到達不能な未来、あるいは灰の温度   作:翅正

2 / 2
引き続き処女作です!
今回もイラストは生成AIを使いました


土にね。

「はーい、カイの戦闘事務所はここですよ、っと。」

「フム、壁はヤニで汚れ、床は黒ずみ、おまけに理解に苦しむ掲示物の数々、と。実に低俗で不潔な部屋だ。こんな所にわざわざ来なくてはならない私は流刑人か何かかね?」

うわっ、面倒くさいタイプの客だ。

とりあえずドアを開けて閉めるだけの品性はあるようだけど、見るからに厄介案件の匂いがする。

入ってきた男は薬指独特の白い服に全身を包み、髪を後ろに流して、角度が急な、いかにも「私、陰険です!」とでも言いたげな銀縁眼鏡を着けている。目を引くのは右手の籠手と両足の義足、そして入ってくる時に壁に立てかけた大きな薙刀だ。刃の付け根についてるアレは……多分、G社の球だな。そして、何よりも注意すべきは、この男の左手薬指……コイツ、マエストロだ。しかも、見覚えがあるな。

「わぁ、キミ、あのマエストロ=ウンベルト・ボッチョーニ?何でこんな所に?凄い凄い!握手して?」

「黙れ、静かにしろ。薄汚い手で私に指一本でも触ったら、作品にしてやるぞ」

「うわっ、コワ〜。……でも、やっぱカッコいいね!ボッチさんって呼んでいい?」

あっ、ちょっとからかいすぎたかな。ボッチさんの顔がみるみる青ざめていく。

「私は断じてボッチなどではなァい!!」

「わぁ!落ち着いてよ、落ち着いて!ラブ&ピース!暴れない、暴れない!ほら、六秒数えて……そうそう、そうやって薙刀から手を離して……」

徐々にボッチさんの表情が変わっていく。これは、軽蔑と諦めの表情だな。オレに構っていることそのものが馬鹿馬鹿しくなってきたか。いい兆候だね。

「……で、多忙なマエストロともあろうお方が、こんな三文事務所に何しに来たのさ。オレ、今月の作品提出はもう済ませてあるよ?」

「私がそんなスチューデントのやるような些事のためにここに来ると思うか?」

あ〜、これは絶対にあの案件についてだね。

「あぁ、なるほどね。分かってますとも」

「なら、返事は?」

「保留♡」

ボッチさんの眼光に力が入る。

……うん、いい目だ。背筋が伸びちゃうね。

やがてボッチさんは立ち上がり、薙刀を手にドアノブに手をかける。

「まあいい。そちらがそのつもりなら、代わりはいくらでもいる。一応言っておくが、依頼した当日までに現場に現れなかったら、依頼は破棄扱いになるからな、それと」

また殺気が部屋の中に迸る。やれやれ、こういうの、肩が凝るからやめてほしいんだけどね。

「私がここに来たという事の意味、よく考えることだな」

眼鏡の位置を直し、ボッチさんはドアを閉めた。

 

***

 

それから三日後。オレが近所のスーパーで炭酸水を買い足していると、尾行してくる奴らがいた。

正確には、尾行ってほどねちっこくはない。せいぜいオレを調べに、どこかの組織の下っ端が出向いてきたくらいの事だろうね。

気にせず会計を済ませ、試しに路地の少し奥まで誘導してみる。奴らの視界から外れたタイミングで、一気にビルの屋上まで跳躍し、やっこさんの姿を捉える。

……あら、ビックリ。T社の3級徴収職員が二人に、おそらく4級の研究員……主任クラスだ。これは大分予想外だね。

連中が俺を見失っている間に、ビルの屋上伝いに背後に回り込み、路地に降り立つ。

驚いた研究員が変な声を上げ、二人の徴収職員がオレの前に立ちふさがる。動きを見るに、けっこう修羅場は潜り抜けてそうだ。

「よぉ、T社のみんな。オレに何か用?」

「警告します。もう少し下がってください。」

「え〜っ?そんなつれないこと言わないでよ。せっかく表に出てきたんだし、ゆっくりお茶でも……うぉっ!」

話し終わるのも待たずに、左側にいた徴収職員が、変なツルハシで殴りかかってくる。

ちゃーんと加速されてるのを見るに、コイツら、元々戦う気で時間を溜めてたな。

「まぁ、こうなるよねぇ」

強化刺青を起動し、ビルの壁を蹴って飛び上がる。そのまま空中でバク天し、回転の力で徴収職員ひとりの下顎を蹴り上げる。

着地のタイミングを狙って、もう一人の徴収職員が上段蹴りを放ってきたので、その足を掴み、後ろで起き上がろうとしている、さっき蹴った徴収職員めがけてスープレックスを決める。

「よいしょ……っと!」

二人の徴収職員が激突し、鈍い音が辺りに響く。うーん、T社かぁ。これはちょっと、本気で何がしたいのか分からないなぁ。

「そこのお二人さん、少し寝ててくれる?」

刺青の吸収機能を上げ、二人の首に手を当てる。最初こそ抵抗しようとしてくるが、深部体温を急速に奪ったので、やがて気絶する。

「さぁてさて、おじさんとお話しようか、そこの研究員ちゃん?」

「……どうやら、それしか方法は無さそうですね」

研究員は逃げる素振りもなく、冷静に話し始める。この落ち着き……おそらく裏路地出身か。

「じゃあ、最初の質問!キミたち、なんでオレのこと尾けてたの?」

「情報収集のためです」

「何のための?」

「それは分かりません」

へぇ。そう来るか。おそらくこれが本当なら、コイツはいわゆる所の捨て駒……とまではいかなくても、大分軽い存在だ。高級職員がこんなにも何も知らないはず……翼ならありうるかも?まぁ、3割くらいは信用してもよさそうかな。

「質問を変えようか。キミ、T社のどこの所属?3級を二人も駆り出せる立場だ、けっこういい役職でしょ」

「4級職員、時間現象研究課所属です」

「なるほどねぇ……」

時間……時間ねぇ。ふと、脳裏にあの銀縁眼鏡が蘇る。そういえばあの人、作品に時間加速技術を使ってたなぁ。

「なるほどなるほど、よぉく分かったよ。ところで、握手しよ?」

差し出された手を離れないように強く握る。

刺青、起動。

「ほら、分かるかな?少しずつひんやりしてきたでしょ。今、この刺青は、キミの体温を奪い続けてる。ゆ〜っくり、キミの体はじわじわと冷え続けて、最後には低体温症で死ぬ。オレの言いたいこと、分かるよね?」

聞くうちに、みるみる研究員ちゃんの顔が青ざめていく。何か言葉にならない叫び声を上げながら、必死にオレの手を振りほどこうと頑張る。可愛いね。

「わかりあひた!いいまth!いいまthから!」

寒さで呂律が回らないながらも、研究員ちゃんは話し始めた。そろそろいいかな。手を離してあげよう。

「実は、私達は本当に何も知らされてないんです。――うわっ!ちょっと待って!情報はありますから、手を握らないでぇ!……でも、私は聞いたんです。噂話程度ですが、今度起こる組織間の抗争にT社が一枚噛んでるって。……それだけです。あとは本当に何も知りません」

ふぅん。まぁ、本当にこれ以上は知らなさそうだし、終わりにするか。

「うん、ありがとう。遅くなっちゃったし、皆、そろそろかえっていいよ」

研究員ちゃんの顔色が良くなる。うん、本当に健気な所が可愛いねぇ。

「土にね」

「あ……」

 

 

【挿絵表示】

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。