「当施設は雇用契約時の約款**条**項に基づき、5分後に埋没処理を行います。繰り返します、……」
「うわあぁぁ!どうしてだよ!」
「嫌だ、死にたくない!」
「どけ、俺が先だろ!」
……なーんか、外が騒がしいなぁ。このうんたら規約の埋没処理、っていうのがそんなに怖いのか。
うーん、ここ地下何階だっけ?流石にここから地盤をブチ抜くのはキツいかなぁ。仕方ない。こんな胡散臭い会社の都合で、オレの人生お釈迦になるなんて、まっぴら御免だね。
拳を握りしめ、作業中だったチャーハン野郎に別れを告げて収容室を出る。後ろから(あるいは、頭の中に直接?)チャーハン野郎からの苦言が浴びせられるが、この際どうでもいい。アイツ、他の職員には他の料理も作るくせに、オレにはチャーハンしか作らないんだよな。でも、それも今日で食い納めだ。
手近にいた、逃げ惑っている職員の頭をガッシリ掴み、体温を奪う。これで作業中についた擦り傷も元通り。この強化刺青を使うのも久しぶりだ。いつも、今着てるような奇天烈な服と武器……もといE.G.Oを使ってたせいで、勘が鈍ってなきゃいいけど。
そのままの勢いで、エレベーター前に雪崩れこんだ同僚たちを力ずくで薙ぎ倒しながら進み、最後の一人を吹っ飛ばした時には、脱出カプセルは埋まっていた。
鼻歌混じりにカプセルのカバーガラスを割り、青ざめた顔の同僚(名前なんて言ったっけ?なんかコイツ、チャーハン野郎にやけに可愛がられてたなぁ)のシートベルトを引き千切り、胴を掴んで投げ飛ばす。後ろからこの世のものとは思えないほどの悪罵が聴こえるが、まぁ気にしない。
そのままカプセルの椅子にドカッと座り、時間を待つ。その間、同僚たちが死に物狂いで椅子を奪おうとしてくるけど、そんなの座ったままでも十二分に対応できちゃうんだよね〜。
「脱出カプセルを起動します。次のカプセル到着予定時間は5分後です。繰り返します……」
***
「あのぉ〜、カイさん……」
「なぁ〜に?」
「もうちょっと安くなりませんかね?」
「うーん、それはちょっとキビしいかなぁ。オレにだって生活があるんだよねぇ……あっ、そうだ!お客さん、もしかしてオレの経歴知らないで話しに来てる?もしそうなら、教えたげるから聞いてよ!」
「いや聞いてませんよ、そんな話!きっと折れた翼の戦闘職員あたりでしょう!喧嘩に強いのは知ってるから、もうちょっと値下げしてくれません!?」
「ダ〜メ♡」
「なら、他を当たります!」
頭頂部のハゲたおじさんはそう言うと事務所の扉を勢いよく閉めて出て行った。
うーん、いいヤマだとは思ったんだけどなぁ。いかんせん、ウチは値切りお断りだから。
でも、それにしてもあの客はヒドい。ウチはこれでも格安の部類なのに、選り好みできる立場かっての。それに、事務所の階の階段で様子をうかがってんのもバレバレ。
まぁ、そりゃそうだ。ウチほど条件の良い事務所なんて、そうそう無いんだからね。
……フィクサー資格、取るべきかなぁ。でも、いちいち手続きがメンドいんだよね。……おっ、戻ってきた。
「あのぉ~、値下げ……」
「ダァ〜メ♡」
***
「……ってわけで、今日も金欠よ。金貸して♡」
「父さん、印鑑はお持ちですよね?」
「やっぱいいや」
目の前に座っている、長髪の年中パープルアロハシャツ男、もとい僕の父が、タバコ片手に、さも残念そうに口を尖らせる。これを少女などがやれば可愛らしさもあるのだろうが、中年のおっさん(これでも強化施術のおかげで大分若く見えるが)がやると背筋にくるものがある。
