黒い記録体   作:あはとなはと

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モノリスの経緯と来歴、過去記録者の説明


# 補遺 黒い記録体の来歴

 本編に登場する「第○記録文明」とは、地球上に発生した文明そのものの順番を示したものではない。

 

 黒い記録体には、長い年月の間に複数の文明が文章や図、翻訳結果などを書き加えている。本資料では、それらの記録を残した文明を古いものから順に「第1記録文明(R1)」「第2記録文明(R2)」と呼ぶ。

 

 したがって、R7とR8の間に文明が一つも存在しなかったという意味ではない。高度な文明を築きながら月へ到達しなかったもの、記録体を発見しなかったもの、あるいは記録を残すことなく滅びた文明が存在した可能性もある。

 

 ここに記載されているのは、あくまで黒い記録体と接触し、その痕跡を残した文明である。

 

 

## 第1記録文明(R1)──最初の製作者

 

 **年代:西暦1968年~西暦2200年ごろ**

 

 現在の人類にあたる文明。

 西暦1968年、映画『2001年宇宙の旅』が公開された。この作品には、月面地下から黒い直方体状の人工物が発見される場面が登場する。

 その翌年の1969年、人類は現実に月面へ到達した。

 それから二百年以上が経過し、月への旅行が国家的な探査事業ではなく、民間人でも参加できるほど一般化した時代に、映画公開を記念した企画が持ち上がる。

「映画に登場したモノリスを、本当に月へ埋めてしまおう」というものだった。

 製作者たちは単に外見を再現するだけでなく、遠い未来に発見される可能性を考え、内部と表面に自分たちについての情報を残した。

 人間という生物、地球、太陽系、数学、物理学、言語の解読方法。そして『2001年宇宙の旅』という創作物が存在したこと。

 最後には、この黒い物体そのものについても説明されていた。

 これは未知の知的生命体が残した装置ではない。

 自分たちが作った映画に登場する架空の物体を、自分たち自身で再現したものである。

 映画と同じように未来の誰かが月面地下から発見してくれれば面白い。

 それが、この記録体が作られた最初の理由だった。

 

 

## 第2記録文明(R2)

 

 **年代:西暦約1200万年**

 

 R1の文明が消滅してから、約一千万年以上が経過した時代に存在した文明。

 月面の地下調査中に、黒い記録体を発見した。

 発見当初、R2はこれを自分たちよりはるか以前に存在した高度文明の装置と考えた。月の地下へ意図的に埋められていたことから、後世の知的生命による発見を想定した装置ではないかという説も唱えられた。

 長期間の研究によってR1の記録が徐々に解読され、やがてR2は地球、人類、映画という概念にまで到達する。

 そして最後に、自分たちが発見した物体が「月面地下から謎の黒い物体を発見する」という古代の創作物を再現したものだったと知った。

 R2は解読結果を記録体へ追加した。

 内容を要約すれば、

「我々はこれを発見した。あなた方の言語を解読し、あなた方が何者だったのかを知った。そして、なぜこれをここへ埋めたのかも理解した」

 というものだった。

 R2は記録体を持ち去らず、発見した場所へ再び埋めた。

 次の誰かにも同じ経験をさせるためである。

 

 

## 第3記録文明(R3)

 

 **年代:西暦約3100万年**

 

 R2よりさらに約1900万年後に記録体を発見した文明。

 R3が発見した時点で、記録体にはすでに二種類の文明による文章が存在していた。

 そのためR3は、R1の文章だけでなく、R2が残した翻訳結果を利用することができた。

 これによって解読に要する時間は大幅に短縮された。

 R3はR1の記録を独自に再検証するとともに、R2が理解できなかった文化的な概念について補足を行った。

 特に多くの記述が残されたのが「映画」についてである。

 R3にとって映像による物語表現はすでに失われた文化形式だったらしく、R1がなぜ実在しない出来事を映像として制作し、それを大勢の人間が楽しんでいたのかについて長い考察を残している。

 結果としてR3の記録は、R1についての最初の本格的な文化研究にもなった。

 

 

## 第4記録文明(R4)

 

 **年代:西暦約4800万年**

 

 R3までの翻訳結果を利用して記録体を解読した文明。

 R4はR2およびR3による翻訳に複数の誤りを発見し、訂正を加えた。

 特にR1の「創作」「俳優」「観客」といった概念について、それ以前の文明では誤解があったことを指摘している。

 R2は映画に登場する人物を、R1文明に実在した歴史的人物の記録だと一部解釈していた。

 R4による訂正によって、R1が「実際には起きていない出来事を、起きたように再現して楽しむ文化」を持っていたことが明確になった。

 

 

## 第5記録文明(R5)

 

 **年代:西暦約7300万年**

 

 後世に大きな影響を残した記録文明。

 R5は過去四文明の記録を整理し、数学、物理量、図形、天文学的情報から各文明の言語へ到達できる大規模な対応表を作成した。

 これ以降、記録体そのものが一種のロゼッタストーンとして機能するようになる。

 後世の文明はR5の記録を入口としてR4を読み、R4からR3へ、さらにR2、R1へと遡ることが可能になった。

 R5以降、記録体の解読に必要な時間は急速に短くなっていく。

 

