共和国西方大陸戦線、南エウロペ大陸南東部、山岳地帯。
戦線では既に複数戦区で帝国軍突破が発生していた。共和国軍主力重戦力の大半は後退支援へ抽出され、各前線では独立高速迎撃隊による防衛が限界維持を続けていた。
そうしたある日、共和国軍はある機密物資の緊急後送を開始していた。搬送対象は、高速格闘戦闘用新型ゾイド開発計画に関わる極秘研究物資。長期間にわたる研究開発の末に蓄積された成果であり、計画の完了そのものを左右しかねない重要資産だった。
司令部は、それを峡谷最奥部の地下発射施設からロケットによって中央大陸方面へ搬送しようとしていた。発射施設周辺への大規模戦力集結は、秘匿位置そのものを帝国軍偵察網へ露呈する危険があった。共和国軍は発射直前まで秘匿を優先し、最低限の迎撃戦力のみを展開していた。
だが数時間前、その搬送情報を帝国軍偵察部隊が傍受。近傍で行動中だった帝国軍高速部隊へ、急遽強襲命令が下された。
同日1700時過ぎ。
前線レーダー基地が帝国軍高速浸透部隊を探知する。迎撃隊は直ちに出撃した。
編成は、シールドライガー二機、ガンスナイパー二機、そしてもう一機。その一機だけが、他のシールドライガーとは僅かに印象が異なっていた。
機体シルエット自体はシールドライガーに酷似している。だが躯体両側面には、大型追加ユニットが装着されていた。ユニット内部には、高出力ブースター、高周波振動式ブレード、補助荷電コンデンサ、近距離迎撃用小型弾体ランチャーが内蔵されている。
外装色は共和国軍標準色より遥かに暗い濃紺。高速夜間迎撃戦を想定した低視認実験塗装だった。
瞬間加速性能は極めて高い。しかしフレーム負荷と発熱問題は深刻であり、継戦能力も低い。さらに各機能の統合制御は未成熟であり、出力偏差事故も頻発していた。
正式名称は、RZ-007D シールドライガー高速格闘戦仕様試作機。共和国軍内部では、次世代の高速格闘戦闘用ゾイド開発に向けた、データ取得を目的とした試験機として扱われていた。だがその評価期間は当初想定を既に大きく超過していた。
そして、その両側面複合戦闘ユニットに由来して現場整備員とパイロット達はこの機体をまた別の名で呼んでいた。
――ダガーライガー。
当初、敵部隊はレブラプターを主体とする小規模浸透部隊と推定されていた。だが峡谷奥部に確認された熱源反応は、想定を大きく上回っていた。
帝国軍高速浸透部隊は、既に地下発射施設へ通じる峡谷奥側へ侵入していた。峡谷奥部を先導していたのは、黒紫の巨影だった。
ジェノザウラー。
その周囲を護衛するように、複数のレブラプターが峡谷左右高所と側面へ展開していた。
共和国軍追撃迎撃隊は、峡谷入口側からその背後へ追いつく形で接触した。
背後から接近する共和国軍を察知したレブラプター隊は即座に反転。さらにジェノザウラーも巨体を強引に旋回させ、峡谷入口側へ正面を向ける。
反転したレブラプター隊は、ジェノザウラー前面へ扇状展開しながら高速機動を開始。峡谷左右高所を利用し、共和国軍射線を分断していく。
続く最初の接触で、ガンスナイパー一機がレブラプターの側面奇襲を受け中破。共和国軍陣形は防御体勢への移行を強制される。
残るガンスナイパーは峡谷入口側へ後退しながら、レブラプター隊への射撃を継続していた。
だが、その直後だった。
停止したジェノザウラーが尾部を僅かに持ち上げる。
尾部上下に並ぶ排熱フィンが段階的に展開を開始。機体各部のエネルギー循環ラインが赤熱化し、開放された口腔内部へ高密度荷電粒子が収束していく。
レブラプター隊は射線軸上から即座に左右へ離脱。
次の瞬間、峡谷入口方向の岩盤ごと、残るガンスナイパー一機が消失した。
