富を手に入れることが出来る宝箱。アタシが知る子守歌では、そんなことが歌われていた。

 

勿論、その拮抗が“崩壊した”時に起こることも、だ。

 

 

(ダンジョンは外にいる奴らを食い殺すために、定期的に魔物を外へと排出する。もし内部に入って“間引く”ことを怠れば、たちまちその土地は魔物たちの住処になってしまう。だからダンジョンを見つけた奴は富を得る代わりに、中に入って死ぬまで戦い続けないといけない。)

 

 

アタシが知る歌には、そんなことが歌われていた。

 

そして“ダンジョン攻略”を生業にしていた部族の存在も、知っている。アタシら一族とあまり関係は深くなかったが、そいつらに連なる商人が偶にダンジョン産の品々を持ち込んでいた。

 

彼らはダンジョンを独占していたそうだが、その攻略の中で多数の犠牲を出していた。アタシに政治は解らないが、そういう“対価を支払っている”からこそ、独占が許されていたのはなんとなく理解できる。

 

……んで、そんな巨万の富を生み出す存在であるならば、欲深き存在である人間族が手を出さない訳が無い、ってことで。

 

 

(この迷宮都市『キトゥッグ』だったか? 迷宮を中心に構成された街。迷宮から“搾取する”為に生み出された町だ。……アタシは単に聞いただけだが、街の成立当時から見て来た“例の先輩”によると、マジでそんな感じらしい。)

 

 

富を得るために効率化し、“冒険者”なる仕事を生み出した人間族。

 

奴らはその身を投じたり、アタシら奴隷を放り込むことで攻略を進めて行ったそうだ。結構な年月を攻略に費やしてるそうだが、未だにその最奥は見つかっていない。けれど『良い狩場』の構築は出来ている様で、結構な富を毎日生み出している。

 

まぁ、アタシとしては思う所が無い。とは言えないが……。

 

 

(魔物をぶっ殺せる上に、自由に体を動かすことが出来る。“ご主人”には感謝しないと、なぁ?)

 

 

アタシに掛けられた制約は、お優しいご主人サマのおかげでほとんどない。

 

流石に『主人への攻撃』などは制限されているが、自分の意思で武器を手に取れなかったり、攻撃する前に指示を待たなければいけなかったり、まぁそういうややこしいのが一切存在しないのだ。

 

しかも、運がいいことに。

 

この迷宮に出てくる魔物は、ゴブリンだ。

 

あの農園でアタシの友人たちを食い殺した奴らと同種の魔物。それをなんの制限もなしに、自由にぶっ殺して回れる。倒せば倒すほどにご主人は褒めてくれるし、アタシは酷くスッキリできる。正にこれ以上ない“職場”って奴だった。

 

 

(直前で入ったあの防具屋の店主。アタシが気にしてた“弱み”を一目で解き明かしやがった。……だが、今はそう言うのは気にしなくてもいい。剣を振るえば、敵が死ぬ。ただそれだけ。)

 

 

……そんな、ヤケなところが、いけなかったのだろう。

 

 

(こんな接近されてるのに、何で気が付かなかったんだ! クソがッ!)

 

 

そもそも、アタシの鼻はそれほど良くない。

 

匂いからご主人の感情を読み取ったりなど、至近距離の感情分析などは多少他人より優れている。けれど広範囲の索敵に関して言えば、かなり“馬鹿”な部類だ。

 

少なくとも故郷の、目より鼻の方が正確だったアイツに比べれば欠片も出来ない。

 

だからこそ、閉所で逃げる場所が限られたダンジョンでは無理してでも周囲を探っておくべきだった。たとえ出てくる敵が雑魚のゴブリンだけだったとしても、“例外”に備えておくべきだった。今アタシたちが遭遇しようとしているイレギュラー、『徘徊者』のことを頭に入れておくべきだった。

 

調子に乗ったアタシのせいで、詰みかけている。

 

 

「……なんか、ヤバい。ヤバい匂いがするッ!」

(この“絶対に敵わない”強者の匂い! 駄目だ! 逃げられない!)

