望月幕仁の妖怪太平史   作:亀沼太郎

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第一話前編 約束

 

ーーー幕仁

 

夕暮れの裏山。

 

茜色に染まる丘の上で、一人の女性がこちらに背を向けて立っていた。

 

白と赤の巫女装束。

 

風に揺れる茶色のポニーテール。

 

一人前の陰陽師の格好だ。

 

十年前と何一つ変わらないその姿を、俺は一日たりとも忘れたことがない。

 

「……母さん」

 

声を掛けると、女性はゆっくり振り返った。

 

優しい笑顔。

 

昔と同じ笑顔だった。

 

「幕仁」

 

その一言だけで胸がいっぱいになる。「やっと会えた……!」

 

駆け出そうとした、その瞬間。

 

母さんの足元から黒い霧が噴き出した。

 

まるで無数の手のように母さんの体へ絡みついていく。

 

「母さん!」

 

俺は必死に手を伸ばす。

 

あと少し。

 

あと少しで届く。

 

「来ちゃ駄目!」

 

母さんが初めて声を荒げた。

 

「お願い……私を探さないで!」

 

「嫌だ!」

 

黒い霧が母さんを飲み込む。

 

俺は必死に走る。

 

転んでも立ち上がる。

 

それでも距離は縮まらない。

 

「母さんッ!」

 

伸ばした手は空を切った。

 

世界が真っ暗になる。

 

その日から一度も母さんは帰ってこなかった

 

そして俺は決意した。

 

陰陽師になって必ず母さんを見つけ出すと

 

 

 

「⋯⋯っ!」

 

悪夢、これは悪い夢、そう分かっていても汗が止まらない

 

10年前に母さんが失踪してから似たような夢をずっと見ている

 

目覚まし時計がジリジリと音を立てている

 

「もう朝か⋯」

 

「幕仁!朝飯の時間だ!早く降りてこい!」「はーい」

 

俺は狭い部屋からリビングへと移動する

 

「いい匂い⋯親父、今日のメニューは?」

 

「自分で確認したら良いだろ」

 

確かに⋯

 

机の上には白米、湯気だった味噌汁、生卵が並べられていた

 

「⋯野菜は?」

 

「味噌汁から摂取しろよ」

 

「親父の味噌汁、芋と大根しか入ってないだろ」

 

「美味いんだから良いだろ。大体、男子高校生がそんな事気にするなよ

 

それとも彼女でも出来たのか?」

 

「高3にそんな余裕ないよ」

 

「⋯そうだな」

 

親父の返事がぎこちなくなる

 

受験の話は避けたいようだ

 

俺は手早く朝食を済ませ制服に着替えた

 

「それじゃあ行ってきます」

 

「おう、行ってら」

 

ドアを開けると優人が待っていた「遅いよ幕仁、後少ししたら置いて行ってたからね」

 

整えられた黒髪に長い背丈、名前の通り優しそうな顔を持つ青年、

 

それが俺の幼馴染、霧島優人の外見だ

 

「じゃあ学校まで行こうか」

 

「ストップ!このまま行っても遅刻すると思わないか?」

 

「⋯誰のせいだと思ってるの?」

 

「それは悪い!けど俺も次遅刻したら指導部に反省文書かせられるんだよ。ほら、人助けと思ってさ!」

 

「はあ~⋯メリーちゃんは朝起こしたら機嫌悪くなるんだよ?分かってる?」

 

「お前だけが頼りなんだよ〜頼むよ」「しょうがないなあ⋯おーいメリーちゃん聞こえる?」

 

優人が自分の胸に向かって声をかけると一人の少女が優人の体から出てきた

 

サラサラの金髪に赤い瞳、10歳くらいの少女の妖怪、メリーちゃんだ

 

「何、今お休み中だったんだけど⋯」

 

メリーちゃんが可愛くあくびをする

 

「ごめんメリーちゃん、学校まで行くのに力使ってもいいかな?」

 

「別に勝手にして良いけど⋯」

 

「ありがとう!」

 

「じゃあ私また眠るから、遅刻しないようにね」

 

メリーちゃんはそう言い残しくるりと回って優人の胸の中へと戻った

 