加えて左右から高速接近を繰り返すレブラプター隊によって、共和国軍シールドライガーは回避運動を強制される。
その隙へ、ジェノザウラー額部レーザーガンの照準が向けられた。赤色光線が断続的に峡谷内部を走り、共和国軍はさらに峡谷入口側への後退を余儀なくされる。
だがここで、シールドライガー隊が反撃を試みた。一機がレブラプターを撃破し、そのままジェノザウラーへ正面から接近する。
接近を続けるシールドライガーの砲撃を、ジェノザウラーは重装甲で受け止めながら機動を継続した。火花と装甲片を散らしながらも、その巨体が怯むことはない。
接近したシールドライガーがさらに加速。高速戦闘ゾイド特有の機動で軸線を外し、ジェノザウラー左側面へ回り込もうとする。
だが次の瞬間、ジェノザウラーは巨体の慣性を押し潰すように強引に旋回。重量級尾部が遠心力そのままに叩き付けられ、シールドライガーは側面装甲ごと吹き飛ばされた。
転倒した機体へ、周囲に展開していたレブラプター隊が殺到する。高速ゾイド特有の連続攻撃によって脚部駆動系を破壊され、シールドライガーは行動不能となった。
さらに残る一機は大きく外周側へ展開し、ジェノザウラー側面への回り込みを試みる。
レブラプター隊は左右から牽制射撃を継続。
回避運動を強制されたシールドライガーは、側面機動の速度を僅かに低下させる。
その瞬間だった。
ジェノザウラー背部に装備されたパルスレーザーライフルが旋回。
シールドライガーは即座に機首をジェノザウラーへ向け直し、前面Eシールドを最大出力で展開する。
重低音と共に高出力レーザーが連続発射される。高速連射された赤色光弾がEシールドへ連続直撃。
Eシールド表面が激しく明滅し、限界負荷へ達したシールド発生器が火花を散らす。次弾が右前脚関節部へ命中。
姿勢を崩したシールドライガーへ、周囲のレブラプター隊が一斉に襲い掛かった。
戦闘開始から四分後。
共和国軍陣形は完全に崩壊した。
迎撃部隊を壊滅させた直後、ジェノザウラーは再び巨体を旋回させる。
その赤いアイセンサが向けられた先――峡谷最奥部、山岳岩盤内部の地下発射施設は深い断裂地形の対岸、通常火器の有効射程外に位置していた。
本来なら連絡橋によって接続されていたが、数時間前、帝国軍高速部隊の浸透を察知した共和国軍はこれを爆破。ジェノザウラー級大型ゾイドの接近を阻止していた。
ジェノザウラーに残された施設破壊手段は、対岸からの荷電粒子砲攻撃のみだった。
レブラプター隊も即座に展開位置を組み替える。一部はジェノザウラー後方――峡谷入口側警戒のため散開し、残る機体は施設周辺観測のため峡谷対岸高所へ展開した。
ジェノザウラーは地下発射施設へ照準を固定し、二射目となる荷電粒子砲発射準備へ移行する。尾部上下の排熱フィンが再び展開を開始。機体内部では荷電粒子循環系が起動状態へ移行し、各部エネルギーラインが赤熱化を始める。
荷電粒子砲によって搬送計画を阻止するためには、発射設備中枢への精密射撃が必要だった。峡谷対岸高所へ展開したレブラプター隊は施設周辺の探査に専念。
送信された情報を基に、ジェノザウラーは射角固定状態を維持したまま最終照準補正を継続。補正完了まで残り三分。
地下発射施設では極秘研究物資搬送ロケットの発射シーケンスが最終段階を迎えている。二射目を許せば、西方大陸戦線そのものが崩壊しかねなかった。
その時、唯一戦闘能力を維持していた濃紺の機体は、レブラプター隊の迎撃網外周を機動していた。
数瞬の後――躯体両側面のダガーユニットが展開した。
機体が一気に内側へ切れ込む。峡谷左側側壁へ向けて急加速、両側ブースターを短時間のみ最大噴射。