 

## 第6記録文明(R6)

 

 **年代:西暦約1億500万年**

 

 R5が作った翻訳体系を利用し、それ以前の記録の大部分を解読した。

 R6による大きな追加情報は少ない。

 しかし、自分たちの身体構造、居住地域、地球環境などについて詳細な記録を残したため、後世から見ればR6そのものを知るための資料として重要な位置を占めている。

 黒い記録体が「R1について知るための資料」から、「それを発見した各文明自身についても記録する媒体」へ変化していった時期でもある。

 

 

## 第7記録文明(R7)

 

 **年代:西暦約1億4100万年**

 

 記録体の扱いを大きく変えた文明。

 R7は月面地下から記録体を発見したが、それまでの文明と違い、再び埋め戻さなかった。

 R1からR6までの記録を解読した結果、これを極めて重要な歴史資料と判断し、地球上へ運搬した。

 記録体はR7の博物館に収蔵される。

 R1が「未来の誰かに月から発見してもらう」ために始めた仕掛けは、ここで一度途切れることになった。

 その後、R7文明そのものが衰退し、博物館も放棄された。

 

 

## 第8記録文明(R8)

 

 **年代:西暦約1億7000万年**

 

 R7文明の遺跡を知っていた文明。

 R8はR7を伝説上の存在としてではなく、自分たち以前に実在した高度文明として認識していた。

 R7の都市遺跡を調査する過程で、旧博物館から黒い記録体を発見する。

 そのためR8は、記録体そのものだけでなく、「R7がこの物体を研究し、保存していた」という事実についても知ることになった。

 R8はR7が残した研究資料と記録体上の文章を照合し、過去の解読結果を整理した。

 この時代には、黒い記録体はすでに「月から発見する謎の物体」ではなく、「過去文明から過去文明へ受け継がれてきた歴史資料」と認識されている。

 

 

## 第9記録文明(R9)

 

 **年代:西暦約2億400万年**

 

 R8文明の遺跡を発掘した文明。

 R9は、そこがもともとR7によって建設され、後にR8が研究施設として利用した場所であることを理解していた。

 したがってR9から見た記録体は、

 R7が保存していたものをR8が再発見し、それをさらに自分たちが発見した物体ということになる。

 しかも記録体そのものを読めば、そのはるか以前にR1からR6までの文明が存在したことまで分かる。

 R9はこの複雑な来歴を整理し、それぞれの記録が同一文明によるものではないことを明確に分類した。

 後世で使われる「記録文明」という考え方の原型は、このR9による整理から始まった。

 

 

## 第10記録文明(R10)

 

 **年代:西暦約2億4700万年**

 

 R9が整理した記録体系を継承した文明。

 この時代には記録体そのものを保存する文化が成立しており、R10は大規模な修復と表面保護を行っている。

 また、過去文明の記録を消さず、自分たちの文章を空いている領域へ追加するという原則を明文化した。

 

 

## 第11記録文明(R11)

 

 **年代:西暦約3億100万年**

 

 R10以降に発生した大規模な文明断絶を経て登場した文明。

 R11は過去の文明との直接的な文化的連続性をほとんど失っていた。

 それでも古代遺跡の調査から記録体を発見し、R5以降に蓄積された翻訳体系を利用することで、過去の記録を再び読み解くことに成功した。

 R11にとって衝撃的だったのは、記録体に記されている文明の多くが、自分たちの神話や歴史にまったく残っていなかったことである。

 地球上から歴史が消えても、記録体だけがその存在を覚えていた。

 

 

## 第12記録文明(R12)

 

 **年代:西暦約3億2700万年**

 

 R11との文化的連続性をある程度保持していた文明。

 R12は自分たちをR11以降の「継承文明」と認識しており、それ以前の文明史についても研究していた。

 記録体には、自分たちが過去の文明をどこまで知っているかについて比較的詳しい文章を残している。

 

 

## 第13~第18記録文明(R13~R18)

 

 **年代:西暦約4億~7億年**

 

 この時代にも記録体は複数回発見され、翻訳、研究、追記が繰り返された。

 一方、地質学的な調査から、この期間には記録体に文章を残していない高度文明も複数存在した可能性が指摘されている。

 このことから、後世では「第○文明」という呼称が次第に使われなくなり、「第○記録文明」という名称が一般化した。

 記録体に名前がないからといって、その時代に文明がなかったとは限らない。

 残っている歴史と、実際に存在した歴史が同じではないことが明確になった時期でもある。

 

 

## 第19記録文明(R19)

 

 **年代:西暦約7億6000万年**

 

 それまでの文明とは大きく異なる形で記録体に痕跡を残した。

 R19は記録体を発見したものの、過去文明からの文化財ではなく、未知の目的を持った装置である可能性を強く警戒した。

 最終的に敵性装置と判断し、軌道上から高エネルギー兵器による攻撃を行った。

 記録体は完全には破壊されなかったが、一部が欠損し、それ以前の文章にも失われた部分が生じた。

 R19自身による文章はほとんど残っていない。

 彼らが記録文明として数えられている最大の理由は、砲撃痕という確かな記録が記録体に刻まれたためである。

 