「じゃあ行こうか。しっかり手を握っててよ」

 

「何で手なんだよ」

 

「肩は届かないだろ」

 

「届くわ!」

 

俺のツッコミも無視して優人が電話をかけた「もしもし春奈、今からそっちに行くから、うん、ごめんって。じゃあいくよ、聞いててね(僕、優人、今、春奈の後ろにいるの)」

 

優人がそう言うやいなや視界が一転二転三転として腹の奥がキュッとなって気づいたら俺は学校のグラウンドに移動していた

 

「アンタ達、私だって毎回校外に出るの面倒くさいんだからね」

 

黒い短髪に切れ長の瞳の背の高い少女、春奈が文句を言ってきた

 

こうやって見ると顔は整ってるんだよなあ

 

「幕仁⋯アンタ今失礼なこと考えてるでしょ」

 

鋭い!伊達に17年間一緒にいるわけじゃないな「別に、俺が女になったらお前より可愛いだろうなって思っただけだよ」

 

「何ですって!」

 

「二人とも⋯時間」

 

優人が校舎に貼り付けられた時計を指さした

 

その時刻は、遅刻一分前を指している

 

「お前!もっと早く言えよ!」

 

「逆ギレしないでよ!」

 

「私次遅れたら指導部から」

 

「反省文、だろ」

 

俺と春奈が互いを見つめ合う

 

俺達はグータッチした

 

「どこで友情を深めてんのさ!急がないと遅刻するよ!」

 

優人が俺達を急かす、しかしチャイムは無情にも鳴り響いた優人が恨みがましく見つめてきたがお前には反省文の罰が無いだろ、

 

とは流石に言わないでおこう⋯

 

◇放課後

 

「さて、じゃあ帰りましょう」

 

学校が終わり春奈がカバンに荷物を詰めだしたのを慌てて止める

 

「ちょっと待て、帰る前に寄るところがあるだろうが」

 

「⋯何処?」

 

「俺の家だよ、今日は大江戸学園への入学について話し合う予定だろうが」大江戸学園、陰陽師養成学校の最高峰だ

 

俺の母さんの母校でもあり、俺の志望校でもある

 

「前々から思ってたんだけど、何で私がアンタのお父さんから受験の許可を取らなきゃいけないのかしら?」

 

「仕方ないだろ、僕らにとって清一さんは第二の親みたいなもんだし」

 

春奈の愚痴に対して優人が肩をすくめながら答える

 

「無駄話してないで早く行こうぜ。嫌なことはさっさと済ませるに限る」

 

「気が乗らないわね⋯」

 

「そんなの俺も同じさ」

 

大丈夫、授業中に案は練ってきた

 

今日こそは親父を説得できるはず⋯

 

校門から出て家へと向かっている途中、優人が急に立ち止まった

 

「ねえ幕仁、あれ見て」優人が指さした先では額から角が生えた少女が路地裏でやたら図体がデカい中学生の男子三人に暴力を振るわれていた

 

「妖怪いじめか⋯昨今の社会問題の縮図だな⋯」

 

中学生の格好は昔の不良よろしく角帽を被っていて履物は下駄、という何とも古臭いものだった

 

「何呑気なこと言ってんのよ!早く助けないと!」

 

春奈が長く細いカバーを外し木刀をカバンから取り出した

 

春奈は剣道の大会でも優勝している有段者だ

 

中学生相手に負けることは三人がかりでもまず無い、だが俺は春奈を引き止めた

 

「待てよ」

 

「なんで止めるのよ!」

 

「お前も陰陽師志望なら少しは頭使えよ。あの妖怪、本当に被害者か?」

 

「殴られてるんだからそうに決まってるでしょ!」

 

「落ち着いて様子を見てみろよ。優人、5円玉ある?」

 

「うん、あるよ」

 

優人が黄金色の硬貨を投げ渡してきた

 

「ほら、覗いてみろ。基礎妖術の教科書の真ん中辺りの内容だぞ」

 

「覗いてみろって言っても何も変わら⋯」

 

「何が見えた?」

 

「逆よ逆⋯小さな人間の女の子が狐に襲わてるわ!」

 

「化け狐の幻術、邪魔されないように通行人に幻を見せてたんだろ。

 