フレーム各部へ警告表示が走る中、ダガーライガーは一気に峡谷左側側壁へ跳躍した。通常のシールドライガーでは許容不可能な瞬間加速によって、左側側壁中腹を高速滑走しながら敵前衛の視界外へ離脱。
濃紺の機体は峡谷左側側壁の陰を縫うように高速機動を続け、そのままジェノザウラー左側面方向へ回り込む。
続く高速斬撃で、進路上へ展開していたレブラプター一機の側面装甲を裂断。高周波振動によって破断したフレームが火花を撒き散らした。
さらに側壁滑走軌道を維持したまま機体を捻り、追撃に移った別個体へ近距離迎撃弾を連射。至近距離で炸裂した破片弾がレブラプター頭部センサ群を破壊する。ダガーユニットの瞬間機動性能は、レブラプター級高速ゾイドに対して絶大な効果を発揮した。
だが同時に、機体負荷も急上昇していた。初回高機動直後、右側ブースター基部から火花が噴出。高負荷警告によって右後脚サスペンション出力が低下する。
だがダガーライガーは冷却待機を挟まずに速度を維持したまま峡谷左側側壁から離脱。側壁中腹から跳躍した濃紺の機体は、峡谷中央平地へ高G降下。着地と同時に脚部サスペンションが限界圧縮され、岩盤表面へ火花と破砕片を撒き散らす。
そのまま減速を行わず、ダガーライガーはジェノザウラー後方へ抜けるよう緩やかに右旋回。荷電粒子収束と共に展開を続ける尾部フィン群側へ進路を取り、巨体左側面方向へ一気に間合いを詰める。
その間にもジェノザウラーは照準体勢を解除しない。
レブラプター隊が迎撃位置の再編を開始し、峡谷対岸側高所へ展開していた数機がダガーライガー進行方向へ射線を形成。峡谷中央平地の機体もジェノザウラーへの接近軌道を塞ぐよう高速展開を開始する。
ダガーライガーは、左斜め前方から降り注ぐ迎撃火線に対し、左側Eシールドのみを最大出力で展開。連続高機動によって出力系は既に限界へ達しており、全周防御を維持できる余剰出力は残されていなかった。Eシールド維持のため、右側ブースター推力と後部冷却系出力が強制的に制限される。
高密度ビームと機関砲弾がEシールド表面を激しく揺らし、青白い放電が峡谷内部へ拡散した。一度でも減速すれば、再加速時に脚部フレームが耐えられない。ダガーライガーは突破速度を維持したまま迎撃火線へ突入する。
迎撃網を強引に突破した直後、ジェノザウラー左側面へ接近。漏出する高熱量によってEシールド表面そのものが歪み始める。
次の瞬間、左側ダガーブレードが展開中だった尾部排熱フィン基部を切り裂く。高周波振動によって装甲接合部が破砕され、損傷した排熱系から高温蒸気が噴出する。
だが、尾部フィン群から蒸気を噴出させながらも、ジェノザウラーは照準体勢を解除しない。口腔内部ではなお荷電粒子収束が継続していた。
そして、ダガーライガーの損耗も深刻だった。
限界出力下で振動を維持していたブレードは、超高熱化していたジェノザウラー外装との接触に耐え切れなかった。振動子が共振限界へ到達した次の瞬間、刀身は砕け散った。
破断したブレードから解放された高エネルギー熱量によってダガーライガーの装甲が融解する。左前脚関節部は機能低下を起こし、限界出力で展開されていたEシールドも過負荷によって停止した。
さらに右側ブースター外装は赤熱化し、熱変質によって濃紺の塗装は各所で焼け落ちる。赤熱したダガーユニット周辺では金属地肌が露出していた。
それでもダガーライガーは停止しなかった。機動継続時間は残り僅かだった。
機体各部を赤熱化させながら、ダガーライガーはジェノザウラー左後方で旋回半径をさらに縮小する。急激な右旋回によって巨体左側面外周へ弾かれたように機体を膨らませ、再突入のための間合いを強引に確保する。
ジェノザウラーは二度目の荷電粒子砲発射体勢を維持。