 

 

ご主人にも伝えるため声を上げてしまうが、何の意味もない。

 

何をしてもひっくり返らない相手。その正体は解らないが、匂いの質からして圧倒的に格上の存在。戦えないご主人と一緒にどうにかできる相手ではないことは、本能で理解できてしまう。

 

けれどアタシの脳は未だ生き残ることを諦めていないのか、勝手に思考が取りまとめられていく。

 

 

(まず、アタシ一人で逃げた場合。)

 

 

最初に浮かんだ、ご主人を見捨てみっともなく逃げる方法。

 

……おそらくだが、不可能ではない。見るからに戦士ではないご主人のことだ。少しは鍛えているようだが、足運びが武器を持つ者ではない。そもそも足の速さはアタシの方が圧倒的に上なことは、既に解っている。つまりご主人を見捨てて“囮”とし、この男が食われている間にダンジョンの外まで逃げるという作戦。

 

折角手に入った最高な主人を失うことには成るが、ほぼ無傷で生き残るにはコレが最適。

 

 

(でも、脱出した後で死ぬ。)

 

 

この国の奴隷への扱いは、身に染みている。

 

たとえ魔物から逃れて外に逃げたとしても、待っているのは死だ。

 

昨日聞いたが、ご主人は皇位継承者の一人。途轍もなく高い身分にいる存在だ。本人の気質はそれと正反対の所にある様な気もするが……。なんかこう纏う雰囲気や匂いに、納得してしまうだけの“何か”がある。嘘をついている匂いはしなかったし、気狂いの類でもない。元居た商館のジャックも恐れおののいてたし、確実にご主人は『尊い身』なのだろう。

 

……そんな奴を、“付き従うべき奴隷”が見捨てて逃げ出した。

 

もしそうなれば、ご主人の関係者は死んでも追って来るはずだ。報復か復讐か。どっちかは解らないが、アタシが死ぬまで続くおいかけっこが始まってしまう。

 

 

(そうなったら、確実に死ぬ。)

 

 

一部の人間がアタシよりも各段に強いことは解ってるし、そもそも今いる場所は完全に人間族のテリトリー。味方も仲間もいない状況で生き残るなど不可能だ。

 

かといって、ご主人と一緒にこの敵。強大な魔物から逃げるのも……。

 

 

(多分、無理。)

 

 

さっきも言ったが、ご主人の足はアタシよりも遅い。

 

咄嗟の回避も出来ないだろうし、ひと当たりして相手が怯んだすきに逃げる、ってのも出来ない。つまり一緒に逃げるのならば、ご主人を抱えて逃げるしか方法は無い。しかし敵の匂いの大きさ。強さ的に、それではすぐに追いつかれてしまうだろう。

 

ご主人の重さは解らないが、ほぼ体重が2倍になるのだ。走る速度は落ちるし、敵の攻撃に合わせて回避も出来なくなる。既にアタシの鼻でも察知できる位置まで近づかれている以上、引き離すのは不可能だ。

 

完全なお荷物。戦士ではないので仕方のないことかもしれないが……、なんでそんな状態でダンジョンに来たのだと叫びたくなってしまう。

 

……まぁ。アタシだけダンジョンに放り込んでいれば、『コイツも他の人間族と同じ』と判断していたことだろう。明らかにアタシの気を引くというか、嫌われないように動いてるっぽいご主人からすれば、出来なかった選択肢に違いない。

 

 

(なら、ここで戦って勝ち切る。もしくは痛手を負わせてその隙に逃げる。)

 

 

もう、それしかない。

 

どこまで足掻けるかは解らないが、少なくともご主人が逃げるだけの時間を稼いで、アタシも撤退する。完全に格上の相手ゆえにどれだけ時間を稼げるか解らないし、走れない程の深手を負うかもしれない。けれどお互い生き残る事さえできれば、このお優しいご主人は出来る限りの手を尽くして、アタシを治そうとしてくれるはずだ。既に彼が“そういう気質”なのは、解り切っている。

 

そしてもし治療が無理でも、老いて死ぬまでくらいは面倒を見ようとしてくれるだろう。アタシが思い描いていた“今後”とはかけ離れるかもしれないが、各段にマシな結末だ。……ただ生き残ることを考えるならば、これしかない。

 

そう考え、逃げるよう口を開こうとした瞬間……。

 

 

ご主人の纏う匂いが、変化する。

 

 

 

(……血?)

