今回もイラストは生成AIを使いました
「はーい、カイの戦闘事務所はここですよ、っと。」
「フム、壁はヤニで汚れ、床は黒ずみ、おまけに理解に苦しむ掲示物の数々、と。実に低俗で不潔な部屋だ。こんな所にわざわざ来なくてはならない私は流刑人か何かかね?」
うわっ、面倒くさいタイプの客だ。
とりあえずドアを開けて閉めるだけの品性はあるようだけど、見るからに厄介案件の匂いがする。
入ってきた男は薬指独特の白い服に全身を包み、髪を後ろに流して、角度が急な、いかにも「私、陰険です!」とでも言いたげな銀縁眼鏡を着けている。目を引くのは右手の籠手と両足の義足、そして入ってくる時に壁に立てかけた大きな薙刀だ。刃の付け根についてるアレは……多分、G社の球だな。そして、何よりも注意すべきは、この男の左手薬指……コイツ、マエストロだ。しかも、見覚えがあるな。
「わぁ、キミ、あのマエストロ=ウンベルト・ボッチョーニ?何でこんな所に?凄い凄い!握手して?」
「黙れ、静かにしろ。薄汚い手で私に指一本でも触ったら、作品にしてやるぞ」
「うわっ、コワ〜。……でも、やっぱカッコいいね!ボッチさんって呼んでいい?」
あっ、ちょっとからかいすぎたかな。ボッチさんの顔がみるみる青ざめていく。
「私は断じてボッチなどではなァい!!」
「わぁ!落ち着いてよ、落ち着いて!ラブ&ピース!暴れない、暴れない!ほら、六秒数えて……そうそう、そうやって薙刀から手を離して……」
徐々にボッチさんの表情が変わっていく。これは、軽蔑と諦めの表情だな。オレに構っていることそのものが馬鹿馬鹿しくなってきたか。いい兆候だね。
「……で、多忙なマエストロともあろうお方が、こんな三文事務所に何しに来たのさ。オレ、今月の作品提出はもう済ませてあるよ?」
「私がそんなスチューデントのやるような些事のためにここに来ると思うか?」
あ〜、これは絶対にあの案件についてだね。
「あぁ、なるほどね。分かってますとも」
「なら、返事は?」
「保留♡」
ボッチさんの眼光に力が入る。
……うん、いい目だ。背筋が伸びちゃうね。
やがてボッチさんは立ち上がり、薙刀を手にドアノブに手をかける。
「まあいい。そちらがそのつもりなら、代わりはいくらでもいる。一応言っておくが、依頼した当日までに現場に現れなかったら、依頼は破棄扱いになるからな、それと」
また殺気が部屋の中に迸る。やれやれ、こういうの、肩が凝るからやめてほしいんだけどね。
「私がここに来たという事の意味、よく考えることだな」
眼鏡の位置を直し、ボッチさんはドアを閉めた。
***
それから三日後。オレが近所のスーパーで炭酸水を買い足していると、尾行してくる奴らがいた。
正確には、尾行ってほどねちっこくはない。せいぜいオレを調べに、どこかの組織の下っ端が出向いてきたくらいの事だろうね。
気にせず会計を済ませ、試しに路地の少し奥まで誘導してみる。奴らの視界から外れたタイミングで、一気にビルの屋上まで跳躍し、やっこさんの姿を捉える。
……あら、ビックリ。T社の3級徴収職員が二人に、おそらく4級の研究員……主任クラスだ。これは大分予想外だね。
連中が俺を見失っている間に、ビルの屋上伝いに背後に回り込み、路地に降り立つ。
驚いた研究員が変な声を上げ、二人の徴収職員がオレの前に立ちふさがる。動きを見るに、けっこう修羅場は潜り抜けてそうだ。
「よぉ、T社のみんな。オレに何か用?」
「警告します。もう少し下がってください。」
「え〜っ?そんなつれないこと言わないでよ。せっかく表に出てきたんだし、ゆっくりお茶でも……うぉっ!」
話し終わるのも待たずに、左側にいた徴収職員が、変なツルハシで殴りかかってくる。
ちゃーんと加速されてるのを見るに、コイツら、元々戦う気で時間を溜めてたな。
「まぁ、こうなるよねぇ」
強化刺青を起動し、ビルの壁を蹴って飛び上がる。そのまま空中でバク天し、回転の力で徴収職員ひとりの下顎を蹴り上げる。
着地のタイミングを狙って、もう一人の徴収職員が上段蹴りを放ってきたので、その足を掴み、後ろで起き上がろうとしている、さっき蹴った徴収職員めがけてスープレックスを決める。
「よいしょ……っと!」
二人の徴収職員が激突し、鈍い音が辺りに響く。うーん、T社かぁ。これはちょっと、本気で何がしたいのか分からないなぁ。
「そこのお二人さん、少し寝ててくれる?」
刺青の吸収機能を上げ、二人の首に手を当てる。最初こそ抵抗しようとしてくるが、深部体温を急速に奪ったので、やがて気絶する。
「さぁてさて、おじさんとお話しようか、そこの研究員ちゃん?」
「……どうやら、それしか方法は無さそうですね」
研究員は逃げる素振りもなく、冷静に話し始める。この落ち着き……おそらく裏路地出身か。
「じゃあ、最初の質問!キミたち、なんでオレのこと尾けてたの?」
「情報収集のためです」
「何のための?」
「それは分かりません」
へぇ。そう来るか。おそらくこれが本当なら、コイツはいわゆる所の捨て駒……とまではいかなくても、大分軽い存在だ。高級職員がこんなにも何も知らないはず……翼ならありうるかも?まぁ、3割くらいは信用してもよさそうかな。
「質問を変えようか。キミ、T社のどこの所属?3級を二人も駆り出せる立場だ、けっこういい役職でしょ」
「4級職員、時間現象研究課所属です」
「なるほどねぇ……」
時間……時間ねぇ。ふと、脳裏にあの銀縁眼鏡が蘇る。そういえばあの人、作品に時間加速技術を使ってたなぁ。
「なるほどなるほど、よぉく分かったよ。ところで、握手しよ?」
差し出された手を離れないように強く握る。
刺青、起動。
「ほら、分かるかな?少しずつひんやりしてきたでしょ。今、この刺青は、キミの体温を奪い続けてる。ゆ〜っくり、キミの体はじわじわと冷え続けて、最後には低体温症で死ぬ。オレの言いたいこと、分かるよね?」
聞くうちに、みるみる研究員ちゃんの顔が青ざめていく。何か言葉にならない叫び声を上げながら、必死にオレの手を振りほどこうと頑張る。可愛いね。
「わかりあひた!いいまth!いいまthから!」
寒さで呂律が回らないながらも、研究員ちゃんは話し始めた。そろそろいいかな。手を離してあげよう。
「実は、私達は本当に何も知らされてないんです。――うわっ!ちょっと待って!情報はありますから、手を握らないでぇ!……でも、私は聞いたんです。噂話程度ですが、今度起こる組織間の抗争にT社が一枚噛んでるって。……それだけです。あとは本当に何も知りません」
ふぅん。まぁ、本当にこれ以上は知らなさそうだし、終わりにするか。
「うん、ありがとう。遅くなっちゃったし、皆、そろそろかえっていいよ」
研究員ちゃんの顔色が良くなる。うん、本当に健気な所が可愛いねぇ。
「土にね」
「あ……」