「いい加減、こんなボロビルに事務所を構えるのもやめません?それに何ですか、『隔週休業』って。やけに達筆ですね。誰に書いてもらったのか知りませんが、わざわざこんなものが事務所の社訓的な雰囲気で飾られてたら、客足も減りますよ?」
「いーのいーの!オレは別に名を上げたいわけでもないんだから。今日の酒代とアロハシャツの洗濯代があれば、後は何もいらない!……ああ、あとその書を書いたのはオレね」
溜息をつき、タバコに火を付ける。僕が東部セブン協会3課の筆頭格にまでのし上がって得た情報の先で待っていたものがコレとは、我ながら泣けてくる。僕は断じて父の酒代のツケを払うために産まれてきたはずじゃないのに……。
それに、まさかと思って確認に来た事が、本当に的中するなんて。そう思って、僕は右手首を見る。
……こんな気色の悪いものが、現実だとは思いたくはないのだが。
そこには、うっすらと、しかし確かに灰色の糸が巻き付いている。そして、そこから伸びる糸のもう一方の端は父の左手に巻き付いている。僕はしばし放心し、父の左手に焦点を合わせる。
ふと、その左手が震える。
いや、違う。
力が入ったのだ。
にわかに殺気を感じる。飛び上がるようにして父に視線を向けると、次の瞬間にはいつものニヤけ顔に戻っている。
「……今の、本気でしたね」
「はは、バレちゃった。でも大丈夫!しがない用心棒のオレが3課のバリキャリさんを殺せるわけないじゃな〜い?」
嘘だ。
父はやろうと思えば、いつだって僕の首をへし折ることができる。それをやらないのは、ひとえにこれ以上厄介案件を増やしたくないからだろう。首筋に嫌な汗が伝い、生唾を飲み込む。僕は、未だにこの男との距離感を測りかねている。
「もぉ、そんなに怖い顔しないでよ!オレにだって理性はあるんだよ?」
***
あ〜やれやれ、甲斐甲斐しく金を渡……おっと、世話しに来てくれるのはいいけど、小言が多すぎてやんなっちゃうね。
事務所から出て行ったオスカーが階段のあたりで様子をうかがってる。
……何これ、最近はこんなのが流行りなの?おじさん分かんないや。
依頼ファイルを整理してたら、ひらひらと細長い紙片が隙間から落ちる。拾い上げると、人差し指のスタンプと共にこう書かれている。
「グウェンへ 『灰の強化刺青:治癒型』を全身に彫った男を見かけたら、一発本気で殴ること 期限は無期限」
げっそりと体から力が抜ける。この前、知り合いの代行者が「あなたを殴ります。指令の意の下に」とか言ってブン殴ってきたことを思い出す。これはその時の指令のコピーだ。まったく、指令の神様は何を考えているんだか。おかげでアイツと軽々しく会えなくなったじゃないか。
まあいい。整理を続けよう。そう思って紙束に目を落とすと、嫌でも目につく文言が書かれている。
「依頼内容:東部セブン協会3課の潰滅および全フィクサーの殺害」
物騒が過ぎるね。たしか、これを依頼しに来たのは、薬指の若い……何だっけ、ス……ストゥ……ああ、スチューデント。
末端とはいえ、この裏路地の元締めの頼みだからとりあえず保留にしてるけど、今思えば断ったほうが良かったかなぁ。
……いや。
この依頼、そもそもこんな無理難題をオレ一人に片付けさせるつもりが本当にあるのか?もし、これが指と協会の抗争の……そうでなくとも、何らかの斥候役としての依頼で、応援も込みなら――だって、東部3課だろ?――、あるいはどさくさに紛れて……
意識しないうちに、自然と目が細くなる。
「あ〜、やめやめ!おじさん、難しいこと大嫌い!」
その時、玄関で呼び鈴が鳴った。