 

 

 

背後から感じる、強い血の香りと、苦痛の匂い。

 

まるで体の中が破裂したような、強い力に耐えきれず崩れ落ちたかのような、酷い匂い。

 

ご主人の身に何が起きたのかと振り返ろうとした瞬間。その思考をかき消す様な“命令”が、下される。

 

 

「2秒後会敵! 撤退用意! 少しでいいから時間を稼いで!」

 

「ご、ご主人!?」

 

 

振り返ってみてみれば。何故か持っていた大きなカバンどころか武器すら放り投げて、何かの準備を始める彼。一瞬気が狂ったのかと思ってしまったが、彼の発する匂いは強い血の香りと、焦りながらも戦おうとする意志。諦めない者の匂いだ。

 

普段はもっと深くまで分析することが出来るのだが、血の香りによってその多くがかき消されてしまっている。だからご主人が何を考えているのかは解らなかったが……。

 

“同じ答え”に辿り着いたのは、なんとなく理解できた。

 

 

(アタシが前に出て戦って、ご主人は何かしらのサポートをしてくれる。)

 

 

この人は、馬鹿じゃない。

 

これまで見て来た人間のように、欲に溺れた屑でもない。

 

アタシだけに戦わせるのではなく、何かしらのサポートをもってその生存率を上げる。現れようとする敵に手痛い一撃を喰らわせることで怯ませ、その隙に2人一緒に迷宮の外まで走る。度々彼が板に地図のようなものを書き込んでいたのをアタシは見ていた。つまりルートを間違えることはない。

 

辿り着いた答えは、同じ。匂いで何を考えているか推測することが出来なくても、共闘は出来る。

 

意識を再整理し、大きく息を吐き出す。そして曲がり角から出てくる強敵に視線を向けるが……。

 

 

「ッ! オーガ!?」

 

 

現れたのは、オーガ。

 

しかも、3体。

 

話に聞くところによると、この迷宮に出てくる最初のボス。おそらく今のアタシでは1体相手でもかなり厳しいのが、3体。同じ魔物が集まっていたからこそ、余計に匂いが籠り強大な魔物だと感じてしまった。そう思い至るが、今はそんな場合ではない。

 

 

(どう動けば!?)

 

 

あの防具屋の店主にも言われたが、アタシには技術。剣を振るうために必要な能力が足りていない。

 

単にアタシが未熟だってのもあるが……。一族に伝わる剣技、本来父親から教わるはずの技を受け継ぐ前に、人間たちによって奴隷に落されてしまったからだ。

 

獣人特有の高い膂力を使って、既に掠れてしまった父の動きを脳内で再現し、見よう見まねで再現する。そのおかげである程度は戦えるが、通用するのは同格か格下だけ。あの奴隷商館での戦闘訓練で、痛いほどに解らされてしまった事実。まぁだからこそ、あの店主に初対面で“ソレ”を見破られてしまったことに恐怖を抱き、反感を抱いてしまったのだが……。

 

 

(格上、しかも3体の相手にどう動けばいいか解らない……!)

 

 

相手の攻撃を受け流せるだけの技術があれば、3方向から別々に攻め込んでくる相手にも対処できたはずだ。未だ遠く及ばない父親の剣、その術理の欠片でも理解することが出来ていれば、この場でも前へと突っ込めたはずだ。

 

けれど、アタシには“勝つ方法”が無い。戦うために必要な手段がない。まだ1対1なら無理矢理に何とか出来たかもしれないが、3倍は無理だ。1体を攻撃している間に、残りから挟撃されて死ぬ。

 

匂いから理解できてしまう圧倒的格上という恐怖。3体という無視できない数の差。そしてアタシの手に握られた、受け継げなかった理の無い剣。ご主人がどうにかして1体の気を引いてくれたとしても、もう1体残り、そいつにアタシは殺されることだろう。

 

思考が纏まらなくなってしまい、ヤケになり闇雲に突っ込んでしまいそうになった時……。

 

ご主人の口から、再度命令。いや“指示”が飛んでくる。

 

 

「なら、ライカ! 先頭のオーガに接近! 全力で剣を振り上げ! タイミング合わせて!」

 

「ッ!」

 

 

その指示を受けて、半ば反射で動き出す体。

 

奴隷に対する命令ではなく、この背を押してくれる様な言葉。ご主人が使わない様な命令口調ではあったが、その奥に隠された感情は変わっていない。

 