 

## 第20記録文明(R20)

 

 **年代:西暦約8億1000万年**

 

 破損した状態の記録体を発見した。

 R20は損傷状態を調査し、自然現象ではなく人工的な攻撃によるものと判断した。

 残存する過去記録を利用してR19以前の来歴を復元し、可能な範囲で記録体を修復した。

 そして、「前回これを発見した文明は、この物体を攻撃したらしい」という趣旨の記録を追加している。

 

 

## 第21~第22記録文明(R21~R22)

 

 **年代:西暦約9億~11億年**

 

 R20による修復後の記録体を継承した文明。

 この頃になると太陽の増光による地球環境の長期的変化が、各文明の記録にも現れ始める。

 記録体はもはや単なる文明史だけでなく、地球そのものが変化していく過程を記録する資料にもなっていった。

 

 

## 第23記録文明(R23)

 

 **年代:西暦約12億年**

 

 過去記録の整理を行った文明。

 R23はR19を独立した記録文明として分類することに強い不満を示している。

 出来るだけフォーマルな文章で書かれているようだが、背景にある強い怒りが伝わってくる。

 自分たちの文章をほとんど残さず、理解できない物体を攻撃しただけの文明を、他の記録文明と同列に扱う必要があるのか、というのがその理由だった。

 しかし後世では、「破壊という行為そのものが、R19が記録体に対して残した回答である」と解釈され、R19の番号は維持された。

 

 

## 第24~第27記録文明(R24~R27)

 

 **年代:西暦約15億~40億年**

 

 太陽の増光がさらに進み、地球環境はR1の時代とは大きく異なるものになっていた。

 文明の主要な居住域も地球だけではなくなり、太陽系内の人工居住施設や他天体へ広がっている。

 それでも記録体は太陽系内に残され続けた。

 R1が暮らした地球そのものが過去の環境を失っていく一方で、黒い記録体には地球がまだ青い海を持っていた時代の記述が残っていた。

 

 

## 第28記録文明(R28)──太陽系からの搬出

 

 **年代:西暦約50億年**

 

 太陽の終末が現実的な問題となった時代の文明。

 R28は、記録体をこれ以上月や地球に保存し続けることはできないと判断した。

 長く保管されていた記録体を回収し、恒星間航行船へ搭載する。

 R1が月へ埋めて以来、およそ50億年間続いた太陽系内での保存はここで終わった。

 R28は搬出に際して、「原位置での継承はここで終了する」という趣旨の文章を残し、黒い記録体は、地球と月を離れた。

 

 

## 恒星間継承期

 

 **年代:西暦約50億年以降**

 

 太陽系を離れた記録体は、複数の恒星系を移動した。

 この期間については記録の欠落が多く、すべての所有者を特定することはできない。

 文化財として保管された時代もあれば、単なる古い積荷として扱われた時代もあった。

 やがて、それが地球という失われた惑星から運び出された記録体であることすら忘れられる。

 最終的には一隻の古い移民船に積まれた状態で、ノヴァ・セティへ到達した。

 

 

## リオたちの記録文明

 

 **年代:本編現在**

 

 移民船が廃船となった後、解体作業に従事していたダロの祖父が記録体を回収した。

 その時点で来歴を示す資料は失われていた。

 何でできているのかは分からないが、硬い。鍛冶師にとって必要なのはそれだけだった。

 そのためダロの家では金床として利用されるようになった。

 数十年、あるいはそれ以上にわたり、過去数十億年分の文明記録を刻んだ物体の上で、工具や農具が叩かれ続けた。

 そして本編冒頭。

 地質調査のためノヴァ・セティを訪れていたリオが、雑貨店でその金床を目にする。

 調査によって記録体の来歴は再び明らかになり、R1から始まる長大な記録文明史が復元された。

 リオたちもまた、自分たちの発見について新しい文章を追加する。

 その内容には、発見場所や年代、解読結果とともに、発見時の状況も記された。

 「発見時、本記録体は当地の雑貨店において金床として使用されていた」

 こうして彼らもまた、記録体の歴史の一部となった。

 

 

# モノリスさんの移動経路

 

 R1が『2001年宇宙の旅』を再現して月へ埋設

 ↓

 R2が月面地下から発見し、解読して埋め戻す

 ↓

 複数の記録文明が発見・解読・追記

 ↓

 R7が月から地球へ運び、博物館に収蔵

 ↓

 R8がR7の博物館遺跡から発見

 ↓

 R9がR8の研究施設跡から再発見

 ↓

 さらに複数文明へ継承

 ↓

 R19が危険物と判断して攻撃

 ↓

 R20が修復

 ↓

 その後も記録が追加される

 ↓

 太陽の終末が近づき、R28が太陽系外へ搬出

 ↓

 恒星間を移動するうちに来歴が失われる

 ↓

 移民船でノヴァ・セティへ到達

 ↓

 廃船からダロの祖父が回収

 ↓

 雑貨店の金床になる

 ↓

 リオが発見

 ↓

 再び「記録」として認識される

 

旅はこれからもきっと続く

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