霧と魔縫のファムファタル 作:8/13〜念能力杯があるらしいです
念能力のシステムを魔法ファンタジーに導入。
なお、産業革命が訪れたスチームパンク世界とする。
ヴァルキリア魔縫女学院。
帝国における最大の名門女学校。
魔法文明の心臓。
ヴァルキリア朝時代の中心
貴族社会における流行の発信源。
そう称される女学院に、一人の転入生が現れる。
二年生、春。
中途半端な時期にやって来た少女は教壇に立ち、白いセーラー服を身に纏ったクラスメイト達を見据えた。
針の
「キルティ=パッチワーク、平民よ。大金持ちになるために来たわ。よろしくする気はないけれど、どうぞよろしく」
その言葉を聞いた者達の反応は様々だった。
ふざけた自己紹介に眉を顰める者、こんな人間がいるのか……と唖然とする者、顔に張り付いた微笑を崩さぬ者。
反応は千差万別。けれど、全てのクラスメイトが、少女の顔を記憶に刻んだ。
キルティ=パッチワーク。
同じ制服を着ているはずなのに、どこか貧乏臭さが抜けない黒髪の少女。
頭に乗っかったゴーグルと手を覆い隠す革製の手袋が、穢れた
「は、はい! 皆さんも色々聞きたい事があると思いますけど……お楽しみは放課後に、という事で。授業始めても……良いですか?」
赤い髪の気弱そうな教師が、何とか場を和まそうと下手な作り笑いをする。
そんな努力は気にも留めず、キルティは指定された空席へと向かう。
座席は最後列の窓側。
自分のために一つ追加で用意したのだろうか。
キルティが座る座席だけが、最後列でポツンと浮いていた。
無数の視線を受け止めながら、キルティは無言で少女達とすれ違う。
しかし、その中の一人──キルティの前に座る白髪の少女はどういう訳か振り返った。
「よろしくね。キルティさん」
「……アナタ、話を聞いていなかったのかしら」
「聞いていたよ。だから、よろしく」
「…………フン」
ぶっきらぼうに返しても、目の前で笑う少女の微笑は崩れない。
不気味なヤツ……とキルティは内心でぼやいた。
(なーにが簡単な試験で大金が稼げるよ。あのババア、次会ったらぶっ飛ばしてやるわ)
キルティは帝都の片隅──都市のゴミが積み上げられた
本来、ヴァルキリア魔縫女学院には入学どころか、女学院が存在する貴族街にすら近づけないような身分の者である。
学校に通うどころか生きる事すら、ままならない毎日。
そんな彼女の日常は、不思議な少女との邂逅で崩れ去る。
「…………死んでる?」
とある朝、ゴミ山の上にヒトが落ちていた。
咄嗟に首元を触るが、息も脈もない。
『
ここで暮らす者が簡単に死ぬのもあるが、この場所は帝都のゴミ箱。外部から遺体が持ち込まれる事もそう珍しくはない。
だから、キルティが息を呑んで驚いたのには、遺体である事とはまた別の理由があった。
(高級な服飾の上、マスクを付けず生身で出歩ける身分。間違いなく貴族……それも、わたしじゃ目にする事すらできないような地位の──)
追い剥ぎをして売り捌けば、きっと『
一目見ただけでそう感じるほどの、着る宝石と表現しても過言ではない黒のドレス。
元は喪服だろうか。
真っ黒なのに何処か気品を感じさせるドレスと、蜘蛛の巣のように張り巡らされた繊細な刺繍。
少女の遺体もろとも無惨に切り裂かれてはいるが、それでも、きっと売って得られる対価は莫大に違いない。
「仕方がないわね。
キルティはそう呟いてため息を吐いた。
莫大な財産を前に、ただ弔いを優先する。
迷わなかったと言えば嘘になる。
キルティはお金が大好きだ。大金持ちになって、周囲を見返してやりたいといつでも思っている。
けれど、キルティは奪われる辛さを知っていた。少女は既に命を奪われた。それなのに、これ以上のものを奪われて良いわけがない。
キルティにできる事は何もない。
少女の命を助ける事も、この遺体を親族のもとへ届ける事すらもできない。
それでも、せめてもの慰めになれば……そう思って、無惨に切り裂かれた喪服を修繕する。
『
だから、彼女達が纏う衣服は、ゴミ山に捨てられた布切れを繋ぎ合わせただけのもの。
故に、キルティは懐に貴重な糸や針を持っており、その使い方もある程度は習熟していた。
針を刺す。
糸を通す。
一体、どれほどの時が経っただろう。
空は明るくなろうとしていた。
キルティ本人に三食を飛ばして徹夜した自覚はない。少女が纏う喪服はあまりにも精密で、その修繕には集中力と時間を要したのだ。
最後の一刺し。
パチン、と糸を断つ。
見るも無惨な衣装は、これで完全に元通り。
「っ、が!
衣服ごと切り裂かれていた肌には跡一つなく、血の気の失った顔には生気が立ち戻る。
息をしている。脈がある。衣服の修繕完了と同時、少女は生き返った。
「…………は?」
訳が分からない。
目の前の現象を到底理解できない。
確かに貴族は魔法を使うと聞くが、魔法というのは死さえ覆すほど無法なものなのか?
「あっっぶないわねぇっ!
目が合う。
気が動転していた少女は、瞬きを繰り返して冷静を取り戻す。
「もしかして……
「ええ、まあね。元気になったらさっさと立ち去りなさい。ここはアナタみたい貴族サマがいる場所じゃないわよ」
「……なるほど、『
「キルティ。『
「キルティちゃんねぇ。取り敢えず、
止まる。
動きが、言葉が、そして視線が。
少女の瞳は釘付けになる。
喪服を修繕した箇所と、針と糸を持ったキルティの手から目が離れない。
「
あるいは、復活した時以上に。
少女の表情は動転しているように見えた。
「何って、アナタの破れたドレスを
「……
「何よ、そんなに凄い事じゃないでしょ」
キルティは涼しい顔で言い切った。
まるで、当たり前の事のように。
「アナタの服には、アナタの魂が籠っていた。どんな
「…………っ!」
「でも、本当に応急処置に過ぎないわ。編み方は真似できても、使われている高級な糸は
一目見ただけで分かる。
だから、特別な事ではない。
キルティは本気でそう言っている。
情報の格差とは残酷だ。
喪服を纏う少女はそう思った。
貴族に生まれた者が知り得る事と、
何も教えられない『
「なる、ほど……ねぇ。
魔法を知らない。
呪文を知らない。
貴族の常識もない。
けれど、そんなもの関係ない。
キルティは目が良い。
そして、裁縫の腕もこの上ない。
魔法の才能以上に、
(完璧ねぇ。
決まった。
少女は獲物を誘導する肉食獣のように、顔に笑みを貼り付ける。
「……キルティちゃん。
「カネ。お礼ならお金が欲しいわ。アナタのような貴族サマが使うような大金より、『
キルティの正直な言葉。
それにますます、少女の笑みは深まる。
「そう。なら、簡単な試験を受けるだけでお金をいっぱい稼げる所に招待してアゲル」
「招待してあげるって……私のような身分のヤツはアナタのいる貴族街に入れないわよ」
「
「アナタみたいなガキが何を言っているのよ」
「ガっ、ガキ……⁉︎ 失礼しちゃうわねぇ。
「さっ…………はァ?」
少女は──否。
「ヴァルキリア魔縫女学院の理事長──ペネロペ=ローズ=テウルギアが許可するわぁ。