だからこそ、前へと進めた。

 

あの人が何を考え、今何をしているのかは解らない。けれど未だ香る血の匂い、その奥底には『勝利』への強い執着が見えた。つまりアタシの中には無い勝ち筋を、あの人は既に持っている。

 

ならばもう、そこに全てを賭けるしかない。

 

 

「……、今ッ!」

 

「あぁぁぁアアアアア!!!!!」

 

「グガッ!?」

 

 

全速力でオーガに突っ込み、ご主人の声が聞こえた瞬間。

 

強く踏み込み下から全力で剣を振り上げる。

 

格下にしか見えないアタシが急に突っ込んできたことに驚いたのだろう。その腕と固い皮膚に受け止められてしまうが、驚いたような声を上げるオーガ。……既に、アタシの頭の中には何もない。だからこそ、叫ばれた指示をなぞる様に動くことが出来る。

 

 

「右回転からの切り上げ! そこから“下顎”の動き!」

 

「ッ!」

 

 

一瞬『なぜ知っているのか』という思考が浮かび上がってくるが、それよりも先に体が動いて行く。

 

まるで父の動きを再現するかのように剣が振るわれ、相手にダメージが与えられていく。まるでオーガの動きどころか、アタシの動きまで最初から解っているかのような動き。疑問と、ほんの少しの恐怖が浮き上がって来るが、それ以上に『思い通りの動き』が出来たこと。そして格上相手に戦えている高揚感が、自身をより前へと送り出してくれる。

 

 

「ッ、今!」

 

「そこだァァァアアアアア!!!!!」

 

「ガ、ギャッ!?」

 

 

ご主人の指示の通りに剣を押し込めば、オーガの瞳に向かって突き進んでいく切っ先。

 

相手の防御を丸ごと無視し、固い皮膚による防御が意味を為さない眼球に。流石に相手も恐怖したのか、急いで瞳を閉じようとするが……、突き刺さる方が早い。

 

 

「ガギャァァァ!!!」

 

「下がって!」

 

「おうッ!」

 

 

即座に距離を取りながら剣を振るえば、近くの土壁に飛び散るオーガの血。

 

呼吸を整えながら相手に視線を向ければ、顔を抑えながらその場で喚き散らす大鬼の姿が。格下であるアタシにやられると思っていなかったのだろう。ご主人の指示のおかげもあってか、最低限の手数で相手の目を潰すことが出来た。……けれど、既に他のオーガたちの顔は、驚きではなく強い敵意が浮かび始めている。

 

ここからが、本番。

 

そう思い再度息を吐き出し、剣を構えようとするが……。

 

 

「伏せて!」

 

「おうッ! ……おう?」

 

 

次にご主人から飛んできたのは、意味の解らない指示。

 

アタシがオーガに手傷を負わせたのは、明らかにご主人の指示のおかげだ。それに従っておけば問題ないと本能が理解していたのか、思わずその通りに地面に伏せてしまったが……。マジで意味が解らない。なんで戦闘中にわざわざ隙を晒すんだ? 飼い犬みたいに腹でも見せろと?

 

故に、思わず後ろを振り向いてしまったのだが……。

 

そこにあったのは、へたくそなフォームで自前の槍を投げようとする彼。

 

 

「そぉいッ!」

 

「…………えぇ。」

 

 

変な掛け声と共に、飛んでいくソレ。

 

一応前。というかオーガたちの方に飛んで行くのだが、狙いが明らかに不味い。オーガの身体どころか、ちょうど目の前に地面に突き刺さり、沈黙。アタシたちどころか、オーガたちにも何とも言えない空気が漂い始めるが……。

 

その瞬間、槍。その先端に括りつけられていた“何か”から、一気に赤い煙が噴き出し始める。

 

煙幕、ソレも刺激物だ。

 

 

「ライカ! 逃げるよ!」

 

「お、おうッ!」

 

 

少し反応が遅れたが、急いで出口に向かって走り出すアタシたち。

 

潜り始めた時は『なんでコイツこんなデカい鞄担いでるんだ?』と思っていたのだが、どうやら便利な戦闘用の魔道具をたらふく持ち込んでいたのだろう。走りながらではあるが、後ろに向かって煙幕やらマキビシやらトリモチやらを投げまくっている。オーガたちの咳き込む声や、此方に対する怨叫のようなものが聞こえてくるので、効果は十分。