中学生達がやけに古臭い格好してたからな、それで気づいたんだ」「どっちにしろ早く助けなきゃじゃない!」

 

「⋯そうだな」

 

「アンタはまどろっこしいのよ!良い?大抵のことは悪者をやっつければ解決するのよ!」

 

春奈がそう言い残し猪のように狐たちへ突進した

 

「獣みたいだな⋯」

 

「春奈がそれ聞いたら怒るよ〜」

 

狐たちの脳天に春奈が木刀を振り下ろす

 

「痛ってえな!何しやがるクソアマ!」

 

「こっちのセリフよ小悪党!陰陽師志望として見逃せないわ!」

 

春奈のセリフを聞いた狐達は一瞬、間の抜けた顔をした。

 

そして爆笑しだす

 

「お前みたいな、小娘が、陰陽師?笑わせるなよ!可笑しくて耳がよじれるぜ!」

 

「何ですって!」

 

春奈が激昂して狐に斬りかかる

 

しかし木刀は狐の体を煙のようにすり抜けた

 

「何よこれ!」

 

春奈が木刀をブンブンと振り回すが狐には一撃も入らない

 

「完璧に遊ばれてるね⋯」

 

「狐につままれる、の代表例だな⋯けど、あいつの場合、これで終わらないだろ」

 

俺の言葉通り春奈は狐たちに一撃を与えた

 

狐達が痛そうに脇腹を抑える「何でだ?!さっきまで当たらなかったのに⋯」

 

「当たらないなら、さらに早く斬るまでよ!」

 

「何言ってんだ!」

 

狐達が春奈の脳筋発言に抗議する

 

「相変わらず、空海流は健在だね」

 

「やめろよその言い方、あいつが調子に乗るだろ」

 

春奈が目をランランと輝かせながら狐へと近づく

 

「さあ、お縄につきなさい!

 

その前に⋯毛皮をくれたら嬉しいんだけど⋯」

 

「やべえコイツ!目がキマってやがる!お前ら、ずらかるぞ!」

 

狐たちは紫色の煙を残して姿を消した

 

「逃げられちゃった⋯」

 

少女は狐の次は春奈に怯えてるようだ。可哀想に⋯優人がにこやかに微笑みながら少女へ近づく

 

「大丈夫?怪我はない?」

 

少女は恥ずかしそうにうつむきながら答えた

 

「助けてくれてありがとう⋯お兄ちゃん」

 

春奈が無言で少女に圧をかけに行くのを止めるのに苦労した⋯

 

 

 

「着いたわね⋯」

 

俺達は学校から俺の家の前へと移動した

 

憩いの場のはずの家がRPGの魔王城のように見えてくる

 

「良いか?作戦はこうだ。まず優人がリビングに移動し話をつなぐ頃合いを見て、」

 

「私が手土産に買ってきたチョコを渡す」

 

「そうだ、親父は甘いものに目がないからな

 

気分が良い所に俺が大江戸学園の話を切り出す。良いな?」

 

「分かったよ。じゃあそれで行こう」

 

「行くぞ?⋯ただいま〜」

 

俺達が家の中へ入ると空気が心なしかどんよりしていた

 

そしてリビングへと移動すると親父が椅子に座って待ち構えていた

 

「お帰り、急で悪いが進路面談を始めよう」

 

「えっと⋯そんなすぐに始まる感じ?」

 

俺の疑問に親父はスラスラと答えた

 

「先延ばしにしてもしょうがないだろ。ほら、まだ大江戸学園を志望してるのか?」

 

「⋯ああそうだよ」

 

「そうか⋯」

 

親父は目を閉じた

 

「理由は?俺を納得させるだけの理由はあるのか?」

 

「あるさ。俺の夢は母さんを見つけ出すことだ。

 

そのためには母さんの職業、陰陽師になるのが手っ取り早いだろ?

 

そして大江戸学園は陰陽師になるためには最高の学校だ。

 

だから、俺は大江戸学園を志望する」

 

いつもよりも雰囲気が軽い、親父もいい加減認めてくれたのか?

