ZAC2100年5月。
共和国軍中央技術研究所。格納庫内に静寂が満ちていた。
新たに搬入された青いライオン型ゾイドの周囲では、整備員達が最終確認を続けている。
両側面に備えられた大型ブレード、強化されたフレーム、従来機とは別物と化した加速性能。
共和国軍が投入し得る、現時点で最高の高速戦闘ゾイド。ブレードライガー。
その前に立つ男は、しばらく無言だった。
アーサー・ボーグマン。
受領式などという仰々しいものは無い。軍は常に急いでいた。
完成した、乗れ、戦え。
それだけだった。
整備主任が数枚の資料を差し出す。
アーサーは何気なくページをめくる。
開発経緯、試験結果、改良履歴。その末尾近くで視線が止まった。
高速格闘戦闘用ゾイド開発計画。
試作評価型運用データ反映済。
それだけだった。機体名も無い。写真も無い。運用部隊も書かれていない。戦闘記録番号だけが添えられている。
アーサーは眉をひそめた。
「この試作評価型というのは?」
整備主任は少しだけ困った顔をした。
「聞いていませんか。」
「何をだ。」
「いえ。」
主任は言葉を切った。
軍人がそれ以上を聞かない時は、本当に知らないか、あるいは知っていても話せない時だ。
「開発部からの引継ぎ資料です。」
それだけだった。
アーサーも深追いしなかった。軍にはそういう話が珍しくない。
だが。
彼の視線は再びその一文へ戻る。
試作評価型運用データ反映済。
完成した機体に反映されている以上、どこかで誰かが乗ったのだろう。誰かが壊したのだろう。
あるいは。
誰かが帰ってこなかったのかもしれない。
そうでなければ、ここまで短期間で機体が仕上がるはずがない。
アーサーはブレードライガーの側面装甲へ手を置く。金属の冷たさが掌へ伝わる。
その向こうには、見たこともない試験機の記録が埋め込まれている。
高機動戦闘、過剰な加速、フレーム限界、格闘戦。
そうした試験結果の積み重ねが、この機体を形作っている。
名も知らぬ試験機。
名も知らぬパイロット。
そして名も知らぬ整備員達。
彼らの失敗と成功の上に、今、自分は立っている。
アーサーは静かにコクピットへ乗り込んだ。
キャノピーが閉じ各種計器に火が入る。新型機特有の唸りが格納庫へ響いた。
「――任せておけ。」
誰に向けた言葉でもない。聞く者もいない。
ただ。
資料の片隅に残された一行だけが、その言葉を受け取った。
高速格闘戦闘用ゾイド開発計画。
試作評価型運用データ反映済。
その記録の中には、後に誰からも語られなくなる一機の試験機が存在した。
濃紺の装甲を纏った、最初の刃が。