レブラプター隊は、ジェノザウラーへの接近軌道を塞ぐように再び高速展開していた。
その直後、外周側へ機動していた機体が急激に切り返す。右旋回の慣性を利用しながら、ダガーライガーはジェノザウラー方向へ再突入を開始した。
同時に、躯体両側面の迎撃弾ランチャーが展開。すべての残存弾体が連続射出された。
射出された小型迎撃弾群はレブラプター隊前面で連続炸裂。高速機動中だった数機が回避運動を強制される。
直後、弾着によって乱れた迎撃網の隙間を突き、ダガーライガーが突破した。
既に脚部駆動系の安全制御は解除されていた。操縦補助制御も限界機動優先モードへ移行。本来ならパイロット保護のため遮断される高G機動領域へ、強制的に出力が解放される。
機体保全用出力も切り離され、帰還を前提とした制御系統は、この時点で機能を停止した。全コンデンサ出力を前方へ直結、両側ブースターを最大噴射する。
加速のたびにフレーム各部が悲鳴を上げ、装甲固定ボルトが次々と弾け飛ぶ。脚部外装は破断し、空になった迎撃弾ランチャー外装すら振動によって脱落。
焼損した外装の隙間から内部フレームを露出させながら、それでもダガーライガーは加速を続ける。左側ダガーブレードを喪失したまま、残る右側ブレードのみを前方展開。
ダガーライガーに残された機動継続時間は、もはや秒単位だった。
ジェノザウラー口腔内部では、荷電粒子収束が最終段階へ到達。尾部上下の排熱フィンが最大展開状態へ移行する。
残された時間は、あまりにも短かった。
だが――間に合った。
ジェノザウラー頭部前方へ滑り込むように突入し、残された右側ダガーブレードが下顎部へ突き刺さる。
高周波振動によって下顎部装甲の接合部が破砕される。ダガーブレードは露出した内部機構へ深く食い込んだ。
次の瞬間、循環系の流路が破損。既に損傷していた排熱系へ粒子流が流入し、荷電粒子制御が破綻。口腔内部から白熱した粒子流が漏出する。
暴走したエネルギーは下顎部周辺装甲を内側から焼損させ、尾部排熱フィン群からは制御不能となった高温蒸気が噴出した。白熱蒸気が峡谷内部へ吹き上がる。周囲へ噴き出した粒子流と高温蒸気は、複数のレブラプターを巻き込み、その装甲を焼き裂いた。
開き切った口腔から断続的に粒子流を漏出させながら、ジェノザウラーはなお発射体勢のまま硬直する。
数秒後、白熱した粒子流は消失した。
尾部排熱フィン群から断続的に蒸気を噴出させながら、巨体は峡谷中央部に沈黙した。
荷電粒子砲発射機構は停止。しかし、赤く輝くアイセンサから光が消えることはなかった。
一方、限界出力を超過したダガーユニットは完全焼失。機体中央フレームも高熱によって致命的な変形を受け、複数の脚部は破砕されていた。
ダガーライガーは、この戦闘で完全に失われた。
その直後、峡谷最奥部の地下発射施設から極秘研究物資搬送ロケットが発射される。
白煙を噴き上げながら夜空へ上昇していくロケットを、帝国軍は阻止できなかった。
やがてその光点は峡谷上空の闇へ溶け込み、視界から消えていった。
後の記録によれば、ジェノザウラーの損傷は帝国軍技術部の想定を遥かに超えるものだった。荷電粒子砲発射機構は重大損傷。尾部排熱フィン群は複数箇所で破断し、内部循環系には蒸気漏出を伴う損傷が確認された。歩行機構にも異常が発生していたとされる。
帝国軍技術部は現地修復不能と判断。当該ジェノザウラーは残存レブラプター隊の護衛下で後送され、西方大陸戦線から一時姿を消した。
戦術的には共和国軍の敗北だった。しかしこの戦闘によって守り抜かれた極秘研究物資は、高速格闘戦闘用ゾイド開発計画を完成へと導く最後の一欠片となった。
後年、一部技術者の間ではこう記録されている。
「ダガーなくして、ブレードなし」と。