 

と思った瞬間怒声が響いた「ふざけるのも大概にしろよ!」

 

場の空気が凍る

 

親父の発する怒気が俺達の皮膚をピリピリと刺激した

 

「大江戸学園?陰陽師?クソくらえだ!              いいか幕仁、紀子は死んだ⋯陰陽師の任務に殺されたんだ!」

 

親父の目に今まで見たことのない危険な光が宿った

 

「上層部の連中が任務について問いただした俺に吐いた言葉、教えてやろうか?守秘義務なので清一さんにも聞かせることは出来ません。  だとよ⋯つまり何が言いたいかって言うとなあ!アイツらは全員クソだってことだ!」

 

親父が言葉をつなげるたびに声量がヒートアップしていく

 

だがここは引けないところだ、このために俺は、いや俺達は必死で努力してきたんだ!

 

「それでも俺は母さんを探しに行きたいんだよ!家族だから!」

 

「⋯なら、お前は俺の息子じゃない!」

 

親父はバタンとドアを強く閉めて外へと飛び出した

 

「何なんだよ⋯クソ親父⋯」

 

「結局、収穫は無しか⋯」

 

優人が疲れたようにつぶやいた

 

「もう勝手に願書を出しちゃわない?」

 

春奈が魅力的な提案をする

 

しかしそれは⋯

 

「それは駄目だよ春奈。幕仁のお父さんは清一さんだ。

 

そこに仁義を通さないのは粋じゃないだろ」「何よ粋って⋯もう知らない。勝手に願書を出す覚悟もないなら部屋で大人しくしてれば良いんじゃない?」

 

春奈は怒ったように家から出ていった

 

「悪いな優人⋯」

 

「別にいいさ。幕仁の名前はお母さんが決めたんだろ?       どんなときでも仁義を押し通せるようにって。           春奈だって言い過ぎたと今頃反省してるんじゃない?」「⋯俺、どうすれば良いのかな?」

 

「人間は大変ね、家族なんかに囚われて」

 

メリーちゃんが優人の体から飛び出してきた

 

「どうしたんだいメリーちゃん?」

 

「別に、ただ幕仁が迷走してるみたいだからヒントを出そうと思ったの」

 

「ヒント?」

 

俺が勝手なことを言うメリーちゃんに少し苛つきながら聞くとメリーちゃんは答えた

 

「そうヒント、幕仁はさ、何で清一さんがあんなに怒ってると思うの?」

 

「そりゃ俺が陰陽師になろうとしてるからだろ」

 

「まあそうなんだけど⋯本質がわかってないのよアンタは      良い?想像してご覧なさい。母親が失踪して精神的に参りながらも  男で一つで慣れない家事をしながら育て上げた一人息子。      そいつがある日失踪した母親と同じ陰陽師になりたいなんて言ってきた。アンタが親ならどう思う?」

 

「⋯言う事聞かなくて腹立たしい気持ち?」

 

俺の回答をメリーちゃんは静かに否定した

 

「違うでしょ、心配な気持ちなのよ」その言葉を聞いた瞬間胸に冷水がかかったような、ハッとした気持ちになった

 

「ただでさえ危険な職業の陰陽師、しかも妻をそれでなくした。   清一さんの心には陰陽師に対するトラウマが刻み込まれてるはずよ  それにもう一つ大切なことを教えてあげるわ」

 

メリーちゃんが一呼吸、間を置いた

 

「いつの時代も親が子を叱るときはね⋯大抵は無事に育ってほしい。 そう願ってるからなのよ」

 

自分より遥かに幼い外見のメリーちゃん、しかし俺の目には彼女が大人の女性に見えた

 

「後はどうするか、それはアンタが考えなさい」

 

そう言い残しメリーちゃんは優人の体に戻った

 

「ずいぶんと叱られちゃったね」

 

「だな、でもようやく気づいたよ。何で反対され続けてたのか、いかに自分が子供だったのか⋯」

 

「なら良かった、じゃあ僕は帰るよ。幕仁も頑張ってね」

 

優人が家から出ていった

 

誰もいない小さな家、親父が俺を育ててくれた大きな家

 

俺はその家で親父を迎え入れるための準備を始めた

 

仁義は、通さなきゃいけないよな⋯ 

 

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