 

まぁつまり。そのいくつかを槍に括りつけ。放り投げることでオーガたちの虚を突いたのだろうが……。

 

 

「あぁもう遅いぞご主人! 何だその走り方ッ!」

 

「おわッ!?」

 

 

明らかにフォームが“普段運動しない”奴のそれで、耐えきれず担ぎ上げてしまう。

 

ご主人に合わせていたらどれだけ撒き散らしても遅すぎて追いつかれるし、アタシが抱えた方が早くて、しかも投擲に集中することが出来る。……物を投げるフォームも色々終わっていたし、変な方向に飛んでいきそうで怖いのだ。アタシが抱えて固定した方が色々とマシだろう。

 

……それにしても。

 

 

「あは! あはははっ! 何だよご主人! やれるじゃないか!」

 

「え? な、なんですライカ!?」

 

「度胸の話! ま、あの槍投げ見たら笑えて来るけどな! あははっ!!!」

 

 

元の無駄に丁寧な言葉遣いになったご主人を抱えて走りながら、つい大声を上げて笑ってしまう。

 

奴隷たちを迷宮に放り込み、戦闘という責任を果たさず財だけを貪る人間族。アタシはそんなクソみたいな奴らを忌み嫌っていたが、どうやらウチのご主人は正反対。本当に信用できる“ご主人サマ”だったようだ。

 

力は全く伴っていないが、一緒に戦おうとしてくれるし、回る頭も度胸もある。『何故アタシの一族しか知らないはずの技』を知っていたのかという疑問はあるが、ご主人が居なければアタシは戦う事すらできなかったことは事実。一族の戦士として恥を晒さずに済んだのは、感謝せねばならない。……後で聞き出すつもりではあるけど。

 

何にせよ、『生き残る』というアタシたちにとっての『勝利』をつかみ取れたのだ。大声を上げて笑うことぐらい、許してもらうとしよう。

 

 

「にしても! 何だよあの槍! 酷いってレベルじゃないぞご主人! あは! あははっ!」

 

「そ、そんなに酷かったですか? 前に飛んだだけマシだったと思うのですが……。」

 

「生まれたての小鹿でももう少し真面なステップ踏むぞ!? あはー! 本当に面白い! ちゃんと筋肉あるのに距離出てないし! マジでセンス無いのな!」

 

「や、やっぱりですか……。」

 

 

アタシの言葉に少し落ち込みながらも、未だ何かのアイテムを後ろに投げ続けるご主人。

 

抱きかかえて走ってる手前、色々と密着しているのだが……、本当に思ったより筋肉がある。鍛えていないわけではないみたいだし、これくらいの筋力ならオーガの頭に突き刺すぐらいは出来たはずだ。でもあんなヒョロヒョロとした投擲を見る限り、マジで戦闘に関するセンスが無いタイプ。

 

まぁ別に、アタシが代わりに戦えばいい話なのでソレは良いんだけど……。

 

 

(体も引き締まってるし、頭も回るし、度胸もある。優しいし、金もあるし、色々気遣ってくれるし。やっぱり思ったよりも、かなり良い男……)

 

「ライカ? どうかしましたか?」

 

「な、何でもないぞ! そ、それよりも早くもっとばら撒けご主人! 追いつかれるぞ!」

 

 





〇エドの戦闘能力

ほぼ皆無。

帝国自体が尚武の気質を持っているせいか、多くの貴族が筋肉至上主義のような思想を持っている。つまり腹が出ていたり、脂肪を大量に出ている貴族は嘗められる可能性が高い。

そんな環境なせいか、一応主人公であるエドも鍛えており、引き締まった体を持っているのだが……。本当に戦闘に関するスキルが無い。細マッチョではあるが、50m走はクソ遅い感じ。重いものを運ぶなどの行動程度なら問題ないが、体を動かすセンスが欠落してると言っていいレベル。(前世からそんな感じ)

最初は彼の両親や家庭教師陣もそれを改善しようとしていたのだが、完膚なきまでに打ちひしがれてしまい、『改善は不可能』の烙印を押しているし、本人も納得している。



エド「これでもマシになった方なんですよ? 昔は前に投げた槍が何故か後ろに飛んで行った、とかありましたし。」

ライカ「えぇ……」






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